屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第八部『聖者の陰を知る者は』

二章-1

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 二章 逸脱する教えが広まる中で


   1

 ユピエル法王がメイオール村で滞在し始めて四日目の朝。
 曇天の空模様の下、メイオール村の広場に、ランドたち神殿の者や《白翼騎士団》を除いた村人たちが集められた。
 普段は村長のデモスや、村に来た役人などが立つ二段に重なった石版の上に、ユピエルがいた。
 左右に配下の修道騎士を控えさせたユピエルは聖典を片手に、村人たちへと説法を説いていた。


「この世界にあるすべてのものは、アムラダ様の手によって造られました。我らがアムラダ様は、こう仰っております。〝我は驕らず、すべての者たちに、万物の恵みを与えよう〟――と。アムラダ様を主神と崇める皆様がたも、おなじ想いを抱きながら過ごしてることでしょう。慈愛、そして博愛こそ、アムラダ様の教えでもっとも重要な心なのです」


 その年齢からは想像もできないほど、明朗とした声音が広場に轟いた。
 村人たちは、真剣な眼差しで説法を聞いている。そんな彼らを見回してから、ユピエルは聖典を閉じた。


「しかし、そんな敬虔なる我らから、離れていった者がおります。慈悲深きアムラダ様の嘆きが、わたくしの耳にも届くかのようです」


 まるで落胆したかのように、俯き加減で首を振ったユピエルが、両腕を大きく広げた。


「裏切り者だと彼らを責め立てたり、蔑むつもりはありません。ですがアムラダ様のために、我らでもできることはあります。その一つが――できうる限り、その者らと接触しないということです」


 このユピエルの発言に、村人たちの過半数からハッと息を呑む気配が広がった。
 察しの良い村人たちは法王が遠回しに、『ランドたちを村八分にせよ』と言っていることに気付いた。


「アムラダ様以外の神を、決して崇めぬように。むしろアムラダ様の教えを丁寧に説き、アムラダ様の信徒として改宗を促すのです。その行為こそが、アムラダ様への恩返しとなるでしょう」


 ユピエルの説法が終わると、村人たちは早朝からの畑や酪農――もしくは、家の中での仕事へとへと戻って行った。
 広場に残っているのはユピエルや修道騎士たちと、デモスだけだ。
 デモスはユピエルへ、猫撫で声で擦り寄っていった。


「法王猊下の説法、お見事でございました。このデモス、身の引き締まる思いで聞いておりました」


「ありがとう。あなたは、よい信者のようですね」


「お褒めに預かり、心から恐縮しております。このメイオール村は代々、アムラダ様を主神として、崇め続けておりますので。法王猊下におかれましては、村民のことを家ぞ……いえ、教会に従うしもべと、お考え下さい」


 平身低頭のデモスを興味なさげに見つめてから、ユピエルは鷹揚に頷いてみせた。


「あなたの信仰、そして忠誠には目を見張る者があります。我々はしばらく、メイオール村に滞在します。そのあいだの食事や雑用などは、あなたがたの御厚意・・・に甘えさせてもらいましょう」


「は、はい! 仰せの……ままに」


 深々と頭を垂れるデモスだったが、頭の中では別のことを考えていた。


(おい……法王様は、いつまで滞在なされるんだ?)


 夏期であれば多少の無理は利くが、今は冬である。
 食料の大半は、保存の利く物か保存触くらいしかない。しかも、大勢の客をもてなすほどの食料を持つ者は、このメイオール村にはいない。
 デモスはユピエルたちのために、備蓄の食料を提供し続けていたが、それも限界に近い。


(早く……早く帰ってくれぇぇっ!)


 デモスの心の叫びは、口に出していないが故に、誰にも知られることはなかったのである。
 そして――そんな彼らを、物陰から見ている影があった。
 赤毛に黒い瞳。しなやかそうな足腰をしていて、身じろぎするたびに赤い光沢が波打っている。
 そして一際目立っているのは、白いたてがみ。
 村の外周を囲う柵の近くにある、納屋の影。そこにいたのは、一頭の赤毛の馬――ジココエルだ。
 現在は馬の姿をしているが、元々は赤い鱗を持つワイアームだった。最初はランドと敵対していたが、諸々の経緯を経て眷属神の一柱となり、現在はレティシアの愛馬として、《白翼騎士団》に在籍(?)している。
 ジココエルは納屋の縁で、冬眠していた野ねずみを食いながら、ユピエルの演説を聞いていた。


(神を敬う――それだけのことに、なんと仰々しいことか。人間のこういう思想は、未だに理解できぬ。まあ、もっとも理解できぬのは、敬虔や慈愛を謳っておきながら、その最高位を名乗る者が絶対の権力を持っていることだ)


 敬虔に慈愛という言葉と、権力。ジココエルにとっては、それらは真逆の存在にしか思えなかった。


(――これが、人の世か)


 ジココエルは静かにその場を離れると、だく足で村から出た。
 一度は《白翼騎士団》の駐屯地へ向かいかけたが、すぐに馬首を巡らし、ランドや瑠胡のいる神殿へと歩を進めた。
 神殿を訪れると、すぐに紀伊が扉を開けて出迎えた。


「ジコエエル様。突然の訪問ですが、いかがなされましたか?」


〝すまぬが、瑠胡姫とランドに至急の用件がある。会うことはできるだろうか?〟


「ランド様は騎士団の駐屯地へ行かれてしまいました。ですが、瑠胡姫様は神殿におります。すぐに呼んで参りますので、お待ち下さいませ」


 頭を垂れた紀伊が、二階に戻って行く。それからしばらくして、瑠胡とセラが一階に降りてきた。


「ジココエル、妾たちに至急の用件とは珍しいのう」


〝瑠胡姫、久しいな。先ほど法王を名乗る者が、村人たちを扇動しておった。なにやら神殿のことを言っておったのでな。人間どもが押し寄せたところで、どうこうできる神殿ではないだろうが、念のため用心をしたほうがいいかもしれぬ〟


「扇動とな? 仔細を教えてはくれぬか?」


〝――いいだろう〟


 ジココエルがユピエルが行った説法の内容を話すと、瑠胡は憂鬱そうな溜息を吐いた。


「なるほどのう……法王とやら、よほど妾やランドを排除したいとみえる。聖典の一節以外は、アムラダ様の教えとは無関係であるしな」


 瑠胡は率直な感想を述べつつ、頭の中では別のことを考えていた。


(あれでは、アムラダ様も御苦労なさっておられるに違いない)


 信者が暴走したところで神々が直接、神罰などを下すことはない。それは眷属神などの肉体を持つ神族の役目だ。
 ただし、神々の教えから少々逸脱したくらいで、神罰が下ることもないが。
 表情を曇らせた瑠胡を見て、セラが俯いた。


「瑠胡姫様……やはり、眷属神として法王猊下を罰せられるおつもりですか?」


「それは、わたくしの仕事ではありませんから。アムラダ様には眷属神はおりませんが、下僕となる御使いのものたちが、その役目を担っているんです」


〝この程度で神罰を下しておっては、全人類の半数は死滅する。アムラダ様も、静観を決め込むしかないのだろうな〟


 ジココエルが馬の耳を搾っていた。口では達観したことを述べているが、やはり嫌悪感が拭えないらしい。


〝しかし、これではランドの仕事も減るのではないか?〟


「それでしたら、大丈夫……ということです。冬期である今なら、確実に仕事が舞い込んでくる……と、言っておりましたから」


 ジコエエルにセラが答えたとき、神殿の扉が開いた。


「只今、戻りました――うわっ!」


 神殿に入ってきたのは、ジョシアだった。最後の「うわっ」は、ジコエエルを見た驚きの言葉だ。
 手に小さな革袋を持ったジョシアに、瑠胡は微かに眉を顰めた。


「ジョシア。村に出ずとも、神殿でのんびりとしておれば良かろう。一体全体、村でなにをしておる?」


「あ、その……色々な人を手伝ったりしてました。ほら、お兄ちゃんの仕事が減っちゃったじゃないですか。ですから、わたしが代わりに……といいますか。小銭でも稼げないかな……って」


 気まずさと照れとか入り交じった顔のジョシアは、瑠胡とセラに革袋を差し出した。


「銅貨で十数枚しか稼いでませんが、宿代の代わりに……受け取って下さい」


 深々と頭を下げたジョシアを見て、瑠胡とセラはほぼ同時に微笑んだ。


「御主……そういう律儀なところは、ランドに似ておるのう」


「ええ。まったく。ジョシア。そのお金は、あなたが持っているといい。生憎と我々は、そこまで貧困に喘いではいない」


「で、でも……」


「気にするでない。ランドの妹から宿泊料を取るなど、妾たちの恥になるからのう。その気持ちだけ、受け取っておく。それよりも、御主がランドのために動いてくれたことのほうが嬉しいぞ」


 瑠胡は心から嬉しそうに微笑んだが、当のジョシアは僅かに表情を歪ませた。


「いえ……お兄ちゃんのためとか、精神敵にちょっと無理です。詐欺とかに騙されないよう、気をつけてあげなきゃとは思ってますけど。役に立ちたいとか、ちょっとキモくてイヤです」


「え?」


「え?」


 埋めがたい価値観の相違……瑠胡やセラ、ジョシアたちは、この現実に理解が追いつかず、しばらく目を点にしながら、呆然と向かい合っていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ジココエル(エエカトル)が冬眠中の野ネズミを食べましたが……現代においてネズミの冬眠は、二通に分かれるようです。

俗に言う家や都会に住み着く家ネズミ(ハツカネズミなど)は、冬眠はしないそうです。家の中が暖かく、食料になるものが豊富……というのが理由ですね。

屋外で暮らす野ネズミは、冬眠をするようです。

ジココエルが食ったのは、後者のほうですね。
……野ネズミが納屋の外側で冬眠するのかって疑問はありますが、そこは完全に都合でございます。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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