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第八部『聖者の陰を知る者は』
一章-7
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メイオール村の外れにある《白翼騎士団》の駐屯地では、騎士となった少女たちが思い思いの訓練に精を出していた。
騎士たちは剣技や魔術――それに馬術の修行をしていたが、ユーキだけは食堂で座学に勤しんでいた。
「相手の軍勢を包囲、ですか?」
「そうだ。相手よりも少ない兵力でも、相手を囲んでしまえば有利になる」
教本ともいえる軍事指南書を元に、セラはユーキに戦術の講義を行っていた。
レティシアが率いる《白翼騎士団》は少数であるため、大部隊で行う戦術を使うことはありえない。
「だが、これも応用は利く。たとえば、この戦術のように一部隊に精鋭を集め、敵の右翼側にある部隊を駆逐、横から敵の本隊へ横合いから遊撃を行う――とかな。右翼側を駆逐したあとは、左翼の部隊を挟撃して殲滅させれば、敵の本隊を包囲できる。
仮で戦術を組むなら、二〇人規模の山賊と対峙する場合で考えてみろ」
「そうなると……うちの騎士団ですと、精鋭部隊をランドさんにお願いするとか……ですか?」
ユーキの例えに、セラは眉間に人差し指を添えつつ、溜息を吐いた。
「ランドを入れるんじゃない。もちろん、瑠胡姫様やわたしもだ」
「セラさんも……ですか?」
「ああ。わたしは騎士団を退団した身だからな。作戦の立案に入れない方がいい」
厳しいが声音の柔らかいセラの言葉に、ユーキはスッと息を飲み込んでから、腕を組んで悩み始めた。
アインや街に駐留している兵士を含めても、ギリギリ一〇人に届くかどうかだ。誰を何処へ配置すればいいか、難しいところだろう。
長テーブルに置いた教本を前に、頭を捻っているユーキを眺めていると、普段は駐屯地内で見かけない人物が、食堂に入ってきた。
薬師のファラはセラに近づくと、少し不安げな顔をした。
「あんたがセラ……だね。ランドからは聞いているよ」
「そうですが、なにが御用でしょうか?」
セラが固い声で応じると、ファラは僅かに目を伏せてから、か細い溜息を吐いた。
「今日もランドが、法王の配下と揉めたらしいじゃないか。もしかしたら、あんたも法王たちに、なにかされたんじゃないか……って、思ったんだ。ほら昨日、ランドが教会のジムから、あんたのことを訊いていただろ?
あたしも、そこにいたからさ。心配になったんだよ。たまたま今日は、ここのレティシア団長に頼まれて薬草を収めに来たから、ついでに様子を見に来たってわけさ」
ファラが最後に肩を竦めると、セラは慇懃に一礼をした。
「それは、ありがとうございます。ですが、法王猊下とは話をしただけです。手傷などは一切受けておりませんので、治療などは不要です」
セラの返答に、ファラはぎこちない笑みを浮かべた。どこか作り笑いを思わせる表情には、なにかを我慢している気配があった。
なにがあったのか――と訝しがったセラと目があったファラは、首を振ってから苦笑した。
「あんた……ああ、いや。無事なら、それでいいんだ。しかし、あんたみたいな美人がランドの妻なんてさ。なんかもったいない気がするね。あの旦那は、ちゃんと良くしてくれてるのかい?」
「……ええ。ランドは瑠胡姫様と同じくらい、わたしを大事にしてくれています。それは、いつも感じておりますから」
「そうかい、それは良かったね。さぞ、ご両親も……喜んでおられるんじゃないかい?」
「……わたしには、実の両親はおりません。養い親ならおりますが、今は家名も名乗っておりませんので」
セラの返答を聞いて、ファラは苦い顔をした。
「……家名すら名乗れないとか、酷い養い親もいたもんだ」
「ですが……ここまで育ててくれたのも、事実ですから。恨んではおりません」
セラがそう答えると、ファラは大きく息を吐いてから、腰に手を添えた。
「良く出来た、お嬢さんだ。ランドには勿体ない……おっと、ごめんね。人の旦那を悪く言うつもりはないんだ。ただ、もっと良いところへ嫁ぐことだって、できただろうって思っちゃってね」
悪気はないのだろうが、セラにはこの言葉が、ユピエルが言い放った言葉と重なって聞こえた。
嫌悪感を滲ませながら、セラはファラから目を逸らした。
「申し訳ありません。今はこちらの者に講義を行っている最中でして。お話は、またの機会でもよろしいでしょうか?」
「ああ、ごめんよ。邪魔をするつもりはなかったんだ。それじゃあ、また」
ファラが去って行くと、セラは憂鬱な顔で天井を見上げた。
(まったく……)
あまりにも不躾な話し方をするファラに、セラは少し苛立ちを感じていた。まるで旧知の関係のような喋り方をされる謂われは無いし、個人の過去のことまで立ち入ろうとする言動に、辟易としていた。
ただ……それなのに、どうして養い親のことまで喋ってしまったのか。このことは、ユピエル法王とレティシアを含めて、数人ほどしか知らないことだ。
薬師のファラとは、あまり親しくしていない。これまで、ランドから聞いた手伝い屋の話でしか、その存在を知らなかったくらいだ。
戦術を考えるユーキの横で、セラが自分の考えに埋没しかけたとき、廊下にいたリリンの声が、食堂まで聞こえてきた。
*
「ランドさんに、瑠胡姫様っ! お待ちしてました」
俺と瑠胡が《白翼騎士団》の兵舎に入った途端、待ち構えていたのではと思うようなタイミングで、リリンが出迎えてくれた。
とはいえ、やろうと思えばできないことじゃない。
なにせ、俺を《白翼騎士団》に呼んだのは、使い魔を介したリリンだ。なんでも、俺に打ち込み稽古の相手をして欲しい――という、手伝い屋への依頼ということらしい。
「見回りをしていたキャットさんが、修道僧と農家の人たちの会話を聞いたんです。それで、レティシア団長がランドさんを雇うことを決めたんです」
リリンはことの経緯を、そう話してくれた。
「レティシアに気を使わせちまったかな? 貸し一つか……」
「そこは、気になさらないで下さい。貸しという点では、騎士団のほうが多いですから」
「そうは言うけどさ、気になっちまうよ」
「なら親友の旦那が無職というのが、いたたまれないだけだ――と、思っておけ」
いきなり横から、レティシアの声が聞こえてきた。ビックリして振り返ると、腕を組んでいるレティシアと目が合った。
「誰が無職だ。法王に邪魔されたって、今は冬だからな。イヤでも仕事は来るさ。それより、いつから、そこにいたんだ?」
「気にするな。今しがただ。しかし、災難なことだな。法王猊下に目を付けられるとは」
「……まったくだ。色々、面倒臭いことになってるよ」
俺が嘆息すると、レティシアは少しだけ表情を曇らせた。
どうしたんだと俺が思うよりも先に、レティシアは瑠胡へと一礼した。
「瑠胡姫様、今日はランドの付き添いですか?」
「うむ。ランドが剣術指南をする姿が見たくてのう。邪魔はせぬ故、見物させてもらうぞ?」
「ええ。どうぞ、御自由に。リリン、二人を案内してやってくれ」
「はい。では、ランドさんに瑠胡姫様、こちらへどうぞ」
リリンの案内で、俺たちは中庭へと出た。リリンが篝火の近くに用意した椅子に、瑠胡が腰掛けた。
「クロースさんとキャットさんを呼んで来ますから、しばしお待ち下さい」
リリンが走り去っていくと、残された俺と瑠胡はしばらく打ち込み稽古の話や、俺の剣術修行時代の話に興じていた。
その途中で、セラが中庭にやってきた。
「ランドに瑠胡姫様……ここでなにを?」
「ああ、セラ。レティシアが、手伝い屋の仕事をくれてさ。これから、打ち込み稽古の相手なんです」
「わたくしは、それを見物しに来ましたの。セラのほうは、順調なんですか?」
「ユーキが煮詰まりましたので、少し休憩にしてきました。でも、ランドの打ち込み稽古ですか? それは、少し楽しみですね」
セラも加わって三人で話をしていると、訓練用の鎧を着たクロースとキャットがやってきた。
「ランド君。今日はヨロシクね」
朗らかに言ってくるクロースとは対象的に、キャットは会釈だけだ。俺は瑠胡やセラから離れると、練習用の木剣を手に、中庭の真ん中へと歩み出た。
最初の相手は、クロースだった。
互いに木剣を構えて、キャットの号令を待つ。
「――始め」
そんな静かな号令が、稽古開始の合図となった。
お互いに木剣を構えた――ところから、俺は即座に間合いを詰めて、クロースの首筋へと木剣を振るった。
「――っ!?」
驚きよりも恐怖が勝ったのか、目を閉じるクロースに、俺は寸止めをした木剣で鎧の肩を叩いた。
「目を閉じるなよ」
「そんなこと言ったって……ランド君、本気だったでしょ? それじゃあ稽古にならないよ」
「あのな……手加減しても訓練にならないだろ? 例え一本も打ち返せなくても、俺の動きを覚えるんだよ。俺の剣を振る速さ、間合い……流れとかな。それで、その覚えた動きを仮想敵にして、剣術の型の素振りをするんだ。そうすれば、一人でも実戦的な訓練ができるようになる」
「……言っていることはわかるけど。でも、空想のランド君を相手にするってことでしょ? 練習になるのかなぁ」
「真面目にやれば、思っているよりも遙かにいい訓練になると思うぜ」
「うーん……わかった。やってみる」
クロースはまだ、半信半疑のようだ。
これは、言葉だけで説明するのは難しい。仮想敵とはいえ自分の想像だから、ワザと弱くしたり、自分の都合の良い動きを想像しては、意味が無い。
あくまでも、自分よりも数段上の実力を思い描き続けなければ、徒労に終わってしまう方法だ。
俺とクロースがまた稽古を始めようとしたとき、中庭にレティシアがやってきた。今の彼女は訓練用の鎧に、練習用の木剣を手にしていた。
「わたしもたまには、剣術の訓練をしたいからな。頼めるか?」
「いや……それは構わないけど」
俺とレティシアが向かい合うと、互いに木剣を持つ腕をだらんと下げた。
ピリピリと空気が張り詰める感じがして、まるで実戦の前のような緊張感が俺の前身を駆け巡った。
「――始め」
キャットの号令で、俺とレティシアは木剣を構えた。
そこですかさず、俺はさきほどと同様に、素早く間合いを詰めた。しかし今度は首筋ではなく、低くした姿勢のまま胴を薙ぎにいった。
先ほどのクロースと同様に、奇襲じみた一撃だったが、レティシアはいとも容易く、その一撃を木剣で防いだ。
……まあレティシア相手じゃ、簡単に一撃を入れられないか。
この初撃を切っ掛けに、俺とレティシアは十数もの剣撃を打ち合った。互いに木剣で相手の剣撃を防ぎ続けていたが、二〇回を超えたところで、俺の木剣がレティシアの木剣を弾き飛ばした。
木剣が地に落ちる音が響くと、レティシアは大きく息を吐いた。
「……流石だな、ランド。いい仮想敵になりそうだ」
「そうかい? まあ冬期の警戒は、今くらいの時期からが本番だからな。騎士団も強くなってくれなきゃ困るから、こっちもやりがいはあるさ」
「冬の警戒……ああ、なるほど。さっき、イヤでも仕事が来るって言ったのは、そういうことか」
なにやら納得した顔のレティシアは、クロースやキャットを振り返った。
「二人とも、せめてこれくらいはできるようになれ。ランドのことは、良い打ち込み台だと思えばいい」
なにやら失礼極まりないことを言って、レティシアは去って行った。
俺はこのあと、昼を挟んで夕方近くまで、二人の稽古に付き合った。ホント、《白翼騎士団》には、もっと強くなって貰わなければ、俺だけでなく、メイオール村全体が困ることになる。
俺は報酬代以上の訓練になるよう、徹底的に二人をしごいた。
クロースからは、「ランド君って、意外とサドだよね……」と言われたけど――これは、大きな誤解だと思う。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
単なる素振りではなく、イメトレの場合は相手の動きを想像しながら……というののは、刃牙でもやっていましたね。
あのときは、カマキリとか恐竜、オーガなどの……人外もありましたけど。
セラが説いていた戦術は、木イチゴ爺ちゃん(ハンニバル)のヤツを参考にしています。
数千年前の戦術が、今なお教本に出てくるらしいですから、ハンニバルやスキピオは凄すぎる……。
そして余談ですが、ランドがSかMかの設定はしてません。
中の人も中道ノーマル寄りですので、ちょっとわかんないですし。
わかんないですし。
少しでも楽しんで頂ければ、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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