219 / 276
第八部『聖者の陰を知る者は』
プロローグ
しおりを挟む第八部『聖者の陰を知る者は』
プロローグ
タムール大陸の南よりに、インムナーマ王国という大国がある。その中央よりの平原に、首都である城塞都市、王都タイミョンが存在していた。
その王城のすぐ側にある大聖堂の一室で、法王である、ユピエル・ハーバートンは修道僧からの報せを受けていた。
白地の法衣に赤いガウンを羽織っているユピエルは、小柄な男だった。年の頃は、もう五〇を超えているだろう。ズケットと呼ばれる半球状の帽子から零れた頭髪は、殆どが白髪となっており、光の加減によってはシルバーグレイにも見える。
ドアへと向いておかれた執務机に座っているユピエルは、その深い皺の刻まれた目を瞬かせた。
「……その話は、真実なのでしょうか? 王国内に、それほどに大きな異教の神殿が存在するとは」
「残念なことに、真実で御座います。話では、異国の娘が滞在し、神殿のある村に住む男と結ばれたようです。それと……こちらは本来であれば、あってはならぬことなのですが……」
言い淀む修道僧へ、ユピエルは鷹揚に片手を挙げた。
「あなたが罪を感じることは、なにもありません。報告を続けて下さい」
「――はっ。寛大な御言葉に、心からの感謝を申し上げます。神殿に入った男へ、嫁いだ者がいるようです」
「……それは、どういう意味ですか? 先ほどの男は、異国の娘と結ばれたのではないのですか?」
「左様に御座います。ですが、その男は村の女人とも結ばれたと……しかも、その女人は元騎士ということです」
その報告を聞いて、ユピエルの顔に沈痛な表情が浮かんだ。
「残念なことです。人というのは、こうも淫欲に抗えないのでしょうか。使いを出し、説得と改宗をさせねばなりませんね」
「――はい。わたくしも、それを考えておりました。その騎士はセラという名らしいのですが、元はアムラダ様の信徒。我らの言葉に耳を貸すことでしょう」
ユピエルは修道僧の発言に、羊皮紙に書簡を書き綴ろうとした手を止めた。
「……お待ちなさい。その――騎士はもしや、《白翼騎士団》に所属していたのではありませんか?」
「はい。法王様は、かの騎士団を御存知でいらっしゃるのですか?」
「……詳しく知っていた、という訳ではありません。ハイント領は、王家に連なる家系なのです。ハイント領の長女が騎士団を設立した際に、面会を受けたことがあります。セラというのは、副団長だったはずですが……」
ユピエルは僅かに震える手で羽ペンを置くと、修道僧に告げた。
「その騎士の説得には、わたくしが赴きましょう」
「法王様、自ら――御言葉ですが元騎士への説得など、ほかの者に任せておけばよろしいかと」
「先ほども言いましたが、ハイント領は王家に連なる家系です。万が一にも失礼があってはなりませんこれは、法王としての責務なのです。これの件は法王の勅命により、最優先事項として処理致します。皆にも周知させ、出立の用意を急がせなさい」
「はっ。仰せのままにいたします」
修道僧が退出したあと、ユピエルは執務机の引き出しを開けた。そこにある小箱を開けると、古びたペンダントが収められていた。
アムラダのシンボルである、杖と太陽が組み合わさった飾りに手を触れたユピエルは、深い溜息を吐いた。
*
王都タイミョンにある図書館では、ジョシア・コールが目を丸くしていた。
通常なら一介の司書が立ち入ることができない、豪奢な造りの応接間だ。大理石の壁やら、蝋燭が何十本も灯せるシャンデリア、テーブルや椅子は木製だが、柔らかい羽毛を包んだ生地で、背もたれや座面が覆われていた。
ジョシアの対面に座っているのは、豊かな金髪をシニョンに纏め、今日は鮮やかな青のドレスに身を包んだ王家の末姫、キティラーシア・ハイントである。
ジョシアは一定の敬意を示しつつも、キティラーシアの要望に添う形で、畏まり過ぎないような言葉遣いでの対応をしていた。
「お兄ちゃんが、結婚式を挙げるんですか?」
「ええ。レティシアからの文では、春を予定しているそうですの。わたくしも参列したいのですが、お城の行事や他国との会談もありますので、難しくて。ですから、わたくしの代わりに行って下さいませんか?」
「残念ですが……春になると図書館でも休みが取れなくなるんです。王都内にある学院に新入生が入ったり、役場に勤めだした人たちが、過去の資料を探しに来ることが増えますから」
王都の図書館は、主に貴族階級の者たちが多く訪れる。学院や役場も、所属しているのは殆どが貴族階級の者たちだ。
それだけに、その対応を滞らせることは出来ない。
キティラーシアは少し残念そうな顔をしたが、すぐに明るい顔でポンと手を打った。
「でしたら、冬のあいだに御挨拶に行くというのは、どうでしょうか。それでしたら、お仕事をお休みすることもできますわよね」
「それは……ええ、可能だと思います。残る問題は、旅費なんですけど……なにぶん急な話ですから、貯蓄もしていませんし」
ジョシアが苦笑いをすると、キティラーシアはおっとりと微笑んだ。
「その心配なら、わたくしに任せて下さいな。ちょうど、わたくしのお知り合いが、メイオール村へ行くらしいですので、同乗させて貰いましょう」
「え、あの……いいんですか? 平民のわたしが一緒なんて」
「ええ。信頼の置ける御方ですから、ご安心下さい」
キティラーシアの言葉に、ジョシアは少し勇気づけられた。軽く深呼吸をして気持ちを落ち着けると、普段通りに微笑んだ。
「それであれば、是非にお願いしたいです。それで、メイオール村へ行くのは、どんな御方なんですか?」
「ユピエル法王猊下ですわ」
「……え?」
あまりにも予想外な返答に、ジョシアは一瞬、自分の耳を疑った。あまりの衝撃に、あとは瞳孔から光の消えたまま、キティラーシアの発言(やや問題あり)に、頷くことしかできなかった。
---------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
第八部の開始ですが……あ、ありのままに起こったことを書き連ねます。
最凶の音声使い~の大賞エントリーをしようとしたら、本作のエントリーが完了していたんです。
一瞬、マジでなにが起きたか理解できませんでした。
……寝不足でこういう処理をするもんじゃないですね。ただ、参加するからには頑張ります。マイペースにはなると思いますが、もしよろしければ、よろしくお願いします。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
10
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる