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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』
四章-6
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天空から、神気を含んだ光の糸が降りてきて、ペークヨーから赤い棘を引き抜いた。
それを見たジコエエルは結界内に聞こえた声に従い、ペークヨーから離れた。
「なんだ……ジコエエル、状況の説明を」
〝レティシア、御主も控えよ。龍神が降臨なされた〟
「なん、と……」
ジコエエルが砂浜まで下げた首から降りると、レティシアはすでに着地していた俺たち三人の元へ駆け寄ってきた。
「ランド、これは……」
「いや、俺も詳しくはわからねぇ。瑠胡が言うには、龍神・恒河様が仲裁に入った可能性があるってことだが……跪かなくてもいいけど、最敬礼だけは忘れずにな」
レティシアはまだ半信半疑という顔をしていたが、それでも頭の回転はいい。俺たちに倣って、声が聞こえてきた方角へと向き直り、直立の姿勢になった。
そのまま数秒ほど待っていると、結界の中にうっすらとした影が浮かび上がった。巨大なワームのような姿だが、その姿はペークヨーとは比べものにならないほど、神々しい。
銀の鱗に黄色い瞳。だが黒い瞳孔は、は虫類のように細長くなく、人間の瞳のように丸い。角はなく、その代わりに人間――いや、エルフのような尖った耳がある。
龍神・恒河様の降臨に、俺たちはそれぞれ――ペークヨーもだ――、最敬礼で出迎えた。
〝皆――そう畏まらずともよい。頭を上げよ〟
俺たちが頭を上げると、龍神・恒河様は空中で半透明の身体をくねらせつつ、頭部を地表から十数マーロン(一マーロンは、約一メートル二五センチ)まで下げた。
〝此度の諍いに対し、神々からの裁定を下す。どのような結果になろうとも、最低と思わず、素直に受け入れよ〟
……ん?
なんだろう、この違和感。いや、違和感の正体には察しが付いたんだけど、こんなときに、まさか――という思いが、その考えを否定していた。
控えていた全員が、一様に俺と同じような気持ちになったんだろう。どういう表情をしていいか、わからないという顔をしていた。
龍神・恒河様はそんな俺たちを見回してから、小さく呟いた。
〝ふむ。少し高尚過ぎたか。今のは裁定と最低を引っかけた、駄洒落の一つである〟
「いえ……恒河様。恐らく、それは皆も理解しておる様子。このような状況で、龍神であらせられる恒河様が駄洒落を口にしたことに、皆は戸惑っておりまする」
瑠胡の釈明――というか、ある意味では突っ込みなんだろう――に対し、龍神・恒河様は首を傾げるような仕草をした。
〝傲岸不遜に告げるだけなら、人にもできよう。しかし我も龍神といえど、神の一柱である。慈愛と寛容、博愛を以て、下界の者たちと接するのは自明といえよう。先ほども皆が、少々畏まり過ぎておったように思えたのでな。先の発言は、その緊張を解くためのものであった〟
「左様で御座いましたか。そのようなお心遣いをして頂き、感謝の念に堪えませぬ」
〝わかればよい。さて――それでは本題に戻ろう。まずは眷属神・ペークヨーよ。此度の一件、おまえの行いは目に余る。ランドによって神気が消されたのは、良い機会だ。おまえを眷属神から凝華させ、元のワームへと戻す〟
〝そ――〟
〝反論は許さぬ。これは、神々の決定である〟
龍神・恒河様から厳しく反論を断たれ、ペークヨーは無言で平伏した。
続いて、龍神・恒河様はキングーへと目を向けた。
〝さて……キングーよ。おまえは余計な考えが多すぎる。竜神の後継を自負するならば、寛容な心を育てよ。そこのランド・コールは、確かに人間であった。しかし我らが昇華を決め、それを受け入れた今、ランドは天竜となっている。
元人間を理由に、瑠胡姫との仲を認めぬというのは、ただの独り善がりでしかない〟
「それは……それでは我らドラゴン族の誇りが傷付くと、そう思う同胞らも多いと存じます。元人間である以上、ドラゴン族よりも人族に肩入れするのを、懸念しておるのです」
〝それは、今後の行動を元に評価を下せば良い。元人間だという一点での不承は、状況にそぐわぬものと心せよ〟
「……畏まりました」
キングーが忠告を受け入れると、次は俺の番だった。
僅かに細めた目を向けられ、俺の全身から冷や汗が吹き出した。色々と、やり過ぎたのではないか――という自意識はある。
だけど、こっちだって生き延びるのに必死だったんだ。手加減をしていたら、こっちがやられていたのは、間違いがない。
そんな想いを抱きながら裁定を待つ俺に、龍神・恒河様は静かに告げた。
〝ランドよ――おまえは、ちと言葉遣いが荒すぎる。もう少し、発言には気をつけよ〟
「発言……ですか?」
正直、ちょっと戸惑っていた。
ペークヨーへの〈スキルドレイン〉や、そのほかの暴力的行為への追求があると思っていただけに、この内容は拍子抜けだ。
そんな俺の感情に気付いたのか、龍神・恒河様は首を傾げるような仕草をした。
〝ふむ……発言だけが言及されたのが、信じられぬようだな。この状況を、死者を出さずに収めたことは、最後をジコエエルに任せた点を含めても評価すべき点だ。我の言葉に従うだけの冷静さを持ち合わせておった以上、あのまま放置をしてもペークヨーを殺めるまではしなかったであろう。
故に、我は発言に対してのみの裁定としたのだが……もしや、もっと厳しい裁定を欲するという、被虐的な趣向があったか?〟
「あ、いえ。そういうのはありません。それでその……発言に気をつけろとは、具体的にどのようにすれば良いでしょうか?」
話の流れが妙な方向へと行きそうなのを、少々強引に修正した。龍神・恒河様は小さく息を吐いた。
〝特に気をつけるべきは、暴力的な発言であろう。もはやドラゴン族は、同胞にも近い存在だとわきまえよ。あまり、有象無象などという表現をせぬように。とはいえ……ふむ〟
龍神・恒河様は少し考える素振りをしてから、再び口を開いた。
〝急に言葉遣いを正すのは難しいと理解しておる。良い手本があれば、それに倣うのが近道となろう。一つの提案ではあるが、我の真似をしても構わぬぞ〟
「恒河様の真似ということは……先ほどの駄洒落のような?」
〝まーねー〟
今回、ちょっと強引に来たな。
真似と、曖昧な同意を現す『まあね』を、強引に近い発音にしてきたなぁ。
いきなり、こういうことをされても、なんだ……返答に困る。
俺たちが困惑しているのを見て、龍神・恒河様は僅かに視線を上げた。
〝またもや高尚過ぎたか……〟
あ、いや。そういうわけじゃないと思います。
突っ込みしたくてもできない状況に、俺たちは無言で龍神を見上げるしかなかった。下手なことを言って、怒らせたくないし。
戦い方自体には、お咎め無し――ということで正直、ホッとした。
〝これで最後となるが……瑠胡姫に、セラと申したな。そなたらには、ランドの件で余計な苦労をかけている。我も女神が一柱ゆえ、そなたらの気持ちは察するに余りある。どうか、許しておくれ〟
「勿体ない御言葉に御座います」
「……覚悟はしておりました。なんの怒りも抱いてはおりません」
瑠胡とセラの返答に、龍神・恒河様は小さく頷いた。
〝さてランドよ……すべての裁定が下された今、二つほど話がある。おまえは《異能》の使いかたを理解してしまった。そのため、おまえ自身に制約を設ける〟
「あの、こちらからも質問をいいでしょうか? 俺の《異能》とは、《スキル》を創り出してしまう力のことですか?」
〝少し違う。《異能》の正体は、おまえの中に存在している《根感》である。すべての生物は母の体内、もしくは卵の中では《根感》という、《魔力の才》の元となるものが存在しておる。子が形を成すに従って、《根感》は《魔力の才》へと変貌し、その役目を終えるのだ。しかし、おまえは生まれついての《魔力の才》がない代わりに、《根感》が残っている状態だ〟
「待って下さい。俺には〈スキルドレイン〉がありますけど……」
幼少期に出た、赤い棘。あれが覚醒して、〈スキルドレイン〉になったはずだ。
しかし、龍神・恒河様から出た発言は、そんな俺が想像もしていなかった類いのものだった。
〝おまえの〈スキルドレイン〉の元となった、あの棘だが……あれは、《魔力の才》ではなかったのだ。幼少期に、おまえが無自覚に使ってしまった《異能》が創り出した、魔力の棘。その証拠に、あの棘は《魔力の才》――《スキル》として、《鑑識の目》などの品には反応しなかったであろう?〟
……言われてみれば。訓練兵時代、最後の最終試験における《鑑識の目》においても、あの俺の赤い棘は《スキル》として判定できなかった。
驚きに目を見広げる俺に、龍神・恒河様は説明を続けた。
〝本来であれば、《根感》が感応することの無かった、意志や思考――それらに反応して、一時的な《魔力の才》を創り出してしまうのだ。そして《異能》で創られた《魔力の才》は、そのとき限りの力である。しかし、これも例外が起きてしまった。
おまえが創り出した〈スキルドレイン〉は、その性質から、おまえ自身の《魔力の才》として固着してしまったのだ。同時に創り出した他の二つの《魔力の才》も、その影響で残ってしまった。そのあと、《魔力の才》などの技能を消去する能力も発現したが……あれも無意識に使った《異能》によるものだ。
すべて、おまえが『こうしたい』と願ったことが切っ掛けとなっている。そのことは、理解しておるか?〟
……言われてみれば。〈スキルドレイン〉でゴガルンの《スキル》を奪ったときも、あの山賊の《スキル》を消したときも、俺はそんなことを考えた――気がする。
俺が記憶を遡っているあいだにも、龍神・恒河様の言葉は続いていた。
〝それで制約だが……《異能》の力そのものへの制約は、我ら神々にも不可能だ。しかし、《異能》による力の創造は一度に一つまで――と。この制約であれば可能だと判断した。ランドよ、不服はあるか?〟
「いいえ。ありません。今の……わたくしには、《異能》で複数の《スキル》を造ることは出来ませんから」
制約を受け入れた途端、俺の身体が一度だけ青白く光った。どうやら、これで制約は完了したってこと……なんだろうか。
龍神・恒河様は頷きながらも、視線はまだ俺から離れない。
〝良かろう。この件は、これで決定とする。あとは、《異能》が正しきことに使われるのを祈るばかりだ。二つ目の話だが……ペークヨーが凝華したことで、眷属神としての席が空いてしまった。代わりに、おまえが眷属神として昇華させることができる〟
「それは――」
俺は言葉をいったん切って、大きく息を吐いた。
今の言い回しだと、決定事項ではなさそうだ。俺の意志を確認してから、どうするかを決めるってことなんだろう。
レティシアやセラの驚く顔を視界の隅に捕らえながら、俺は龍神・恒河様に答えた。
「お断りをしても、よろしいでしょうか」
〝ふむ――理由を聞いても良いか?〟
「はい。神に――という話は、瑠胡の故郷でもあったことです。そこで俺と瑠胡、それにセラは、互いに話し合い、今の状況を選択しました。ここで、それを違えることは、俺にはできません。俺は――瑠胡やセラと、これからも一緒にいられれば、それだけで充分ですから」
俺の返答に、龍神・恒河は瑠胡たちを見た。
〝ランド・コールは、そう申しておるが……瑠胡姫にセラよ。おまえたちはどうか?〟
「妾は、ランドと同じ意見にございます」
「不敬とは思いますが、わたくしはランドとともに」
二人の返答を聞いて、龍神・恒河様は小さく頷いた。
〝なれば、致し方が無い。だが、眷属神の席が空いているのも事実――ジコエエルよ。眷属神となり、神々の手助けをしてくれると助かる〟
〝……たまたま場に居合わせただけで選ばれたとなれば、我の埃が許せませぬ。理由をお聞かせ願いたく存じます〟
ジコエエルの言い分に、龍神・恒河様は静かに語り始めた。
〝おまえは此度のことで、異種族である人族と行動を共にした。異種族への偏見や、おまえ自身の奢りを排したことで、神たる資格を得る一歩を踏み出したのだ。そして仇に対し、殺意が感じられなかったことが、寛容さを示すこととなった〟
〝それは――仇を殺したところで、同胞らは帰って来ぬことは理解しておりました。ならばせめて、同胞たちが味わった苦痛を与え、その恐怖を身に刻んでやろうと考えただけに御座います〟
〝それでよい。ドラゴン種において、それは寛大さそのものだ。これにより、異例ではあるが、眷属神への資格ありと判断した。納得はしたか?〟
ジコエエルは一度目を瞑ったあと、数秒ほど黙考した。
そのあと再び目を開けると、真っ直ぐに龍神・恒河様を見上げた。
〝慎んでお受け致しましょう〟
〝善き哉――〟
そう言って頷く龍神・恒河様はその身体を降下させると、自らの身体から鱗を噛み千切って、ジコエエルの口へと入れた。
一瞬、ジコエエルの身体がビクンっと痙攣したように見えた。
その一瞬あと、その身体が変異しはじめた。赤い鱗は朱の混じった銀色へ。翼は大きくなり、瞳は穏やかな青色へと変わっていった。
〝ジコエエルよ。これよりはケツアルコアトルの眷属神として、風の神エエカトルと名乗るがいい〟
〝畏まりました。ですが――我が彼の地へと向かうのは、しばし待って頂きたいのです。此度の件で、大きな借りが出来ましたので……それを返したいと考えております。五〇年はかからぬと思いますので、是非に御容赦して頂きたく存じます〟
〝五〇……年か。良かろう。それくらいは、誤差の範疇であろう〟
五〇年が、誤差。
その価値観の違いに驚いていると、ジコエエル――いや、エエカトルがレティシアに首を向けた。
〝レティシアよ。此度の件、御主には借りができた。しばしのあいだ、我は御主が背に乗ることを許そう〟
エエカトルの申し出に、流石に現状を把握しきれていなかったらしいレティシアは、しどろもどろになりながら、俺たちを見てきた。
「状況の説明を求める……龍神とはなんだ? 眷属神? おまえたちは、神と会ったことが――」
「そこの説明は、あとにしようぜ。それより、返事が先じゃないか?」
俺が促すと、レティシアは改めてエエカトルを見上げた。
「ジコエエ……いや、今は名が違うのか」
〝ジコエエルで構わぬ。それで、返答は如何に〟
「……その、なんだ。申し出は嬉しいし、身に余る光栄だと思っている。だが……これほどの巨体を養えるほど、我が騎士団は大きくないし、裕福でもない」
〝大きさなど、さしたる問題ではない〟
そう告げた途端、エエカトルの身体が光りに包まれた。数秒で光が解けると、中から現れたのは赤毛の馬だった。そこらの軍馬と比べて、肉付きや背丈が一回りほど大きい。
たてがみが白いのは、元の鱗の影響なのかもしれない。
〝これであれば、問題はなかろう?〟
「あ、ああ……しかし、いいのか? わたしのところに来るなど……」
〝構わぬ。御主への大きな借りは、返す〟
エエカトルの返答に、レティシアは微笑みながら、その鼻頭を撫でた。
龍神・恒河様は、そんな俺たちを見回しながら、声高に告げた。
〝これにて、裁定は終いとする。皆もそれぞれ、帰っておしまい〟
……突然に降りた沈黙の中、龍神・恒河様の姿を薄れると共に、神気と結界も消失していく。
〝今のは、ちと稚拙すぎたか……〟
その言葉を最後に、龍神・恒河様は完全に消えたんだけど……なんだ、その。
これってもしかして、信仰心とか神への従属とか、そういうのを試されてるんじゃなかろうか?
そんなことを思いながら、俺は先ず海に帰るペークヨーを監視した。逆ギレ的に岸へ攻める気配がないのを確かめてから、俺たちは岸へと戻ることにした。
キングーは、俺たちの仲を認めないまま去って行った。そのときのことを思い出すと、少し腹が立つけど……とりあえず、今は考えても仕方がないと、そう自分に言い聞かせることにした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!
わたなべ ゆたか です。
これでやっと、第一章プロローグからの引きが解決できました。
ここに出てきた《根感》は、造語になります。視覚や聴覚……とくれば、○覚で統一すべきかも……と思ったんですが、第六感とかあるので、まあいいやって感じの名前です。
ちなみに七つ目は《スキル》になりますが、《根感》は零番目の感覚になります。本作の設定的にはって話ですが。
恒河の言っていた制約は終わってますが、
今回活躍の恒河様ですが、名の由来はガンジス川。女神であるパールヴァティの化身とか、書いてる本によって様々な女神様です。
……仏罰、来ないといいなぁ。今のうちに、ハスター様に祈っておくのがいいんでしょうか、これ。
エエカトルも本来は、ケツアルコアトルの化身って話もありますね。ここでは眷属神にしちゃいましたが。
説明文が長くて、本来は二話でやる予定でしたが、途中で分けると中途半端感がありましたので、一本にしました。少々長い(六千文字オーバー)ですが、何卒ご容赦のほどを……って、最後に書いても意味が無い気がしています。
次回は、エピローグとなります。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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