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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』
四章-5
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海蝕洞から離島の様子を観察していたジコエエルが、唸るような声をあげた。
〝……三回目、か〟
「ジコエエル、どうした?」
レティシアに声をかけられ、ジコエエルは僅かに睨むような目つきを向けた。
〝なぜ、ランドがペークヨーの雷を避け続けられると確信できた?〟
「なんだ、そんなことか。確信など、元から抱いていなかったさ。ただランドは、嘘吐きになるのを嫌がるからな。勝つと言った以上、意地でも勝つ手段を探し出す……と、そんな気がしていただけだ」
〝たった、それだけ……だと?〟
ジコエエルの表情から険しさが消えた。レティシアの言葉が信じられないという気持ちと、たったそれだけ――という驚愕と、それに他者からここまで言わせるランドに対する興味とが、胸中で複雑に絡み合っていた。
やがて……ジコエエルは静かに、レティシアの前へと首を降ろした。
〝乗れ――賭けは、おまえの勝ちだ。ランドに加勢してやろう。その代わり、おまえの手を借りるが、それに異存はないな?〟
「ああ、もちろんだ。しかし、本当にいいのか? 賭は、ランドに加勢するのを考えてくれ――というだけだったが」
〝構わぬ。我も少しだが……ランドという天竜に興味が沸いた〟
ワイアームに限らず、ドラゴン種は感情が読み取りにくい頭部をしている。しかしレティシアには、今のジコエエルはどこか微笑んでいるように見えていた。
それに興味が沸いたという、ジコエエルらしからぬ言い回しが、ふて腐れながらも親の意見に同意した子どものように感じてしまい、レティシアは笑いを堪える羽目になった。
〝どうした?〟
「なんでもない。行こうか、ジコエエル」
レティシアが太い首に苦労して跨がると、ジコエエルは胴体をくねらせながら海に入った。
頭部だけを海上に出しながら泳ぐジコエエルは、まっすぐに離島を目指した。
*
俺の挑発を受けたペークヨーは、盛大に咆哮をあげた。
〝貴様には、最早慈悲はいらぬ!〟
「最初から無かっただろ、そんなの」
俺は冷静に尻尾による一撃を避けると、竜語魔術を唱えた。
火力の高い〈爆炎〉ではなく、〈火炎放出〉というものだ。これは炎息のように、手の平から炎を放つものだ。
雷を警戒するため、あまりペークヨーとの距離が離れるのは拙い。この距離では威力の高すぎる〈爆炎〉だと、俺まで爆風の範囲に入ってしまう。
たとえ〈魔力障壁〉によって護られるとはいえ、視界が遮られる愚は避けたい。
しかしペークヨーは炎で、炙られても平然としていた。
〝馬鹿め――先にも言ったが、我には魔術への耐性があるのだ〟
そんなことは、わかってる。だけど、こっちだって攻める手段は手探りだ。有効な打撃を模索しなきゃならない。
効き目の薄い竜語魔術を止めると、こんどは〈遠当て〉を連続で放った。もちろん〈筋力増強〉で威力を増したんだが……こちらも、あまり効果はないようだ。
攻撃を続ける俺に、ペークヨーは苛立った声を発した。
〝無駄だというのに、諦めぬか……愚かな。もう相手などしてられぬ〟
そんな嘲るような言葉を発した直後、海中から二つの影が飛び出してきた。
一つは、青い鱗。そしてもう一つは緑色の鱗――前にレティシアを連れ去った、ワイアームたちだ。
ただし、そのときの面影はまったくなく、見るも無惨な姿をしていた。
頭部は潰れて眼は空洞、首や胴体には食い破られたあとがあり、そこから肉や腐りかけた内臓が露出していた。
動く死体――喩えるならば、ドラゴンゾンビというべきものだろう。
その二体が翼を羽ばたかせながら、俺へと突進してきた。動きが緩慢なため、難なく避けられた。
しかしそれで、俺はペークヨーとの距離が遠くなってしまった。
ドラゴンゾンビたちが腐臭とともに通り過ぎると、俺の視界にペークヨーの姿が見えた。俺を見据えたヤツの角で、小さな光が散った。
このままでは、もろに雷を喰らってしまう。
異能を使おうにも、そのための集中は切れていた。他の手段を考え始めたが、その前にペークヨーの角のあいだから、火花のような光が溢れだした。
もう間に合わない――そう思ったとき、ペークヨーの右側頭部に、斜め下から飛来した火球が命中した。
〝ぬ――?〟
痛みはさほど感じていないようだが、不意の攻撃に雷を呼ぶ《スキル》は途切れたようだ。
俺たちの斜め下にある海の上では、赤い鱗のワイアーム――ジコエエルが首だけを出していた。その首には、レティシアが跨がっていた。
先ほどの火球は、レティシアの《スキル》による攻撃のようだ。
ペークヨーは海上のジコエエルへと、目だけを向けた。
〝ジコエエル、どういうつもりだ?〟
〝それは、こちらの言葉だ。我が同胞の亡骸を操るなど、侮辱にも程があるであろう!〟
〝そのようなこと――今は、ランドという天竜を斃すことが最優先。そのために、使える手段を使ったまで。それに、ランドを斃すための役に立ったとなれば、貴様の同胞も浮かばれよう〟
〝巫山戯るなっ! そもそも我が同胞が斃されたのも、貴様の謀略が原因ではないか!〟
ジコエエルの反論に、ペークヨーは僅かに目を細めた。
〝しかし、これは我とランドの対決だ。ランドへの加勢は許さぬ〟
〝すでに、加勢ではない。我は同胞の仇として、貴様を討つ!!〟
翼を羽ばたかせて、ジコエエルが空へと飛び上がった。
それと同時に、炎息をペークヨーへと吐き出した。レティシアも〈火球〉を放ってはいるが、どのどちらも大した手傷を与えてはいなかった。
〝そんなもので、我が斃せるわけがないであろうが! まずは、貴様たちから葬ってくれよう――〟
「……いいのか? 我らだけに構っている余裕が、あるとは思えんが」
レティシアの言葉に、ペークヨーの目が周囲を見回した。
俺を探してるようだが、ジコエエルが与えてくれた隙をついて、もう急上昇を終えていた。
俺がいるのは、ペークヨーの真上だ。左手を振りかぶった俺は、〈筋力増強〉で強化した〈遠当て〉を融合させた、俺のとっておきをペークヨーへと放った。
放たれた〈遠当て〉は、赤い物が混じったままペークヨーの頭頂部へと命中した。
〝上か――っ!〟
ペークヨーが俺を見上げたとき、もう《異能》を使う準備はできていた。
身体の中で、鍵が開く感覚――それを感じながら、俺は力を解放した。
「てめぇは、動くなっ!」
俺が手を振り下ろすのに少し遅れて、ペークヨーが砂浜へと落下した。
〝な――っ!? これは一体……〟
地面に押さえつけられながら、ペークヨーは苦悶の声をあげた。
俺は呼吸を整えながら、しかし次の攻撃を繰り出す余裕はなかった。異能を維持するだけで、全神経を集中させなくてはならない。
同時に別の行動をすれば、《異能》は解けてしまうだろう。
ペークヨーの頭部からは、まだ光が溢れていた。視線を空へと向けながら、角からの光を増やしていった。
しかし――。
〝なぜだ――この状態では、《魔力の才》が上手く扱えぬ……のか〟
ペークヨーは視線を俺へと向けると、諭すような声で語り始めた。
〝ランドよ……貴様は、それほどまでに、神としての立場を欲するのか?〟
「はぁ? どういうことだ?」
言葉の意味がわからないし、心当たりも……ない。そんな俺に、ペークヨーは落ちついた声音で話を続けた。
〝瑠胡姫は――竜神の子。すなわち、神の眷属そのものだ。生まれながらにして、眷属神としての立場を持つ彼女とつがいになるということは、それは神への一歩を手にすることに他ならぬ。元人間である貴様にとって、神になるのは荷が勝ちすぎる。その責務と責任に、精神は耐えきれぬだろう――〟
始めて聞く話に、俺は驚きを隠せなかった。神――竜神として神界で過ごすというのは、確かに人間の精神では耐え難いものかもしれない。
外界に出ることも許されず、ただ世の均衡を保つことに意識を向ける日々――それは人間が欲する権力や平穏とは、かけ離れたものになるだろう。
そんな俺の心情を察したのか、ペークヨーは全身にかかる圧力にも関わらす、喋り続けた。
〝我が、その責務から解き放ってやろう。瑠胡姫のことは、我が面倒をみる。おまえは人としての幸せを――〟
その言葉を、最後まで聞く気にはなれなかった。
ムカッとした苛立ちを込めて、俺は《異能》の力を増幅させた。砂浜に押さえつけられる圧力が増したためか、ペークヨーは激痛による叫び声をあげた。
〝ぐわああああっ!〟
「あのな。その手の話は、もう終わったんだよ。そんなんで動揺を誘おうとか、考えが遅すぎなんだよ」
そんな俺の言葉に目を見広げたペークヨーの鱗に、亀裂が入った。どうやら、そろそろ頃合いらしい。
俺はすでに砂浜へと降りているジコエエルへと、声をかけた。
「ジコエエル。最後のトドメはくれてやる。三、二、一で、こいつの喉笛に食らいつけ!」
〝……承知した〟
「いくぞ。三、二――」
ジコエエルが移動を開始するのを見ながら、俺は少し秒読みの間隔を調整した。
「一っ!」
〝や、止めろ……〟
ペークヨーの制止を無視した俺が《異能》を解くと、ほぼ同時にジコエエルがペークヨーの喉笛に噛みついた。
鋭利な牙に噛みつかれ、ペークヨーの喉から鮮血が飛び散った。藻掻きながらも、しかしペークヨーはまだ挫けていなかった。
〝一対二とは……中々に卑怯なことをするではないか〟
「ジコエエルの恨みを買ったのは、あんたの不始末だろ? 自分の糞くらい、自分で始末したらどうだ(自分の尻くらい自分で拭け――と同意。……って、このくらいはわかっちゃいますよね)?」
〝おのれ……このまま我が雷で滅ぼしてくれる!〟
ペークヨーは叫ぶが、落雷はない。そのことに〝なぜだ――!?〟と驚愕したあと、さらに絶望感を滲ませた叫びをあげた。
〝な、なぜだ……雷どころか、身体を浮かせることすらできぬだとっ!?〟
「それに、攻撃に対する耐性も無くなったようだしな。もう、おまえに勝ち目はないぜ」
〝貴様――なにをした!?〟
「俺のことを調べたのなら、俺の《スキル》――〈スキルドレイン〉のことは知ってるんだろ?」
そう答えながら、俺は丸い傷から血を滴らせている左手を見せた。
俺はさっき、ペークヨーの頭頂部に向けて〈遠当て〉と融合させた〈スキルドレイン〉を放っていた。〈スキルドレイン〉の起点となる赤い棘を打ち出し、ペークヨーの《スキル》や技能ともいえるものを、現在も消去している最中だ。
「おまえがこのまま、ただのでかい蛇になるまで能力を消してやる。おまえが言ったんだぜ? 死力を尽くすのが最大の礼儀だってな」
〝神気の耐性も失せつつある、だと……馬鹿な――そんな、グガロォォグド〟
「そろそろ、俺の国の言葉も喋れなくなってきたか」
ジコエエルの牙が深く喉元に食い込み始めたころ、ペークヨーへと接近しようとしているキングーを見た。
「ペークヨー殿、今お助けいたします!」
ジコエエルへ何かを放とうとするキングーへ、俺とレティシアが同時に《スキル》を放った。
俺の〈遠当て〉とレティシアの〈火球〉による牽制に、キングーは空中で動きを止めた。
「不要な手出しはするな――さっき、あんたが瑠胡に言ったことだぜ?」
「あなたは……や、やり過ぎでなんです! そこまでやることはないでしょう!?」
「こいつは、俺を殺そうとしたんだ。お互い様ってやつだと思うんだがな」
「それは……でも!」
「でもじゃねぇ。部外者は、引っ込んでてもらいましょうか」
俺の返答にキングーがたじろいだとき、背後でなにかが海に落ちる音が聞こえてきた。
振り返れば、ドラゴンゾンビと化した二体のワイアームが海に浮かんでいた。動きがないことから、元の屍に戻ったようだ。
一対は胴体に大穴が、もう一対は体中を蜂の巣にされたような、細かい穴が無数に空いていた。
瑠胡とセラにはそれぞれ、竜語魔術や《スキル》を使った形跡があることから、ドラゴンゾンビを斃したのは、この二人の仕業らしい。
「瑠胡、セラ……手間をかけさせてすいません」
「なにを言っているんです。このくらい、当然のことではありませんか。それに、屍を操られるなど、ドラゴン族には侮蔑でしかありませんから。呪縛を解いてあがえるのも、わたくしたちの努めです」
「礼なんかいりませんよ、ランド。このくらいのことは、させてください」
瑠胡とセラに微笑みかけられた俺は、海上の死骸を一瞥してから、ぎこちなく微笑んだ。
これは、もし喧嘩になって、俺対瑠胡とセラ――という状態になると、間違いなく俺の命がないだろう。
喧嘩だけはしないようにしよう――そんな決意をしていると、瑠胡がなにかを考えるような顔を向けてきた。
「ランド、先ほど使った《魔力の才》は、兄のものと似ております。どこかで、〈スキルドレイン〉をしたのですか?」
「……いいえ。与二亜様が、そんな《魔力の才》を持っていることも、今まで知りませんでした。さっき使ったのは、《異能》です。多分なんですけど、《スキル》を造ってしまう力かもしれません」
ともかく、あとはジコエエルがトドメを刺すだけか――そう思っていたとき、周囲が清浄な気配に包まれた。
〝そこまでだ――〟
男女の区別がし難い、しかし落ちついた声が聞こえてくると、周囲が結界に包まれた。
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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
戦闘シーンが長い長い……しかも、胸糞展開が続くとボケを入れる余裕がなく、書いているほうもストレスが溜まります。
暑さからの仕事疲れもあって行動力が激減して、集中が途切れてしまいます。
今は行動食とか常備してないんですよね……行動食って登山なんかのときに、スタミナ切れを防ぐ・回復のための食料なんですが。
有名なところだとラムネとか。ブドウ糖が豊富なヤツが多いかもです。
そんなわけで。
金曜日の帰宅時に立ち寄ったスーパーで、行動食としてショートケーキ(二個入り)を買って、それをおかずに夕食を食べました。
健康診断で、コレステロールが若干上昇してましたから、こういうのは控えないと……と思った直後に、逆転の発想です。
「健康診断まで、あと十ヶ月くらいはあるんだし。きっと大丈夫」
そんなわけで、美味しく頂いたわけです。ケーキ二個。
その結果、予定の文字数を超えました。ううん……色々と詰め込みすぎたかもです。反省。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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