屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

四章-3

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   3

 ペークヨーが決めた刻限まで、残り一日。
 正午の鐘がなる少し前、レティシアはジコエエルが傷を癒やしている海蝕洞を訪れていた。日差しを避けるように奥のほうへと身を縮ませながら、赤いワイアームが僅かに頭を上げた。


〝……どうした、レティシア〟


「ランドたちが、ペークヨーとの戦いに出向く。見送りに行くか?」


〝行くわけがなかろう〟


 短く答えるジコエエルに、レティシアは少し落胆したかのように、肩を落とした。


「ペークヨーは、おまえの同胞たちの仇ではないのか? 声をかけろとは言わんが、仇との戦いに赴くランドを見送るくらいは、してもいいと思うが」


〝それでは我が……いや、我らが誇りが損なわれる。仇討ちをするなら、我が直接――〟


 そこで言葉を途切れさせたジコエエルは、視線を離島へと向けた。


〝どのみち、ペークヨーには勝てまい。あの雷は、避けようがない。その一撃で、ヤツも終わりだろう〟


「それはどうかな? わたしの知る限り、ランドは特に戦いの場での諦めが悪くてな。勝つまで足掻き続けるだろうさ」


 レティシアの反論に、ジコエエルは意外そうな顔をした。


〝レティシア、おまえはランド・コールと親しいのか?〟


「親しいか……と言われたら、まあ微妙なところだ。だが、あいつとは……七、八年の付き合いだ。さっき話した程度のことは、理解しているつもりだ」


 最後は軽口のような気楽さがあった。そんなレティシアを眺めていたジコエエルは、唸りながら再び離島へと目を向けた。
 その目を僅かに細くしながら、ジコエエルは静かに告げた。


〝すまぬが……どのみち、もう間に合わぬようだ。ランドに瑠胡姫らは、もうペークヨーとの戦いに赴いたようだ〟


「……そうか」


 レティシアは答えてから、ふとジコエエルを振り返った。


「そこから、ランドたちが見えるのか?」


〝もちろんだとも離島の海岸の上にいる、ペークヨーの姿も見える〟


「そうか……なら、ランドたちの戦いを見てやってくれ。そして……もし、ランドたちが雷を三度防ぐことができたら……あいつと肩を並べて、戦うことを考えてやって欲しい」


〝無理だ。一度目で斃されるのは、明白だ〟


 頑なにランドの敗北を確信し続けるジコエエルへと、レティシアは不敵な笑みを向けた。


「だから、これは賭けだ。わたしと、おまえの。乗るか降りるかは、おまえ次第だ。ランドと共に仇討ちをするなら、わたしも手を貸してやる」


 ジコエエルは検分するかのような目をレティシアへと向けた。


〝意味がわからぬ。仇討ちに手を貸して、おまえになんの利になるというのだ?〟


「知らないというなら、教えてやろう。人間の行動原理は、利になるかならないかというだけではない。刻には、まったく利にならぬことを、好んで行う場合がある」


〝おまえがそうだとしても、ランドは我の参戦を歓迎はすまい〟


「そう思うか? あいつは、元々武人を目指していた。だから、同じ武人――戦うもの同士の気持ちは、理解するだろう。おまえの仇討ちを、拒みはしないさ」


 ジコエエルは返答を聞いてから、しばらくのあいだ無言だった。
 波が岩場に打ち付ける音と、風が耳を打ち付ける音だけが、レティシアたちのあいだに流れていた。
 やがて、ゆっくりとレティシアへと目を向けたジコエエルは、短く告げた。


〝いいだろう。賭けに乗ってやる〟

   *

 俺は金属製の長槍を手に、海上すれすれの高度を飛んでいた。冬の冷たい空気が肌を刺すように痛く、あまり速度を出すことができない。
 そんな俺の後方には、瑠胡とセラがいる。二人は高度をとって、俺よりも若干遅めの速度で追従していた。
 ペークヨーと戦うのは、俺一人だ。二人は付き添いという立場だから、あまり戦いに巻き込まれる位置まで近づいて欲しくない――そんな、俺の指示というか、頼みに従ってくれている。
 離島の岸が目視できる位置まで来たが、不意打ちの落雷はなさそうだ。空は青く、雷雲は少しも浮かんでいなかった。
 砂浜となっている海岸が見えてくると、その背後にある森の中から、白い影が姿を現した。
 巨大な蛇――サーペントに似た体格をしているが、三本指の前足に、頭部には獅子のような体毛がある。角は鹿のようだ。陽光を反射する真っ白な鱗が、ゆっくりと宙に浮かび上がった。
 目や鼻なども視認できるまで近寄ると、頭上に浮かぶ白いドラゴン――龍という言い方もあるらしい――が、口を開いた。


〝逃げずに、よく我が前に姿を見せたな〟


「あれだけ脅しておいて、よく言うな」


〝脅し……あれは、ただの交換条件だ。眷属神たる我が、貴様程度を脅しはせぬ〟


 他者を巻き添えにしようとして、よく言う。
 俺は砂浜の端に降りると、長槍を真っ直ぐに立てた。俺の背後では、瑠胡とセラも空中で制止したようだ。
 ペークヨーの視線が、そんな瑠胡たちへと向けられた。


〝なぜ瑠胡姫らが、ここにいる。これは、どちらが瑠胡姫に相応しいがの勝負。瑠胡姫との共闘は、認めぬ〟


「……瑠胡とセラは、立ち合いだ。俺とあんたの一対一の勝負に、割り込みはしない」


〝よかろう。ならば、始めるとしようか〟


 そう告げる途中で、周囲がうっすらと暗くなり始めた。
 どうやら、ペークヨーの《スキル》が発動したようだ。離島の周辺にだけ、黒い雲が広がり始めていた。
 野郎……同意のないままに《スキル》を使いやがったな。
 俺は長槍を真っ直ぐに立てながら、ペークヨーを睨め上げた。僅かに両脚を広げ、左の拳を固く握りながら身構えた。
 ペークヨーはゆっくりと海側へ移動しながら、俺に右手の指を向けた。


〝どうした。かかって来ぬのか?〟


「先手は譲ってやるぜ? それとも俺のことが怖くて、自分からは攻められないのか」


 俺の安っぽい挑発に、ペークヨーの目が釣り上がった。
 自尊心を刺激されたことで、怒りを誘発できたみたいだ。だが、それが目的の挑発じゃない。
 俺はペークヨーの動きを注視しながら、長槍を持つ右手の力を緩めていた。一瞬にすべてを賭けた勝負だ。
 ペークヨーの動きに全神経を向けながら、その刻を待った。
 浅い呼吸を二つした時間を空けて、ペークヨーの頭部に小さな光が灯った気がした。その直後、頭上からの光が俺を照らした。


 ――っそ!

 俺は上を見ないまま、即座に長槍から手を放した。
 黒い雲から落ちて来た雷が長槍に落ちた。僅かに遅れて雷鳴が轟く中、地面を伝って、ビリッとした感覚が足の裏を通って行った気がする。
 独特の臭気があたりに漂う中、俺は倒れかけた長槍を掴み直した。落雷による影響のせいか、刀身は真っ黒に焦げていた。先端は溶けてしまったのか、蜜蝋の縁のようになっている。
 それに、柄が熱い。かなりの熱量に炙られたのか、ジンジンとした灼熱感が、俺の右手に伝わっていた。
 ペークヨーは俺と長槍の先端を交互に見てから、小馬鹿にするようなに鼻を鳴らした。


〝なるほどな……それが、貴様の策か。なんともたわいない……〟          


「だが、効果覿面だ。これで何度だって、おまえの雷を防いでみせる」


 問題は、この長槍があと何回、雷に耐えられるかだ。穂先の様子から推測するに、あと二、三回が限度かもしれない。
 俺が長槍を構えると、ペークヨーが突進してきた。
 大きく開かれると俺の背丈の二倍を超える顎が、俺を包み込むように閉じられた。だけど、俺だって黙って立っているわけじゃない。
 長槍を構えるのに使っている〈筋力増強〉で、横っ飛びに突進を避けた。後方からペークヨーの動きを目で追っていると、不意に頭上から光が降り注いだ。
 咄嗟に矛先を真上にしたと同時に、俺は手を放していた。
 そこへ、長槍へ雷が落ちてきた。
 手を放していたから直接の感電はなかったが、それでもピリピリとした、そして熱を伴った空気が俺を襲った。
 神糸の衣を身につけていない右手に、鈍い痛みが走った。
 見るとところどころ皮膚が捲れ上がり、血が滲んでいる。どうやら火傷か、それに近い手傷を負ったらしい。
 これで長槍で防御をし続けるのは、かなり難しくなった。
 いくら〈筋力増強〉を使っていても、この長槍を左手一本で振り回すのは無理だ。それに、やはり利き腕でない以上、右手に比べると咄嗟の動きが劣る。
 となると確信はないが、やってみるしかない。
 俺は〈竜化〉のために、首筋の鱗に意識を集中させた。グレイバーンから奪った〈衝撃反射〉で、雷を防ぐためだ。
 あれは〈竜化〉しないと効果を発揮しないが、それこそ物理的な攻撃をすべて防ぐことができる。
 この雷は、〈魔力障壁〉で防げない。なら仮定として話をしていた通り、きっと自然現象の類いなんだろう。
 それなら、〈衝撃反射〉が有効なはずだ。
 首筋の鱗から魔力が溢れだし、俺の身体を包み込む。しかし、ペークヨーのひと言で、俺は〈竜化〉を中断せざるを得なくなった。


〝〈竜化〉はするな。さもなくば、洋上に浮かんで居る船へ、我が雷を落としてくれるぞ〟


「な――っ!?」


 慌てて〈竜化〉を中断した俺は、離島の東側にある船影を見た。ここからあの船までは、まだかなりの距離がある。
 あそこまでペークヨーの《スキル》が届くのも驚きだが、それ以上に気になる――いや、怒りを覚えたことがある。


「無関係のヤツを巻き込むな!」


〝何故だ? 例え劣等種な畜生どもが何万と死のうが、我らドラゴン族にとっては瑣末なことではないか。貴様がグレイバーンの《魔力の才》を奪ったこと、我にも伝わっておるのだ。〈竜化〉など、させるわけがないだろう。
 それには、この戦いに勝つために、我は手段など選ばぬ。それほどまでに、重要な戦いなのだ。元人間という低俗な貴様には、理解できぬかもしれぬがな〟


 まるで作物に集る虫のことを語るようなペークヨーに、俺は驚きを通り越して、激しい怒りを覚えた。
 無関係な命を殺すことに、低俗も糞もあるか! 俺は痛む右手に活を入れ、両手で長槍を構えた。


「てめぇは……絶対に砕いてやるからな。覚悟しておけ!!」


〝ほほう……怒りおったか。怖い怖い。それならば、我も本気を出すとしよう〟


 ペークヨーの両腕から光の粒子が、砂浜に降り注いだ。どんな攻撃がくるのかと周囲を警戒する中、砂浜全体が波打ち始めた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ヘイトを溜める文章は、書いていてちょっと辛いですね。

ペークヨーの台詞自体は、大体秒殺で書いていたりしますが。きっと、この眷属神はサイコパスだと思います。
サイコパスな人格については、職場に自称「サイコパスの邪神崇拝者」がいますので、参考資料には事欠きません。

……ちなみに、中の人のことではありません。

ハスター様はれっきとした神ですし。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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