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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』
四章-2
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シャルコネに槍などの手配を相談した夕方、使いの者が俺たちを呼びにやってきた。使いの者が言うには、俺が注文した通りの品が見つかったということだ。
そういうことなら、こちらから出向くのが礼儀だろう。
俺はシャルコネが待っているという、憲兵の牢屋へと向かうことにした。
使いの者は牢屋へと向かう最中、怪訝というか、どことなく躊躇いがちに俺のことをチラ見してきた。
「どうかしましたか?」
「いえ……仲がよろしいにしては、少し奇妙な御様子ですので……その、どうされたのかと」
「気にしないで下さい。仲が良いだけですので」
「は、はあ……」
使いの者は俺の返答を聞いてもなお、訝しげそうにしていた。
まあ、なんだ。右隣にいる瑠胡と、左隣のセラから伸びた袖が、俺の両手をガッチリと縛っているわけだから……彼が怪訝に思う気持ちは、非常によく理解できる。
これも一応は、俺の怪我を気遣ってのことだ。なにかの拍子に、俺が預かった槍を振り回さないように――ということらしい。
そのまま憲兵の兵舎へと入った俺たちを見て、シャルコネは半目になった。
「簡易的なものではあるが、ここは牢屋だぞ? 洒落にしたって、そういう格好で来ることはねえだろう」
「いえ、そーゆーつもりじゃないんですが。それで……頼んだものはどこに?」
「ああ……槍は、そこに立てかけてある。持てるか?」
シャルコネが示した右側の壁には、穂先まで約二マーロン半(約三メートル二五センチ)ほどの長槍が立てかけてあった。
幅の広い短剣を思わせる刀身にも目を引くが、それ以上に柄が異質だ。普通の槍は軽量化のために柄が木製になっているが、これが鉄製になっている。
「言っておくが、かなりの重量だぞ。それに冬以外では柄自体が厚くなるし、冬は冷えて素手だと手の皮に貼り付いてしまう。なんで、こんな槍が必要なんだ?」
「雷対策なんですよ。まあ、持つだけなら〈筋力増強〉でなんとかなりますし」
俺が槍へ近寄ろうとすると、瑠胡が俺の手を引っ張った。
「ランド?」
「大丈夫ですよ。こんな場所で、振り回しはしませんって」
苦笑しながら答えると、瑠胡は袖の拘束を引っ込めた。それに倣ってセラも帯を解くと、俺は長槍に手を伸ばした。
ずっしりとした重さだが、ぎりぎり持ち上げることはできた。しかし、これを振り回したり、持ち歩くのは無理がある。
俺は〈筋力増強〉を使いながら、長槍を構えてみた。気をつけたつもりだったが、水平にしたつもりでも、穂先が僅かに下がってしまった。
俺は穂先を水平に直してから、シャルコネに向き直った。
「……これは、誰か使っていたんですか?」
「昔、ここの兵長が使っていたもの……らしい。これを使って、たった一人でミノタウロスを斃したって逸話がある。もう数百年前のことだ」
「そんな昔の? 戦いに耐えられるんですか、これ」
「そこは大丈夫だろ。ここの兵士たちの宝みたいなものだ。油紙に包んで、大切に保管されていたものだ。実用にも耐えられるはずだ。それより、こっちに来い。もう一つの、お目当てを連れてこさせよう。おい」
シャルコネの合図で、看守が牢屋の並んだ通路へと入っていく。
俺が長槍を壁に立て掛けて待っていると、看守が一人の男を連れて来た。
囚人としての服なのか、白い無地のチェニックに似た服だけを身につけている。長いこと囚人生活を送っているのか、手足や頬は痩せこけ、とてもじゃないが武人のようには見えない。
ただ飢えた野獣のような目つきだけが、この男の本性をさらけ出していた。すなわち、人から奪うことを生業としてきた、悪党だということを。
シャルコネは男を一瞥してから、親指を向けた。
「ザンザ――と呼ばれていた、元山賊の頭だ。槍の名手でな。二年前の討伐の際、何人もの兵が殺された」
「……なんで、そんなヤツを捕らえたままにしてるんですか?」
「盗んだ財宝の隠し場所を知ってるのは、こいつだけでな。口を割るまで、定期的に尋問をしておる」
「はぁ? 尋問とは、大層御丁寧な説明だな、糞爺。あれは拷問だろうが。そんなに俺たちの財産を奪いたいか、この強欲が」
意外なことに、ザンザと呼ばれた男が口にしたのは、インムナーマ王国周辺で使われている言葉だった。
流れ者から、山賊へと成り下がったのかもしれない。
そのザンザに、シャルコネは睨み返した。
「……貴様らが奪ったのは、街の財産だろうが。旅人や商人だけじゃなく、税金を運ぶ馬車まで襲いおって」
シャルコネが睨むと、ザンザと呼ばれた囚人は煽るような笑みを浮かべた。
「そんなの知るか、糞野郎。てめえらの都合なんざ、知ったことか」
二人の言い合いで、状況は理解できた。
囚人とはいえ、槍の名手か。改心すれば、善い兵士になりそうだ――と思ったのだが。
ザンザは俺を振り返ると、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「てめぇか? 俺に会いたいってヤツは。美人を二人も引き連れやがって……見るだけでむかつくぜ。脱獄したら、最初にてめえのねぐらを襲って、その二人をなぶってやるからな」
この言葉で、俺の中から躊躇が消えた。
俺は無言でザンザに近寄ると、こいつの右肩に左手の棘を突き刺した。頭の中に流れ込んでくるザンザの持つ技能や《スキル》から、俺は白兵・長槍の技術を見つけると、問答無用ですべて吸い取った。
こいつの《スキル》は、〈軽量化〉――恐らく、手に触れているものを軽くするものだろう――か……これは必要ないから、消すだけにしておこう。
左手首に生えた棘から光りが漏れ、それとともに〈軽量化〉の《スキル》が消えていく。
そこまでやり終えた俺は、ザンザから離れた。
「これで、こっちの用件は終わりです。ありがとうございました」
「わかった。おい、そいつを牢へ戻しておけ」
看守が牢へ行くよう促した瞬間、ザンザは看守の手を振り解き、壁に立て掛けてあった長槍に手枷を填められたままの手を伸ばした。
「俺の側に槍を置いたままにしたのが、てめぇらの運の尽きだ! 俺なら手枷をしたままでも、てめぇらを殺すなんざ――」
言葉の途中で、長槍を持とうとしたが持ち上がらず、さらに持つのに手間取ったことに、ザンザは我が身の変化に唖然とした顔をした。
重い金属音を立てて床に落ち、転がる長槍を見つめるザンザに、俺は〈遠当て〉の一撃を食らわせた。
腹部への衝撃を受けて床に蹲るザンザへ、俺は怒りを抑えながら告げた。
「さっき、てめえの持つ《スキル》を打ち消し、長槍の技術は吸い取った。おまえにはもう、戦う技量はほとんど残ってねえ」
「な、なんだ、そりゃ。そんな馬鹿なことが――」
「あるのさ。俺の《スキル》は、〈スキルドレイン〉だ。《スキル》はもちろん、培ってきた技能なんかも、吸い出せる」
俺の説明に、ザンザは酷く狼狽した顔をした。槍を持つときのまごつき、そして恐らくは、《スキル》が発動しなかったこと――それらが、俺の言葉を肯定しているのだと、理解したようだ。
ザンザは全身を震わせながら、表情に絶望感を滲ませた。
「ふ――巫山戯るな! 槍は、俺が必死で磨いてきた技なんだぞ! それを奪っただと……返せ! 俺の半生を返せ!!」
「悪いけど、それは無理だ。それにおまえだって、他人の財産や命を奪ってきたんだろ。自分からだけは奪うなっていうのは、勝手な理屈じゃねぇのか?」
「うるせぇ! 他人のことなんか、知ったことじゃねぇ! 何万人殺そうが、そんなのは俺の勝手だろうが!」
「そうかよ。なら、こっちも俺の勝手をしただけた。文句は言わせねぇ。あと言っていくが……今のおまえが山賊に戻ったって、なんの役にも立たないだろうさ。それどころか、頭の座を賭けて、仲間に殺されるのはオチだ。素直に自白したほうが、身のためだと思うがな」
「な――」
顔を青くしたザンザはその直後、看守によって取り押さえられた。そのまま牢へと連れて行かれるザンザを目で追ったシャルコネが、大きな溜息を吐いた。
「まったく……ヒヤヒヤしたぜ。大体だな、ランド。槍の技術なんか、おまえに必要か? あのクラーケンの半身を凍らせた魔術だか《スキル》で、あいつを斃せないのか?」
「それは、ちょっと難しいかもしれないんですよ。あれはその……偶然みたいなもので。魔術で凍らせたわけでもないですし」
「それは、わたくしも気になってました。竜語魔術では、あれほどまでの凍結を引き起こすものはありませんし。なにかあったのですか?」
そんな瑠胡の問いかけに対して、俺は即答ができなかった。
自分自身がクラーケンとの戦いで、なにが起きたのか理解していない。離れに戻ってからも考えてみたが、手掛かりすら掴めなかった。
ただ一つ、可能性があるとすれば――。
「前に言われた、異能 が発現した可能性って、あると思いますか?」
「異能……」
鸚鵡返しに呟いてから、瑠胡は力なく首を振った。
「それは、判断出来かねます。異能という言葉も、神々がそう呼んでいるだけですから」
「……すまん、少し待て」
俺たちの会話を聞いていたシャルコネが、身振りで周囲にいる兵を下がらせた。会話の内容が理解できるとは思えないが、それでも俺たちに気を使ってくれたのがわかる。
「念のためってだけだがな。ちょいと、内容が濃すぎるから、理解されると色々と拙い」
「そうですね。ありがとうございます」
「話を戻しますが、ランド。あのとき、魔術の威力が上がった可能性はないのですか。それが異能の力である可能性はないのでしょうか?」
推測を述べるセラに、俺は首を左右に振った。
「いや、その可能性は低いんですよ。なんせ、あのときは魔術の効果は切れかかっていましたから。あそこから、クラーケンを凍らせるなんか、出来るとは思えないんですよ。逆に考えれば、対象を凍らせるのが異能っていう可能性もあるんですけど……個人的には、違うって思ってます」
あの程度の現象で、神々が警戒するはずがない。となると、他のなにか――それも、この世界には存在すら許されない類だと思っている。
俺は苛立ちを紛らわせるように溜息を吐くと、床に転がっている長槍を手に取った。
「まあ、よくわからない力に頼るわけにはいきませんしね。とりあえず、こいつを使いながら、全力を尽くすだけですよ」
明るい声を出してみたが、完全に空元気だと、瑠胡やセラには悟られている。だからといって、不安を煽っても仕方が無い。
ペークヨーとの戦いは、最善を尽くすしかできることはない。例え神の一柱だろうと、絶対に勝つ。
その一念だけは、絶対に忘れてやるものか。
手にした長槍の柄を固く握り締めた俺の中で、また鍵が開くような感触がしたが――瑠胡とセラに離れに戻ろうと促されたことで、再び意識の底に沈んでしまった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
とりあえず、準備完了の回です。
ザンザの処遇ですが……司法取引的な考え方があれば、白状したほうが遙かにマシな状況なんですよね。
ランドに槍術や《スキル》を消されてますから、山賊に戻っても間違いなく殺されますし。良くて奴隷のような扱いでしょうね。
どちらにせよ、新しい頭の権力を誇示する材料になるだけな気がします。
異能については……伏線回収はちゃんとやります。いつとかは言えませんが……チャントカンガエテハイマスヨ?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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(2020/1/6時点)
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