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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』
三章-5
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シャルコネが軍に掛け合った翌日、洋上に一隻の船が浮かんでいた。
錨を降ろして、砂浜から二、三〇マーロン(一マーロンは約一メートル二五センチ)の距離で、作戦開始を待っている。
大破して応急処置をしただけと聞いていたが、遠目には普通の帆船に見える。
海岸では、長槍を携えた兵士たちが、六つの集団に別れて布陣していた。その背後には弓兵が列を成している。
陣地の端で俺と瑠胡、それにセラの三人は、シャルコネが砂浜の隅に用意してくれたテントで、作戦の開始を待っていた。
五、六人が立ったままで窮屈しない高さと面積のある、大きなテントだ。厚い生地で作られているためか、日差しは殆ど入って来ない。
灯りと暖を兼ねた小さな焚き火が、テントの真ん中でチロチロと燃えている。その周囲には絨毯が敷かれ、座ってくつろげるようになっている。
「……ホントに焦れったいものですね、軍隊というのは」
瑠胡は不満げに、テントの隙間から見える海岸の様子を眺めていた。
手にした扇子でポンポンと絨毯を叩きながら、シャルコネからの差し入れである焼き菓子をポリポリと食べている。
セラは布陣の様子から視線を外すと、瑠胡を宥めるように言った。
「軍隊の作戦とは、そういうものです。すべての足並みが揃った上で行動するのを、尊びますから」
「面倒なこと。ちゃっちゃと始めて、ちゃっちゃと終わらせるつもりでしたのに」
「軍との共同作戦だからなぁ。そこは勘弁しておくれ」
テントの隙間から顔を覗かせたシャルコネが、いきなり会話に入ってきた。
中に入ってきたシャルコネの後ろには、アハムの姿もあった。アハムは俺たちに一礼をすると、一歩前へ出た。
立ち上がってから俺が一礼をすると、アハムは右手を左の腹に添えながら口を開いた。
「予定通りなら、あと三〇分ほどで作戦開始となります。モタハドのいる見張り台まで、案内いたしましょう」
「そうですか。報せて頂いて、ありがとうござます」
こちらへ――と、テントの外へ促すアハムに手で待つように伝えてから、俺は瑠胡、セラの順に立ち上がるのに手を貸した。
砂浜を進んで急造したらしい物見櫓の真下まで来ると、丸太を組まれた台の上からモタハドが顔を覗かせた。
「ランド! それにお姫様たち、もうすぐ始まるヨ」
俺がモタハドに小さく手を挙げた直後、海岸に布陣した歩兵の列から、銅鑼が鳴り響いた。
音が鳴り止んだ頃には、海上に浮かぶ船には帆が張られ、ゆっくりと沖への航海を始めていた。
入れ替わりに近づいてきた二隻の船は、やや西よりの場所で停船した。一隻は軍が所有する船だが、残る一隻は俺たちが助けた船だ。
あの二隻の船は、海岸へ近づいてきたクラーケンを、沖へ逃さぬ役割を担っている。ただ、あのクラーケンに対して、どこまで壁の役割を果たせるのか疑問ではある。
囮役の船は大きく西南方向へ舵を切ってから、緩やかな曲線を描きつつ離島方向へと船首を向けた。
風はあるが、強風という程ではない。風力を進行方向へ進む力としている帆船は、そんな穏やかな風を受けているせいか、進みはあまり早くない。
一時間ほどかけて、囮は予定通りにクラーケンの縄張りに近づいた。このまま境界近くを通って、クラーケンを誘き寄せる手筈になっている。
今のところは順調だな――そんな感想を抱いたとき、物見櫓の上からモタハドの叫び声が聞こえてきた。
「ジャルバタン――ランド、ヤバイヨ! 予定よりも早く、クラーケンが出てきたヨ!」
「なんだって!?」
「まだ、想定した縄張りの外なのに、クラーケンの脚が見えた。ああ、もうすぐ追いつかれる!!」
船はまだ、離島から少し離れた海上にいる。俺の目には見えないが、〈遠視〉のあるモタハドには、その光景がよく見えているようだ。
あんな離島に近い場所でクラーケンに捕まってしまったら、作戦どころじゃない。
俺は首筋からドラゴンの翼を出すと、物見櫓の上にいるモタハドの真横まで飛び上がった。
「モタハド、俺は船を助けに行く。あとはもう、流れに任せるしかない。軍には、そう言っておいてくれ」
「……わかった。船はともかく、乗員だけは助けてくれヨ!」
「……わかってる」
俺は返事もそこそこに、囮の帆船へと飛翔した。
とはいえ、俺もまだ全速力で飛ぶのは慣れてない。まだ半分の距離というところで、瑠胡やセラに追いつかれた。
「ランド、一人で先走らないで下さい」
「そうです。三人でやりましょう。乗員の救助、クラーケンの誘導と、一人では荷が勝ちすぎます」
「瑠胡、セラ……ありがとうございます。クラーケンは俺が引きつけます。二人は、乗員の脱出を優先させて下さい」
「……乗員の脱出は、わたしだけで充分です。瑠胡姫様は、ランドの援護を」
「わかりました。ランド、援護します」
セラに頷いてから、俺と瑠胡は船の後方へと急いだ。
モタハドが言っていたとおり、クラーケンの触腕は帆船の船尾から数マーロン(一マーロンは約一メートル二五センチ)のところまで迫っていた。
俺は瑠胡を後方に残して、帆船の船尾に着地した。海中から伸びている触腕は、フラフラと大きく左右に揺れていた。どうやら、船側に取り付こうとしているようだ。
俺は大きくふらついている触腕へ、〈断裁の風〉を放った。先端から七、八マーロンのところで切断された触腕が、海へと落ちていく。
「今のうちに、逃げろっ!」
俺が乗組員たちに叫んだのと、帆船が大きく揺れたのが、ほぼ同時だった。
舵を切ろうとした船員が、なにかを叫んでいるのが見えた。そこへ、空中から舞い降りたセラが近づいた。
「なにをしている! 早く小舟で脱出しないか」
「駄目だ! せめて船体を目標の岸へ向けなければ、脱出はできん」
「なら、急げ!」
「それが……いきなり舵が利かなくなったんだ」
船員は力を込めて面舵へ回そうとするが、舵はビクとも動かない。俺は左右を警戒していた目を、ふと下方へと向けた。
船尾の真下にある海中に、なにやら黒く大きな影が見えた。
まさか――!?
思わず息を呑んだ俺は、海中へと向けて〈断裁の風〉を放った。
海面に円形の飛沫が上がったのが見えた直後、海中からクラーケンが姿を現した。先ほど切断した触腕はすでに復元を果たし、エラの近くに穿たれた円形の傷は、目の前で塞がっていく。
残りの脚は、どうやら舵や船尾部に取り付いているようだ。クラーケンが海上にエラから目までを出すと、帆船の船首が大きく斜め上を向いた。
俺が空中に逃れつつ、転がって来た船員の一人を片手で掴んだ。
「船は諦めて、早く小舟で脱出しろっ!!」
「あ、ああ……わかった」
斜めになった甲板を、船員は両手を付きながら船首方向へ上っていく。この帆船を救うのは、もう無理だ。
クラーケンを引き剥がすだけでも、手心を加える余裕はない。
セラの手助けを受けながら、十数人いる船員たちは、小舟に分乗していく。最後の一艘が海面に降りていくのを見てから、俺は竜語魔術の詠唱を始めた。
すでに帆船から離れた俺の下では、クラーケンが船尾楼の部分を破壊し始めていた。
もうすぐ竜語魔術の詠唱が終わるところで、クラーケンの胴体部で爆発が起きた。これは瑠胡の〈爆炎〉だ。
爆風の煽りを受けた俺が目を細めると、クラーケンが触腕を船尾楼から離していた。しかし船体は、まだ船首が斜め上を向いている状態だ。
海中にあるクラーケンの脚は、まだ舵や船尾部分に取り付いたままみたいだ。黒焦げた胴体は、表皮が大きく裂けている。
だが、その傷も見る間に塞がっていく。
――させるか。
竜語魔術の詠唱を終えた俺が片手を突き出すと、再びクラーケンの胴体で〈爆炎〉が炸裂した。
二発の爆炎を受けたクラーケンは、ゆっくりと海中へと沈み始めた。
「逃がすかっ!」
また海中に逃げられたら、今回の作戦がすべて無駄になる。ならせめて、〈スキルドレイン〉でクラーケンの《スキル》だけでも消去させたかった。
これが下降を始めると、クラーケンが触腕を振り上げてきた。その一撃を躱し、俺は下降を続けたが、その一瞬の攻防のあいだに、クラーケンは海中に沈んでしまった。
最後に触腕が海中に沈んでいくのを見て、俺は小さく舌打ちをした。これで逃げられたら、今度は別の手段を考えなくてはならない。
俺が傾きが直った帆船の右舷に触れたとき、上空にいる瑠胡の声が聞こえてきた。
「ランド、クラーケンはまだ逃げてません!」
「え?」
俺が慌てて海中を見ると、大きな影が帆船の周囲を旋回していた。
クラーケンはまだ、諦めていないようだ。どこから攻めてくるのか、俺は周囲へと忙しく目を向けた。
しかし、クラーケンは一向に襲ってくる様子がない。向こうもこっちの同行を警戒しているのか――?
そんなことを考え始めたとき、いきなり帆船が大きく揺れた。
「な――っ!?」
俺では無く、真下から帆船に衝撃を与えてきた。完全に予想外の一撃に、俺は完全に虚を突かれてしまった。
右舷に手を触れていただけに、衝撃をもろに受けてしまった。大きく体勢を崩したとき、海中から触腕が飛び出してきた。
船体に押さえつけられる形で、俺は触腕に打ち付けられた。衝撃で肺の中の空気が押し出され、一瞬だが意識が飛びかけた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
ということで、主人公が危機な場面で続きます。
……今回は書けることがないです。あ、テントの中で焚き火、火を使う仕事は、かなり一般的です。
ただ、そこそこの大きさが必要だったり、材質も気をつけないとですが。
現在でもキャンプ用品売り場に、中で焚き火を熾せるテントとか売ってます。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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