屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

三章-4

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   4

 シャルコネと軍との交渉は、結論からいえば難航していた。
 クラーケンを排さなくては交易もままならないと、街の財政面から作戦の決行を主張するシャルコネと、上陸させたクラーケンによる街の被害を懸念する軍。
 なによりランドだけを前線に出すという作戦内容が、軍の不審を買っていた。
 ワイアームを追い払い、クラーケンから交易船を救ったとはいえ、軍にとってランドの実力は未知数で、不可解なものだった。


「たった一人に戦わせるなど、常軌を逸しております。そのような作戦は、承服しかねます」


 街に駐留している軍の隊長は、頑として首を縦に振らなかった。
 ランドたちは今、離れに戻っている。主戦力となるランドや瑠胡には会議より、体調を維持するための休息こそが重要だ。
 彼らに代わり、会議に同席していたレティシアは、休会の時間を見計らって、軍の施設を出た。


(双方の主張は、理解できる)


 街の利益と、安全。そのどちらが欠けても、街の存続が危うくなる。
 レティシアには理解し難いことだが、シャルコネはランドや瑠胡のことを、良く知っているようだ。


(そうでなければ、あの作戦に同意するなど、ありえぬからな)


 ベリット男爵のいるシャルコネの屋敷に戻ってもいいが、クラーケン討伐のことを聞かれるのは面倒だ。
 当てもなく歩いていたつもりだったレティシアは、いつしか海蝕洞へと赴いていた。
 傷を癒やすために横になっていたジコエエルが、レティシアに気付いて目を開けた。


〝どうした?〟


「いや……堂々巡りな会議に、うんざりしただけだ。気晴らしに歩いていたら、ここまで来ていた。邪魔なら戻るが?」


〝いや……いい。それより人間どもは、なにを揉めているのだ? あのクラーケンを斃さねば、こことて危険だろうに〟


「そうなんだが……な。考え方の違いというやつなんだろう」


〝ふむ……よくわからぬ事情だな〟


 ぶふぅ――と、まるで溜息のように息を吐くジコエエルに、レティシアは「……まったくだな」と同意した。


「それはそうと、ジコエエル。傷の具合はどうだ? クラーケンとの戦い、おまえも加わってくれたら心強い」


〝……まだ無理だ。翼の傷が癒えておらぬ〟


「海中を泳ぐことはできるのだろう? 《スキル》……いや、おまえたちは《魔力の才》と言っている力で、なんとか戦えないのか?」


 レティシアの問いに、ジコエエルは喉を鳴らすかのように唸った。それから数秒ほど沈黙したあと、意を決したように口を開いた。


〝我の《魔力の才》は、〈拡散〉だ。ランドと前回戦った際、炎息ブレスを拡散してみせただろう。クラーケンとの戦いには、あまり役に立ちそうにない〟


「……なるほど」


 レティシアは明確に、肯定や否定をしなかった。
 今回は戦う相手との相性が悪いだけで、炎息と〈拡散〉の組み合わせは、人間にとっては強力な破壊手段となる。
 レティシアはふと、自分が散歩をしていた距離を思い返した。そろそろ、会議も再開しているころだろう。
 レティシアは気が重くなるのを感じながら、ジコエエルへと目を戻した。


「すまん。そろそろ戻らねばならん」


〝気にするな。あのクラーケンと戦えぬのは口惜しいが、おまえがトドメを刺してくれるのなら、同胞たちも浮かばれるかもしれん〟


「……努力はしよう」


 レティシアはジコエエルに背を向けると、足早に海蝕洞を立ち去った。
 クラーケンとの戦いで、矢面に立つのはランドだけだ。レティシア自身は後方で弓兵の指揮か、《スキル》である〈火球〉での援護くらいしか、できることがない。


(いつの間にか……随分と差を付けられたものだな)


 純粋な戦力として考えたときに、ランドとレティシアでは雲泥の差がある。
 訓練兵時代では、剣技だけならランドに敵わなかったが、《スキル》の差で同等以上に渡り合えたのに。
 嫉妬とも違う、複雑な想いが去来したレティシアは、拳を固く握り締めながら軍の駐屯地へと急いだ。



 レティシアが去ったあと、ジコエエルは静かに目を閉じていた。
 食事はしなくとも、まだ平気だ。傷を癒やすまでは海に入るのも控えたなければ、動いた拍子に傷口が開く怖れがあった。
 それから一〇分ほど過ぎたころ、妙な気配を感じたジコエエルは目を開けた。


〝誰だ?〟


 ジコエエルが誰何すると、眼前の海中から白蛇が這い出てきた。ただし、その蛇は尾の先端が陽炎のようにぼやけていた。
 使い魔の一種だと悟ったジコエエルは、その白蛇を睨み付けた。


〝貴様は――〟


〝怒りを露わにするものではないぞ。折角、助言をしに来たのだからな〟


〝巫山戯るな……ランドという天竜族は元人間だから、大した《魔力の才》は持っておらぬと言ったのは、貴様ではないか!〟


 怒声を浴びながら、チラチラと舌を出す白蛇は地面を這って、ジコエエルへと近づいた。


〝あの程度、おまえには些細なものだと思ったのだがな……それは謝罪をしよう。おまえの実力を見誤った、我の失態なのだろう〟


 謝るような声音とは裏腹に、その内容はジコエエルの自尊心を攻めるものだ。怒りを露わにしたジコエエルが牙を剥くと、白蛇は小馬鹿にしたように頭部を揺らした。


〝どのような理由があろうとも、天竜のランドに負けたのは、おまえの実力だろう。我を恨むのは、筋違いではないか? 折角、瑠胡姫を手に入れる機会をくれてやったというのに、それを無駄にしおって〟


〝確かに貴様から、この地に瑠胡姫が来ることを聞かなければ……我はなにも知らずに過ごしていただろう。だが、その所為で我は同胞を失ったのだぞ!〟


〝それは、我の範疇外だ。下手に助っ人などに頼ろうとした、おまえたちが原因ではないのか? 大体、こんな問答をしに来たわけではない。おまえに助言があるのだよ〟


〝助言だと?〟


 怪訝そうなジコエエルに、白蛇は赤い目を真っ直ぐに向けた。


〝そうだ。ランドに勝つ、最後の機会を教えてやろう。人間たちはクラーケンとの戦いを決意するだろう。そこには当然、天竜のランドも参戦するはずだ。おまえは――クラーケンと戦っている最中に、背後からランドへ炎息を放て。それで、ランドを斃せよう〟


〝な――っ!?〟


 同胞の仇であるクラーケンと戦うランドに、騙し討ちをしろと言われたのだ。その衝撃で声を詰まらせたジコエエルの様子を伺ってから、白蛇は頭部を斜に構えた。


〝それでは、健闘を祈っておるぞ?〟


 そう告げて海中へと戻って行く白蛇を、ジコエエルはただ無言で見つめていた。

   *

 夕方になって、シャルコネと軍との会議は無事に閉幕した。
 クラーケンへの作戦は決行。ただし軍は海岸に布陣し、ランドとの共闘を行う――それが、双方の妥協点となっていた。
 軍の布陣している状況を見てくると言って、ランドは出て行った。瑠胡も同行しようとしたが、気になることがあって、離れに残っていた。
 ベランダに出ていた瑠胡に、セラが声をかけた。


「瑠胡姫様、御茶は飲まれますか?」


「……そうですね。頼みます」


「はい。用意が出来たら、お呼びします」


 セラが部屋に戻ると、瑠胡はベランダの隅に目をやった。


「そこにおるのは、誰ぞ?」


「……気付いておいででしたか」


 若い男の声とともに、ベランダが呪力的な力場に包まれた。それを竜語魔術にある結界の一つだと看破した瑠胡は、僅かに眉を顰めた。


「……ここまでする意味を説明せよ」


「会話を聞かれたくありませんので」


 その言葉とともに姿を現したのは、キングーだった。
 畏まるように跪いていたキングーは、衣擦れの音もなく立ち上がった。


「どうやら、人間たちと協力してクラーケンと戦うようですね」


「左様。だが、御主は興味がないのだろう? 最後に別れてからこれまで、一度も顔を見せに来ぬのだからな」


「……クラーケンのことは心を痛めておりますよ。ただ、戦いに加わる気がないというだけです。戦いに協力してしまえば、貴女とランドの仲を認めたと――そう思われかねませんので」


 きつく睨みを利かせた瑠胡に、キングーは小さく手を挙げた。


「ああ、怒らせに来たのではありません。わたしが伝えたいことは、ただ一つ。もし瑠胡姫がクラーケンとの戦いに参加されるつもりでしたら、考えを改めて頂きたいのです」


「……異な事をいうものよ。クラーケンを放置すれば、周辺の海域で被害は拡大すると、御主もわかっておるのだろう?」


「ええ。ですからそれは、ランド・コールたちに任せておけば宜しいかと。クラーケンと戦えば、貴女も無事で済むか……同じドラゴン族として、貴女だけでも救いたいのです」


 そう言って、キングーは恭しく頭を垂れた。
 瑠胡はその様子を冷ややかに睨めてから、視線をベランダの外へと向けた。結界内にいるせいか、外の景色は歪んでみえる。
 気を鎮めるように息を大きく吐いた瑠胡は、キングーを横目で睨み付けた。


「御主らは、ランドを侮っておるな。ランドは、クラーケンなんぞに負けはせぬ。妾はランドに、決して裏切らぬと誓った。そしてランドも、妾を裏切らぬと言ってくれた。それ故に、妾はランドの手助けを止めぬ」


 不退転の意志を込めた瑠胡の言葉に、キングーは目を白黒とさせた。
 三度も深呼吸を繰り返してから、戸惑うような顔で首を振ると、心から信じられないものを見る目をした。


「なんて聞き分けのない……わかりました。もう、なにも言いません。ただ、わたくしたちを恨んだり、後悔などなさらぬようお願い致します。あと、この会話も内密に願いますよ」


 そう言い放つと、キングーは竜語魔術を唱えた。詠唱が終わると、キングーの正面にある空間が歪みだした。
 無言のまま歪みへと身体を潜らせると、キングーの姿が消えた。それとともに、結界が消失した。
 瑠胡が視線を海岸へと向けたとき、背後からセラの声がした。


「瑠胡姫様、どちらに行っておられたのですか?」



 瑠胡は振り返ると、セラに不機嫌な顔を見せた。


「……先ほどから、ずっとここにおりました。それよりセラ、聞いて下さい。今しがたキングーが来たんですけど、もう腹が立つとといったら!」


「……どうされたんです?」


「わたくしたちのランドが、クラーケンに負けると決めつけてきたんです。わたくしにも戦わずに逃げろだなんて――」


 口止めなどまったく意に介さぬ口ぶりで、瑠胡はセラにすべてを話し始めた。
 茶飲み話として喋っているあいだに、瑠胡とセラはキングーだけでなく、海竜族への不信感を募らせていった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

主人公が出ない回でございます。背後関係とか、ちょっと書いてみたりしてるわけですが。

ジコエエルの〈拡散〉は、ワイアームですと炎息くらいしか使い道がないかもですね。炎息以外でも使えるんですが、まったく意味の無い行為だったり……。

人間でいえば、トイレが大惨事的な。

家族に「自分で掃除しろ」って言われるヤツ……男子なら一度は経験があるかもですね。

他の《スキル》と同時使用ができれば、使い道はでてくるんでしょうけど、ダブルスキル自体が珍しいこの世界では、使える個体はそうそうないです。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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