屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

三章-3

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   3

 クラーケンに襲われた交易船を救ったあと、俺と瑠胡、セラはレティシアを合流して、ジコエエルを匿っている海蝕洞を訪れた。
 あの厄介な再生能力――きっと《スキル》だ――を持つクラーケンを斃すためには、ジコエエルの知恵も必要だ。
 レティシアが言い出したことだが、これに瑠胡も賛同した。海竜ならば、クラーケンという種族の弱点を知っているかもしれない。
 俺たち四人が訪れると、静かに横たわっていたジコエエルが、薄く目を開けた。


〝貴様たちか……なにかようか?〟


「ああ。クラーケンを斃すためには、作戦が必要だ。そのための知恵を借りたい」


 少し両手を広げた俺の問いに、ジコエエルは唸りながら鼻から息を吐き出した。


〝知恵……なんのことを言っている?〟


「ジコエエル。おまえは、クラーケンの弱点を知らないか? 知っていたら、我らに教えて欲しい」


 俺よりも先に、レティシアが喋り出していた。
 ジコエエルらに攫われ、人質になっていたわりに、レティシアにジコエエルへの恐怖心や恨みといった感情が見られない。
 キングーの言っていたとおり、最低限の扱いは受けていた、ということかもしれない。
 そんなレティシアの問いに、ジコエエルは俺に対してよりも穏やかに、囁くように応じた。


〝ヤツの再生能力――〈超再生〉に弱点はないだろう。厚い肉、表皮も頑丈だ。直接に脳と心臓を破壊せねば殺せぬが……それは難しいだろう〟


「いや、ヤツの弱点ではない。クラーケンの弱点だ。個体ではなく、種族としての弱点がないか、知らないか?」


〝種族……クラーケンとしての弱点は、よく知らぬ。だが、あれも海中で生きるモノだ。地上では、長く生きられまい〟


「いや、ちょっと待ってくれ」


 クラーケンが交易船を襲ったとき、かなり長いあいだ、海上に顔を出していた。普通のイカと同様に海中で生きる魔物であることに、異論は唱えるつもりはない。だが、地上で長く生きられないというのは、少し違う気がする。
 そんな考えを口にしたら、ジコエエルは鼻から息を吐き出した。


〝アレはエラの周囲に水を蓄えることができる。その水によって少しのあいだ、海から上がっても呼吸が可能だ〟


「なるほど。そういう身体の造りなのか。なら、陸地に揚げてから、エラを破壊すれば……呼吸が出来なくなるのか。それに、ヤツの再生能力が《スキル》……《魔力の才》であるなら、俺の〈スキルドレイン〉で除去できる」


「除去? 奪うのではないのか?」


 意外そうな顔をするレティシアに、俺は渋面を向けた。


「よせよ。そこまで人間を捨てる気にはなれねぇって」


 俺が肩を竦めると、レティシアは小さく笑った。
 その表情に怪訝な顔をすると、「ああ、すまない」と謝ってきた。


「そういうところは、今も昔も変わらんなと思っただけだ」

 ……微妙に褒められている気がしないのは、何故なんだろうな。

 まあ、そっちのことは、あとで考えることにしよう。
 俺は腕を組んで、クラーケンへの対応策を考え始めた。
 呼吸ができなくなれば、生物は死ぬ。これは陸上、海中の生物だけでない。書物で読んだだけで実体験としては皆無だが、これはどうやら、植物も同じらしい。
 クラーケンは〈超再生〉の持ち主らしいが、呼吸ができなくなれば生きてはいられないだろう。


「エラの破壊と〈スキルドレイン〉の二段構えで行こう」


 俺は今回、〈スキルドレイン〉だけを切り札にする考えを捨てていた。基本的に密着する必要がある〈スキルドレイン〉では、触腕に捕まる可能性が高い。
 前にやった棘を撃ち出すやり方は、俺自身も負傷する。そのあとの戦いを考えると、好んで使おうという気にはなれない。


「あとの問題は、クラーケンを陸まで誘導する手段……か」


 海中を得意とし、狩りの大半を海で行うクラーケンを陸地に上げるなんてできるんだろうか?
 俺の独り言じみた問いかけに、瑠胡は少し考える素振りを見せてから、ジコエエルへと振り向いた。


「ジコエエルとやら。クラーケンの好物を知らぬか? それを山と用意すれば、陸地へと誘えるかもしれぬ」


〝好物……あれは喰えるものであれば、なんでも口にする。ただ、海の中であれば食料も豊富だ。誘い出す……というのは難しいだろう〟


「海上から誘導するのであれば、可能性はあるのではないでしょうか」


 セラは振り返ると、俺たちの背後に広がる海へと指先を向けた。その先には、あの離島も見える。


「海に囮を置いて、クラーケンが現れたら陸へと移動させれば……追ってくるかもしれません」


「ああ、なるほどな。いい手だと思うが」


 セラの案に、レティシアが感心したように頷いた。
 良い手段だと、俺も思う。しかし、これも簡単にはできそうにない案だ。まず、囮にする食料と、それを積む船の準備が難しい。


「ベリット男爵に頼んでも、ちょっと無理か?」


「兄上では、そこまでの用意はできぬだろうな。シャルコネ殿にも、そこまで頼ってしまっていいか悩むところだ」


 レティシアが溜息を吐くと、そこで会話が途切れた。
 話が袋小路に入り込んでしまったせいだろう――皆が思案していたそのとき、ジコエエルが少し首を動かした。


〝なにか来る〟


 ジコエエルの視線の先を追うように、俺は身構えながら振り返った。クラーケンってことはないだろうが、海から来る魔物の可能性だってある。
 街に住む市民とかならまだいいが、他国の密偵というのも厄介な訪問者になるだろう。
 いつでも〈遠当て〉などの《スキル》を使えるよう、意識を整えていると、四つの人影が見えてきた。
 一人は恐らく、シャルコネだ。あの黒いターバンは目印として、かなり分かり易い。
 シャルコネが連れてきた三人のうち、一人は港であった水兵のようだ。あとの二人は、俺のよく知らない顔だった。
 一人は水夫らしい風貌だが、それにしては身なりが整い過ぎている。もう一人は、中年の女性だ。
 つばの広い帽子には、薄桃色の花飾りが一つ。
 癖の強い赤毛を後ろ手に束ね、焼けに胸元を強調したドレスを着ているが、裾はインムナーマ王国と違い、膝下までしかない。
 足元は革製のブーツを履き、腰には細身の剣を下げていた。
 シャルコネは俺たちに小さく挙げた手を、三人へと向けた。


「ランドたちに、彼らを紹介したい。まず一人目は港で会ったな、水兵のモタハド・アリイだ」


「ヨロシク。あなたがたに会えて、光栄だ」


 丸めた羊皮紙を手に一礼してきたモタハドへ、俺たちを代表してレティシアが礼を返した。


「ありがとう。わたしはレティシア・ハイントと申します。インムナーマの言葉を喋れるというのは、交渉役などをしておられるのですか?」


「ただの見張り――港の監視役ですよ。港には、様々な国、土地から人が来ますからネ。色々と言葉も覚えるってものです。そういえば、そっちの旦那。さっきの問いの答えは、これでいいかな?」


「ああ。構わないさ」


 俺が苦笑交じりに応じたあと、シャルコネは貴婦人風の女性に手を向けた。


「次だが……こちらは、ランドたちが救った交易船の船長。ジョヴァンナ・ルカ殿だ。横に居る水夫はカルロと言って、通訳を兼ねている」


「どうも」


 カルロは俺たちに挨拶をしてから、ジョヴァンナへと母国語らしい言葉で話しかけた。二、三の言葉のやり取りのあと、俺たちの背後へと指先を向けた。


「あの魔物はなにか――と、主は申しておりますが」


「あの魔物は、ワイアームですが……あなたがたを襲ったクラーケンに襲われ、ここで匿っております。少なくとも、クラーケンを斃すまでは味方です」


 レティシアの返答を聞いたカルロは頷くと、ジョヴァンナへと内容を伝えた。


「……それであれば、安心だと主は申しております。まず我々がここへ来たのは、船を助けて頂いた礼を述べるためです。あのときは、大変助かった。おかげで死者は出なかったし、積み荷も無事だった。この恩は、一生忘れない――と、主から御礼の言葉を預かっております」


「それは御丁寧に。あなたがたが、ご無事で良かった」


 俺が一礼しながら応じると、シャルコネは俺たちの顔を伺うようにしながら、咳払いをした。


「それで? なにか打開策は思いついたのか?」


 その問いに、俺たちは先ほどまでの話を伝えた。クラーケンを陸地まで誘導して、窒息させか〈スキルドレイン〉で再生能力を除去。ただ、そのための物資の調達で困っている――簡潔に話せば、こんな感じになる。
 そこまでの話を聞いたシャルコネは、少し悩みながら、横にいるモタハドへと目を向けた。


「やはり、おまえを連れてきて正解だったな。海軍で、使えそうな船はないか?」


「シャン――あっと、失礼。わたくしの立場では、確かなことは言えませんが……この前の嵐で、大破した船が一隻あります。現在のところ応急処置をして、海に出ることはできますが、速度は通常の半分以下だと思われます。帆が半分しか残ってませんからね」


「ふむ……なるほど。その船を使って、ランドたちの作戦を実行できそうか?」


「不可能ではないでしょう。操船に必要な最低限度の人員を乗せて、あとは小舟で脱出という作戦になるでしょう。大破してますから、今回の作戦で失っても大した損失にはならない……と思います」


 最後の部分は、少し自信が無さそうだったが、モタハドの返答に、シャルコネは満足そうに頷いた。


「軍へは、わたしからも手を回しておこう。もちろん、陸までの誘導にはランドたちの手も借りねばならんだろうが。それは、構わないだろう?」


「内容によりますけど」


 俺は直接の承諾を避けた。猫撫で声の貴族の発言には、注意が必要――というのは、インムナーマ王国における格言の一つだ。
 なにも考えずに承諾すれば、碌な目に遭わないだろう。
 シャルコネが苦笑しながら頷くと、モタハドは持参した羊皮紙を地面の上で広げた。


「これは、このあたりの海図です。確実とは言い難いけどですが、船はここまで沖に出せば充分でしょう」


 どことなく、言い慣れてない感じのする言葉遣いで、モタハドは海図に記された街から、離島へと指を這わせた。三分の二ほど進んだところで指を止めると、顔を上げた。


「そこのジョヴァンナ殿の船が襲われたのは、ここから少し離島に近づいたところだ。こう、北西の方角から街の港へ向かって、ここで襲われた。でも今日はほかに、もう一隻の交易船が入港したけど、そのときはもう少し西を航行してた。だからきっと、このあたりが、あのクラーケンの縄張りの境界線じゃないかと思うよ」


「なるほどのう。となると作戦の際、モタハドと申したか。そなたの助力が必要になるやもしれぬな」


「ああ、言いたいことは理解してるよ。境界に入った合図と、岸から周囲の警戒。晴れてさえいれば、合図は出せるヨ」


 流石に軍人だけあって、頭の回転がいい。俺は瑠胡の言ったことに補足を入れようとしたけど、必要なかったようだ。
 あとはシャルコネが軍に掛け合って、船や餌となる食料を手に入れるだけだ。
 作戦の詰めは、オモノに駐留する軍とすることになるだろう。
 とりあえず、離れへと戻ることにした俺たちは、ジョヴァンナ――の通訳であるカルロに呼び止められた。


「お待ち下さい。戦いのときは、微力ながら助力させて欲しいと主が。そして、クラーケンとの戦いが終わったあと、ランド殿と言いましたか。あなたを我々の船へと招待したいと、申しております。好待遇で、あなたが望むなら伴侶となる女を宛がってもいい、と」


 突然の申し出に、俺は驚いた。あの戦いを見て、それほどまでに俺のことを気に入ってくれたのか。
 だけど、俺の返答は決まっていた。


「そのようなことを言っていただき、光栄ではありますが……その誘いはお受けできません。わたくしには、帰るべき家――故郷があります。それに伴侶となる女性など、不要です」


「――女性が不要でも、良い条件だと思う。待遇も弾むと、主は申しておりますが……なにせ船の上は水夫と水兵ばかりです。あなたが望めば、男同士で愉しむことも可能だ――と」


 カルロ……ジョヴァンナの発現に、瑠胡とセラが俺の腕に手を添えてきた。
 いや、どちらかといえば掴まれた、というほうが正しいかもしれない。二人とも、かなりの握力で俺の腕を握り締めていた。

 ……これは、拙い。ジョヴァンナの勘違いに、瑠胡とセラが過敏に反応してしまっている。

 俺は咳払いをすると、手を振り解かないよう気をつけながら、二人の肩に手を添えた。


「俺には心から大事にすている、二人の伴侶がいるんです。だから、そのお誘いを受けられません」


 俺の返答を聞いて、ジョヴァンナは残念そうな顔をしながらも、漸く納得してくれたみたいだ。
 瑠胡とセラの機嫌も直ったことだし、これで一安心だ。

 ……というか、最後の最後で心臓に悪すぎる。

 なんでこう毎度毎度、ことがややこしくなるんだろうか。そんなことを考えながら、俺は瑠胡やセラと、離れへの道を歩いて行った。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回、イカの生態や、身体の構造を調べたり……の多い回です。あの頭っぽいのは胴体とか、脳が目と目のあいだにあるとか……あとはイカリングを食べたり、イカ刺しを食べたり、イカフライを食べたりと、色々とイカに関わった回となりました。

ちなみに全部、美味しかったです。

昔の水夫は航海中、男同士で――というのは、噂レベルでは多く聞きますね。今回、これについては特に調べず、噂レベルで書いてます。
まあ、英国なんかだと、色々とお盛んだったネルソン提督も――ってコメディのネタになるくらいですし。有名な噂ではあるんですよね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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