屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

三章-2

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   2

「おお、レティシアッ!!」


 レティシアが戻って来たことを知ったベリット男爵は、身だしなみを整えることも忘れて、港へとやってきた。
 病院で長話をするのは拙いということで、俺たちは港にある、シャルコネの別邸へと場所を移していた。ベリット男爵が来たのは、その別邸だ。
 屋敷よりも、こぢんまりとした造り――それでも平均的な一軒家と比べて、三倍程度の広さはある――の別邸に来たベリット男爵は、俺たちが話をし始めていた居間に入って来るなり、大きく手を広げた。


「レティシア! 無事だったか!!」


「兄上、ご心配をおかけ致しました」


「いや、ワイアームだったか。そのような魔物のところから、よく逃げ出せたものだ」


 歓喜を露わに両肩に手を添えてきたベリット男爵に、レティシアは僅かに表情を曇らせた。自力で逃げ出したわけでもなく、住処を襲って来たクラーケンに抗うこともできず、ジコエエルに逃がして貰ったのだから、ベリット男爵の誤解はかなり大きい。
 しかし、レティシアが誤解を解くよりも先に、ベリット男爵が喋り始めてしまった。


「これでようやく、ハイント領に戻れるな。シャルコネ様、予定よりも長い滞在になってしまい、誠に申し訳ありませんでした。我々は、これにて――」


「お待ち下さい、兄上」


 レティシアは途中で、話を遮った。
 怪訝そうに振り返ったベリット男爵に、レティシアは畏まった。


「兄上……我々の出航は、まだ遅らせる必要があります。海に魔物が出ております故、船を出せば襲われます。まずは、魔物を討伐する必要があることを提言致します」


「海に魔物だと……ワイアームなら、ランドでなんとかなるだろう?」


 俺を一瞥しながら肩を竦めたベリット男爵に、レティシアは至極冷静に告げた。


「ワイアームではありません。クラーケンです。それも、恐らくは〈自己再生〉に類する《スキル》を所有した個体です。噂を含めても、何隻かの船舶が襲われ、生き残りは……確認できているだけで一人だけです」


「なんと……」


 絶句したベリット男爵は、俺や瑠胡へと顔を向けてきた。どこか、すがるような目をした男爵に、俺は溜息を我慢しながら、小刻みに頷いた。


「なんとかするつもりではいます。ですが、あのクラーケンはワイアームよりも強敵なようです。努力はしますが、今日明日で片が付くとは思わないで下さい」


 あのクラーケンの強さは、下手をすればドラゴン化した瑠胡を超えているだろう。俺だって〈スキルドレイン〉で会得した《スキル》と竜語魔術を総動員すれば、互角以上には戦えるかもしれない。
 ただ、それも俺の体力や気力が尽きる前までだ。
 どちらか一方でも尽きれば、それは俺の敗北を意味する。これは、あのクラーケンの実力を正当に、俺自身の過信や運の要素を排除した評価だ。


 愕然とするベリット男爵に、シャルコネは同情と謝罪を込めて一礼をした。


「ベリット男爵……滞在に関しては、問題のないよう尽力致しましょう。クラーケンの討伐については、街に駐屯している兵との共闘を願いたいですな。総力を結集すれば、きっと打倒もできましょう」


「シャルコネ殿……そうですな。ここで、落ち込んでいても仕方がありません。作戦を練り、そのクラーケンを打倒致しましょう」


 ベリット男爵とシャルコネが握手を交わしたとき、居間のドアが激しくノックされた。


『シャルコネ様、一大事に御座います!』


 使用人が従者らしい男の声がした。すべての言葉はわからないが、声から感じ取れる焦りから、なにやら一大事であることがわかる。
 シャルコネはベリット男爵に一礼してから、ドアへと寄った。


『なにか?』


『はい――海上にて他国のものと思われる、交易船がクラーケンに襲われております!』


『なんだと――』


 シャルコネは驚愕を露わに、俺たちを振り返った。


「皆様――海上にて、交易船がクラーケンに襲われております」


「なんと――っ!?」


 息を呑む俺たちよりも早く、ベリット男爵が驚きの声をあげた。
 俺が声を発したのは、その直後だ。


「港の船に、クラーケンの危険を伝えなかったんですか!?」


「伝えたさ。だが、襲われているのは、他国からの交易船だ。灯台の灯りは消させたが、この昼間では、あまり意味が無い。各国に警告したいところだが、文を出したところで間に合わぬ」


 シャルコネの言うことは正論だが、それで「そうですね」と終わらせるわけにはいかない。
 俺は長剣を下げてこなかったことを後悔しながら、ドアへと歩き始めた。


「船が襲われたのは、どっちの方角ですか!?」


「行ってくれるか? それなら使用人に案内をさせるが……」


「行くに決まってるじゃないですか!? 使いの人に案内をするよう、頼んで下さい」


 俺がドアを開けると、シャルコネが早口に使用人へと指示を出した。
 使用人は大きな素振りで頷くと、俺に手振りで行き先を示した。


「レティシア――妾たちも征くぞ」


「そのつもりです」


 廊下を駆け出した俺のあとから、瑠胡やセラ、レティシアが付いて来るのが見えた。




 南北――やや北側が西寄りに傾いているが――に広がる波止場の最北端へと、俺たちは案内された。そこで使用人は見張り台にいる男へ、ジャガルートの言葉で声をかけた。
 俺よりも少し若そうな見張りの男は、この地方では珍しく、長い焦げ茶色の髪を後ろ手に縛っていた。
 目を細めながら、北西側にある離島を凝視していた水兵らしい男は、俺たちへと振り返った。


「キンドサ――ああ、そうか。アンタたち、噂のインムナーマ王国から来た客人か」


「俺たちの国の言葉を喋れるのか?」


「ああ。だが、その話はあとにしよう。ここから離島が見えるか? 離島の西側で、船が襲われている」


「ええっと――」


 言われた方角へと目を凝らしたが、それらしい影は見えない。見張り台の男が「やべえ……帆が折れそうだ」と、こっちへ喋ってきたことで、俺は察しがついた。


「あんた、〈遠視〉の《スキル》を持ってるのか」


「ああ。船を助けに行くなら、急いで。もうヤバイよ」


「わかった。瑠胡、セラ。俺が行きますから、二人はここで――」


「なにを言ってるのです。もちろん、共に参ります」


「そうですね。そのために来たんですから」


「二人とも……わかりました。そのかわり、先鋒は俺が行きます。二人はなるべく、後方からの援護をお願いします」


 俺は瑠胡やセラの肩に肩を添えてから、海へと駆け出した。
 波止場を駆けながら首筋の鱗からドラゴンの翼を出した俺は、離島へと飛翔した。後ろから、瑠胡とセラが付いて来るのがわかる。
 離島に近づくと、白い船が浮かんでいるのが見えてきた。あれが見張り台の水兵が言っていた船か――と思ったとき、俺は気がついた。
 船が白いわけではなく、クラーケンの触腕が船体に巻き付いているのだ。その触腕の一本には、なにか水兵らしい男が捕らえられていた。
 俺は頭の中で幾重にも重なった線を描くと、水兵を絡め取った触腕へ、〈断裁の風〉を放った。
 海上に出ている触腕の、およそ三分の一が、甲板の上に落ちた。
 切断された触腕の一本が、船体から離れた。


「大丈夫か!?」


 船体に近寄った俺は、咄嗟に母国語で喋ってしまった。案の定、言葉が通じる者はいなかった――。


「あんた、インムナーマ王国の人か!? 助かったが……あの化け物をなんとかしてくれるのか!?」


「……努力はしてみます」


 母国語が通じる者がいることは驚きだったが、それはあとだ。俺は頭の中で、〈断裁の風〉に必要な、線のイメージを練り上げていた。
 さっき切断した触腕は、もう復元し終えていた。
 俺が狙ったのは、船体に巻き付いているほうだ。
 吸盤でくっついているのか、船体の後尾で一巻きしただけで、クラーケンは船にへばりついていた。
 俺はその一巻きした触腕の根元を狙って、〈断裁の風〉を放った。
 船尾にしがみついていた触腕が切断されると、船はゆっくりとクラーケンから離れていく。まだ帆が残っているから、自走能力は失っていなさそうだ。
 クラーケンは船を逃すまいと、切断された箇所を即座に復元し、再び船を捕まえるべく再び触腕を伸ばしてきた。
 そこへ白光りする光条と、細い光の線がクラーケンの胴体を貫いた。
 瑠胡の竜語魔術と、セラの《スキル》だ。先ほど頼んだとおりに、俺の援護をしてくれたらしい。
 胴体に攻撃を受け、クラーケンは触腕を退いた。


「今のうちに、岸へ早く!」


 俺が船の甲板に叫ぶと、水兵たちが忙しく動き始めた。
 船の速度が上がるのを見て、俺はクラーケンへと向き直った。これまでの戦いで、〈断裁の風〉では、すぐに復元されてしまうことは理解した。
 なら、今度は竜語魔術を試す。
 俺は早口に〈爆炎〉の詠唱を始めた。
 船を逃したことで怒ったのか、クラーケンは触腕を振り乱しながら、俺に迫ってきた。
 そこへ、瑠胡の竜語魔術による光条が再びクラーケンを貫いた。俺の詠唱が終わったのは、その直後だ。
 クラーケンの胴体で、爆発が起きた。
 爆風がこっちまで吹き荒れ、俺は両腕で顔を覆った。
 爆発が晴れたとき、俺は正直にいって勝利を確信していた。だが爆炎の影響で舞い上がった水蒸気が晴れて、まだ生きているクラーケンを目の当たりにして、俺は愕然とした。
 胴体の三分の一を失ったクラーケンが、触腕を動かしながら海中に潜っていく。俺は追撃をしたかったが、そのときにはもう、胴体の殆どが復元されてしまい、また身体の大半が海中に没したために魔術による攻撃も意味を無くしてしまった。


「こんなの、斃せるのか?」


 クラーケンが姿を消した海を、俺はしばらくのあいだ、呆然と見下ろしていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

クラーケンの二戦目です。強い自己修復って、やっかいデスよね……。という回です。

ここから、どうやって戦っていくか――って書くと、他人事みたいになりますが。ぶっちゃけ1ターンでHP全回復の中ボス的な立ち位置なわけですが。

こんなんゲームで出たら、糞ゲー確定ですね(汗

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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