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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』
三章-1
しおりを挟む三章 噛み合い出した歯車
1
青白い陽光が、朧気に周囲を照らしていた。
海辺に似た細かい砂が広がり、黒っぽい岩が点在していた。北側の奥に、円筒形の柱が目立つ宮殿が見える。
ここは、神界。竜神・ラハブの済む神の領域だ。
周囲にある深海の海水は、神界の境界が遮っている。時折、深い場所を泳ぐ魚が光を遮り、周囲に影を落としていた。
白い壁に囲まれたラハブの宮殿から、この砂地まで足跡が続いてた。
大柄で筋肉質なラハブの前には、金髪の少年――キングーが跪いていた。
「クラーケンが、ワイアームを?」
キングーから報告を受けたラハブは、眉を顰めた。
「アラトン海に住んでいるクラーケンを、援軍にしたのではないか? あそこの個体は比較的、性格も穏やかだったはずだ」
「……はい、父上。わたくしも同じ考えでおりました。ですが、結果は……ワイアームは、ジコエエルを除いて壊滅。それに加え、付近に住んでいたサーペントや、魚たちの大半も食われてしまいました」
「……それだけか? 隠し立ては許さぬぞ」
腕を組んで見下ろすラハブに、キングーは一瞬、言葉を詰まらせた。
頭を下げて謝罪の意を表すと、躊躇いがちに口を開いた。
「申し訳ございません。人族の船を二隻……襲っております。船乗りたちの生存者は……一握りほどしかおりません」
「そうか……海が血で荒れるかもしれぬな。それで、どう対処するつもりだ? 同胞であるドラゴン族を襲った以上、捨て置くことはできぬぞ?」
ラハブからの問いに、キングーは顔を上げぬまま答えた。
「わたくしだけでは、斃せません。天竜の方々にご助力を願い出ました」
「天竜――瑠胡姫と、そのつがいか?」
「……はい」
キングーが頷くと、ラハブは難しい顔をした。
海竜族は、ランドと瑠胡がつがい――つまり夫婦になることを認めていない。海竜族が天竜族と仲違いをしているというわけではなく、元人間であるランドを認めてないのが理由だ。
口を真一文字に結んでいたラハブは、頭上を一瞥してから、唸るように息を吐いた。
「我らが瑠胡姫とランド・コールとやらに助力を請うては、二人の仲を認めたと思われるのではないか?」
「いえ。それとこれとは、話が別でございます。元人間を神族に迎え入れること、容認致しませぬ」
「ふむ……あのクラーケンを派遣したのは、おまえの判断だ。思うようにやってみよ。それで、瑠胡姫は協力をしてくれるのか?」
「いえ……少々機嫌を損ねてしまったようで、そこにいた人族の者を介しての要請となっております。機嫌を損ねた理由は、わたしには理解できませんでしたが……恐らくは、決闘の援軍に、クラーケンを派遣したことを怒っておられるのかもしれません」
キングーの報告に対しラハブは難しい顔をしていたが、口を挟まなかった。
瑠胡との一件についても、キングーにとっては嘘ではない。彼なりに考えた結果、この結論に達したのだ。
レティシアに殴られた一件は、キングーの中では価値観の相違で終わっている。
「それでは、わたくしはもう一度、地上へと行きましょう」
「うむ……頼んだぞ」
「はい。ご期待に添えるよう、誠心誠意奮闘努力いたします」
立ち上がったキングーが、父であるラハブに一礼したとき、頭上から大きな影が降りてきた。
その姿は、サーペントに似ていた。全身を白い鱗に覆われ、胴体の前方には三本指の前足が一対ある。
後頭部には金色の体毛があり、そこから鹿のような二本の角が生えていた。
翼もないのに、まるで重力でもないかのように浮いているドラゴン族は、ラハブとキングーの頭上で制止すると、頭だけを低く垂れた。
〝竜神・ラハブ様とお見受け致します。我は遙か東の海を護る眷属神・ペークヨーで御座います〟
ペークヨーはラハブに対して小さく頭を下げ、横にいたキングーには目礼をした。
ラハブはペークヨーへと向き直ると、目礼で応じた。
「いかにも、我がラハブである。眷属神・ペークヨーと申されたか。我が神界まで、よくぞ来られた。して、どのような用件で我が神界へと参られた?」
〝クラーケンが暴れていると知り、なにか助力できればと思い、馳せ参じた次第でございます
このペークヨーの申し出を聞いて、キングーがハッと顔を上げた。
「ペークヨー殿。あのクラーケンに、勝つことができるのですか?」
〝容易くはない。ですが、不可能ではないはず〟
「でしたら、天竜の方々に協力して頂きたい。共に戦えば必ず、あのクラーケンに勝てましょう」
キングーの頼みに、ペークヨーは「むぅ……」と唸りながら目を閉じた。
そのまま数秒ほど沈黙したあと、静かに口を開いた。
〝天竜がクラーケンと戦うのなら、問題はないでしょう。瑠胡姫もそうだが、ランドとかいう元人間が、相当の手練れという噂。それであれば、我の助力など必要ないでしょうな〟
「お待ち下さい。助力をして下さらないと――そういうことですか?」
〝左様に御座います。我らは、天竜の方々が危機に陥った場合のみ、動くと致しましょう。下手に手助けをしようものなら、却って邪魔になるでしょう〟
「な、なるほど……」
どこか釈然としない部分はあったが、キングーはペークヨーの言葉に従うことにした。
神界から海中に出たペークヨーは、僅かに牙を剥いた。
〝これで良い――〟
クラーケンと戦う天竜族で、矢面に立つのはランドしかいない。しかし竜語魔術や並みの剣技では、斃すどころか傷を負わせることすら困難だろう。
触腕を切断されても、すぐに復元できるほどの回復能力だ。
〝天竜如きでは、斃せまい。これでランドが死なずとも、手足の一本でも失えば僥倖だ。すべては、我が天竜の――竜神へと昇華するための布石に過ぎぬ〟
ペークヨーの呟きは、泡と共に海中へと消えていった。
*
もうすぐで正午になるというころ、離れで身体を休めていた俺と瑠胡、それにセラの元に、レティシアとシャルコネが訪ねてきた。
ふて腐れ気味にベッドに腰掛けている俺に、真顔のレティシアが話しかけてきた。
「ランド……クラーケンと戦って欲しい」
「キングーに説得されたっていうなら――」
「そういうわけじゃない。我々の――下手をすれば、ジャガルートの危機なのだ」
俺の言葉を遮ったシャルコネは、俺たちを手招きした。
俺は瑠胡やセラと顔を見合わせてから、シャルコネのあとを追った。レティシアを最後尾に、離れを出た俺たちは、港の近くにある石造りの一軒家に入った。
一軒家に入るなり、瑠胡が鼻をひくつかせた。
「――血の臭い」
「え?」
「ほお……流石だな。ここは病院だ。港で怪我をした者が、ここに担ぎ込まれたりしているな。おまえたちに見て――いや、会わせたいのは、患者の一人だ」
シャルコネはそう言って、医師らしい老人に何かを告げた。
隣の部屋へ続く木製のドアを開けた老人は、シャルコネに会釈をすると別の部屋へと退いていった。
部屋の中には、ベッドが一つだけある。そこに、全身をリネンを巻かれた男が寝かされていた。
胴体から顔まで、左目と口以外はリネンで肌や頭髪も露出していない。
目を閉じた男は、か細い呼吸を繰り返していた。
「こやつは、化け物に襲われた船の生き残りだ。コラン」
シャルコネに声をかけられた男は、うっすらと目を開けた。
コランという男から左目を向けられたシャルコネは、落ちつけと言わんばかりに手を挙げた。
「船が沈んだときのことを、教えてくれ」
「船――ああ、白い大きな、長い蛇みたいな腕――脚みたいなものが、船に巻き付いて……ああ、あれは巨大な化け物だ! 斬ってもすぐに傷が消えてしまって、ああ――皆、腕に掴まれて、食わ――食われてしまった! イヤだ! 助けてくれっ!! 白い化け物がそこまで来てる! 来てる、そこの窓! 窓から白い物が見える! イヤだ、イヤ――ヤダ来るな来るな、来るなぁぁぁぁっ! あ――」
狂乱するかのように叫び続けた男は、突然に白目を剥いた。
全身の力が抜けたように動きを止めたことで、ちょっと焦ったが――単に気を失っただけのようだ。
「ランド、これはもしかして……」
セラに頷いた俺は、そのままシャルコネを見た。
「まさか、クラーケンに襲われたんですか?」
「その可能性が、高いだろう。あのクラーケンは噂を含めれば、少なくとも二隻の船を襲っている。この海域に現れたということは、この街の港も襲われるかもしれん。もちろん、キングーという少年が言ったように、おまえたちの船とて、狙われないという保証はない」
シャルコネは俺と瑠胡、それにセラを順に見回した。
これ以上は、聞かなくてもわかる。きっと俺たち以外に、あの化け物を斃せる人材は、この街にはいないんだろう。
選択の余地がないって状況は好きじゃないが、そうも言ってられない。
俺は乱暴に頭を掻きながら、シャルコネとレティシアに、詳細を聞くことにした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
三章開始でございます。そして、眷属神・ペークヨー登場。ほぼオリジナルで御座います。
余談ですが、眷属神というのは仏教用語としてよく見られるものを流用しています。そのものずばり、仏や神の眷属である小神などのことですね。
従属神になると、主に十八禁n……いえ、なんでもないです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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