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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』
二章-7
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離島の北側にあたる海底で、クラーケンはサーペントの死骸を貪っていた。飛び散る屍肉に魚が集まるが、触腕の一本で魚を捕らえては、サーペントの肉と一緒に口に運ぶ。
周囲が血や屍肉の破片で穢れていく海中に、金髪の少年が近寄っていった。
少年――キングーは先ほど、ワイアームらの住処を訊ねたばかりだった。そこで死骸と血だまり……洞穴内の惨状を目の当たりにし、痕跡からクラーケンの仕業だと理解した。
それからクラーケンを探し続け、二時間ほどして漸く発見することができたのだ。
脚だけで海中を泳いでいるキングーは、クラーケンへ厳しい目を向けた。
「おまえは、なにをしている!? サーペントやワイアームを相手にしろと命じてはいないはずだ」
キングーが近寄ると、クラーケンは触腕の一本を振り上げた。
その動きの意味を掴みかねて動きを止めた直後に、触腕が勢いよくキングーへと振り下ろされた。
「な――っ!?」
キングーは慌てて真横へと退いた。水圧で押し流されたキングーは、先ほどまで自分が居た場所を触腕が叩き付け、海底の砂が舞い上がった。
「なにをする、やめろ!」
キングーは怒声を発するが、クラーケンは止まらなかった。
食事を止め、二本の触腕を巧みに操りながら、キングーを捕らえるべく、複雑に動き続けた。
その触腕を避け続けながら、キングーはクラーケンを制止させようとした。
手にした短剣で触腕を斬りつけるが、その傷は瞬く間に癒やされていった。
「〈超再生〉か!? まさか、ここまでの回復力を持っているなんて」
海中では、竜語魔術の大半は効果が薄れてしまう。それに、キングーの持つ《スキル》――《魔力の才》は攻撃に特化しているものの、クラーケンには大した効果が期待できない。
「くそっ!」
前に突き出したキングーの右手に、四つの小さな青い玉が生み出された。クラーケンへと投げつけられた青い玉は、身体に触れた途端に爆発した。
だが予測した通り、キングーの表面は爆発によって小さく抉られたが、それも瞬く間に癒やされてしまう。
(やはり、駄目か)
キングーは急いでクラーケンから逃れると、離島の岸に上がった。
荒くなった息を整えると、岸を歩き始めた。奥地へは進まず、あえて海岸に沿って歩いていると、遠くにジャガルートの街が見え始めた。
キングーは肩を三度ほど上下させてから、ゆっくりと海に入った。
(再戦が不可能になったことを伝えなければ……あと、航海を自粛すべきと伝えなくては)
精霊たちの声を頼りにランドや瑠胡の居場所を探しながら、キングーはオモノの街へと泳ぎ始めた。
*
シャルコネに案内されながら、俺たちはジコエエルを浜辺から少し離れた海蝕洞へと運び込んだ。そこは大昔に波などに削られた場所らしく、ジコエエルが横たわると、俺たちが海蝕洞に入る隙間すらなくなる程度の大きさしかない。
しかし、長い年月のあいだに土地が隆起したことで、海水は入って来ない場所となっていた。
ジコエエルをここまで運ぶあいだに、俺たちはレティシアから、事の顛末を聞いていた。
傷の癒えていないジコエエルが俺と戦う為に、海竜族を介して援軍を呼んだこと。その援軍であるクラーケンが、ワイアームの住処を襲ったこと。
そしてワイアームたちが、レティシアとジコエエルを逃がすため、体を張ってクラーケンを止めたこと。
しかし、傷付いたジコエエルでは早く泳ぐこともできず、結局はクラーケンに追いつかれてしまった――と。
「とんでもなく凶暴で厄介なヤツを援軍に呼んだもんだ」
レティシアの話が終わったのは、俺がジコエエルを運び終えた直後だった。竜化を解いた俺が溜息を吐くと、ジコエエルが動くのも辛そうな声を出した。
〝海竜族から聞いた話では、最低限の分別は備えていると……そう聞いている〟
「そうは言うけどさ。おまえだって、襲われたんだろ?」
〝そうだ……話が違う。これでは、裏切り……同然だ。ヤツだけは……我が殺す。殺してやらねばならぬ〟
ジコエエルの声には、どこか深い怒りが滲んでいた。恐らくは、仲間がクラーケンに殺されたと理解しているのだろう。その怒りの根底は、俺にだって理解できる。だから、ジコエエルの仇敵となったクラーケンと戦うのは、やぶさかじゃない。
だが、ここから先は俺個人の勝手では動けない。
元々、ジャガルートにはレティシアの兄、ベリット男爵の護衛で来ているんだ。レティシアが戻ってきたことで、雇い主が帰還することを決定したら、それに従う義務がある。
俺が固く握り締めた拳に、瑠胡が手を添えてきた。セラも俺の背中に手を回しながら、不安げに顔を覗き込んできた。
レティシアといえば、ジコエエルを真っ直ぐに見つめながら、口元を固く結んでいた。
俺たちが見守っていると、レティシアが振り返った。
「ランド――」
レティシアが口を開きかけたとき、背後から足音が聞こえてきた。
疲れ切ったという足取りで近づいてきたのは、金髪の少年だ。冬だというのに、かなりの薄着だ。
少年を見て、レティシアの表情が険しくなった。
「貴様は――海竜族のキングーだったな」
レティシアは早足に少年――海竜族のキングーへと近寄ると、怒鳴るのを我慢しているような声を発した。
「あのクラーケンは、貴様の仕業か? あんな凶暴な化け物を、ここに寄越した理由を話せ」
「……誤解です。あれは確かに、穏やかな性格だったんです。どうして、こんなことになったのか、わたしにもわかりません」
キングーは首を振りながら、ふと視線を前に向けた。
「……ジコエエルは無事でしたか。それだけでも、幸いでした」
「なにが幸いだっ!」
とうとう抑えきれなくなったのか、レティシアが怒鳴り声をあげた。
ただ胸ぐらを掴んでいないことから、まだ理性は保っているようだ。キングーに詰め寄るように一歩だけ踏み込みながら、怒鳴り続けた。
「ジコエエルは、仲間たちを失ったんだ! まずは、詫びるのが先ではないのか!?」
「詫びる……何故です? あれが凶暴化したのは、わたしの責任ではありません」
「貴様――っ!」
レティシアがとうとう、キングーの左頬を殴りつけた。
まさか人間の女性に殴られるとは思っていなかったのか、頬を打たれたキングーは、尻餅をつくように倒れた。
「な、なにを――」
「……少しは他者の痛みを理解しろ」
レティシアはそう言い放つと、キングーへ背を向けた。
俺の横を通り過ぎたレティシアは、海蝕洞の縁へと歩いて行く。その背中を見送っていると、キングーは左手で頬を押さえながら、俺に非難の目を向けた。
「あなたも、止めて下さい。あんな暴力を見逃す必要なないでしょう」
「……悪いけど、レティシアに非があるようには思えなかったので」
俺が肩を竦めると、瑠胡も同意するように小さく頷いた。
天竜族の姫である瑠胡が俺と同意見であることに、キングーは驚いた顔をした。「そ――」と、なにかを言いかけたキングーに、瑠胡は淡々と告げた。
「すまぬが、妾も同意見でな。それより、海竜族と申したか。従えてるとはいえ、同胞を無駄死にさせたこと、どう申し開きをするつもりか?」
「……わたしに非はありませんが、結果的に同胞を失ってしまったことには、心を痛めておりますよ。ですが、それ以上はどうすることもできません。わたくしが罰せられたとしても、失った命が蘇るわけではありませんから」
……この野郎。
ワイアームとは敵対関係だった俺でさえ、キングーとかいう海竜族の言葉と態度にはむかっ腹がたった。
海竜族ということは、あの竜神・ラハブの息子なんだろう。だが、今のキングーに、竜神の跡を継ぐだけの資質は、まったく感じられない。
俺や瑠胡、それにセラに睨まれた格好のキングーは、小さく溜息を吐いた。
「今回は、その話をするために来たわけではないのです。あのクラーケンを斃さねば、このあたりの海域は悲惨なことになるでしょう。生きとし生けるものは食われ、人間たちは船を出すこともできなくなります」
「……だったら、御主が斃せば良かろう?」
「瑠胡姫様。わたしでは力が及びませんでした。このままでは、あなたがたも船で帰ることは不可能ですし、ここは協力をお願いしたいのです。あのクラーケンを、なんとか斃して頂けないでしょうか?」
……ここまで厚顔無恥な発言は、そうそう聞けるものじゃない。
ただ、クラーケンのせいで出航ができなくなることが、困るのも確かだ。無言で頷くことすら抵抗を感じた俺は、あとの判断をレティシアとシャルコネに任せることにした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
二章は不協和音な終わりとなりました。予定通りですが、このまま次回は幕間となります。
ああ、書けることが少ない……しかも、書いていてスッキリとしない展開ですので、ちょっと鬱憤が(汗
こうした鬱憤が食欲に行くから宜しくないんですよね(モグモグ
……健康診断のあとで良かったです。結果もまだ来てませんし。今ならまだ無敵状態(モグモグ
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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