屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
201 / 276
第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

二章-5

しおりを挟む

   5

 ランドとの再戦当日、早朝。
 日が昇る前から、離島の洞穴ではワイアームたちがワザめいていた。インムナーマ王国でもジャガルートの言葉でもない、恐らくはドラゴン語での会話だ。
 会話の騒々しさで目が覚めたレティシアは、寝不足で鈍い頭を振ってから、手近にいる藍色のワイアームに訊ねた。


「なにがあった?」


〝む――まだ夜明け前だ。眠っていろ〟


「こう頭上が喧しくては、眠っておれん。なにがあった?」


〝昨日までに来るはずだった、ジコエエルの援軍が来ぬのだ。このままでは、再戦をしても危ういだろう〟


 藍色のワイアームが答えると、レティシアは海竜族の少年が言っていたことを思い出した。
 海竜族がランドと戦うワイアームのジコエエルのため、援軍を送ったという。その援軍の正体までは、レティシアは聞いていない。
 だが、それでランドに勝てると判断していることから、かなりの強敵ということはわかる。
 レティシアがワイアームたちの隙間から抜け出すと、ひんやりとした空気が身体を包み込む。
 両手で身体を擦りたい欲求を我慢しながら、レティシアはジコエエルの前に進み出た。


「ランドは間違いなく、約束通りの時間に指定場所へと来るぞ。おまえは、どうするつもりだ?」


〝一先ず、再戦の延期を――〟


〝いや、それは拙いぞ。約束が果たされねば、奴めは島を破壊してでも、ここを探し当てるだろう〟


〝そのときは、我ら五体で迎え撃てば良かろう! ジコエエルもおるのだ。全員で迎え撃てば、勝てぬ戦いではない〟


 深緑色のワイアームが勇ましく吠え立てるが、ほかの四体は冷ややかな視線を送るだけで、同調するものはいない。
 そんな仲間の雰囲気に気付いた深緑色のワイアームに、ジコエエルが窘めるように告げた。


〝おまえの言うことは、間違ってはおらぬだろう。だが、我はまだ傷が癒えきっておらぬ。必ずしも、その期待に応えられるとは限らぬのだ。今は焦れったいかもしれぬが、我慢をせねばならぬ〟


〝ぬぅ――傷が癒えておらぬのだったな〟


 深緑のワイアームが大人しく引き下がる様子を、レティシアは半ば呆れながら眺めていた。
 一部――というか一体のワイアームを除いて、ほかのワイアームらは、部外者であるレティシアにもわかるくらい、深緑のワイアームと態度が違う。


(あからさまに、ランドにびびってるな……)


 あの旧友がどんな実力を発揮したのかは知らないが、かなりの恐怖を与えたのは間違いが無い。
 レティシアは喧々囂々と意見を述べ合うワイアームたちに、手を叩くことで注意を自分へと向けた。


「一つ、提案がある。延期をするなら、わたしを街へ戻すと言えば良い。そうすれば、ランドも島を破壊するまではしないだろう」


〝それは、駄目だ! おまえが帰れば、ヤツは逃げる〟


 ジコエエルの反論に、レティシアは肩を上下させた。


「だが援軍が来なければ再戦はしたくない、ランドが攻めてくるのは困る――というのでは、話は纏まらないだろう。一度、仕切り直すのも手だと思うが」


〝しかし――それは、どうだ?〟


 茶色のワイアームのひと言を皮切りに、ワイアームたちが押し問答を再開した。
 答えの出ない不毛な言い争いに、レティシアは諦め気味に溜息を吐いた。この堂々巡りな展開のまま、夜明けを迎えるのでは――そんな心配をしていると、水色のワイアームが首を水辺へと向けた。


〝まあ、待て。まずは援軍が近くまで来ているか、確かめるべきだ。我が海に出て、確かめて来よう〟


 ほかのワイアームたちから賛同の声が挙がると、水色のワイアームは洞穴にある海面へと向かった。
 ようやく建設的な意見が出たことに、レティシアは安堵していた。
 すぐに帰ることは難しそうだが、少なくとも夜が明けて再戦の時間になるまで、不毛な言い争いが続かなくて良かった――と、思っていた。
 しかし、海面を見た水色のワイアームが、動きを止めた。


〝ん――なんだ、これは〟


 ワイアームの前にある海に、魚が集まっていた。それは海面すべてが黒く映るほどで、なにかから逃げるように、グルグルと洞穴内の場所を回遊するように動いていた。
 今までに見たこともない光景に、水色のワイアームが動きを止めた。その直後、海中から出てきた二本の白い触腕に、全身を絡め取られた。


〝な――なんだ!?〟


 水色のワイアームが驚きと困惑の声をあげながら、海中へと引きずり込まれていく。


〝どうした!?〟


 茶色のワイアームが地を這いながら水辺に向かうが、その前に水色のワイアームは海中に没してしまった。
 茶色のワイアームは海の中に首を入れたが、しかしすぐに顔を出した。
 頭部から水滴が滴らせながら、茶色のワイアームは首をジコエエルやレティシアたちのほうへと向けた。


〝もう、なにも見えぬ〟


〝馬鹿な――っ!? 水の中に引き込まれたのは、たった今だぞ!〟


〝見えぬものは、仕方がなかろう!〟


 深緑のワイアームの怒鳴り声に、茶色のワイアームが牙を剥きながら反論したとき、茶色のワイアームの尾に海中から出てきた白い触腕が絡みついた。


〝危ないっ!〟


 深緑のワイアームは、茶色のワイアームが海中へと引っ張られる前に、触腕へと噛みついた。
 茶色と深緑の二体で触腕に対抗していると、藍色のワイアームも触腕に噛みついた。これで三対一となったが、それでもたった一本の触腕に手こずっていた。


(なにかが、襲ってきたのか?)


 レティシアは先ず、あの触腕がランドたちの救援という考えは捨てていた。あの触腕は瑠胡のようなドラゴン族というより、海洋生物の一部を思わせた。
 それに、傍らで仲間たちの奮闘を見つめているジコエエルの顔に――相変わらず表情は読み取り難いが――、どこか驚愕の色が浮かんだ気がしていた。


〝まさか……クラーケンか? しかし援軍に来たはずのヤツが、なぜ我らを襲う。これでは、話が違うではないか〟


「なんだと?」


 ジコエエルの独白に、レティシアは目を剥いた。
 クラーケンという魔物のことは、レティシアも耳にしたことがある。しかし、それは船乗りたちの伝承――いや、むしろ噂話に近い代物だ。
 曰く、巨大な蛸やイカが船を襲って船員を喰らうというもので、そもそも船を襲えるだけの大きさを持つ蛸やイカなど、目撃例は無いに等しい。
 そのクラーケンが、目の前にいるという事実に、レティシアは思わず息を呑んだ。
 加勢したいが、腰に下げた長剣や《スキル》では、あの太い触腕一本ですら、太刀打ちできそうになかった。
 自分を人質にしたワイアームらの手助けなど、普通の感覚では愚の骨頂だ。しかし、今まさに失われようとする生命に、レティシアの義侠心が揺さぶられていた。
 力比べはしばし拮抗していたが、海中から白いダイオウイカの様な本体が姿を現した。胴体だけで、この洞穴の天井には収まらず、後方へと大きく曲がっていた。触腕はワイアームの胴体よりも遙かに長く、八本の脚には木材や刺さったままの剣、それにサーペントの鱗などが貼り付いていた。
 もう一本の触腕には、先に海中へと引きずり込まれた水色のワイアームが、絡め取られていた。
 力なく尾を垂れたその姿から、もう絶命していることがわかる。


(くそ――)


 レティシアが躊躇いながら、長剣の柄に手を伸ばしかけた。そのとき、茶色のワイアームがジコエエルへと怒鳴るように告げた。


〝ジコエエル! その人間の娘を連れ、逃げろ!!〟


〝なんだと!? そんなことができるわけなかろう!〟


〝駄目だ、逃げろ! ランドに勝ち、天竜の一員となるのだ。末席とはいえ、神の系譜に並ぶことこそ、我らが悲願。おまえだけでも、それを叶えろ!〟


 悔しそうに牙を剥くジコエエルは、いきなりレティシアへと大口を開けた。


「何をする――!」


 レティシアが非難の声をあげたが、そのときにはもうジコエエルの口の中だった。だが、飲み込まれてはいない。


〝ここは、我らで抑えておく。早く行け!〟


 深緑のワイアームの声がしてからすぐ、ジコエエルは傷付いた身体を酷使して、海中へと潜って行った。
 しっかりと閉じられた口の中には、海水は浸入してこなかった。身体に伝わる振動、そして動きから、ジコエエルが海中を進んでいることを察したレティシアは、自分がどこに連れて行かれるのか、不安と疑心の入り交じった想いを抱いていた。

---------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回出ているクラーケンはダイオウイカを元にしていると、前に書きましたが……調べてみると、これまで見つかった最大のものは、胴体で13メートルみたいですね。

……船を襲うまではいかないという、浪漫(?)もない話です。

海の中なんだし、マッコウクジラより大きな個体がいて欲しいものです。

個人的に、巨大生物化して欲しい海の生物は、ロブスターですね。巨大ロブスター……何人分の食料になるんでしょう。

一説では、寿命がない生物――という話ですし。一匹くらいは、数百メートルにまで成長してないかな……と、思う日々です。

すいません。最後の「思う日々」は嘘言いました。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...