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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』
二章-5
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ランドとの再戦当日、早朝。
日が昇る前から、離島の洞穴ではワイアームたちがワザめいていた。インムナーマ王国でもジャガルートの言葉でもない、恐らくはドラゴン語での会話だ。
会話の騒々しさで目が覚めたレティシアは、寝不足で鈍い頭を振ってから、手近にいる藍色のワイアームに訊ねた。
「なにがあった?」
〝む――まだ夜明け前だ。眠っていろ〟
「こう頭上が喧しくては、眠っておれん。なにがあった?」
〝昨日までに来るはずだった、ジコエエルの援軍が来ぬのだ。このままでは、再戦をしても危ういだろう〟
藍色のワイアームが答えると、レティシアは海竜族の少年が言っていたことを思い出した。
海竜族がランドと戦うワイアームのジコエエルのため、援軍を送ったという。その援軍の正体までは、レティシアは聞いていない。
だが、それでランドに勝てると判断していることから、かなりの強敵ということはわかる。
レティシアがワイアームたちの隙間から抜け出すと、ひんやりとした空気が身体を包み込む。
両手で身体を擦りたい欲求を我慢しながら、レティシアはジコエエルの前に進み出た。
「ランドは間違いなく、約束通りの時間に指定場所へと来るぞ。おまえは、どうするつもりだ?」
〝一先ず、再戦の延期を――〟
〝いや、それは拙いぞ。約束が果たされねば、奴めは島を破壊してでも、ここを探し当てるだろう〟
〝そのときは、我ら五体で迎え撃てば良かろう! ジコエエルもおるのだ。全員で迎え撃てば、勝てぬ戦いではない〟
深緑色のワイアームが勇ましく吠え立てるが、ほかの四体は冷ややかな視線を送るだけで、同調するものはいない。
そんな仲間の雰囲気に気付いた深緑色のワイアームに、ジコエエルが窘めるように告げた。
〝おまえの言うことは、間違ってはおらぬだろう。だが、我はまだ傷が癒えきっておらぬ。必ずしも、その期待に応えられるとは限らぬのだ。今は焦れったいかもしれぬが、我慢をせねばならぬ〟
〝ぬぅ――傷が癒えておらぬのだったな〟
深緑のワイアームが大人しく引き下がる様子を、レティシアは半ば呆れながら眺めていた。
一部――というか一体のワイアームを除いて、ほかのワイアームらは、部外者であるレティシアにもわかるくらい、深緑のワイアームと態度が違う。
(あからさまに、ランドにびびってるな……)
あの旧友がどんな実力を発揮したのかは知らないが、かなりの恐怖を与えたのは間違いが無い。
レティシアは喧々囂々と意見を述べ合うワイアームたちに、手を叩くことで注意を自分へと向けた。
「一つ、提案がある。延期をするなら、わたしを街へ戻すと言えば良い。そうすれば、ランドも島を破壊するまではしないだろう」
〝それは、駄目だ! おまえが帰れば、ヤツは逃げる〟
ジコエエルの反論に、レティシアは肩を上下させた。
「だが援軍が来なければ再戦はしたくない、ランドが攻めてくるのは困る――というのでは、話は纏まらないだろう。一度、仕切り直すのも手だと思うが」
〝しかし――それは、どうだ?〟
茶色のワイアームのひと言を皮切りに、ワイアームたちが押し問答を再開した。
答えの出ない不毛な言い争いに、レティシアは諦め気味に溜息を吐いた。この堂々巡りな展開のまま、夜明けを迎えるのでは――そんな心配をしていると、水色のワイアームが首を水辺へと向けた。
〝まあ、待て。まずは援軍が近くまで来ているか、確かめるべきだ。我が海に出て、確かめて来よう〟
ほかのワイアームたちから賛同の声が挙がると、水色のワイアームは洞穴にある海面へと向かった。
ようやく建設的な意見が出たことに、レティシアは安堵していた。
すぐに帰ることは難しそうだが、少なくとも夜が明けて再戦の時間になるまで、不毛な言い争いが続かなくて良かった――と、思っていた。
しかし、海面を見た水色のワイアームが、動きを止めた。
〝ん――なんだ、これは〟
ワイアームの前にある海に、魚が集まっていた。それは海面すべてが黒く映るほどで、なにかから逃げるように、グルグルと洞穴内の場所を回遊するように動いていた。
今までに見たこともない光景に、水色のワイアームが動きを止めた。その直後、海中から出てきた二本の白い触腕に、全身を絡め取られた。
〝な――なんだ!?〟
水色のワイアームが驚きと困惑の声をあげながら、海中へと引きずり込まれていく。
〝どうした!?〟
茶色のワイアームが地を這いながら水辺に向かうが、その前に水色のワイアームは海中に没してしまった。
茶色のワイアームは海の中に首を入れたが、しかしすぐに顔を出した。
頭部から水滴が滴らせながら、茶色のワイアームは首をジコエエルやレティシアたちのほうへと向けた。
〝もう、なにも見えぬ〟
〝馬鹿な――っ!? 水の中に引き込まれたのは、たった今だぞ!〟
〝見えぬものは、仕方がなかろう!〟
深緑のワイアームの怒鳴り声に、茶色のワイアームが牙を剥きながら反論したとき、茶色のワイアームの尾に海中から出てきた白い触腕が絡みついた。
〝危ないっ!〟
深緑のワイアームは、茶色のワイアームが海中へと引っ張られる前に、触腕へと噛みついた。
茶色と深緑の二体で触腕に対抗していると、藍色のワイアームも触腕に噛みついた。これで三対一となったが、それでもたった一本の触腕に手こずっていた。
(なにかが、襲ってきたのか?)
レティシアは先ず、あの触腕がランドたちの救援という考えは捨てていた。あの触腕は瑠胡のようなドラゴン族というより、海洋生物の一部を思わせた。
それに、傍らで仲間たちの奮闘を見つめているジコエエルの顔に――相変わらず表情は読み取り難いが――、どこか驚愕の色が浮かんだ気がしていた。
〝まさか……クラーケンか? しかし援軍に来たはずのヤツが、なぜ我らを襲う。これでは、話が違うではないか〟
「なんだと?」
ジコエエルの独白に、レティシアは目を剥いた。
クラーケンという魔物のことは、レティシアも耳にしたことがある。しかし、それは船乗りたちの伝承――いや、むしろ噂話に近い代物だ。
曰く、巨大な蛸やイカが船を襲って船員を喰らうというもので、そもそも船を襲えるだけの大きさを持つ蛸やイカなど、目撃例は無いに等しい。
そのクラーケンが、目の前にいるという事実に、レティシアは思わず息を呑んだ。
加勢したいが、腰に下げた長剣や《スキル》では、あの太い触腕一本ですら、太刀打ちできそうになかった。
自分を人質にしたワイアームらの手助けなど、普通の感覚では愚の骨頂だ。しかし、今まさに失われようとする生命に、レティシアの義侠心が揺さぶられていた。
力比べはしばし拮抗していたが、海中から白いダイオウイカの様な本体が姿を現した。胴体だけで、この洞穴の天井には収まらず、後方へと大きく曲がっていた。触腕はワイアームの胴体よりも遙かに長く、八本の脚には木材や刺さったままの剣、それにサーペントの鱗などが貼り付いていた。
もう一本の触腕には、先に海中へと引きずり込まれた水色のワイアームが、絡め取られていた。
力なく尾を垂れたその姿から、もう絶命していることがわかる。
(くそ――)
レティシアが躊躇いながら、長剣の柄に手を伸ばしかけた。そのとき、茶色のワイアームがジコエエルへと怒鳴るように告げた。
〝ジコエエル! その人間の娘を連れ、逃げろ!!〟
〝なんだと!? そんなことができるわけなかろう!〟
〝駄目だ、逃げろ! ランドに勝ち、天竜の一員となるのだ。末席とはいえ、神の系譜に並ぶことこそ、我らが悲願。おまえだけでも、それを叶えろ!〟
悔しそうに牙を剥くジコエエルは、いきなりレティシアへと大口を開けた。
「何をする――!」
レティシアが非難の声をあげたが、そのときにはもうジコエエルの口の中だった。だが、飲み込まれてはいない。
〝ここは、我らで抑えておく。早く行け!〟
深緑のワイアームの声がしてからすぐ、ジコエエルは傷付いた身体を酷使して、海中へと潜って行った。
しっかりと閉じられた口の中には、海水は浸入してこなかった。身体に伝わる振動、そして動きから、ジコエエルが海中を進んでいることを察したレティシアは、自分がどこに連れて行かれるのか、不安と疑心の入り交じった想いを抱いていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回出ているクラーケンはダイオウイカを元にしていると、前に書きましたが……調べてみると、これまで見つかった最大のものは、胴体で13メートルみたいですね。
……船を襲うまではいかないという、浪漫(?)もない話です。
海の中なんだし、マッコウクジラより大きな個体がいて欲しいものです。
個人的に、巨大生物化して欲しい海の生物は、ロブスターですね。巨大ロブスター……何人分の食料になるんでしょう。
一説では、寿命がない生物――という話ですし。一匹くらいは、数百メートルにまで成長してないかな……と、思う日々です。
すいません。最後の「思う日々」は嘘言いました。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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