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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』
一章-5
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5
砂浜の近くで赤いワイアームが咆哮をあげるのを見て、俺は即座に瑠胡やセラから身体を離した。
「みんなは、屋敷の中へ。なるべく被害は出さないようにはします。レティシア、兵士たちを海に来させないように説得しといてくれ」
「了解したが……ワイアームを相手に、一人で立ち向かう気か?」
ワイアームを見るレディシアの目に、俺は僅かだが怖れが浮かんだのを見た。
思えば、レティシアがドラゴン種を見たのは、瑠胡との出会いと、瑠胡に仕えていた沙羅くらいだ。
瑠胡はともかく、沙羅は味方だったから、ああして敵意を剥き出しにしているドラゴン種に怖れを抱いても仕方が無いだろう。
俺はなんでもないというように、軽く答えた。
「……ああ。どうやら、俺を狙って来てるようだしな」
肩を竦めながら駆け出そうとしたとき、セラが不安げな声を発した。
「武器も防具もありませんから、無茶はしないで下さい」
「――勝つと信じていますよ、ランド」
セラと瑠胡――二人が発した言葉は違えど、俺の身を案じてくれていることは伝わって来た。
俺は二人に力強く頷くと、ワイアームのいる海岸へと駆け出した。
ワイアームは大きな翼を羽ばたかせて、砂浜の手前に浮かんでいた。風圧で水しぶきと砂塵の混じったものが、俺のところまで飛んできた。
俺が海岸に脚を踏み入れると、日差しを鈍く反射する赤い鱗を煌めかせながら、ワイアームが砂浜に降り立った。
〝貴様が天竜の姫をたぶらかした、ランド・コールか!!〟
「外聞の悪いこと言うなよ。俺と瑠胡、双方の合意の元だよ」
〝元人間風情が戯れ言を――今は天竜だとしても、我らは貴様など認めぬ〟
そう怒鳴った直後、ワイアームの腹部らしい箇所が大きく膨らんだ。膨らんだ箇所から、うっすらと赤い光が漏れるのを見て、俺は即座に〈筋力増強〉で四肢を強化した。
それにしても、いきなりかよ!
そう内心で愚痴った直後、ワイアームはその口から、放射線状に広がる炎息を吐き出した。炎息は海岸と屋敷の境目である岩場の手間までの砂を吹き飛ばし、焦がしていった。
放射線状であるためか、岩場近くまでになると、炎息の幅は十数マーロン(一マーロンは約一メートル二五センチ)ほどにもなる。
俺は空中から、そんな炎息を見ていた。〈筋力増強〉で強化した脚力で高く跳び上がって、炎息を躱したんだ。
向こうは、完全に俺を殺す気でいるようだ。一方の俺は、できるだけ殺さず、生きたまま追い返すことを考えていた。
竜神を頭にする天竜族になった以上、闇雲にドラゴンを殺してはいけない気がする。俺の思い込みなのかもしれないが、殺さずに済ますほうが無難な気がする。
空中で首筋からドラゴンの翼を生やした俺は、炎息が収まってから砂浜近くまで降りた。
〝小癪な真似を!〟
地表スレスレに降りた瞬間に、ワイバーンが突進してきた。
大口をあけたワイアームが、俺の身体を捉えた。
「くっ――」
全身の筋肉を強化していた〈筋力増強〉のお陰で、俺はワイアームに噛まれずに済んでいた。ただし、左脚の太股には牙が突き刺さっていた。
血が流れ落ちるのを感じながら、俺はワイアームの大顎が閉じるのを、両手で防いでいた。身体にかかる揺れから、ワイアームが向きを大きく変えたのを感じていた。
そして――俺は背中に水に飛び込んだような圧力を感じた。
俺の周囲は海水に包まれ、呼吸すらままならなくなる。
――これは、拙い。
潜水に備えていなかったから、空気を肺に溜めていない。
このままでは窒息が早いか、溺死が先か――だ。ワイアームは長時間の潜水ができるようだが、それだけ肺に空気を溜め込んでいるみたいだ。
悪態を吐こうにも、海中ではそれも難しい。それに反撃をする手段が、なにもない。ここで〈スキルドレイン〉を使ったとしても、形勢の逆転は難しい。
悠長に考えている暇は、ない。
俺は焦りと苛立ちから、自由になっている右脚を喉の奥へと突き出した。爪先すら喉へは届かなかったが、そこにはまったく期待していない。
やけくそ気味にやったのは、脚の底から放った〈遠当て〉だ。
水中に直線状の軌跡を描きながら、〈遠当て〉の魔力がワイアームの喉頭奥へと吸い込まれていった。
次の瞬間、咽せるように大きく口を開けたワイアームから、吐き出される形で俺は海中に放り出された。
肺に溜め込んでいた空気を吐き出してしまったのか、ワイアームは身体を忙しくくねらせながら、海上へと泳いでいった。
俺は水中から、ゆっくりと海面へと上がっていく。どれだけの深さを潜ったのかわからないが、深いところから急いで水上へ上がると、最悪の場合死ぬときがあるらしい。
脚の出血が気になるが、それは傷口を押さえるだけに留めた。焦りは禁物――肺の中の空気はギリギリだが、〈幻影〉を使いつつ、ドラゴンの翼を使ってゆっくりと海上へ出た。
〝貴様っ!〟
海面へ顔を出した途端、上空からワイアームが突っ込んできた。ワイアームはそのまま海中へと潜って行くが、俺はドラゴンの翼で悠々と空中へと舞い上がった。
今しがたワイアームが突進していったのは、俺の〈幻影〉だ。
海上に出た瞬間に狙われるなんて、容易に想像できる。だから囮として、〈幻影〉で作りだした俺の頭部を海上に出したってわけだ。
俺が左脚を庇いながら砂浜に降り立つと、ワイアームが浮上してきた。
〝おのれ……小狡い真似ばかりしおって。元人間である貴様には、正々堂々という言葉はないのだろうな〟
「そう言うなよ。もとから、行儀良く戦う性格じゃねぇんだよ。その代わり、あんたが死なないよう手加減してやってんだ。感謝して欲しいくらいだぜ」
いい加減、苛立ちを我慢するのも限界だった。
いつもの調子で啖呵を切った俺に、ワイアームは牙を剥きながら怒鳴った。
〝巫山戯るな! いかさませねば、なにもできぬ劣等種の分際で手加減だと! これ以上の本気を出せるものなら、出してみろっ!!〟
「いいぜ? その代わり、完膚なきまでに砕かれても文句を言うなよ」
〝笑止! 逆に貴様など、次の一撃で骨ごと砕いてくれるっ!!〟
羽ばたきを増して上昇するワイアームに、俺は低い声で告げた。
「いいぜ。御希望通りに砕いてやるから、覚悟しろ」
空中で鎌首をもたげたワイアームへ、俺は竜語魔術の〈爆炎〉を放った。頭部のすぐ上で起きた爆発の衝撃をまともに受け、ワイアームは地表に落下した。
そこへ、俺はワイアームの翼を狙って〈断裁の風〉を放った。ワイアームの左右の飛膜を切り裂いた。
もう飛べなくなり、翼を斬られた痛みで苦悶の声をあげるワイアームに対し、俺は次の竜語魔術を唱えた。
俺と瑠胡が出会ったとき、最初に使われた竜語魔術――あの白い熱線を放つ魔術の、上位に相当する魔術、〈白光〉だ。
俺の頭上に現れた光球から、眩いばかりの白い熱線が放たれた。
熱線はワイアームの右側頭部を掠め、その長い胴の数カ所を黒焦げにし、その数倍の面積の鱗や表皮をグズグズにした。
命中ではなく、掠めただけでこれだ。
直撃したら、間違いなくワイアームは一撃で絶命したに違いない。
すでに叫び声をあげる余力も無く、砂浜に横たわるワイアームに近寄った俺は、焼けた右の側頭部を無造作に、しかし渾身の力を込めて掴んだ。
〝や、や……めろ……〟
「うるせぇ。お望み通り、全力で砕きにいってやったんだ。それでも急所は外してやったんだからな。まだやるっていうなら、今から素手で砕いてやろうか? 素手の元人間に負けたって噂が、広がるかもな。それがイヤなら、さっさと帰れ。二度と、瑠胡を狙ってくるんじゃねーぞ」
〝……〟
ワイアームは、なにも答えなかった。無言のままでゆっくりと動きだし、海の中へ入っていった。
尾の先端が海中に沈んでいったころ、俺の体力も限界に達した。
砂浜に座り込んだとき、背後から足音が聞こえてきた。
「ランド!」
「大丈夫ですか、ランド!」
着物の裾を僅かに上げながら、瑠胡とセラが駆け寄ってくるのが見えた。
俺が小さく手を挙げると、まずは瑠胡が胸の中に飛び込んできた。右肩に頬を預けたながら、涙が浮かんだ瞳で見上げてきた。
「ランド……海中に沈められたときは、どうなることかと思いました。あまり、心配させないで下さい。傷も深いですし……」
「すいません……セラも、心配かけて、すいません」
「本当ですよ。もう、胸が張り裂けそうになりました」
そう答えながら、セラは左側の肩に頭を預けてきた。
「まずは、傷の手当てですね。それから、身体を温めないと」
「ええ。部屋に戻りましょう? しっかりと治療もしないいけませんから」
瞳を潤ませた瑠胡の瞳を見て、俺は察した。
瑠胡の《スキル》……いや《魔力の才》は、傷を癒やす力がある。あるんだけど……瑠胡は俺に対し、その《魔力の才》を口移しで行うんだよな。
……これは、やる気だよな。うん。
俺は少し照れながら立ち上がると、二人に支えられながら離れへの道を歩き始めた。
*
ランドとワイアームの戦いを、遠くから見ている存在があった。
白い鱗に覆われた頭部の一部のみが海面から出ており、ランドたちから視認するのは不可能に近い。
〝……まさか腕の一本すら、もぎ取れぬとはな。折角、瑠胡姫とつがいの情報を伝えてやったというのに。次の手段を考えねばならぬな――〟
不満げに呟くと、彼は静かに海中へと潜って行った。
-----------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
さて、サブタイトルの回収が、少しずつ行われている回でございます。
まだ書けることが少ないので、今回はここまで……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回も宜しくお願いします!
砂浜の近くで赤いワイアームが咆哮をあげるのを見て、俺は即座に瑠胡やセラから身体を離した。
「みんなは、屋敷の中へ。なるべく被害は出さないようにはします。レティシア、兵士たちを海に来させないように説得しといてくれ」
「了解したが……ワイアームを相手に、一人で立ち向かう気か?」
ワイアームを見るレディシアの目に、俺は僅かだが怖れが浮かんだのを見た。
思えば、レティシアがドラゴン種を見たのは、瑠胡との出会いと、瑠胡に仕えていた沙羅くらいだ。
瑠胡はともかく、沙羅は味方だったから、ああして敵意を剥き出しにしているドラゴン種に怖れを抱いても仕方が無いだろう。
俺はなんでもないというように、軽く答えた。
「……ああ。どうやら、俺を狙って来てるようだしな」
肩を竦めながら駆け出そうとしたとき、セラが不安げな声を発した。
「武器も防具もありませんから、無茶はしないで下さい」
「――勝つと信じていますよ、ランド」
セラと瑠胡――二人が発した言葉は違えど、俺の身を案じてくれていることは伝わって来た。
俺は二人に力強く頷くと、ワイアームのいる海岸へと駆け出した。
ワイアームは大きな翼を羽ばたかせて、砂浜の手前に浮かんでいた。風圧で水しぶきと砂塵の混じったものが、俺のところまで飛んできた。
俺が海岸に脚を踏み入れると、日差しを鈍く反射する赤い鱗を煌めかせながら、ワイアームが砂浜に降り立った。
〝貴様が天竜の姫をたぶらかした、ランド・コールか!!〟
「外聞の悪いこと言うなよ。俺と瑠胡、双方の合意の元だよ」
〝元人間風情が戯れ言を――今は天竜だとしても、我らは貴様など認めぬ〟
そう怒鳴った直後、ワイアームの腹部らしい箇所が大きく膨らんだ。膨らんだ箇所から、うっすらと赤い光が漏れるのを見て、俺は即座に〈筋力増強〉で四肢を強化した。
それにしても、いきなりかよ!
そう内心で愚痴った直後、ワイアームはその口から、放射線状に広がる炎息を吐き出した。炎息は海岸と屋敷の境目である岩場の手間までの砂を吹き飛ばし、焦がしていった。
放射線状であるためか、岩場近くまでになると、炎息の幅は十数マーロン(一マーロンは約一メートル二五センチ)ほどにもなる。
俺は空中から、そんな炎息を見ていた。〈筋力増強〉で強化した脚力で高く跳び上がって、炎息を躱したんだ。
向こうは、完全に俺を殺す気でいるようだ。一方の俺は、できるだけ殺さず、生きたまま追い返すことを考えていた。
竜神を頭にする天竜族になった以上、闇雲にドラゴンを殺してはいけない気がする。俺の思い込みなのかもしれないが、殺さずに済ますほうが無難な気がする。
空中で首筋からドラゴンの翼を生やした俺は、炎息が収まってから砂浜近くまで降りた。
〝小癪な真似を!〟
地表スレスレに降りた瞬間に、ワイバーンが突進してきた。
大口をあけたワイアームが、俺の身体を捉えた。
「くっ――」
全身の筋肉を強化していた〈筋力増強〉のお陰で、俺はワイアームに噛まれずに済んでいた。ただし、左脚の太股には牙が突き刺さっていた。
血が流れ落ちるのを感じながら、俺はワイアームの大顎が閉じるのを、両手で防いでいた。身体にかかる揺れから、ワイアームが向きを大きく変えたのを感じていた。
そして――俺は背中に水に飛び込んだような圧力を感じた。
俺の周囲は海水に包まれ、呼吸すらままならなくなる。
――これは、拙い。
潜水に備えていなかったから、空気を肺に溜めていない。
このままでは窒息が早いか、溺死が先か――だ。ワイアームは長時間の潜水ができるようだが、それだけ肺に空気を溜め込んでいるみたいだ。
悪態を吐こうにも、海中ではそれも難しい。それに反撃をする手段が、なにもない。ここで〈スキルドレイン〉を使ったとしても、形勢の逆転は難しい。
悠長に考えている暇は、ない。
俺は焦りと苛立ちから、自由になっている右脚を喉の奥へと突き出した。爪先すら喉へは届かなかったが、そこにはまったく期待していない。
やけくそ気味にやったのは、脚の底から放った〈遠当て〉だ。
水中に直線状の軌跡を描きながら、〈遠当て〉の魔力がワイアームの喉頭奥へと吸い込まれていった。
次の瞬間、咽せるように大きく口を開けたワイアームから、吐き出される形で俺は海中に放り出された。
肺に溜め込んでいた空気を吐き出してしまったのか、ワイアームは身体を忙しくくねらせながら、海上へと泳いでいった。
俺は水中から、ゆっくりと海面へと上がっていく。どれだけの深さを潜ったのかわからないが、深いところから急いで水上へ上がると、最悪の場合死ぬときがあるらしい。
脚の出血が気になるが、それは傷口を押さえるだけに留めた。焦りは禁物――肺の中の空気はギリギリだが、〈幻影〉を使いつつ、ドラゴンの翼を使ってゆっくりと海上へ出た。
〝貴様っ!〟
海面へ顔を出した途端、上空からワイアームが突っ込んできた。ワイアームはそのまま海中へと潜って行くが、俺はドラゴンの翼で悠々と空中へと舞い上がった。
今しがたワイアームが突進していったのは、俺の〈幻影〉だ。
海上に出た瞬間に狙われるなんて、容易に想像できる。だから囮として、〈幻影〉で作りだした俺の頭部を海上に出したってわけだ。
俺が左脚を庇いながら砂浜に降り立つと、ワイアームが浮上してきた。
〝おのれ……小狡い真似ばかりしおって。元人間である貴様には、正々堂々という言葉はないのだろうな〟
「そう言うなよ。もとから、行儀良く戦う性格じゃねぇんだよ。その代わり、あんたが死なないよう手加減してやってんだ。感謝して欲しいくらいだぜ」
いい加減、苛立ちを我慢するのも限界だった。
いつもの調子で啖呵を切った俺に、ワイアームは牙を剥きながら怒鳴った。
〝巫山戯るな! いかさませねば、なにもできぬ劣等種の分際で手加減だと! これ以上の本気を出せるものなら、出してみろっ!!〟
「いいぜ? その代わり、完膚なきまでに砕かれても文句を言うなよ」
〝笑止! 逆に貴様など、次の一撃で骨ごと砕いてくれるっ!!〟
羽ばたきを増して上昇するワイアームに、俺は低い声で告げた。
「いいぜ。御希望通りに砕いてやるから、覚悟しろ」
空中で鎌首をもたげたワイアームへ、俺は竜語魔術の〈爆炎〉を放った。頭部のすぐ上で起きた爆発の衝撃をまともに受け、ワイアームは地表に落下した。
そこへ、俺はワイアームの翼を狙って〈断裁の風〉を放った。ワイアームの左右の飛膜を切り裂いた。
もう飛べなくなり、翼を斬られた痛みで苦悶の声をあげるワイアームに対し、俺は次の竜語魔術を唱えた。
俺と瑠胡が出会ったとき、最初に使われた竜語魔術――あの白い熱線を放つ魔術の、上位に相当する魔術、〈白光〉だ。
俺の頭上に現れた光球から、眩いばかりの白い熱線が放たれた。
熱線はワイアームの右側頭部を掠め、その長い胴の数カ所を黒焦げにし、その数倍の面積の鱗や表皮をグズグズにした。
命中ではなく、掠めただけでこれだ。
直撃したら、間違いなくワイアームは一撃で絶命したに違いない。
すでに叫び声をあげる余力も無く、砂浜に横たわるワイアームに近寄った俺は、焼けた右の側頭部を無造作に、しかし渾身の力を込めて掴んだ。
〝や、や……めろ……〟
「うるせぇ。お望み通り、全力で砕きにいってやったんだ。それでも急所は外してやったんだからな。まだやるっていうなら、今から素手で砕いてやろうか? 素手の元人間に負けたって噂が、広がるかもな。それがイヤなら、さっさと帰れ。二度と、瑠胡を狙ってくるんじゃねーぞ」
〝……〟
ワイアームは、なにも答えなかった。無言のままでゆっくりと動きだし、海の中へ入っていった。
尾の先端が海中に沈んでいったころ、俺の体力も限界に達した。
砂浜に座り込んだとき、背後から足音が聞こえてきた。
「ランド!」
「大丈夫ですか、ランド!」
着物の裾を僅かに上げながら、瑠胡とセラが駆け寄ってくるのが見えた。
俺が小さく手を挙げると、まずは瑠胡が胸の中に飛び込んできた。右肩に頬を預けたながら、涙が浮かんだ瞳で見上げてきた。
「ランド……海中に沈められたときは、どうなることかと思いました。あまり、心配させないで下さい。傷も深いですし……」
「すいません……セラも、心配かけて、すいません」
「本当ですよ。もう、胸が張り裂けそうになりました」
そう答えながら、セラは左側の肩に頭を預けてきた。
「まずは、傷の手当てですね。それから、身体を温めないと」
「ええ。部屋に戻りましょう? しっかりと治療もしないいけませんから」
瞳を潤ませた瑠胡の瞳を見て、俺は察した。
瑠胡の《スキル》……いや《魔力の才》は、傷を癒やす力がある。あるんだけど……瑠胡は俺に対し、その《魔力の才》を口移しで行うんだよな。
……これは、やる気だよな。うん。
俺は少し照れながら立ち上がると、二人に支えられながら離れへの道を歩き始めた。
*
ランドとワイアームの戦いを、遠くから見ている存在があった。
白い鱗に覆われた頭部の一部のみが海面から出ており、ランドたちから視認するのは不可能に近い。
〝……まさか腕の一本すら、もぎ取れぬとはな。折角、瑠胡姫とつがいの情報を伝えてやったというのに。次の手段を考えねばならぬな――〟
不満げに呟くと、彼は静かに海中へと潜って行った。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
さて、サブタイトルの回収が、少しずつ行われている回でございます。
まだ書けることが少ないので、今回はここまで……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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