屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

一章-3

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   3

 ベリットとレティシアが案内されたのは、屋敷の二階にある居間だった。
 大きな窓はガラス張りで、テーブルや椅子などの調度類は、遠方の国からも取り寄せた高価なものばかりだ。
 天井から吊されたシャンデリアも金属製で、部屋の隅では香が焚かれていた。
 窓から差し込む日差しは、薄布で遮られている。時期的に暑さよりも眩しさを軽減するためのものらしい。
 テーブルの上座にシャルコネが座ると、ベリットとレティシアは左側の席に座るよう促された。
 その正面には、浅黒い肌をした青年が着席した。
 乳白色のターバンを巻き、薄い緑色のトーブを着ていた。黒い瞳に、頭髪と同じ口髭を生やしている。
 シャルコネは青年を右手で示しながら、「孫のアハムと申します。この度の会合に、勉強のために同席させております」と紹介した。
 ベリットとレティシアが簡単に自己紹介をすると、使用人が紅茶のカップを配り始めた。


「さて、紅茶でも飲みながら話を進めましょう。我が街とハイント領との交易での協定では――」

 会合の内容は、ベリットとシャルコネが直接行っている、交易の内容についてだ。種芋やトウモロコシの種など、主に農作物に関するものが主な取り引き内容だ。
 ハイント領が輸出しているのは、小麦などの収穫物だ。
 量あたりの金額、税――それらの取り決めが、二人のあいだで行われていた。


(この会合、わたしがいる意味があるのか……)


 紅茶を飲みながら話を聞いていたレティシアは、この場に自分が同席する意味を考え始めていた。
 話をするだけなら、ベリットだけで事足りる。


(なら……なぜ、わたしは呼ばれた?)


 ふと視線を変えると、アハムと目が合った。
 アハムもレティシア同様、この場にいることへの疑問を抱いているようだ。勉強のためと言っていたが、内容は雑談が多く、学べることは多くなさそうだ。
 レティシアが目を戻すと、ベリットとシャルコネは談笑を続けている。
 そんな視線に気付いたのか、シャルコネは笑みを浮かべながら、アハムへ小さく手を挙げた。


「アハム。レティシア様が退屈なされている。庭でも案内して差し上げなさい」


「……わかりました。レティシア様、参りましょう」


 立ち上がったアハムに倣い、レティシアはシャルコネに膝を折る一礼をしてから席を離れた。
 居間から庭に出ると、潮の香りに満ちていた。
 海風が運ぶ香りに目を細めていると、一歩先を進むアハムが微笑んだ。


「海風には慣れましたか?」


「ええ。慣れると、いいものですね」


 ここの庭は、ハイント領にある屋敷と比べて砂が多い。海岸が近いため、風によって運ばれてくるのだろう。
 庭を歩くと、ヒールの底から砂地の感触が伝わって来る。少々歩きにくかったが、レティシアはそれを口にはせず、黙々とアハムの後ろを歩いた。
 庭園に差し掛かったところで、アハムは近くにあるヤシに似た木に成っている実に触れた。


「こちらは、デーツといいます。このヤシに実ったままで乾燥するのですが、このまま食べることができますよ」


 アハムはデーツを一粒だけ摘むと、レティシアに差し出した。
 デーツを口に入れたレティシアは、その目を大きく広げた。


「これは……深い甘みがありますね」


「ええ。美味しいでしょう? 女性に人気の果物ですね」


 それから庭園にあるハナズオウの木やアンキューサを紹介すると、アハムは一角にあるなにも植えられていない花壇へと目を向けた。


「ここは、異国の草花を植えるためのものです」


「異国の植物も植えるのですか?」


「ええ。今は冬ですので少し寂しいですが、夏になれば色とりどりの草花が生い茂ることでしょう。ここは、祖母が愛した場所でして。今では、母が管理をしていますがね」


 アハムの言葉に、レティシアはハッと顔を上げた。


「御婆様は……」


「ええ。去年、他界しました。ああ、慰めの言葉など必要ありません。祖母は最後まで、幸せでした。わたしは、そう信じます。それで……」


 アハムはレティシアに向き直ると、笑みを消した。
 そして右腕を腹部に添えるような姿勢をとると、無言で次の言葉を待つレティシアに、話の続きを始めた。


「わたしの両親は今、ほかの豪族の元で交渉を行っております。その両親から、祖父であるシャルコネに話があったようなのですが……」


 アハムは口を閉ざすと、ふいに話を変えた。


「レティシア様は、今回の目的を理解されておりますか? その……貴女が、この街まで来ることとなった、本当の目的を」


「本当の目的……ああ」


 なるほど。
 レティシアは頭の中で皮肉じみた相槌を打つと、アハムに頷いて見せた。


「……なんとなく、ですが。理解はしました。要するに、わたしと貴方とを合わせるよう仕向けて、お互いに好印象なら、そのまま婚約まで漕ぎ着けようという魂胆なのでしょう。ただわからないのは、兄がこんなことを企てたことですね。なんの相談もなしに、こんな手段に出る人ではないのですが」


「わたくしの祖父も同じです。恐らく裏で手を引いてるのは、我々の両親なのでしょう」


「ああ……それであれば、納得です。わたしが騎士になるときも、かなり反対してきましたから」


 レティシアが肩を竦めると、アハムは苦笑で返した。
 しかし、すぐに表情を改めると、その場で片膝を地に付けた。その行為に少しだけ驚いたレティシアに、堅苦しい口調で話を始めた。


「機嫌を損ねるかもしれませんが、レティシア様にお願いが御座います。此度の出会い――双方の合意の元、破談という運びにしたく存じます。貴女様なら、この願い、聞き届けて頂けると信じております」


「……なぜ、そう思うのですか?」


 レティシアの問いに、アハムは絶対の確信を含めた声で告げた。


「貴女様は、わたしと同じ気持ちだと……その強い光を放つ瞳を見て、理解致しました」


 その堅苦しい口調に、レティシアは思わず吹き出しそうになる。
 しかしそれは、言葉の内容が図星だったことと、緊張から解放される安堵感も一因となっていた。
 なんとか笑いの衝動を抑えると、レティシアは鷹揚に頷いた。


「わかりました。しかし、よろしいのですか? ご両親を納得させるのは、苦労なされると思いますが」


「ええ、覚悟の上です。その……両親には内密にしておりますが、わたくしには想い人がいるのです」


 おやまあ――レティシアは内心で驚いた。
 一見して堅物に見えるアハムは、実はかなりの情熱家であるらしい。両思いか片思いかは、その表情からは見て取れないが、その相手への想いは、家族の信頼よりも強いものらしい。
 アハムは立ち上がると、今度はレティシアに問いかけた。


「貴女のほうは、大丈夫なのですか? ご両親への報告は……」


「それは、兄にやらせますので、ご心配には及びません。それに……わたしは騎士になる際に、誓約を立てておりますので。それを易々と覆すことはないと、理解していることでしょう」


「誓約……ですか?」


 再度の問いかけに、レティシアは少し空を見上げた。


「わたしが率いる《白翼騎士団》は、女だけの騎士団です。わたしが選び、声をかけた団員たちは皆、どこにも行き場のない、もしくは放逐同然に奉公や嫁ぎ先へとやられそうになった者ばかりです。
 家の者から疎んじられ、失望され、または裏切られ……類い希な才を持っているのに、相応しい身の置き場がないのです。そんな彼女たちが、己に相応しい場所を得るまで……わたしは《白翼騎士団》を辞めるつもりはありません」


 レティシアが最後に微笑むと、アハムは恭しく頭を垂れた。


「高潔な方だ。あなたの部下たちは、幸せでしょうね」


「……そうだと良いんですが」


 そう答えながら苦笑するレティシアに、アハムは小さく両手を広げた。


「きっとそうです。わたしはそう、確信しました」


 古くからの友人のように微笑みあったあと、アハムはレティシアを屋敷へと促した。


「それでは、そろそろ戻りましょう。あまり遅くなると、変な期待を抱かせてしまう」


 そんなアハムの意見に、レティシアは同感した。
  二人並んで歩き始めた二人は、屋敷へと戻っていった。



 レティシアとアハムを送り出したあと、ベリットとシャルコネの会談は、程なく終わりを告げていた。
 テーブルに置かれた紅茶を飲み干したシャルコネが、テーブルに頬杖を付いた。


「ベリット殿……あの二人、上手くいくと思いますか?」


「どうでしょう。わたしは、あまり乗り気ではありませんから。あとで、レティシアがなんと言ってくるかのほうが不安です」


 ベリットの返答に、シャルコネは呵々と笑った。


「それについては、わたくしも同意見です! いやはや、聡明だが困った孫や妹を持つと、苦労が絶えませぬな」


「……まったくです」


 苦笑したベリットに頷くと、シャルコネは立ち上がりながら手にした鈴を鳴らした。


「昼食の準備をさせましょう。こちらでお待ち下さい。わたしは少し、所用にて席を外しますので」


「わかりました」


 目礼をするベリットに手を挙げて応じたシャルコネは、居間から出ると、そのまま階段を降りて離れへと向かった。

   *

 離れに宛がわれた部屋に戻っていた俺たちは、ドアがノックされると、一斉に振り返った。
 食後にくつろいでいた気分から脱した俺が、ドアへと近づいた。


「はい――どなたですか?」


「俺だ俺。開けてくれ」


 この声は……確か、この街を治めるシャルコネだ。
 俺がドアを開けると、すぐ前に黒いターバンを頭に巻いたシャルコネがいた。


「久しぶりだな、ランド」


「え、ええっと……?」


 俺を知ってるようだが、まったく記憶にない。大体、ジャガルートに来たこともなければ、知り合いだっていないのだ。
 俺が戸惑っていると、シャルコネは口を曲げた。


「なんでぇ、薄情なヤツだな。アクラハイルの旦那のところで、一緒に遊んだろ?」


「アクラ――ああっ!」


 俺は以前、鬼神アクラハイルの神域に舞い込んだことがある。そこで鬼神とともに俺をおちょくった――もとい。色々と世話をしてくれた、男の一人だ。
 唖然とする俺に、シャルコネは部屋の中を覗き込んだ。


「なんでぇ。もっと淫靡な雰囲気になってると思ったのによぉ。のんびりとしてるだけかよ」


「あのですね。こんな場所で、こんな昼間から、そんなことをするわけないでしょ」


 久しぶりに人目のない部屋だから、接吻とかはしたけど。
 俺は溜息を吐いてから、シャルコネに問いかけた。


「それで、なにか御用ですか? まずは、部屋にどうぞ」


「いや、ここでいいさ。おまえさんへの挨拶と、一つ頼み事をしたかっただけだ」


「頼み事……ですか?」


「ああ。俺の息子夫婦と、ベリット男爵の両親が示し合わせてな。孫のアハムとレティシア嬢を合わせるのが、今回の目的の一つだったのさ」


「まさか、レティシアに縁談を持ちかけるのが目的と仰有るのですか!?」


 セラが驚きの声をあげると、シャルコネはバツが悪そうな顔をした。


「まあ、そういうこったな。だがまあ、上手くはいかねぇだろうな。だから、おまえさんたちから、レティシアに謝っておいてくれ」


 頼むよ――と言われても。
 とりあえず街の統治者でもあり、アクラハイル絡みでもあるシャルコネの頼みであるから、無下にするわけにもいかない。
 俺が渋々ながらに承諾すると、シャルコネは「それじゃあ任せた」と言い残して去って行った。

 ……また、厄介ごとに巻き込まれた気がしてならない。

 そんな気分のまま、俺は静かにドアを閉めたのだった。

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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ちょっと気付いたこと……。

『いいね』を押して頂いた方々、ありがとうございます! 改めて見てみて、ちょっとビックリしました&嬉しくてにやついてました。

本当に、ありがとうございます!

さて。

今回は、ここで書けることは少ないのですが……《白翼騎士団》の設立理由が、やっと書けました。
これはもちろん、セラも含まれていたわけですが。
ただ、エリザベートは除外。
彼女だけは、立候補ですからね。仕方ないですね……頭痛の種でもあるし(特に山火事

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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