屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

一章-1

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 一章 否定する意志


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 この時期、夕刻なる前にも関わらず、空は寒々しい色合いに覆われる。
 空に浮かぶ雲は、吹き荒れる風によって遙か後方へと流れていく。青空には薄い雲が広がっているせいか、どこか灰色を思わせる色合いになっていた。
 それに加えて葉の落ちた木々が、冬の到来を如実に語っていた。
 身体を撫でる風は冷気そのもので、厚着をしているにも関わらず、体温を根こそぎ奪っていくほどだ。
 風になびくヘーゼルブラウンの髪が、光の下弦では紫に見えるという目に入り、俺は顔を顰めた。 俺――ランド・コールは、カイシュさんや赤茶けた体毛の牛と一緒に、メイオール村へ続く道を、のんびりと歩いていた。
 今では諸々の事情があって稼業と言い難くなっているが――手伝い屋の仕事で、家畜の牛を薬師のところまで連れて行っていた、その帰りである。
 出発が昨日の夕刻だったため、薬師のところで一泊をして、ようやくの帰宅というわけだ。
 神糸で織られた衣服の上から、厚手のチェニックや防寒のマントを羽織っているにも関わらず、冬の寒さがまるで無数の針のように、俺の身体に突き刺さるような感覚だ。
 去年までは、ここまでの冷えは感じなかったのに……これも身体が変わってしまった影響なのかもしれない。
 今の俺は、人間ではない。竜神の眷属だという、天竜族へと身体が変化――彼らは昇華と言っていたが――しているんだ。
 天竜族は冬眠をしないと聞いていたけど、こうしてみると寒さには強くないのかもしれない。
 メイオール村に入ったとき、村の外にある《白翼騎士団》の駐屯地に、数台の馬車と領主であるハイント家の紋章が描かれた旗が、風になびいているのが見えた。
 馬車の周囲には、数人の兵士が屯していた。


「御領主様が、おいでなさっているのかねぇ。なにかあったんだろうか?」


 カイシュさんは皺の深い顔をモゴモゴと動かしながら、痩身の身体を擦っている。その目に不安げな色が浮かんだので、俺は苦笑しながら答えた。


「単に、団長に会いに来たんだと思いますよ。討伐や戦にしては、兵士の数が少なすぎますし」


「へぇ。そうなのかい。なにごともなければ、いいんだが……」


 安堵しながらも、その目から不安の色は消えていなかった。
 これまで生きてきた経験が、直感的に不穏な空気を悟っているのかもしれない。俺は《白翼騎士団》の駐屯地を振り返ったが、それでなにかが、わかるわけではなかった。
 二日分の賃金を受け取った俺は、今の住まいである天竜族の神殿へ、真っ直ぐに帰ることにした。
 村の柵を越えて、斜面に建てられた石造りの神殿の玄関である、両開きの扉を開けた。
 神殿の中は、かなり暖かい。階段と大広間しかない一階にしたって、中央に篝火が焚かれた上に、扉の正面にも火鉢というものが置かれている。


「ただいま戻りま――」


「ランド!」


 扉を閉めるや否や、俺の言葉を遮るように、黒髪の少女が俺の胸の中に飛び込んできた。
 腰の下まで伸びた黒髪に、それと真逆なほどに白い肌。白、緑、赤の順に重ね着をした振り袖を黒字に金の刺繍が施された太い帯で止めている。
 特徴的なピンクゴールドの瞳には、歓喜と寂寞の念が浮かんでいた。
 瑠胡。俺の恋人――天竜族では〝つがい〟というが――で、天竜族になる切っ掛けとなった少女だ。
 竜神・安仁羅様の娘で、天竜族の姫だ。
 その彼女が、俺の身体を抱きしめながら、少し拗ねたように口を開いた。


「……帰りが遅いです。昼前には戻るという話でしたのに」


「あの、その……すいません。カイシュさんと薬師の婆さんが、酒宴を始めちゃって」


 カイシュさんが牛の調子が悪くなったと、神殿を訪れたのは、昨日の昼過ぎのことだ。
 薬師のところへ牛を連れて行くにしても、その時間から出発をすれば、確実に泊まりになる。
 夜に移動をするにしても、冬の山は狼などが餌を求めて凶暴になっているし、それ以上に獲物を求めて彷徨っている山賊などに襲われる可能性もある。
 安全に移動をするなら、夜が明けるのを待って移動をしたほうがいい――という理由から、一泊となったんだけど。
 カイシュさんと薬師の婆さんが酒盛りを初めて、二人とも起きたのが昼前という体たらく、というわけだ。
 そんな俺の返答に、瑠胡はまだ不満げだ。
 どうしよう――と困っているところに、二階から赤と白の振り袖を重ね着した女性が降りてきた。
 今は肩より少し下まで伸びた黒髪に、実年齢よりも上に見える凛々しい顔立ちの女性――セラが、穏やかに微笑んだ。


「ランド、戻ったんですね」


 そう声をかけてくるセラに手を挙げかけたとき、瑠胡が振りざまに口を開いた。


「ああ、セラ。あなたからも言ってやって下さい。わたくしたちが、あんなに寂しい想いをしたのに……ランドったら全然、理解してくれないんです」


 瑠胡の訴えに、セラは苦笑しながら近づいて来た。
 そんな二人を交互に見てから、俺は瑠胡に問いかけるように話しかけた。


「あの、今までだって二、三日会えなかったこととか、あったじゃないですか」


「ええ。そのときだって……ランドが鬼神の神域に入ってしまったときも、わたくしは寂しかったんですから」


「……まあ、そういうことです、ランド」


 俺の腕に手を添えながら、セラは少し身体を寄せてきた。
 金属の軋む音に重ねるように、セラが人前ではあまり見せない、甘え口調で話しかけてきた。


「昨晩一緒に居られなかった分、今日はもう、わたくしたちから離れないで下さい」


「そうです。埋め合わせは、たっぷりとして頂きますから」


 少し上目遣いで俺を軽く睨んでくる二人に、俺が「すいませんでした」と謝った直後、背後から呆れ口調の声がした。


「こんな場所で、餌を与えないで頂戴」


 振り返ると開かれた扉のすぐ外に、赤いローブに身を包んだ少女が佇んでいた。長い金髪を後頭部で二つに束ね、勝ち気なグリーンアイが俺を睨んでいる。
 つい最近――というわけもないが、《白翼騎士団》の新人であるエリザベート・ハーキンだ。リリンと同じく魔術師だが、今はその象徴である杖は携えていない。
 そんな彼女の一歩後ろでは、明るい茶髪をお下げにした少女が、爛々とした目を俺たちに向けていた。
 今は鎧ではなく、鎧の下に着る厚手の衣服にマントを羽織ったユーキ・コウは、鼻息も荒く胸の高さで拳を握っていた。
 俺たちの視線に気付いたユーキは、「どうぞどうぞ」と言わんばかりに、下から上へと、何度も俺たちへと向けて手を振った。


「あたしたちのことは気にせずに、続けて下さい!」


 普段は臆病で引っ込み思案気味なユーキだが、恋愛を題材にして物語を読むのが趣味という一面があるらしいけど……まさか現実の恋愛に対して、ここまで性格が豹変するとは思わなかった。
 そんなユーキを一瞥してから、エリザベートは溜息交じりに言葉を吐いた。


「まったく……真っ昼間っから、変なの見せないでよね」


 恋人たちの語らいを、変なのって言うな。

 とりあえず、身体を離した俺たちは、ユーキやエリザベートに向き直った。
 改めてユーキ、エリザベートの順に顔を見回してから、俺はゆっくりとした口調で問いかけた。


「それで、なにか用なのか?」


「ほら、ユーキ」


「ああ、はい! あの、ランドさん。レティシア団長からの呼び出しです……その、至急ということなんです、けど」


 先ほどとは打って変わって、普段通りとなったユーキは、少々上目遣いで俺たちを見た。


「ええっと……どうでしょうか? ランドさんだけでいいんですけど……」


「いや、行くのはいいんだけどさ……どうせ、領主絡みなんだろ?」


 俺は答えながら、瑠胡やセラの様子を見回した。二人とも、ユーキからもたらされた《白翼騎士団》への召集に、快い顔をしていなかった。
 しかし古巣ということもあり、セラはまだ諦めが滲み出ていた。瑠胡は俺の腕にしがみつきながら、不満を露わにしていた。


「ユーキや。妾が同席をしても、問題なかろうな」


「は――はい。大丈夫だと思います」


 ユーキの返答に、瑠胡はセラへと目をやった。


「セラはどうします?」


「……御一緒致しましょう」


 苦笑するのを堪えながら、セラは頷いた。
 そんなわけで、俺たちは《白翼騎士団》の駐屯地へ赴くことになった。途中、敵意を剥き出しにした兵士たちの視線を浴びたが……なんだろう?
 首を傾げながら、俺たちは駐屯地の建物に入った。途中、食堂にいるキャットとクロースに手を振られ――キャットは控え目だったが――つつ、俺たちは応接間へと案内された。


「レティシア団長、ランドさんたちをお連れしました」


「……通してくれ」


 狭い応接間の中央には、低いテーブルが一つ置かれていた。テーブルの左側には、一人掛けの椅子が二組。右側には三組の椅子が置かれていた。
 左側にはすでにレティシアと、ベリット・ハイント男爵が腰を落ち着けていた。


 短く切り揃えた金髪に、口髭も綺麗に整えてある。ブルーアイで精悍な顔立ちの青年――ベリット男爵は、俺たちに小さく手を挙げた。


「久しぶりだな、ランド。それに、瑠胡姫様にセラ。それにしても三人でやってくるとは、レティシアの予想が当たったな」


「予測……という程でもありませんが。ああ、すまない。三人とも、まずは座ってくれ」


 レティシアに促されるまま、俺たちは椅子に腰掛けた。俺が中央で、瑠胡が右、セラが左だ。
 俺は憮然としながら、レティシアに話しかけた。


「それで、兄弟して俺たちが何人で来るかの賭けをするために、呼び出したわけじゃないんだろ。なにかあったのか?」


「ああ、すまない。早速だが、話を進めよう。手伝い屋――ではなく、領主であるベリット・ハイント男爵から、直接の御依頼だ」


「その通りだ。ランド、ジャガルートという国を知っているか?」


「……はい。王国の南にある国という程度ですが」


 南に位置するといっても、あいだにサディコナという小国と、モントダロウという二つの国を挟んでいる。
 それに陸地が少し弧を描くような形状になっているため、陸路で向かうなら片道だけで一ヶ月は覚悟しなくてはならない。
 確かジャガイモとかトウモロコシは元々、ジャガルートが原産だと聞いたことがある。
 ベリット男爵は、俺の返答に頷くことで応じた。


「なら、話は早い。我らはこの度、ジャガルートの豪族と交渉を行うこととなった。そこで、明日の早朝から、ランドを護衛として雇いたい。了承して――」


「すまぬが、その依頼を受けることはできぬ。往復で二ヶ月も他国へ行かせるなど、妾が許せるわけがなかろう」


 ベリット男爵の言葉を遮るように、瑠胡が答えた。
 予想外の方向から返答があったことで、ベリット男爵は戸惑いを露わにした。レティシアは溜息を吐いてから、瑠胡へと目を向けた。


「瑠胡姫様。陸路では一ヶ月以上かかりますが、途中で海路を使う予定です。風や海の機嫌にもよりますが、おおよそ二十日もあれば帰って来られるでしょう。それに、主な仕事は警護ですので、政治的な介入もありません。それでも――」


「ならぬ。ただでさえ、ランドとは昨日の昼から離ればなれだったのに。明日から二十日以上も他国へなど、行かせられぬ」


 この瑠胡の返答に、ベリット男爵は目を丸くし、レティシアは見てられないとばかりに、こめかみに手を添えた。
 瑠胡が依頼を拒否する理由が、単に「離ればなれになるのがイヤ」というものだから、この反応は――察するに余りある。
 瑠胡の気持ちもわかるけど……しかし、同時にベリット男爵が俺を名指しにする理由がわからない。


「男爵、一つだけ質問を宜しいでしょうか。なんで、わたくしを指名なされるのでしょう? 護衛であれば領地の兵士や騎士たちのほうが、妥当だと思いますが」


「そうなんだがな。ただ、他国へ赴くのに、大軍を引き連れるわけにはいくまい。それに、交渉をする豪族のシャルコネ殿から、兵は一〇名以下でという指定が入ってな。最低限の兵で移動となれば、山賊や魔物に襲われた場合に不安が残る。それなら、ランドを雇ったほうが、道中の安全は増す――というのが、わたしとレティシアの共通の意見だ」


「……なるほど。理解はしました」


「それに、だ。こちらも瑠胡姫様が反対なされることも予測済みだ。ランドと一緒に、瑠胡姫様とセラも雇うというのは、どうだろう。瑠胡姫様――報酬はお支払い致しますし、道中の食事と宿泊は、我々が世話を致します。この案であれば、受けて頂けますか?」


 レティシアの提案に、瑠胡は少し悩む素振りを見せた。セラは文句が無いような表情をしていたし、なにより御領主直々の依頼だ。
 この地で住み続けるなら、下手に断るのは拙いかもしれない。
 俺は瑠胡が小さく頷くのを見てから、ベリット男爵に告げた。


「お受けしましょう。ただし、報酬は規定料金でお願いします」


 俺の返答に、レティシアは呆れ混じりの溜息を吐いた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

一章-1から、長くなりました。ええ、本筋に関係の無いこと書きすぎですね。

ジャガルートについては、かなり前から、いつ出そう……と悩んでいたんですが。これでジャガイモやトウモロコシの原産地問題は、自己満足的ではありますが解決ですし。

自己満足……たまには大切ですよね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!

追記……アップする場所をミスってました。訂正済みです。申し訳ありませんでした。
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