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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』
プロローグ
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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』
プロローグ
部屋に入ったときに潮の香りがしたことで、男は窓が開けっ放しだったことを思い出した。
頭に黒いターバンを巻いて、ゆったりとした白いトーブという服装をした男だ。白髪交じりの口髭と顎髭を生やした、老獪な顔が窓の外へと向けられた。
夕暮れが、部屋の中を暖かな橙色へと染めていく。
海岸を望むこの部屋は、男の自室だ。大理石の柱に、家具や調度類は諸外国から取り寄せたものばかりで、それだけで男の地位を推し量れる。
男が毛皮で覆われた背もたれを持つ椅子に腰掛けると、部屋のドアがノックされた。
「……入れ」
男が声をかけると、白いトーブを着た初老の男がドアを開けた。男に使える執事かのか、恭しく一礼をしてから部屋に入ってきた。
執事は片手で携えていた木製のトレイを両手に持ち直すと、男へと歩み寄った。
「旦那様。インムナーマ王国ハイント領、ベリット・ハイント男爵様からお手紙が届いております」
「ご苦労」
男は手紙を受け取ると、執事が退室するのを待ってから、手紙の封蝋を解いた。羊皮紙の手紙を広げると、男は文面に目を落とした。
「ほお……なかなか好意的な返事ではないか。それに……ここも予定通り、か。だが、しかし……」
男が指でなぞった箇所には、『あまり多くの兵士を伴うのは好ましくない――とありましたので、腕の立つ知人を雇う予定です。もしかしたら、女性が二人ほど追加になるかもしれませんが、御容赦願います』とあった。
男は僅かに目を細めると、手紙から目を離した。
「腕の立つ知人――というのは、ランド・コールで間違いがないだろう。ここは、予想通りだな。女性は瑠胡嬢ちゃんだと思うが……二人?」
ランドと瑠胡のことを知っている素振りだが、ここはインムナーマ王国ではない。それにランドと瑠胡が、男の住まう地を訪れたこともない。
男は手紙を畳むと、樫で作られたテーブルの上に置いた。
「もう一人は、ランドの知人といったところか。レティシア・ハイントは連れてくると言っておるし、問題はないだろう。この計画が上手くいけば良し、そうでなくても、楽しみが増えるというものだ」
独り言を呟きながら、男は窓へと近寄った。
「……ん?」
窓の外には庭園が広がっており、ハナズオウの木やアンキューサ、オプンティア、それにヤシ科のデーツやケイバーなどが整然と植えられている。季節が冬でなければ、色とりどりの花を咲かせていただろう。
そんな庭園の先にある白い塀の外側には、緩やかに弧を描く海岸が広がっていた。海岸の東南側には、遠くに聳え立つアンデー山脈がうっすらと見えていた。
その海岸に、人影があった。
遠目ではわかりにくいが、どこか異国の服装をしているように見える。しかし異国からの客人があるなど、男は聞いていなかった。
しかも、この窓から見える海岸は、男の私有地だ。部外者が立ち入ることは、かなり難しい。
「はて……どこの誰やら」
あとで兵士に様子を見に行かせるか――そう決めると、男は窓を閉じた。
*
波が静かに押し寄せる砂浜に、彼は佇んでいた。
小麦色に焼けた肌に、金髪。サッシュと呼ばれる腰巻きにサンダル、それにカラシリスと呼ばれる半透明の布を纏っている。
まだ少年といっても差し支えない顔立ちだ。
冬が近いとはいえ、このあたりの気候は穏やかだ。しかし夕方にもなれば、肌寒さを覚えるものだ。
しかし彼はまるで気温を感じていないのか、深い緑色の瞳を、まっすぐに海面の先にある、小さな島へと向けられていた。
「……海が荒れる気配がする」
少年は呟くと、夕暮れに舞うススケカモメへと指笛を吹いた。
しばらくすると、一羽のススケカモメが少年の前へと舞い降りた。普通のカモメよりも頭が平たく、くちばしも大きいそのカモメは、少年が差し出した手に歩み寄った。
「すまないが、ジコエエルに伝言を頼むよ。喰われないように、これを下げておいて」
少年は飾り石代わりに緑色の鱗を下げたペンダントを、ススケカモメの首にかけた。
海の向こうに見える小島へと飛び去っていくカモメを見送った少年は、海へと向かって歩き出した。
少年が肩まで海に浸かったとき、首筋の後ろ側にある一枚の鱗が、夕日を反射した。
その後、兵士が海岸にやってきた。どこを見回しても誰も居ない海岸で、兵士はしばらくのあいだ、侵入者を捜し続けた。
----------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
七部……思えば遠くに来たものです。モチベが維持出来ているのも、呼んで頂いている皆様のおかげで御座います。
とりあえず、読んで頂いているわけだし、書きたいものは書いてしまおう……というノリで書いている部分もありますが。
白翼騎士団の初期メンバーにおける個別的な話(ランドや瑠胡が主に関わるわけですが)は、最低限書いていこうと思っております。
今回含めて残りは三人でしょうか?
宜しければ、お付き合い下さいませ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
プロローグ
部屋に入ったときに潮の香りがしたことで、男は窓が開けっ放しだったことを思い出した。
頭に黒いターバンを巻いて、ゆったりとした白いトーブという服装をした男だ。白髪交じりの口髭と顎髭を生やした、老獪な顔が窓の外へと向けられた。
夕暮れが、部屋の中を暖かな橙色へと染めていく。
海岸を望むこの部屋は、男の自室だ。大理石の柱に、家具や調度類は諸外国から取り寄せたものばかりで、それだけで男の地位を推し量れる。
男が毛皮で覆われた背もたれを持つ椅子に腰掛けると、部屋のドアがノックされた。
「……入れ」
男が声をかけると、白いトーブを着た初老の男がドアを開けた。男に使える執事かのか、恭しく一礼をしてから部屋に入ってきた。
執事は片手で携えていた木製のトレイを両手に持ち直すと、男へと歩み寄った。
「旦那様。インムナーマ王国ハイント領、ベリット・ハイント男爵様からお手紙が届いております」
「ご苦労」
男は手紙を受け取ると、執事が退室するのを待ってから、手紙の封蝋を解いた。羊皮紙の手紙を広げると、男は文面に目を落とした。
「ほお……なかなか好意的な返事ではないか。それに……ここも予定通り、か。だが、しかし……」
男が指でなぞった箇所には、『あまり多くの兵士を伴うのは好ましくない――とありましたので、腕の立つ知人を雇う予定です。もしかしたら、女性が二人ほど追加になるかもしれませんが、御容赦願います』とあった。
男は僅かに目を細めると、手紙から目を離した。
「腕の立つ知人――というのは、ランド・コールで間違いがないだろう。ここは、予想通りだな。女性は瑠胡嬢ちゃんだと思うが……二人?」
ランドと瑠胡のことを知っている素振りだが、ここはインムナーマ王国ではない。それにランドと瑠胡が、男の住まう地を訪れたこともない。
男は手紙を畳むと、樫で作られたテーブルの上に置いた。
「もう一人は、ランドの知人といったところか。レティシア・ハイントは連れてくると言っておるし、問題はないだろう。この計画が上手くいけば良し、そうでなくても、楽しみが増えるというものだ」
独り言を呟きながら、男は窓へと近寄った。
「……ん?」
窓の外には庭園が広がっており、ハナズオウの木やアンキューサ、オプンティア、それにヤシ科のデーツやケイバーなどが整然と植えられている。季節が冬でなければ、色とりどりの花を咲かせていただろう。
そんな庭園の先にある白い塀の外側には、緩やかに弧を描く海岸が広がっていた。海岸の東南側には、遠くに聳え立つアンデー山脈がうっすらと見えていた。
その海岸に、人影があった。
遠目ではわかりにくいが、どこか異国の服装をしているように見える。しかし異国からの客人があるなど、男は聞いていなかった。
しかも、この窓から見える海岸は、男の私有地だ。部外者が立ち入ることは、かなり難しい。
「はて……どこの誰やら」
あとで兵士に様子を見に行かせるか――そう決めると、男は窓を閉じた。
*
波が静かに押し寄せる砂浜に、彼は佇んでいた。
小麦色に焼けた肌に、金髪。サッシュと呼ばれる腰巻きにサンダル、それにカラシリスと呼ばれる半透明の布を纏っている。
まだ少年といっても差し支えない顔立ちだ。
冬が近いとはいえ、このあたりの気候は穏やかだ。しかし夕方にもなれば、肌寒さを覚えるものだ。
しかし彼はまるで気温を感じていないのか、深い緑色の瞳を、まっすぐに海面の先にある、小さな島へと向けられていた。
「……海が荒れる気配がする」
少年は呟くと、夕暮れに舞うススケカモメへと指笛を吹いた。
しばらくすると、一羽のススケカモメが少年の前へと舞い降りた。普通のカモメよりも頭が平たく、くちばしも大きいそのカモメは、少年が差し出した手に歩み寄った。
「すまないが、ジコエエルに伝言を頼むよ。喰われないように、これを下げておいて」
少年は飾り石代わりに緑色の鱗を下げたペンダントを、ススケカモメの首にかけた。
海の向こうに見える小島へと飛び去っていくカモメを見送った少年は、海へと向かって歩き出した。
少年が肩まで海に浸かったとき、首筋の後ろ側にある一枚の鱗が、夕日を反射した。
その後、兵士が海岸にやってきた。どこを見回しても誰も居ない海岸で、兵士はしばらくのあいだ、侵入者を捜し続けた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
七部……思えば遠くに来たものです。モチベが維持出来ているのも、呼んで頂いている皆様のおかげで御座います。
とりあえず、読んで頂いているわけだし、書きたいものは書いてしまおう……というノリで書いている部分もありますが。
白翼騎士団の初期メンバーにおける個別的な話(ランドや瑠胡が主に関わるわけですが)は、最低限書いていこうと思っております。
今回含めて残りは三人でしょうか?
宜しければ、お付き合い下さいませ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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