184 / 275
第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』
四章-4
しおりを挟む4
刻は少しばかり遡る。
ランドたちが退却した兵たちを追っているとき、クロースとアインはドワーフたちの集落で、土を浄化させる手段を考えていた。
奪った牛がザイケン産のものだったため、牛糞はすぐに手に入った。あとはそれと土を混ぜたものを、畑の土の代わりにしていた。
「本当は、日数を置いて馴染ませるというか、土を肥えさせるみたいなんですけど……」
「なに。発酵させるのは牛糞と土であって、汚染させた黒い水ではなかろうて。このままでも、なにも問題ないわい」
ドワーフたちはそう言って、牛糞を混ぜた土を金属の容器に入れ、その上から枯れ草を敷き詰めた。
それを興味深そうに見ていたアインが、枯れ草を指で摘まんだ。
「こんなものを敷き詰めて、なにをやるんだ?」
「よいから、見ておれ」
茶色い髪と髭のドワーフは答えながら、火バサミで焼けた石炭を掴むと、枯れ草の上に置いた。
煙を上げて石炭の真下が焦げただけだが、やがてそこから火がつき始めた。枯れ草全体に火が廻ると、赤と橙色の混じった炎に包まれた。
そのまましばらく見ていると、炎の色が黄色っぽく変色した。それと同時に、鼻を刺激するような異臭が漂って来た。
クロースは思わず、鼻を抓んだ。
「色が――それに、この酷い臭いってなんです?」
「土を汚染しておるものが、燃えたんだろう」
「え? あれって燃えるんですか!?」
驚くクロースに、ドワーフは火バサミで炎の中から石炭を抜き出しながら、鼻を鳴らした。
「よくは知らん。だが、色が変わったってことは、別のなにかが燃えたということだ。となれば、土を汚染したなにかだろうて。牛糞が燃えるときの炎は、赤いだろう?」
「牛糞なんて、燃やしたことないですよ」
「そうかい。遠く海を渡った東の国では、燃やすらしいがな。とにかく、火を点けることで、汚染の源を一緒に燃やせることがわかった。もっとも、ほかの手段なぞ、容易に思いつかんがな。
あとは冬のあいだに、すべての畑で同じことをすれば良かろう」
ドワーフの提案に、アインは大袈裟に両手を挙げた。
「すべてって……どんなに大変だよ」
「農民を嘗めるでないぞ? 種まき、収穫――それらに比べれば、楽なもんだろうよ」
ドワーフはクロースの前に、水桶を置いた。
「火の勢いが弱まってから、水をかけて消火しておいてくれ」
「うん……いいですけど。これで、すべて解決なんですか?」
ドワーフはその問いに、肩を竦めた。
火バサミなどの工具を革袋へ入れてから、ドワーフは改めてクロースの顔を見上げた。
「そんなに簡単なら、いいんだがな。恐らく火を点けたところで、すべては燃やせぬだろうさ。だが、ほとんどは燃やせるはずだ。あとは、時間薬だろう。少しずつ、綺麗な土や牛糞などで薄めていくしかないだろうさ」
そう言って去って行くドワーフを目で追っていたクロースは、アインへと向き直った。
「これで、浄化方法はわかっちゃいましたね」
「……そうだな。で、どうする?」
アインに問われ、クロースは少し悩んだ。
数秒ほど経ってから、自信なさそうに答えた。
「ランド君たちと合流したほうがいいのかなぁ」
「俺もそう思う。それじゃあ、追いかけますかね」
アインは枯れ草や土が燃えている容器に目をやって、大袈裟に息を吐いた。
「……まあ、こいつを消してからになるか」
*
俺がクロイスに戻って来たのは、二日後の夜だった。
瑠胡やセラたちがいる物見の塔の屋根に降り立った俺は、開けた蓋の下にある梯子を下りた。
「ランド――ご無事でなによりです」
「瑠胡、ただいまもどりました。セラも、ただいまです」
「お帰りなさい、ランド」
瑠胡とセラに出迎えられた俺は、二人に包みを差し出した。
「おみやげ……ってわけじゃないですけど。行商人がいたので、他領地の食料を買ってきました」
「ランド、それより兵たちは?」
不安げなラストニーに、俺は右手を小さく振った。
「誰も死んでないから、安心してくれ。なんていったかな……キャリン村よりも北にある村で、全員が治療中だよ。重傷者はなし。精々、脚や腕の骨折くらいだ」
ドラゴン化をした状態で、尻尾や前足で軽く薙いだってだけだし。全員が生きて、自分たちの脚で退却できた程度の傷だ。
あとで兵士たちが逃げ込んだ村に立ち寄って、状況を確認してる。情報としては、かなり正確なものだ。
「そうか……」
ラストニー安堵したとき、その後ろからマナサーさんが近寄って来た。
外の様子を窺うような素振りをしてから、俺たちの顔を見回した。
「兵が無事なのはいいことですが、予定より二日も遅れています。できるだけ、急ぎませんと……ここも、いつまで安全かわかりませんし」
「確かに、そうですね。それでは明日の早朝にでも――」
「いや。今から屋敷へ行くべきだ」
俺の言葉に被せながら、ラストニーが断言した。とはいえ、もう深夜も近い時刻だ。門番が、俺たちを屋敷に入れてくれるとは思えない。
俺は右耳の上を掻きながら、ラストニーの策を考えた。
「また空から入るとか……それとも、俺たちが入れるよう、中から手引きしてくれるってことですか?」
「後者に近いかな。だが、門から入るわけじゃない。ちょっとした抜け道があるんだ。そこから、屋敷に入ろう。付いて来てくれ」
俺たちはラストニーの案内で、領主の屋敷へと向かった。
大通りを避けるように、枝道を通り抜けた俺たちは、坂を登りながら屋敷の裏手へと廻った。山の斜面に、そのまま石畳を敷き詰めた通りの目立つここは、貴族たちの住まいが立ち並ぶ区画になっていた。
この区画側にも、屋敷の壁はある。城壁といっても遜色のないほどに高い壁が聳え立っていた。
ここからどうやって――と思っていたら、ラストニーは近くにある物見の塔へと近寄って行った。
この物見の塔は、ほかの塔に比べると半分以下の高さしかない。そのためか、平時である現在は、兵士が常駐していないようだ。
ラストニーは鍵を取り出すと、その物見の塔のドアを開けた。
「さあ、こっちだ」
物見の塔に入ると、ラストニーは近くにあった松明に火を灯した。
「火口の場所も把握済み――なのか」
「ああ。たまに、こっそり帰るときに使っている。さて……ここだ」
上へ行く階段は、一抱えほどの丸太が円形の壁から生えているだけだ。それが壁に沿って、少しずつ上へと螺旋を描いている。
ラストニーはその下にある、石畳に手を這わせたかと思いきや、床から真四角に並んだ石畳を引っこ抜いた。
いや、それは石畳ではなく、一辺が一マーロン(約一メートル二五センチ)ほどの蓋だった。石畳と同じ色の薄い石材を金属の蓋の上側に、にかわかなにかで貼り付けたもののようだ。
「ここから、地下通路に行ける――といっても、梯子はないんだ。中に入るには、女性陣には辛いかもしれませんが」
「まあ、なんとかなりますよ。お先にどうぞ」
まずはラストニーから下に入ると、次は俺が降りた。そして瑠胡とセラが降りるのを、抱きとめるように補助したあと、最後にマナサーさんが滑るように降りてきた。
蓋を戻すと、松明を持ったラストニーの先導で、俺たちは地下通路を進んだ。
石壁に囲まれた地下通路は、かなり冷えた。幅はギリギリ一人分。高さも瑠胡たち女性陣は立って歩けるが、俺やラストニーは少し屈まないと頭をぶつけてしまう。
しばらく、時折右や左に曲がりながら通路を進んでいると、階段が現れた。十段もない階段の先は、行き止まりだ。
「ちょっと待ってくれ」
ラストニーは階段を登ると、上から伸びている鎖を引っ張った。
ガゴン、という音がして、階段の正面にある壁が、真上へと開いていく。
「ここは、今では使われていない地下牢だ。ここから屋敷の中に行ける。静かに付いて来てくれ」
ラストニーに促されるまま、俺たちは地下牢へと出た。左右に牢屋が並ぶ通路は真っ暗で、人の気配がまるで無い。
「中には兵士の巡回もいる。戦いになる可能性も否定は出来ない。クロースやアインがいれば、心強いんだが……」
「クロースは、ハイント領の騎士です。ここの兵士と戦わせることはできません」
セラの苦言に、ラストニーは「わかっているさ」と頷いた。
「母の執務室、そして自室の順番に、例の石版を探すことにしよう。ランド、あの神域で手に入れた赤いコインは?」
「持ってる。どうやって使うのかは、まだわからないけどな」
石版に填め込むと言われたが、どこにどう填め込むのか、わからない。
出たとこ勝負になりそうな気がする――俺は瑠胡やセラに目で合図を送ってから、先に行くよう、ラストニーへ無言で促した。
-------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
脱出経路が地下牢……書いていて、オブリビオンを思い出した中の人です。
トム・クルーズの映画じゃない……ゲームのほうですが。
ドワーフたちのところで、炎の色が変わった――とありますが。汚染物質の元ネタというか、そのままではないんですが、参考にしたものについては、エピローグか四章の最後にて。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
10
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。

異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる