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第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』
四章-4
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刻は少しばかり遡る。
ランドたちが退却した兵たちを追っているとき、クロースとアインはドワーフたちの集落で、土を浄化させる手段を考えていた。
奪った牛がザイケン産のものだったため、牛糞はすぐに手に入った。あとはそれと土を混ぜたものを、畑の土の代わりにしていた。
「本当は、日数を置いて馴染ませるというか、土を肥えさせるみたいなんですけど……」
「なに。発酵させるのは牛糞と土であって、汚染させた黒い水ではなかろうて。このままでも、なにも問題ないわい」
ドワーフたちはそう言って、牛糞を混ぜた土を金属の容器に入れ、その上から枯れ草を敷き詰めた。
それを興味深そうに見ていたアインが、枯れ草を指で摘まんだ。
「こんなものを敷き詰めて、なにをやるんだ?」
「よいから、見ておれ」
茶色い髪と髭のドワーフは答えながら、火バサミで焼けた石炭を掴むと、枯れ草の上に置いた。
煙を上げて石炭の真下が焦げただけだが、やがてそこから火がつき始めた。枯れ草全体に火が廻ると、赤と橙色の混じった炎に包まれた。
そのまましばらく見ていると、炎の色が黄色っぽく変色した。それと同時に、鼻を刺激するような異臭が漂って来た。
クロースは思わず、鼻を抓んだ。
「色が――それに、この酷い臭いってなんです?」
「土を汚染しておるものが、燃えたんだろう」
「え? あれって燃えるんですか!?」
驚くクロースに、ドワーフは火バサミで炎の中から石炭を抜き出しながら、鼻を鳴らした。
「よくは知らん。だが、色が変わったってことは、別のなにかが燃えたということだ。となれば、土を汚染したなにかだろうて。牛糞が燃えるときの炎は、赤いだろう?」
「牛糞なんて、燃やしたことないですよ」
「そうかい。遠く海を渡った東の国では、燃やすらしいがな。とにかく、火を点けることで、汚染の源を一緒に燃やせることがわかった。もっとも、ほかの手段なぞ、容易に思いつかんがな。
あとは冬のあいだに、すべての畑で同じことをすれば良かろう」
ドワーフの提案に、アインは大袈裟に両手を挙げた。
「すべてって……どんなに大変だよ」
「農民を嘗めるでないぞ? 種まき、収穫――それらに比べれば、楽なもんだろうよ」
ドワーフはクロースの前に、水桶を置いた。
「火の勢いが弱まってから、水をかけて消火しておいてくれ」
「うん……いいですけど。これで、すべて解決なんですか?」
ドワーフはその問いに、肩を竦めた。
火バサミなどの工具を革袋へ入れてから、ドワーフは改めてクロースの顔を見上げた。
「そんなに簡単なら、いいんだがな。恐らく火を点けたところで、すべては燃やせぬだろうさ。だが、ほとんどは燃やせるはずだ。あとは、時間薬だろう。少しずつ、綺麗な土や牛糞などで薄めていくしかないだろうさ」
そう言って去って行くドワーフを目で追っていたクロースは、アインへと向き直った。
「これで、浄化方法はわかっちゃいましたね」
「……そうだな。で、どうする?」
アインに問われ、クロースは少し悩んだ。
数秒ほど経ってから、自信なさそうに答えた。
「ランド君たちと合流したほうがいいのかなぁ」
「俺もそう思う。それじゃあ、追いかけますかね」
アインは枯れ草や土が燃えている容器に目をやって、大袈裟に息を吐いた。
「……まあ、こいつを消してからになるか」
*
俺がクロイスに戻って来たのは、二日後の夜だった。
瑠胡やセラたちがいる物見の塔の屋根に降り立った俺は、開けた蓋の下にある梯子を下りた。
「ランド――ご無事でなによりです」
「瑠胡、ただいまもどりました。セラも、ただいまです」
「お帰りなさい、ランド」
瑠胡とセラに出迎えられた俺は、二人に包みを差し出した。
「おみやげ……ってわけじゃないですけど。行商人がいたので、他領地の食料を買ってきました」
「ランド、それより兵たちは?」
不安げなラストニーに、俺は右手を小さく振った。
「誰も死んでないから、安心してくれ。なんていったかな……キャリン村よりも北にある村で、全員が治療中だよ。重傷者はなし。精々、脚や腕の骨折くらいだ」
ドラゴン化をした状態で、尻尾や前足で軽く薙いだってだけだし。全員が生きて、自分たちの脚で退却できた程度の傷だ。
あとで兵士たちが逃げ込んだ村に立ち寄って、状況を確認してる。情報としては、かなり正確なものだ。
「そうか……」
ラストニー安堵したとき、その後ろからマナサーさんが近寄って来た。
外の様子を窺うような素振りをしてから、俺たちの顔を見回した。
「兵が無事なのはいいことですが、予定より二日も遅れています。できるだけ、急ぎませんと……ここも、いつまで安全かわかりませんし」
「確かに、そうですね。それでは明日の早朝にでも――」
「いや。今から屋敷へ行くべきだ」
俺の言葉に被せながら、ラストニーが断言した。とはいえ、もう深夜も近い時刻だ。門番が、俺たちを屋敷に入れてくれるとは思えない。
俺は右耳の上を掻きながら、ラストニーの策を考えた。
「また空から入るとか……それとも、俺たちが入れるよう、中から手引きしてくれるってことですか?」
「後者に近いかな。だが、門から入るわけじゃない。ちょっとした抜け道があるんだ。そこから、屋敷に入ろう。付いて来てくれ」
俺たちはラストニーの案内で、領主の屋敷へと向かった。
大通りを避けるように、枝道を通り抜けた俺たちは、坂を登りながら屋敷の裏手へと廻った。山の斜面に、そのまま石畳を敷き詰めた通りの目立つここは、貴族たちの住まいが立ち並ぶ区画になっていた。
この区画側にも、屋敷の壁はある。城壁といっても遜色のないほどに高い壁が聳え立っていた。
ここからどうやって――と思っていたら、ラストニーは近くにある物見の塔へと近寄って行った。
この物見の塔は、ほかの塔に比べると半分以下の高さしかない。そのためか、平時である現在は、兵士が常駐していないようだ。
ラストニーは鍵を取り出すと、その物見の塔のドアを開けた。
「さあ、こっちだ」
物見の塔に入ると、ラストニーは近くにあった松明に火を灯した。
「火口の場所も把握済み――なのか」
「ああ。たまに、こっそり帰るときに使っている。さて……ここだ」
上へ行く階段は、一抱えほどの丸太が円形の壁から生えているだけだ。それが壁に沿って、少しずつ上へと螺旋を描いている。
ラストニーはその下にある、石畳に手を這わせたかと思いきや、床から真四角に並んだ石畳を引っこ抜いた。
いや、それは石畳ではなく、一辺が一マーロン(約一メートル二五センチ)ほどの蓋だった。石畳と同じ色の薄い石材を金属の蓋の上側に、にかわかなにかで貼り付けたもののようだ。
「ここから、地下通路に行ける――といっても、梯子はないんだ。中に入るには、女性陣には辛いかもしれませんが」
「まあ、なんとかなりますよ。お先にどうぞ」
まずはラストニーから下に入ると、次は俺が降りた。そして瑠胡とセラが降りるのを、抱きとめるように補助したあと、最後にマナサーさんが滑るように降りてきた。
蓋を戻すと、松明を持ったラストニーの先導で、俺たちは地下通路を進んだ。
石壁に囲まれた地下通路は、かなり冷えた。幅はギリギリ一人分。高さも瑠胡たち女性陣は立って歩けるが、俺やラストニーは少し屈まないと頭をぶつけてしまう。
しばらく、時折右や左に曲がりながら通路を進んでいると、階段が現れた。十段もない階段の先は、行き止まりだ。
「ちょっと待ってくれ」
ラストニーは階段を登ると、上から伸びている鎖を引っ張った。
ガゴン、という音がして、階段の正面にある壁が、真上へと開いていく。
「ここは、今では使われていない地下牢だ。ここから屋敷の中に行ける。静かに付いて来てくれ」
ラストニーに促されるまま、俺たちは地下牢へと出た。左右に牢屋が並ぶ通路は真っ暗で、人の気配がまるで無い。
「中には兵士の巡回もいる。戦いになる可能性も否定は出来ない。クロースやアインがいれば、心強いんだが……」
「クロースは、ハイント領の騎士です。ここの兵士と戦わせることはできません」
セラの苦言に、ラストニーは「わかっているさ」と頷いた。
「母の執務室、そして自室の順番に、例の石版を探すことにしよう。ランド、あの神域で手に入れた赤いコインは?」
「持ってる。どうやって使うのかは、まだわからないけどな」
石版に填め込むと言われたが、どこにどう填め込むのか、わからない。
出たとこ勝負になりそうな気がする――俺は瑠胡やセラに目で合図を送ってから、先に行くよう、ラストニーへ無言で促した。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
脱出経路が地下牢……書いていて、オブリビオンを思い出した中の人です。
トム・クルーズの映画じゃない……ゲームのほうですが。
ドワーフたちのところで、炎の色が変わった――とありますが。汚染物質の元ネタというか、そのままではないんですが、参考にしたものについては、エピローグか四章の最後にて。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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