屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』

四章-3

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   3

 クロイスにある領主の屋敷の謁見の間では、フレシス令室男爵が二人の兵士を睨み付けていた。
 普段であれば兵士の報告などに興味を示さない彼女も、今回ばかりは感情を露わにせざるを得なかった。


「生け贄の牛を奪われ、おめおめと逃げてきたなど――おまえたちは、ザイケンの地を護る兵士として、最低限の誇りもないのですか?」


「ま、誠に申し訳御座いません」


 平伏する兵士に、フレシス令室男爵は椅子に座ってから無言で睨み付けた。


「報告を続けなさい。それとも生け贄を奪われた――だけで終わるなどと言うつもりではないでしょうね」


「滅相もございません。襲撃をしてきた山賊は、《猪の牙》を名乗っておりました。牛を根城に持っていくと」


「ふむ……」


 フレシス令室男爵は肘置きの上で頬杖をつくと、鼻を鳴らした。


「山賊団……おまえは、それを信じたのですか?」


「は……はい。嘘としては内容に、あまりにも脈絡がありません。それに、襲撃は複数人で行われました。姿を見せたのは二人ですが……矢を射られ、手傷を負わないまでも魔術での攻撃も受けました。名乗りをあげてたのも、自分たちの名声を広めるためとかんがえられます。山賊などは、自分たちの悪名が世に広まることで、満足する連中で御座います。可能性は高いかと……」


「ふん……」


 フレシス令嬢男爵は兵士の返答に、鼻を鳴らした。それを怒りだと認識した兵士は、慌てて言葉を継いだ。


「それに牛如きでは討伐隊は来ぬと、たかをくくっているのかももしれません。これまでも領民が襲われ、家畜を奪われても討伐されぬ――」


 発言の途中で、兵士は口を噤んだ。民から山賊討伐の陳情があっても、無視を続けたのは領主である、フレシス令室男爵だ。
 自己保身のための発言が、このままでは領主批判になりかねない――恐怖から表情を強ばらせた兵士に、脇に控えていた騎士クイラロスが睨みを利かせた。


「貴様――まさか、御領主様を非難しておるのではあるまいなっ!」


「め、滅相もございません。わたくしはただ、可能性の一つを述べただけで……」


「そんな言い訳が――」


「おやめ、騎士クイラロス」


 フレシス令室男爵は騎士を下がらせると、身体の前で手を組んだ。


「……確かに、山賊どもを放置し過ぎた感は否めませんね。それに、本当にその山賊団が生け贄を奪っていったのか、確かめる必要もあるでしょう。汚名挽回の機会を、与えましょう。討伐隊を編成し、その山賊どもを根絶やしにしてきなさい。生け贄の牛が運ばれた痕跡があるか、確かめるのよ」


「……畏まりました」


 山賊の報告をした兵士が最敬礼をすると、フレシス令室男爵はもう一人の兵士へと目を移した。


「次――件のランドたち一行の所在は掴めたのですか?」


「いえ。監視が付く前に街を出たところまでは、把握できましたが……それ以降は、所在が掴めません。街道の関所を通っていないことから、まだ領地内にはいると思われます」


「まったく……山賊のことといい、兵士の練度が低いのではないかしら」


「……面目次第もございません」


 恭しく頭を下げる騎士クイラロスを一瞥すると、フレシス令室男爵は再び頬杖をついた。


「今後このようなことのないよう、兵を鍛え直しなさい。それと騎士クイラロスは、ランドたちの捜索を指揮――」


 そこで口を閉ざしたフレシス令室男爵は、しばらく空を睨むような顔をしてから、騎士クイラロスへと首を向けた。


「いえ――ランドたちの捜索は、別の者に指揮させましょう。騎士クイラロスは、屋敷の警護を続けなさい」


「は――」


 直立の姿勢で命令を受ける騎士から視線を外しながら、独り言のように質問を投げた。


「こんなときに息子は――どこに行ったのかしら。見た者はいる?」


 この問いに、答えられる者はいなかった。互いの顔へと、視線を移すだけだ。
 そんな様子を見回しながら、フレシス令室男爵は嘆息した。しばらくは目を閉じて黙考していたが、ハッとした顔で目を開けた。
 しかし、僅かに浮かしかけた腰を椅子に落とすと、静かに息を吐いた。


(ランドたちと行動を共にしていると思ったけれど、そんなはずはないわね。家畜の調査に自ら手を貸すなど、貴族がすることではないわ)


 フレシス令室男爵は兵士や騎士たちを下がらせると、息子の奔放加減を一人で嘆いた。

    *

 朝日が昇る頃、鐘の音とともにクロイスの城塞にある大門が開いた。城門の前で開門を待っていた行商人や旅人たちが、街を出ていく――それがいつもの光景だったが、今日は違っていた。


「出立っ!!」


 中年で口髭を生やした隊長らしい男を先頭に、総勢五〇人ばかりの兵士が、列をなして城門から出て行った。その中には騎馬が三騎と二台の馬車が含まれている。
 矢筒や槍を携える彼らの姿は、戦へ出兵するかのようだ。
 そのあとに出たのは、四騎の騎馬だ。彼らは先の兵団とは異なり、長剣を携えている程度だ。
 騎馬が城門を出て行ってしばらくしてから、旅人らの往来が始まった。
 俺と瑠胡は、城門を望む物見の塔のやぐらから、兵士たちが出兵する様子を見ていた。
 ラストニーの話では、クロイスでは物見の塔が立ちすぎて、平時では三分の一程度しか兵を配置していないらしい。


「しかし、ラストニーの言うとおりの展開になったな……あの兵士たちが戻った翌日に、出兵するなんて」


 生け贄の牛を連れていた兵士たちは、そのまま領主街であるクロイスに戻った。彼らを尾行する形でクロイスへと入った俺たちは、ラストニーの手引きで無人の物見の塔に潜むこととなった。


「ランドに瑠胡姫様、どんな状況ですか?」


「ラストニーの言うとおり、兵たちが出兵していきましたよ」


 階段を上がってきたセラを振り返った俺は、小さく背伸びをした。


「そろそろ、俺は出る準備をします」


「ランド、やはり皆でいきませんか? あの数を一人では……」


 俺の腕に手を添えた瑠胡は、酷く不安げな顔をしていた。それはセラも同様のようで、冷静さを装いながら、なにかを我慢しているかのように、口元はきつく結ばれていた。
 俺が心配のいらないことを告げようと、両手を挙げかけたとき、階段から足音が聞こえてきた。


「ランド、それに皆様。やはり、あの兵士たちは山賊討伐に出たようです」


 街の人から話を聞いていたらしいラストニーが、羊皮紙の包みを手に、櫓まで上がってきた。


「人捜しの部隊も出たらしいですが、こちらはよくわかりませんでした」


「ああ、それは多分、俺たちを探してる気がしますよ。あの黒い鉱石絡みで、訊きたいこととか、口封じとか考えてる筈ですからね」


 俺は答えながら、ゆっくりと立ち上がった。
 すでにいつもの鎧や長剣は身につけている。旅費も少しはあるから、飲み食いには困らないだろう――肉とかチーズとかを諦めれば。
 ここの櫓には、上へと登るための梯子がある。天井の蓋を空けると、そのまま屋根に登ることができるようになっていた。
 梯子へと近寄る俺に、ラストニーは包みを手渡してきた。


「干し肉です。道中で食べて下さい」


「ありがとうございます。それじゃあ、遠慮無く」


 俺が包みを受け取ると、ラストニーは小さく首を振った。


「しかし、本当に討伐隊を止めに行かれるのですか? そのまま山賊を討伐させたほうが、領地にとっても有益になるでしょう」


「でも、それだと兵士にも死傷者が出るじゃないですか。託宣で、死者を出すなって言われましたしね。最悪の事態は避けたいんですよ、俺は」


 答えながら、俺は包みを革袋へと入れた。革袋を肩に担ぎ治すと、俺は梯子を登って屋根の上へと出た。
 まったくの余談になるが、マナサーさんは恐らく、熟睡中だ。夜更けにこの物見の塔に入った途端に、寝てしまっている。俺が起きるときも寝ていたから、きっとまだ寝てるだろう。
 そんなことを思い出していると、俺を追って屋根の上まで出てきたラストニーが、階下の様子を気にしながら、小声で話しかけてきた。


「ランド、こんなときにって思うかもしれないが……一つ教えてくれ。《白翼騎士団》の団長というのは、どんな人物なんだ?」


「――は?」


 質問の意図が掴めず、俺は困惑しながら目を細めた。
 怪訝そうな俺の顔で色々と察したらしいラストニーが、小さく手を挙げた。


「すまない。順を追って話そう。その騎士団の団長に会って、話がしたいんだが……先に人物像だけでも知っておきたくて」


「話って、なんの話なんですか?」


「……クロースを退団させて欲しいと、願い出るためだ。今回の件が終わったら、彼女を――娶りたいんだ」


「ちょ――ちょっと待った。クロースは、そのことを知ってるんですか?」


「まだ、この話はしていない。むしろ、まだ告白すら済ませていない状況だが……ああ、この話は、まだ内密に頼む」


「それは良いですけど、やることが性急すぎるでしょう……」


 俺はラストニーの返答に、軽い目眩を覚えた。
 情熱的なのはいいが、クロースの意志はガン無視している。噂と違って、どら息子ではないし、悪い人じゃないんだけど――こういう貴族気質が強すぎる。


「あそこの団長、レティシアは……まあ、騎士としては普通の性格じゃないですか? 生真面目で、少々独善的な部分もあるし」


 俺の返答に、ラストニーは無言で頷いた。
 セラの意見も聞いたほうがいいんだけど、内密って言ってたし。あくまで、俺の持っている印象だから、正確さは自信が無いぞ。

 なんかまた、荒れそうな気がするな……この件。

 俺は下の様子を確認して、こちらに注意を向けている通行人や、物見の塔にいる兵士が居ないことを確認してから、首筋からドラゴンの翼を広げた。


「それじゃあ、瑠胡たちを頼みますよ」


 ラストニーにそう告げると、俺は真上に飛び上がった。
 人々の姿が点にしか見えなくなるまで上昇した俺は、山賊の討伐隊を追いかけた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回の本文は、なんとか文字数三千台で収まりました……。
ちなみに、ランドたちがどうやって街に潜入したかというと、夜間に空から入っただけです。こんなシーンを書いてもつまらないので、カットカットとなりました。

大事なところなので、二度書いてます。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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