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第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』
三章-6
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6
途中、野宿をしながら馬を急がせた甲斐あって、俺たちは朝を報せる鐘が鳴り響くさなかにクロイスに到着した。
白番だ空で小鳥がさえずる中、蝶番が軋む金属音を立てながら、城塞の門がゆっくりと開いていく。
朝一次の目的地へ出発するのか、行商人や数台の馬車が門から出てきた。土煙を上げる彼らとすれ違うように、俺たちの馬車は城塞の中へと入った。
御者台で手綱を握っていたアインが、馬車の速度を落としてから幌の中へと顔を覗かせた。
「まずは、馬車の預けられる宿を探すとしようぜ。なにをするにも、馬車のまま移動ってわけにはいかねぇだろ」
「そうだな。俺は黒い鉱石を取り扱っている職人を探してみる。クロースは商人を探してみてくれ。騎士の格好なら、話もしやすいはずだ」
「いいけど……話、しやすいかなぁ?」
俺の提案に、クロースは首を傾げた。
性格が素直だし、こうした情報収集の経験は皆無なんだろう。不安そうな顔のクロースに、俺は苦笑した。
ラストニーが口を開きかけたけど、そのときにはもう、俺が喋ってしまっていた。
「我が主が黒い宝石を所望なのだが、この店で取り扱いはあるか――って聞けば、店主にも不審がられないと思うけどな」
「ああ、なるほど! ランド君、嘘は嫌いなのに……悪いことは知ってるねぇ」
クロースのことだから、悪意はまったくないんだろうけど……朗らかな顔で、なかなかに強烈な皮肉を言ってきた。
別に……悪いことじゃないし。尋問や拷問、それに相手に不利益な嘘でもないし――と、頭の中で言い訳を並べていたら、ラストニーが非難じみた視線を向けてきた。
どうやら、似たようなことを助言するつもりだったようだ。
俺は苦笑いを浮かべながら、両隣にいる瑠胡とセラを交互に見た。
「二人は宿で待っていてくれて――」
「もちろん、共に職人を当たるつもりぞ?」
「そうですね。御一緒します」
……あ、はい。
二人が一緒なのがイヤとか困るとかはないけど、職人の工房を巡ることになるからなあ……粉塵や鉄粉などが舞っているだろうから、なるべく避けさせたかっただけだ。
となると、あとの割り振りなんだけど……問題は、マナサーさんだ。目立つ服装に容姿、情報収集をするだけで噂になりそうだ。
と、そこまで考えたところで、俺は気付いた。神糸の振り袖を着ている瑠胡とセラも目立ってるってことに。
なんか二人や天竜族の服装に慣れすぎて、そのことが抜けてしまっている。
俺は自省しながら、マナサーさんとクロースを交互に見た。
「それじゃあ、クロースはマナサーさんと行動してくれ。異国からの客人ってことにすれば、怪しまれないと思うしさ。アインはマナサーさんの護衛役で頼む」
「あいよ」
短く応じたアインが顔を引っ込めると、クロースとマナサーさんがお互いに「お願いします」と、微笑み合っていた。
そんなクロースを一瞥したラストニーに、俺は指先を向けた。
「折角、街に戻ったんだ。ラストニーは一度、家に帰ったらどうだ?」
「いや、しかし――」
「家が商人なんだろ? なにか情報を持ってるかもしれないじゃないか。帰宅ついでに探ってくれると助かる」
俺の言い方で、ラストニーが気付くかどうか――。
クロースに領主の息子という身分を隠したいって言われなきゃ、こうやって回りくどいことをしないで済むのに。
最初、呆気にとられたような顔をしたラストニーは、すぐに思考を巡らす表情になった。
それも数秒のことで、ハッと顔を上げたときには、少し戸惑うような目をしていた。
「……とんでもないことを考えるな、君は」
「合理的じゃないか。なんなら、直に親から話が聞けるんだから」
「合理的……合理的、ね。言い言葉過ぎて、泣けてくるよ」
「もっと良い手段があるなら、今のうちに言ってくれ。今ならまだ、訂正が効く」
俺の言葉に、ラストニーは唸った。
右に曲がる馬車に身体が揺さぶられたあと、ラストニーは諦めたように頷いた。
職人通りは、クロイスの東側――城塞の壁際にあった。
石造りの家屋や工房が建ち並ぶ通りには、朝早くから多くの人が往来していた。その多くは商人のようだが、一部には質の良い服に身を包んだ人物もいた。
俺と瑠胡、セラの三人は、左右に並ぶ工房を眺めながら、ゆっくりとした足取りで職人通りを歩いていた。
俺の手には、布を被せた小鍋がある。これを見せるというのは危険だが、証拠品としては必要だろう。
工房には籠や包丁などの日用品から、兵士や騎士が使う鎧や長剣などの鍛冶、そして貴族向けの品を造る工房まで、多種多様だった。
先ほど見た、質の良い服を来た人物が出てきたのは、石造りではあるが三階建ての建物だった。
テラスもある建物は、まるで屋敷のようでもあり、城塞都市には珍しく小さな庭も備えていた。
「この辺りから、聞き込みしてみましょうか?」
「そうですね。貴族向けらしいですし」
同意するセラの横で、瑠胡は建物を見上げていた。
「どうしたんです?」
俺が並んで建物を見上げると、瑠胡は扇子で口元を隠した。
「ここまで、異様な臭いが漂ってきて……なにか嫌な感じがします」
「え? そんな臭いしてますか?」
俺は鼻をヒクヒクとさせたけど、土埃の臭いしか嗅ぎ分けられない。この辺りは、純粋な天竜族と、人から天竜族になった者の差かもしれない。
俺が工房の扉をノックすると、弟子らしい青年が出てきた。
「いらっしゃいませ。どのような御用件でしょうか?」
「黒い鉱物について、聞きたいことがあるんですが」
「黒い鉱物……ですか?」
「ええ。これなんですけど」
俺がさほど重量を感じない小鍋から布を取って、中にある黒い鉱石を弟子に見せた。最初は怪訝そうに小鍋を覗いていた弟子だったが、なにかを思い出したように目を見広げた直後、一気に顔を青くした。
「し――しばらくお待ち下さい」
弟子が工房の中に戻っていった。それからしばらくして、先ほどの弟子が扉を開けた。
少し怯えたような表情で弟子は、俺たちに頭を下げた。
「どうぞ……主が話を聞くそうです」
扉から中に入ると、細い通路だった。その突き当たりの部屋は工房ではなく、どうやら応接室のようだった。
テーブルを挟んで、一、三と椅子が並んでいる。
一つだけ椅子が置かれた側には、エプロンをしたチョビ髭の中年男性が立っていた。
「お初にお目にかかる。わたしがこの工房の主、ハートン・ミニッツと申します」
「これは御丁寧に。わたくしは、ランド・コール。ここの御領主から、家畜の異変の原因を探る許可をもらっておる者です。後ろの二人は、瑠胡にセラ。二人とも、わたくしと家畜の調査をしております」
「家畜の……ああ、失礼。まずはお座り下さい」
ハートンに勧められ、俺たちは椅子に座った。
自分も座ってから、ハートンは両手をテーブルの上で組んだ。
「あなたがたは家畜の調査をしているのしょう。なぜ、わたくしに黒い鉱物――でしたか、それについて聞きたいと言われるのですか?」
「はい。調査の途中で、これを手に入れまして。この鉱物と家畜の異臭との関係性を、調べているんです。ですが、正直手詰まりでして。これを誰が持って来て、誰が領主に卸しているのか、御存知なら教えて頂きたいのです」
俺は小鍋を見せると、ハートンの目が一瞬だが険しくなった。
しかし俺たちに見られていることに気付いたらしく、視線を逸らしながら咳払いをすると、もう元の表情に戻っていた。
「これが――例の黒い鉱物ですか。わたくしは――その、初めて見ました。あくまで噂ですが、これは極限られた工房でしか扱えないようなんです。わたくしたちのところでは、扱ってはおりませんので。これ以上のことは……その、わかりかねます」
「そうですが……ありがとうございました」
俺は大人しく引き下がると、瑠胡やセラと一緒に工房を出た。
「……あの程度で良かったんですか?」
道の反対側へ移動する途中で、工房を振り返りながらセラが訊いてきた。
俺は頷くと、小さな声で答えた。
「ええ。あれ以上は、なにも喋ってくれないでしょうし」
「ふむ……要するに、藪を突いたということですね」
流石、瑠胡は察しがいい。俺は小さく頷いてから、周囲を見回しながら物陰を探した。
左に三軒目と四軒目のあいだに隙間を見つけた俺は、二人を伴って物陰へと入った。
「二人は、なんとか宿に戻って下さい。俺は工房を見張ります」
瑠胡は俺に頷くと、セラの腕に手を添えた。
「わかりました。セラ――裏道から飛んで行きましょう」
「ですが瑠胡姫様。それだと人目につきませんか?」
「平気でしょう。空を飛ぶモノを人と認識できる者など、あまりいないでしょうし」
セラはまだ納得しきれていない顔だったが、瑠胡に従って空へと飛び上がった。
俺は〈隠行〉を使って姿を消すと、ハートンの工房へと近づいた。中の声を聞きたかったのだが、壁や扉に近寄っても中の音は聞こえてこなかった。
工房に直通するらしいドアに近寄ったとき、俺は地面に黒い粉が落ちているのを見つけた。
それを指先で土ごと摘まんだとき、ドアから先ほどの弟子が出てきた。
周囲を窺うように見回してから、弟子は早足に歩き始めた。そのあいだも周囲を見回す姿は、まるで誰かに見つからないよう警戒しているように見える。
近くの枝道から、弟子は裏通りに入っていく。そのあとを追って、俺も裏通りへと脚を踏み入れた。
領主街、しかも職人通りとあって、裏通りは日差しが遮られる薄暗さはあるが、陰鬱とした雰囲気はない。微かにハンマーで釘を打つ音や、親方が弟子を怒鳴る声が聞こえてくるのが、この地区独特の雰囲気を醸し出している。
さほど長くない裏通りを抜けて大通りに出た弟子は、街の中心――領主の屋敷のある方向へと歩き始めた。
さて――どこへ行くのやら。
俺は〈隠行〉で姿を消したまま、弟子の尾行を始めた。
----------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
黒い鉱石についての設定もあるんですが……それはまた、あとの回でネタばらしをさせていただきます。
今回は本文が三千文字台に収まりました……願わくば、常にこうありたいものです。
かなりギリギリ収まった感は拭えませんが(汗
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
途中、野宿をしながら馬を急がせた甲斐あって、俺たちは朝を報せる鐘が鳴り響くさなかにクロイスに到着した。
白番だ空で小鳥がさえずる中、蝶番が軋む金属音を立てながら、城塞の門がゆっくりと開いていく。
朝一次の目的地へ出発するのか、行商人や数台の馬車が門から出てきた。土煙を上げる彼らとすれ違うように、俺たちの馬車は城塞の中へと入った。
御者台で手綱を握っていたアインが、馬車の速度を落としてから幌の中へと顔を覗かせた。
「まずは、馬車の預けられる宿を探すとしようぜ。なにをするにも、馬車のまま移動ってわけにはいかねぇだろ」
「そうだな。俺は黒い鉱石を取り扱っている職人を探してみる。クロースは商人を探してみてくれ。騎士の格好なら、話もしやすいはずだ」
「いいけど……話、しやすいかなぁ?」
俺の提案に、クロースは首を傾げた。
性格が素直だし、こうした情報収集の経験は皆無なんだろう。不安そうな顔のクロースに、俺は苦笑した。
ラストニーが口を開きかけたけど、そのときにはもう、俺が喋ってしまっていた。
「我が主が黒い宝石を所望なのだが、この店で取り扱いはあるか――って聞けば、店主にも不審がられないと思うけどな」
「ああ、なるほど! ランド君、嘘は嫌いなのに……悪いことは知ってるねぇ」
クロースのことだから、悪意はまったくないんだろうけど……朗らかな顔で、なかなかに強烈な皮肉を言ってきた。
別に……悪いことじゃないし。尋問や拷問、それに相手に不利益な嘘でもないし――と、頭の中で言い訳を並べていたら、ラストニーが非難じみた視線を向けてきた。
どうやら、似たようなことを助言するつもりだったようだ。
俺は苦笑いを浮かべながら、両隣にいる瑠胡とセラを交互に見た。
「二人は宿で待っていてくれて――」
「もちろん、共に職人を当たるつもりぞ?」
「そうですね。御一緒します」
……あ、はい。
二人が一緒なのがイヤとか困るとかはないけど、職人の工房を巡ることになるからなあ……粉塵や鉄粉などが舞っているだろうから、なるべく避けさせたかっただけだ。
となると、あとの割り振りなんだけど……問題は、マナサーさんだ。目立つ服装に容姿、情報収集をするだけで噂になりそうだ。
と、そこまで考えたところで、俺は気付いた。神糸の振り袖を着ている瑠胡とセラも目立ってるってことに。
なんか二人や天竜族の服装に慣れすぎて、そのことが抜けてしまっている。
俺は自省しながら、マナサーさんとクロースを交互に見た。
「それじゃあ、クロースはマナサーさんと行動してくれ。異国からの客人ってことにすれば、怪しまれないと思うしさ。アインはマナサーさんの護衛役で頼む」
「あいよ」
短く応じたアインが顔を引っ込めると、クロースとマナサーさんがお互いに「お願いします」と、微笑み合っていた。
そんなクロースを一瞥したラストニーに、俺は指先を向けた。
「折角、街に戻ったんだ。ラストニーは一度、家に帰ったらどうだ?」
「いや、しかし――」
「家が商人なんだろ? なにか情報を持ってるかもしれないじゃないか。帰宅ついでに探ってくれると助かる」
俺の言い方で、ラストニーが気付くかどうか――。
クロースに領主の息子という身分を隠したいって言われなきゃ、こうやって回りくどいことをしないで済むのに。
最初、呆気にとられたような顔をしたラストニーは、すぐに思考を巡らす表情になった。
それも数秒のことで、ハッと顔を上げたときには、少し戸惑うような目をしていた。
「……とんでもないことを考えるな、君は」
「合理的じゃないか。なんなら、直に親から話が聞けるんだから」
「合理的……合理的、ね。言い言葉過ぎて、泣けてくるよ」
「もっと良い手段があるなら、今のうちに言ってくれ。今ならまだ、訂正が効く」
俺の言葉に、ラストニーは唸った。
右に曲がる馬車に身体が揺さぶられたあと、ラストニーは諦めたように頷いた。
職人通りは、クロイスの東側――城塞の壁際にあった。
石造りの家屋や工房が建ち並ぶ通りには、朝早くから多くの人が往来していた。その多くは商人のようだが、一部には質の良い服に身を包んだ人物もいた。
俺と瑠胡、セラの三人は、左右に並ぶ工房を眺めながら、ゆっくりとした足取りで職人通りを歩いていた。
俺の手には、布を被せた小鍋がある。これを見せるというのは危険だが、証拠品としては必要だろう。
工房には籠や包丁などの日用品から、兵士や騎士が使う鎧や長剣などの鍛冶、そして貴族向けの品を造る工房まで、多種多様だった。
先ほど見た、質の良い服を来た人物が出てきたのは、石造りではあるが三階建ての建物だった。
テラスもある建物は、まるで屋敷のようでもあり、城塞都市には珍しく小さな庭も備えていた。
「この辺りから、聞き込みしてみましょうか?」
「そうですね。貴族向けらしいですし」
同意するセラの横で、瑠胡は建物を見上げていた。
「どうしたんです?」
俺が並んで建物を見上げると、瑠胡は扇子で口元を隠した。
「ここまで、異様な臭いが漂ってきて……なにか嫌な感じがします」
「え? そんな臭いしてますか?」
俺は鼻をヒクヒクとさせたけど、土埃の臭いしか嗅ぎ分けられない。この辺りは、純粋な天竜族と、人から天竜族になった者の差かもしれない。
俺が工房の扉をノックすると、弟子らしい青年が出てきた。
「いらっしゃいませ。どのような御用件でしょうか?」
「黒い鉱物について、聞きたいことがあるんですが」
「黒い鉱物……ですか?」
「ええ。これなんですけど」
俺がさほど重量を感じない小鍋から布を取って、中にある黒い鉱石を弟子に見せた。最初は怪訝そうに小鍋を覗いていた弟子だったが、なにかを思い出したように目を見広げた直後、一気に顔を青くした。
「し――しばらくお待ち下さい」
弟子が工房の中に戻っていった。それからしばらくして、先ほどの弟子が扉を開けた。
少し怯えたような表情で弟子は、俺たちに頭を下げた。
「どうぞ……主が話を聞くそうです」
扉から中に入ると、細い通路だった。その突き当たりの部屋は工房ではなく、どうやら応接室のようだった。
テーブルを挟んで、一、三と椅子が並んでいる。
一つだけ椅子が置かれた側には、エプロンをしたチョビ髭の中年男性が立っていた。
「お初にお目にかかる。わたしがこの工房の主、ハートン・ミニッツと申します」
「これは御丁寧に。わたくしは、ランド・コール。ここの御領主から、家畜の異変の原因を探る許可をもらっておる者です。後ろの二人は、瑠胡にセラ。二人とも、わたくしと家畜の調査をしております」
「家畜の……ああ、失礼。まずはお座り下さい」
ハートンに勧められ、俺たちは椅子に座った。
自分も座ってから、ハートンは両手をテーブルの上で組んだ。
「あなたがたは家畜の調査をしているのしょう。なぜ、わたくしに黒い鉱物――でしたか、それについて聞きたいと言われるのですか?」
「はい。調査の途中で、これを手に入れまして。この鉱物と家畜の異臭との関係性を、調べているんです。ですが、正直手詰まりでして。これを誰が持って来て、誰が領主に卸しているのか、御存知なら教えて頂きたいのです」
俺は小鍋を見せると、ハートンの目が一瞬だが険しくなった。
しかし俺たちに見られていることに気付いたらしく、視線を逸らしながら咳払いをすると、もう元の表情に戻っていた。
「これが――例の黒い鉱物ですか。わたくしは――その、初めて見ました。あくまで噂ですが、これは極限られた工房でしか扱えないようなんです。わたくしたちのところでは、扱ってはおりませんので。これ以上のことは……その、わかりかねます」
「そうですが……ありがとうございました」
俺は大人しく引き下がると、瑠胡やセラと一緒に工房を出た。
「……あの程度で良かったんですか?」
道の反対側へ移動する途中で、工房を振り返りながらセラが訊いてきた。
俺は頷くと、小さな声で答えた。
「ええ。あれ以上は、なにも喋ってくれないでしょうし」
「ふむ……要するに、藪を突いたということですね」
流石、瑠胡は察しがいい。俺は小さく頷いてから、周囲を見回しながら物陰を探した。
左に三軒目と四軒目のあいだに隙間を見つけた俺は、二人を伴って物陰へと入った。
「二人は、なんとか宿に戻って下さい。俺は工房を見張ります」
瑠胡は俺に頷くと、セラの腕に手を添えた。
「わかりました。セラ――裏道から飛んで行きましょう」
「ですが瑠胡姫様。それだと人目につきませんか?」
「平気でしょう。空を飛ぶモノを人と認識できる者など、あまりいないでしょうし」
セラはまだ納得しきれていない顔だったが、瑠胡に従って空へと飛び上がった。
俺は〈隠行〉を使って姿を消すと、ハートンの工房へと近づいた。中の声を聞きたかったのだが、壁や扉に近寄っても中の音は聞こえてこなかった。
工房に直通するらしいドアに近寄ったとき、俺は地面に黒い粉が落ちているのを見つけた。
それを指先で土ごと摘まんだとき、ドアから先ほどの弟子が出てきた。
周囲を窺うように見回してから、弟子は早足に歩き始めた。そのあいだも周囲を見回す姿は、まるで誰かに見つからないよう警戒しているように見える。
近くの枝道から、弟子は裏通りに入っていく。そのあとを追って、俺も裏通りへと脚を踏み入れた。
領主街、しかも職人通りとあって、裏通りは日差しが遮られる薄暗さはあるが、陰鬱とした雰囲気はない。微かにハンマーで釘を打つ音や、親方が弟子を怒鳴る声が聞こえてくるのが、この地区独特の雰囲気を醸し出している。
さほど長くない裏通りを抜けて大通りに出た弟子は、街の中心――領主の屋敷のある方向へと歩き始めた。
さて――どこへ行くのやら。
俺は〈隠行〉で姿を消したまま、弟子の尾行を始めた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
黒い鉱石についての設定もあるんですが……それはまた、あとの回でネタばらしをさせていただきます。
今回は本文が三千文字台に収まりました……願わくば、常にこうありたいものです。
かなりギリギリ収まった感は拭えませんが(汗
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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持っている力に振り回されぬよう、京太郎自身も力に負けない精神力を鍛えようと決意していき、絶対に元の世界に帰ることを胸に、テイマーとして異世界を生き延びていく。
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