179 / 276
第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』
三章-6
しおりを挟む
6
途中、野宿をしながら馬を急がせた甲斐あって、俺たちは朝を報せる鐘が鳴り響くさなかにクロイスに到着した。
白番だ空で小鳥がさえずる中、蝶番が軋む金属音を立てながら、城塞の門がゆっくりと開いていく。
朝一次の目的地へ出発するのか、行商人や数台の馬車が門から出てきた。土煙を上げる彼らとすれ違うように、俺たちの馬車は城塞の中へと入った。
御者台で手綱を握っていたアインが、馬車の速度を落としてから幌の中へと顔を覗かせた。
「まずは、馬車の預けられる宿を探すとしようぜ。なにをするにも、馬車のまま移動ってわけにはいかねぇだろ」
「そうだな。俺は黒い鉱石を取り扱っている職人を探してみる。クロースは商人を探してみてくれ。騎士の格好なら、話もしやすいはずだ」
「いいけど……話、しやすいかなぁ?」
俺の提案に、クロースは首を傾げた。
性格が素直だし、こうした情報収集の経験は皆無なんだろう。不安そうな顔のクロースに、俺は苦笑した。
ラストニーが口を開きかけたけど、そのときにはもう、俺が喋ってしまっていた。
「我が主が黒い宝石を所望なのだが、この店で取り扱いはあるか――って聞けば、店主にも不審がられないと思うけどな」
「ああ、なるほど! ランド君、嘘は嫌いなのに……悪いことは知ってるねぇ」
クロースのことだから、悪意はまったくないんだろうけど……朗らかな顔で、なかなかに強烈な皮肉を言ってきた。
別に……悪いことじゃないし。尋問や拷問、それに相手に不利益な嘘でもないし――と、頭の中で言い訳を並べていたら、ラストニーが非難じみた視線を向けてきた。
どうやら、似たようなことを助言するつもりだったようだ。
俺は苦笑いを浮かべながら、両隣にいる瑠胡とセラを交互に見た。
「二人は宿で待っていてくれて――」
「もちろん、共に職人を当たるつもりぞ?」
「そうですね。御一緒します」
……あ、はい。
二人が一緒なのがイヤとか困るとかはないけど、職人の工房を巡ることになるからなあ……粉塵や鉄粉などが舞っているだろうから、なるべく避けさせたかっただけだ。
となると、あとの割り振りなんだけど……問題は、マナサーさんだ。目立つ服装に容姿、情報収集をするだけで噂になりそうだ。
と、そこまで考えたところで、俺は気付いた。神糸の振り袖を着ている瑠胡とセラも目立ってるってことに。
なんか二人や天竜族の服装に慣れすぎて、そのことが抜けてしまっている。
俺は自省しながら、マナサーさんとクロースを交互に見た。
「それじゃあ、クロースはマナサーさんと行動してくれ。異国からの客人ってことにすれば、怪しまれないと思うしさ。アインはマナサーさんの護衛役で頼む」
「あいよ」
短く応じたアインが顔を引っ込めると、クロースとマナサーさんがお互いに「お願いします」と、微笑み合っていた。
そんなクロースを一瞥したラストニーに、俺は指先を向けた。
「折角、街に戻ったんだ。ラストニーは一度、家に帰ったらどうだ?」
「いや、しかし――」
「家が商人なんだろ? なにか情報を持ってるかもしれないじゃないか。帰宅ついでに探ってくれると助かる」
俺の言い方で、ラストニーが気付くかどうか――。
クロースに領主の息子という身分を隠したいって言われなきゃ、こうやって回りくどいことをしないで済むのに。
最初、呆気にとられたような顔をしたラストニーは、すぐに思考を巡らす表情になった。
それも数秒のことで、ハッと顔を上げたときには、少し戸惑うような目をしていた。
「……とんでもないことを考えるな、君は」
「合理的じゃないか。なんなら、直に親から話が聞けるんだから」
「合理的……合理的、ね。言い言葉過ぎて、泣けてくるよ」
「もっと良い手段があるなら、今のうちに言ってくれ。今ならまだ、訂正が効く」
俺の言葉に、ラストニーは唸った。
右に曲がる馬車に身体が揺さぶられたあと、ラストニーは諦めたように頷いた。
職人通りは、クロイスの東側――城塞の壁際にあった。
石造りの家屋や工房が建ち並ぶ通りには、朝早くから多くの人が往来していた。その多くは商人のようだが、一部には質の良い服に身を包んだ人物もいた。
俺と瑠胡、セラの三人は、左右に並ぶ工房を眺めながら、ゆっくりとした足取りで職人通りを歩いていた。
俺の手には、布を被せた小鍋がある。これを見せるというのは危険だが、証拠品としては必要だろう。
工房には籠や包丁などの日用品から、兵士や騎士が使う鎧や長剣などの鍛冶、そして貴族向けの品を造る工房まで、多種多様だった。
先ほど見た、質の良い服を来た人物が出てきたのは、石造りではあるが三階建ての建物だった。
テラスもある建物は、まるで屋敷のようでもあり、城塞都市には珍しく小さな庭も備えていた。
「この辺りから、聞き込みしてみましょうか?」
「そうですね。貴族向けらしいですし」
同意するセラの横で、瑠胡は建物を見上げていた。
「どうしたんです?」
俺が並んで建物を見上げると、瑠胡は扇子で口元を隠した。
「ここまで、異様な臭いが漂ってきて……なにか嫌な感じがします」
「え? そんな臭いしてますか?」
俺は鼻をヒクヒクとさせたけど、土埃の臭いしか嗅ぎ分けられない。この辺りは、純粋な天竜族と、人から天竜族になった者の差かもしれない。
俺が工房の扉をノックすると、弟子らしい青年が出てきた。
「いらっしゃいませ。どのような御用件でしょうか?」
「黒い鉱物について、聞きたいことがあるんですが」
「黒い鉱物……ですか?」
「ええ。これなんですけど」
俺がさほど重量を感じない小鍋から布を取って、中にある黒い鉱石を弟子に見せた。最初は怪訝そうに小鍋を覗いていた弟子だったが、なにかを思い出したように目を見広げた直後、一気に顔を青くした。
「し――しばらくお待ち下さい」
弟子が工房の中に戻っていった。それからしばらくして、先ほどの弟子が扉を開けた。
少し怯えたような表情で弟子は、俺たちに頭を下げた。
「どうぞ……主が話を聞くそうです」
扉から中に入ると、細い通路だった。その突き当たりの部屋は工房ではなく、どうやら応接室のようだった。
テーブルを挟んで、一、三と椅子が並んでいる。
一つだけ椅子が置かれた側には、エプロンをしたチョビ髭の中年男性が立っていた。
「お初にお目にかかる。わたしがこの工房の主、ハートン・ミニッツと申します」
「これは御丁寧に。わたくしは、ランド・コール。ここの御領主から、家畜の異変の原因を探る許可をもらっておる者です。後ろの二人は、瑠胡にセラ。二人とも、わたくしと家畜の調査をしております」
「家畜の……ああ、失礼。まずはお座り下さい」
ハートンに勧められ、俺たちは椅子に座った。
自分も座ってから、ハートンは両手をテーブルの上で組んだ。
「あなたがたは家畜の調査をしているのしょう。なぜ、わたくしに黒い鉱物――でしたか、それについて聞きたいと言われるのですか?」
「はい。調査の途中で、これを手に入れまして。この鉱物と家畜の異臭との関係性を、調べているんです。ですが、正直手詰まりでして。これを誰が持って来て、誰が領主に卸しているのか、御存知なら教えて頂きたいのです」
俺は小鍋を見せると、ハートンの目が一瞬だが険しくなった。
しかし俺たちに見られていることに気付いたらしく、視線を逸らしながら咳払いをすると、もう元の表情に戻っていた。
「これが――例の黒い鉱物ですか。わたくしは――その、初めて見ました。あくまで噂ですが、これは極限られた工房でしか扱えないようなんです。わたくしたちのところでは、扱ってはおりませんので。これ以上のことは……その、わかりかねます」
「そうですが……ありがとうございました」
俺は大人しく引き下がると、瑠胡やセラと一緒に工房を出た。
「……あの程度で良かったんですか?」
道の反対側へ移動する途中で、工房を振り返りながらセラが訊いてきた。
俺は頷くと、小さな声で答えた。
「ええ。あれ以上は、なにも喋ってくれないでしょうし」
「ふむ……要するに、藪を突いたということですね」
流石、瑠胡は察しがいい。俺は小さく頷いてから、周囲を見回しながら物陰を探した。
左に三軒目と四軒目のあいだに隙間を見つけた俺は、二人を伴って物陰へと入った。
「二人は、なんとか宿に戻って下さい。俺は工房を見張ります」
瑠胡は俺に頷くと、セラの腕に手を添えた。
「わかりました。セラ――裏道から飛んで行きましょう」
「ですが瑠胡姫様。それだと人目につきませんか?」
「平気でしょう。空を飛ぶモノを人と認識できる者など、あまりいないでしょうし」
セラはまだ納得しきれていない顔だったが、瑠胡に従って空へと飛び上がった。
俺は〈隠行〉を使って姿を消すと、ハートンの工房へと近づいた。中の声を聞きたかったのだが、壁や扉に近寄っても中の音は聞こえてこなかった。
工房に直通するらしいドアに近寄ったとき、俺は地面に黒い粉が落ちているのを見つけた。
それを指先で土ごと摘まんだとき、ドアから先ほどの弟子が出てきた。
周囲を窺うように見回してから、弟子は早足に歩き始めた。そのあいだも周囲を見回す姿は、まるで誰かに見つからないよう警戒しているように見える。
近くの枝道から、弟子は裏通りに入っていく。そのあとを追って、俺も裏通りへと脚を踏み入れた。
領主街、しかも職人通りとあって、裏通りは日差しが遮られる薄暗さはあるが、陰鬱とした雰囲気はない。微かにハンマーで釘を打つ音や、親方が弟子を怒鳴る声が聞こえてくるのが、この地区独特の雰囲気を醸し出している。
さほど長くない裏通りを抜けて大通りに出た弟子は、街の中心――領主の屋敷のある方向へと歩き始めた。
さて――どこへ行くのやら。
俺は〈隠行〉で姿を消したまま、弟子の尾行を始めた。
----------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
黒い鉱石についての設定もあるんですが……それはまた、あとの回でネタばらしをさせていただきます。
今回は本文が三千文字台に収まりました……願わくば、常にこうありたいものです。
かなりギリギリ収まった感は拭えませんが(汗
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
途中、野宿をしながら馬を急がせた甲斐あって、俺たちは朝を報せる鐘が鳴り響くさなかにクロイスに到着した。
白番だ空で小鳥がさえずる中、蝶番が軋む金属音を立てながら、城塞の門がゆっくりと開いていく。
朝一次の目的地へ出発するのか、行商人や数台の馬車が門から出てきた。土煙を上げる彼らとすれ違うように、俺たちの馬車は城塞の中へと入った。
御者台で手綱を握っていたアインが、馬車の速度を落としてから幌の中へと顔を覗かせた。
「まずは、馬車の預けられる宿を探すとしようぜ。なにをするにも、馬車のまま移動ってわけにはいかねぇだろ」
「そうだな。俺は黒い鉱石を取り扱っている職人を探してみる。クロースは商人を探してみてくれ。騎士の格好なら、話もしやすいはずだ」
「いいけど……話、しやすいかなぁ?」
俺の提案に、クロースは首を傾げた。
性格が素直だし、こうした情報収集の経験は皆無なんだろう。不安そうな顔のクロースに、俺は苦笑した。
ラストニーが口を開きかけたけど、そのときにはもう、俺が喋ってしまっていた。
「我が主が黒い宝石を所望なのだが、この店で取り扱いはあるか――って聞けば、店主にも不審がられないと思うけどな」
「ああ、なるほど! ランド君、嘘は嫌いなのに……悪いことは知ってるねぇ」
クロースのことだから、悪意はまったくないんだろうけど……朗らかな顔で、なかなかに強烈な皮肉を言ってきた。
別に……悪いことじゃないし。尋問や拷問、それに相手に不利益な嘘でもないし――と、頭の中で言い訳を並べていたら、ラストニーが非難じみた視線を向けてきた。
どうやら、似たようなことを助言するつもりだったようだ。
俺は苦笑いを浮かべながら、両隣にいる瑠胡とセラを交互に見た。
「二人は宿で待っていてくれて――」
「もちろん、共に職人を当たるつもりぞ?」
「そうですね。御一緒します」
……あ、はい。
二人が一緒なのがイヤとか困るとかはないけど、職人の工房を巡ることになるからなあ……粉塵や鉄粉などが舞っているだろうから、なるべく避けさせたかっただけだ。
となると、あとの割り振りなんだけど……問題は、マナサーさんだ。目立つ服装に容姿、情報収集をするだけで噂になりそうだ。
と、そこまで考えたところで、俺は気付いた。神糸の振り袖を着ている瑠胡とセラも目立ってるってことに。
なんか二人や天竜族の服装に慣れすぎて、そのことが抜けてしまっている。
俺は自省しながら、マナサーさんとクロースを交互に見た。
「それじゃあ、クロースはマナサーさんと行動してくれ。異国からの客人ってことにすれば、怪しまれないと思うしさ。アインはマナサーさんの護衛役で頼む」
「あいよ」
短く応じたアインが顔を引っ込めると、クロースとマナサーさんがお互いに「お願いします」と、微笑み合っていた。
そんなクロースを一瞥したラストニーに、俺は指先を向けた。
「折角、街に戻ったんだ。ラストニーは一度、家に帰ったらどうだ?」
「いや、しかし――」
「家が商人なんだろ? なにか情報を持ってるかもしれないじゃないか。帰宅ついでに探ってくれると助かる」
俺の言い方で、ラストニーが気付くかどうか――。
クロースに領主の息子という身分を隠したいって言われなきゃ、こうやって回りくどいことをしないで済むのに。
最初、呆気にとられたような顔をしたラストニーは、すぐに思考を巡らす表情になった。
それも数秒のことで、ハッと顔を上げたときには、少し戸惑うような目をしていた。
「……とんでもないことを考えるな、君は」
「合理的じゃないか。なんなら、直に親から話が聞けるんだから」
「合理的……合理的、ね。言い言葉過ぎて、泣けてくるよ」
「もっと良い手段があるなら、今のうちに言ってくれ。今ならまだ、訂正が効く」
俺の言葉に、ラストニーは唸った。
右に曲がる馬車に身体が揺さぶられたあと、ラストニーは諦めたように頷いた。
職人通りは、クロイスの東側――城塞の壁際にあった。
石造りの家屋や工房が建ち並ぶ通りには、朝早くから多くの人が往来していた。その多くは商人のようだが、一部には質の良い服に身を包んだ人物もいた。
俺と瑠胡、セラの三人は、左右に並ぶ工房を眺めながら、ゆっくりとした足取りで職人通りを歩いていた。
俺の手には、布を被せた小鍋がある。これを見せるというのは危険だが、証拠品としては必要だろう。
工房には籠や包丁などの日用品から、兵士や騎士が使う鎧や長剣などの鍛冶、そして貴族向けの品を造る工房まで、多種多様だった。
先ほど見た、質の良い服を来た人物が出てきたのは、石造りではあるが三階建ての建物だった。
テラスもある建物は、まるで屋敷のようでもあり、城塞都市には珍しく小さな庭も備えていた。
「この辺りから、聞き込みしてみましょうか?」
「そうですね。貴族向けらしいですし」
同意するセラの横で、瑠胡は建物を見上げていた。
「どうしたんです?」
俺が並んで建物を見上げると、瑠胡は扇子で口元を隠した。
「ここまで、異様な臭いが漂ってきて……なにか嫌な感じがします」
「え? そんな臭いしてますか?」
俺は鼻をヒクヒクとさせたけど、土埃の臭いしか嗅ぎ分けられない。この辺りは、純粋な天竜族と、人から天竜族になった者の差かもしれない。
俺が工房の扉をノックすると、弟子らしい青年が出てきた。
「いらっしゃいませ。どのような御用件でしょうか?」
「黒い鉱物について、聞きたいことがあるんですが」
「黒い鉱物……ですか?」
「ええ。これなんですけど」
俺がさほど重量を感じない小鍋から布を取って、中にある黒い鉱石を弟子に見せた。最初は怪訝そうに小鍋を覗いていた弟子だったが、なにかを思い出したように目を見広げた直後、一気に顔を青くした。
「し――しばらくお待ち下さい」
弟子が工房の中に戻っていった。それからしばらくして、先ほどの弟子が扉を開けた。
少し怯えたような表情で弟子は、俺たちに頭を下げた。
「どうぞ……主が話を聞くそうです」
扉から中に入ると、細い通路だった。その突き当たりの部屋は工房ではなく、どうやら応接室のようだった。
テーブルを挟んで、一、三と椅子が並んでいる。
一つだけ椅子が置かれた側には、エプロンをしたチョビ髭の中年男性が立っていた。
「お初にお目にかかる。わたしがこの工房の主、ハートン・ミニッツと申します」
「これは御丁寧に。わたくしは、ランド・コール。ここの御領主から、家畜の異変の原因を探る許可をもらっておる者です。後ろの二人は、瑠胡にセラ。二人とも、わたくしと家畜の調査をしております」
「家畜の……ああ、失礼。まずはお座り下さい」
ハートンに勧められ、俺たちは椅子に座った。
自分も座ってから、ハートンは両手をテーブルの上で組んだ。
「あなたがたは家畜の調査をしているのしょう。なぜ、わたくしに黒い鉱物――でしたか、それについて聞きたいと言われるのですか?」
「はい。調査の途中で、これを手に入れまして。この鉱物と家畜の異臭との関係性を、調べているんです。ですが、正直手詰まりでして。これを誰が持って来て、誰が領主に卸しているのか、御存知なら教えて頂きたいのです」
俺は小鍋を見せると、ハートンの目が一瞬だが険しくなった。
しかし俺たちに見られていることに気付いたらしく、視線を逸らしながら咳払いをすると、もう元の表情に戻っていた。
「これが――例の黒い鉱物ですか。わたくしは――その、初めて見ました。あくまで噂ですが、これは極限られた工房でしか扱えないようなんです。わたくしたちのところでは、扱ってはおりませんので。これ以上のことは……その、わかりかねます」
「そうですが……ありがとうございました」
俺は大人しく引き下がると、瑠胡やセラと一緒に工房を出た。
「……あの程度で良かったんですか?」
道の反対側へ移動する途中で、工房を振り返りながらセラが訊いてきた。
俺は頷くと、小さな声で答えた。
「ええ。あれ以上は、なにも喋ってくれないでしょうし」
「ふむ……要するに、藪を突いたということですね」
流石、瑠胡は察しがいい。俺は小さく頷いてから、周囲を見回しながら物陰を探した。
左に三軒目と四軒目のあいだに隙間を見つけた俺は、二人を伴って物陰へと入った。
「二人は、なんとか宿に戻って下さい。俺は工房を見張ります」
瑠胡は俺に頷くと、セラの腕に手を添えた。
「わかりました。セラ――裏道から飛んで行きましょう」
「ですが瑠胡姫様。それだと人目につきませんか?」
「平気でしょう。空を飛ぶモノを人と認識できる者など、あまりいないでしょうし」
セラはまだ納得しきれていない顔だったが、瑠胡に従って空へと飛び上がった。
俺は〈隠行〉を使って姿を消すと、ハートンの工房へと近づいた。中の声を聞きたかったのだが、壁や扉に近寄っても中の音は聞こえてこなかった。
工房に直通するらしいドアに近寄ったとき、俺は地面に黒い粉が落ちているのを見つけた。
それを指先で土ごと摘まんだとき、ドアから先ほどの弟子が出てきた。
周囲を窺うように見回してから、弟子は早足に歩き始めた。そのあいだも周囲を見回す姿は、まるで誰かに見つからないよう警戒しているように見える。
近くの枝道から、弟子は裏通りに入っていく。そのあとを追って、俺も裏通りへと脚を踏み入れた。
領主街、しかも職人通りとあって、裏通りは日差しが遮られる薄暗さはあるが、陰鬱とした雰囲気はない。微かにハンマーで釘を打つ音や、親方が弟子を怒鳴る声が聞こえてくるのが、この地区独特の雰囲気を醸し出している。
さほど長くない裏通りを抜けて大通りに出た弟子は、街の中心――領主の屋敷のある方向へと歩き始めた。
さて――どこへ行くのやら。
俺は〈隠行〉で姿を消したまま、弟子の尾行を始めた。
----------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
黒い鉱石についての設定もあるんですが……それはまた、あとの回でネタばらしをさせていただきます。
今回は本文が三千文字台に収まりました……願わくば、常にこうありたいものです。
かなりギリギリ収まった感は拭えませんが(汗
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
10
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・
今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。
その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。
皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。
刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる