屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』

二章-3

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   3

「……いやあ。お恥ずかしいところを、お見せしました」


 昼前に俺が宿に戻ったとき、テーブルに座っていたクロースが、照れ笑いを浮かべていた。まだ目に赤みが残っていたが、表情は元の朗らかさが戻っているように見えた。
 俺はテーブルの横で立ち止まると、瑠胡やセラと目配せをした。
 二人の表情から、クロースが立ち直ったことを察すると、俺はクロースに目を戻した。


「それにしても、驚いたよ。駆けつけてみたら、泣いてるからさ」


「……ラニーって人から、状況は聞いた?」


「大まかには。俺には、思いつかない内容だったけどな」


「ん、そっか。あんなこと言われてさぁ。父さんや母さんの苦労とか、家畜たちのこととか……動物の声を聞けない人だから、そりゃ利益を優先させるんだろうけどね。でも、命を軽々しく扱うのは、違うと思うんだよ。牛や山羊にも感情はあるじゃない。寂しくなったり、喜んだり、悲しんだりもするんだ。この人は、そんな家畜という隣にいる命を、ゴミみたいに扱うんだ――って思ったら、なんか感情がぶわって来ちゃって」


 話をしながら、そのときのことを思い出したのだろう。クロースの目に寂しい光が浮かんだ。
 なんだかんだ言って、まだ完全に回復はしていない――か。
 俺はそんな機微を気付かないフリをして、明るい声で告げた。


「なんなら、少し休むといいさ。山羊の餌とか、牛が食べていた飼い葉や牧草を集めるのは、俺たちでやっておくから」


「ううん……大丈夫。山羊の声とかも聞きたいし。持って来た飼い葉は、山羊舎に運んだの?」


「ああ。あとは、今日明日でメイオール村の飼い葉を食べさせて、乳の臭いが変わるか――だったっけ?」


 前にクロースから言っていた、飼い葉を持って来た目的はそれだ。
 異臭の原因がわからない以上、手探りでやっていくしかない――ということらしい。山羊は食べているもので乳の匂いなどが、顕著に変わる。だから、こうした切り分けには向いているみたいだ。


「山羊を一頭借りて、もうメイオール村の飼い葉を食べさせてみた。あとは夕方にもう一回でいいのか?」


「うん。それでいいと思うよ。でも早いねぇ、もう餌をやったんだ。のんびり食事をする子なら、まだ食べてるかもしれないね。あたし、ちょっと見てくるよ」


「あ……ちょっと待った」


 俺は、立ち上がろうとしたクロースを制した。
 飼い葉を与えてから、ラニーには山羊舎の寝藁を変えさせている。アインも手伝ってはいるが、そこそこ重労働――じゃない。
 今はまだ、ラニーをクロースに会わせないほうがいい――と思う。心の傷ってほどじゃないだろうが、好んで会いたくはないだろうし。


「どうしたの?」


 クロースの問いに、俺はどう答えようか迷ったが……結局は、素直に話すことにした。
 こういう嘘は苦手だから、すぐに露見するだろうし。


「今、ラニーが山羊舎の寝藁を交換してる――と思う。だから、行かない方がいいと思うんだ」


「なん――で?」


 予想通り、クロースの顔が少し固くなった。
 俺は髪を撫でつけてから、テーブルに右手をついた。


「……贖罪なんだと。最初は失言したことを悔やんで、なにをすればいいって言われたからさ。クロースに申し訳がない気持ちがあるなら、山羊の餌をやれって言ったんだよ。そうしたら、山羊床の寝藁を交換まで買って出たんだ。
 まあ、ちょっとは反省したんじゃないか?」


「そう……」


 クロースは一度目を伏せてから、勢いよく立ち上がった。


「うん。ありがと。えっと……心配してくれて。でも大丈夫。山羊の声も聞きたいから、あたしは山羊舎へ行くね」


 精一杯の笑みを浮かべたクロースを止めるなんて、できなかった。俺は瑠胡やセラとともに、早足で宿を出て行くクロースのあとを追った。
 山羊舎は、牛舎のすぐ近くにある。大きさは半分ほどだが、その中に牛舎と同じく二〇頭もの山羊が飼育されていた。
 ここは主に酪農用なのか、山羊舎の中は細い角、もしくは無角の雌だけが飼育されているようだ。
 牧場主から借りた山羊は、南側にある出入り口に一番近い山羊だ。入って左側だから、山羊舎に入らなくても、その姿を見ることができる。
 後ろに伸びる細い角に白い体毛の山羊は、のんびりと餌箱の飼い葉を食んでいた。周囲にアインやラニーはいないから、取り替えた寝藁を捨てに行っているのかもしれない。  俺が少しホッとしていると、クロースは山羊舎の中に入っていった。どれを借りたのか教えていないのに、クロースは真っ直ぐに左手前の山羊に近寄った。


「ランド君。借りたのって、この子? 美味しいって、味わって食べてるよ」


「ああ。その山羊だけど……凄いな。教えてないのに、よくわかったな」


「そりゃ、わかるよ。この子だけ、美味しいって声が多いもん。凄い喜んでるよ」


 山羊が喜んでいることが、よほど嬉しいみたいだ。クロースは満面の笑みで山羊の頭を撫でてから、ほかの山羊たちへと視線を向けた。
 山羊たちは餌箱の飼い葉を食べてはいるが、借りている山羊とは違う意味で、餌を食べるのが遅いように思える。
 ここの飼い葉を口にする山羊たちは、一度食べ終えたあと、周囲の飼い葉の匂いを嗅いだり、水を飲んだりしている。
 クロースの言葉を借りるなら、あまり美味しいって感じではなさそうだ。


「クロース。ほかの山羊に、どんな味かを訊くことはできないのか?」


「ごめん、それは無理なんだ。あたしの《スキル》は、あくまでも動物たちの声を聞くだけだから。個別に声を聞き分けて、そういうことを言ってる子がいないか、探すしかないんだよ」


「そっか……ちょっと大変だな」


 そういった感想を訊くことができれば、原因を探る手掛かりになると思っただけど……そこまで甘くはないってことか。
 クロースはまるで我が子を慈しむような目で、メイオール村の飼い葉を食べている山羊を眺めていた。
 そんな彼女から離れて、俺は山羊舎の出入り口から少し離れた場所で待っていた、瑠胡やセラの元へ戻った。
 俺が小さく手を挙げると、セラが山羊舎の中をチラ見した。


「クロースはどうでした?」


「一先ずは大丈夫そうでしたよ。山羊と触れ合うことで、気が紛れたかもしれませんね」


 俺の返答に、セラはホッとしたような顔をした。
 レティシアの《白翼騎士団》を退団したとはいえ、セラは元部下であるクロースのことを気にかけている。
 騎士団の団員に対しては指導者的な態度を取ることも多いセラだが、嫌われるどころか、皆に慕われている。
 母性のような慈しみがそうさせているのだ――と、俺も最近になって気付いた。


「ランド――」


 俺が山羊舎へ視線を戻したとき、瑠胡が声をかけてきた。
 振り返った俺に、瑠胡は「あそこ」と言って右へと目を向けた。俺が瑠胡の視線を辿って目を動かすと、山羊舎の壁に沿ってアインとラニーが近づいてくるのが見えた。
 牧場主を伴った二人は、俺たちの姿に気付くとそれぞれに手を振ってきた。


「よお、ランド。昼前にできることは、やっておいたぜ」


「アインにラニー、お疲れ。ありがとうな」


 俺の労いの声に、アインは笑顔を返してくれた。一方のラニーは、疲労の濃い顔で小さく手を挙げただけだ。
 商人というのは、意外と体力がある印象だったんだけどな……。荷物を運んだり、長時間の立ち仕事をしたりするわけだから、寝藁を入れ替えるくらいで、こんなに疲労しないと思うんだけど。
 大丈夫か――と声をかけようとしたが、目礼をしてきた牧場主さんが、やけに大柄な中年男性を連れて、俺たちへと近づいて来た。


「あんた、良いところに居てくれたよ。あれから村の者に、タキって人のことを訊いてみたんだけどな。やっぱり、知っている者はいなかったよ」


「そうですか。畜産やってる人じゃないのかな……あ、そういえばラニーは商人だったよな。タキって女性を知らないか?」


 俺からの問いに、ラニーは一瞬、なにか焦るような顔をした。しかしすぐに腕を組んで考える素振りをすると、ぎこちなく首を傾げた。


「……すまない。知らないな」


「そうか。どこの人なんだろうな」


 ラニーの見せた表情に少し疑念が生まれたが、それは後回しだ。
 タキさんと会ったことのある俺と瑠胡は、二人して困惑の顔を浮かべた。


「どういうことなんでしょうね、これ」


「……さて。これは、一癖あるやもしれぬのう」


 アインたちがいるからか、姫口調の瑠胡が扇子で口元を隠した。
 ザイケン領に入ってから、なに一つ解決できていない。それどころか、次々と現れる謎が、さらに深まっていく。
 山羊舎からクロースが出てきたのは、俺たちの会話が途切れたときだった。


「なにかあったの――」


 俺たちを見回したクロースの目が、ラニーのところで止まった。
 表情を固くしたクロースに、ラニーはまるで我に返ったかのような顔をした。ぎこちなくクロースへと向き直ると、まるで主へ忠誠を誓う騎士のような厳格さで、ラニーは膝を折った。


「騎士クロース。先ほどは、わたしの至らなさと無知から、無作法を働いてしまいました。心から、お詫び申し上げます。そして、わたくしは心を入れ替え、ランド殿や騎士様たちへの助力を続けたく存じます。この意志を聞き入れて下さいますよう――何卒、お願い申し上げます」


 クロースはそんなラニーに対し、曖昧な笑みを返した。


「あの――山羊たちの寝藁を変えて下さって、ありがとうございます。それに、餌も。さっきは勢いで、あんなこと言いましたけど……この調査は、ランド君たちが受けた依頼ですから。ランド君たちが良ければ、あたしはそれで構わないです。さっきはこちらも、怒鳴ってしまって……ごめんなさい」


 お互いに謝罪はしたものの、どこか空気は重い。
 そんな雰囲気を察してないのか、牧場主は連れてきた中年男性と一緒に、クロースのすぐ前へと進み出た。


「クロースさん。こちらの方々には、もう伝えたんだがね。この村で、タキという女性を知る者はいないね」


「今朝、立ち寄ってくれた行商人にも訊いたが、やはり知らないって返答でしたよ」


 無精髭を伸ばした中年男性が言葉を継ぐと、この雰囲気から逃れられたことにホッとしたのか、クロースはいつもの人懐っこい笑みを浮かべた。


「わざわざ……その、伝えて下さって、ありがとうございます」


 ポンと手を合わせたクロースが満面の笑みを浮かべたとき、俺たちの背後から草を踏む音が聞こえてきた。
 振り返ると、背中で手を組んだ老婆――タキさんが、こちらへ近づいて来るところだった。
 驚いたのはタキさんと会ったことのある、俺と瑠胡だけだ。
 ほかの者たちは、近づいて来る老婆をなんとなく眺めているか、村人の二人が「誰だ?」という顔をしているだけだ。
 タキさんは近づいて来ると、牧場主に話しかけた。


「さっきから聞いていれば、誰も知らないとか――まったく、白状なもんだねぇ」


「え――あ、あれ? ああっと……タキ、婆さんかい?」


 一瞬、呆けたような顔をした牧場主が、今やっと思い出したという顔をした。
 それこそ数年ぶりに会ったという口ぶりの牧場主に、タキさんは渋い顔で口を曲げた。


「そうだよ! あんた、耄碌しちまったんじゃないのかい?」


「よせやい。まだ、そんな年じゃねえよ。それにしても、なんで忘れてたんだろうな……」


 しきりに首を傾げる牧場主と中年の男性から向き直ったタキさんは、俺たちを見回した。


「さてさて。丁度、全員が揃っておいでのようですね。遠路はるばる、よくおいで下さいました。もう家畜を調べ始めて下さっているようで、本当にありがたいことです」


「いえ……その、お気になさらず」


 ほかに訊きたいことはあった筈なのに、何故か思い出せなかった。
 鷹揚に頷いてから、タキさんは俺たちを促すように、手を牧場の出口へと向けた。


「色々と、お話したいこともございますのでねぇ。立ち話もなんですので、わたくしの家へおいで下さいませ。そちらの傭兵さんと、金髪のかたも、どうぞ御一緒に」


 そう言って、タキさんは牧場の外へと歩き始めた。
 なんだろう。妙な違和感がある気がするのに、それがなにか見当がつかない。〈計算能力〉は働いている筈なのに……なにか、認識が曖昧になっている感じだ。
 そうこうしているあいだに、タキさんは数マーロン(一マーロンは約一メートル二五センチ)ほど進んでしまった。
 俺たちはタキさんを見失わないよう、早足にあとを付いて行った。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

本文中にあるタキの台詞を見て、「あれ?」と思われた方。得に最後のほうですが……ワザとやってますので、そこはお察し下さいませ。

ええっと……あとはまだ書けないことだからけでして。また後日にでも。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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