屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』

一章-6

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   6

 ザイケン領の領主街であるクロイス。
 インムナーマ王国における領主街では珍しい、平地の城塞都市ではなく、山の斜面に築かれた街だ。
 城塞といえるような壁はなく、町の周囲は簡単な柵で囲われている。ただ、領主の住む砦のような屋敷だけは、高い城塞に囲まれている。
 所々に一〇マーロン(約一二メートル五〇センチ)を超える物見の塔があるのも、街の特徴かもしれない。なんでもこの街では物見の塔を所有することが、街に住む貴族の権威そのものであった――らしい。


「しかし、こんなに塔があったとて、役には立つまい。周囲を家屋で囲まれておっては、上方からの矢は相手に届かぬだろう」


 瑠胡の意見はもっともで、家屋が上方からの防壁となって、攻めてくる敵兵を射るには不向きだ。


「もう何十年も前のことなので、俺もよくは知りませんけど。たしか、より高い物見の塔を建てることが権威だったみたいで、当時の貴族が競い合った結果――って話ですよ」


 俺の説明に、瑠胡だけでなくセラや、この領地が故郷だったクロースまでもが、どこか感心したような目を向けてきた。

 ていうかクロースで知らないってことは、そんなに知られた話じゃないのか、これ。

 という俺も、本からの知識でしかないけど。
 とまあ、街に入ってすぐに、そんな会話をしていたんだけど……そんな、物見の塔を作りまくっていたから、街の財政が転落したんじゃなかろうか。
 それから旅籠屋に入ったが、クロースだけは一度、どこかへ出かけていった。確か領主に挨拶をするらしいから、そのためなんだろうと思っていた。

 ――が。

「謁見は、明日の昼になっちゃって」


 えへへ――という顔をして帰ってきたクロースは、俺たちが座っている酒場の席に腰を落ち着けた。


「結局、レティシア団長からの書簡を門番の人に渡して、返答を貰っただけで終わっちゃった」


「まあ、それが当然だろうな。領主という立場は、それほど暇ではないだろう。明日の謁見の許可が出ただけ、マシじゃないか?」


 セラは労いの言葉をかけたが、クロースの表情は優れない。
 憂鬱そうな溜息を吐くと、クロースは俺たち全員――アインも含めて――を見回した。


「みんな――いえ、皆さん! 明日の謁見、同行をお願いしますっ!!」


「皆って……俺もかよ?」


「――はい! どうか、お願いします!」


 唖然とするアインに、クロースは祈るような仕草をした。
 領主に挨拶をするのは、他の領地の騎士団に所属するクロースが、この土地での調査をしやすくする為のものだ。
 だから俺や瑠胡、今となってはセラにも関係がない。


「クロース、おまえはハイント領の騎士として、堂々とした態度で謁見に望めば良い。付き添いなら、わたしだけで充分だろう」


「セラ副団長……あ、いや、セラさん。でも、大勢のほうが力強くて……ですね。どうか皆さん、お願いします!」


 三度懇願するクロースに、俺たちは根負けした形でクロースの懇願を受け入れた。
 そして夜が明け――俺たちはクロースとともに、領主の住む砦へと出向いた。
 この領地に来てから、俺たちは肉どころか、チーズなどの家畜の乳を使った食材を口にしていない。
 きっと領主も、この現状に心を痛め、困窮していると思う。
 城塞都市と違い、街並みは整然としている。増築を繰り返す必要がないため、道幅が広めなせいかもしれない。
 建物もメイオール村とは異なり、石造りのものが目立つ。街並みを見ていると二階建ての建物が多く、残っている古い建物は一階建てが多い。
 このあたりも、財政が悪化していた影響が残っているのかもしれない。
 領主の砦に向かう道中で、商人らしい男が、馬車で二頭の牛を運んでいる光景を見かけた。クロースは怪訝そうな顔で、その商人を振り返った。


「どうした?」


「あ、ランド君……ええっと、ね。あの牛、ザイケン領産じゃなくて。ここじゃ珍しいから、なんか気になって」


 クローズは相変わらず、そういうところばかりに目が行くようだ。
 それからしばらく、緩やかな坂道を登り続けた俺たちは、目的の砦に到着した。門番の先導で門を潜った俺たちは、そのまま謁見の間へと通された。
 二十人も入ると身動きが取れなくなるような、狭い室内の左側には、鉄格子だけの大きな窓が二つ並んでいる。篝火や松明は灯されておらず、外光だけが室内を照らしていた。
 カーペットなども敷かれていない石畳の奥に、玉座を思わせる豪奢な椅子が鎮座していた。


「ハイント領の騎士様。ようこそ、おいで下さいました」              


 頭の上方に纏めた髪を濃い緑色に染めたフレシス・ルインは、椅子から立ち上がって、俺たちを出迎えた。
 齢四〇を超えているようだが、それにしては身につけている薄紅色のドレスが、少々派手すぎる気がする。手袋の切れ込みから覗く指輪、それに首飾りやイヤリングに至るまで、宝石が煌めく装飾品で飾り付けられていた。
 赤の口紅に青いアイシャドウ、顔は雪のように白粉が塗られている。頬がキラキラと金色に輝いているが、これは金粉のようだ。
 個人的には厚化粧で見苦しいという印象でしかないが、こういう服装が貴族のあいだで流行っているんだろう。
 フレシス男爵夫人――いや、フレシス令室男爵バロネスというべきか。
 フレシス令室男爵は夫が他界してから、領地を引き継いだという話だ。彼女が継いでから数年で、莫大な借金を抱えていたというザイケン領を立て直したのだから、統治者としての腕は確かなんだろう。


「本来なら、息子のラストニーも同席する予定でしたが、生憎と忙しい身。あちこち飛び回っているのでしょう」


 そう告げるフレシス令室男爵の表情に困惑の色が浮かんだが、それはすぐに消えてしまった。
 息子のラストニーは、どら息子という噂だ。酒に溺れ、御令嬢と婚約をしては破棄というのを繰り返しているらしい。
 大方、今回もふらっと居なくなったのかもしれない。
 表情から笑みの失せたフレシス令室男爵が椅子に座ると、クロースが一歩前に出た。


「わたくしは、ハイント領《白翼騎士団》所属、騎士クロースと申します。この度は、謁見の機会を頂き、感謝の念に堪えません」


 昨日、セラから教わった通りの挨拶を述べたクロースに、フレシス令室男爵は鷹揚に頷いた。そしてやや顎を突き出すような姿勢で、頬杖をついた。


「それで、騎士クロース。我が領地の家畜を調べたい――ということですが。どうして騎士である貴女が他領地の、しかも家畜の調査などをしたいというのです?」


「……ここにいるランド・コールが、領民からの依頼を受けたのです。わたくしは彼と知己でありましたので、護衛を買って出た次第です」


「ああ……なるほどね。しかし、ランドとやら。なぜ我が領民は、おまえに依頼をしたのだろうな?」


「……わたくしは、ハイント領で手伝い屋という仕事をしております。どこかで、その噂を聞きつけたのでしょう」


 まさか、竜神に指名されたから――と答えるわけにはいかない。俺はかなり誤魔化しながら答えたが、フレシス令室男爵はそれで納得したようだ。
 俺は少し考えて、返答の続きを述べた。


「家畜の肉や乳が異臭を放っていては、御領主様もお困りでしょう。微力ではありますが、問題が解決できるよう尽力いたします」


「そう……ですが、わたくしたちは、そこまで困ってはおりません」


「そう……なのですか? ですが御食事のときに異臭がするのは、お困りでしょう。それに、交易にも支障が出ているようですし。税収も減っているのではありませんか?」


「ああ……肉は輸入をしているから問題はないわ。それに領地の収入も、別の収入源で賄えるのよ」


 正直に言って、フレシス令室男爵の返答は予想外だった。
 まさか自ら収める領地の問題について、ここまで他人事みたいな発言をされるとは思わなかった。
 この衝撃は俺より、クロースのほうが強かったようだ。
 顔面を蒼白にしながらも、感情を抑え込んでいるクロースは、固い表情で領主へと目を向けた。


「その収入源は、噂の宝石……ですか?」


「あら。流石、騎士様ね。よく御存知ですこと」


 フレシス令室男爵は首に掛かったペンダントを、僅かに掲げてみせた。
 そのペンダントの飾り石は、黒い石のようだった。透明感のない、僅かに光沢のある鉱石のようだ。黒曜石とも違う、初めて見る鉱石だ。


「これは、この領地でしか採掘できない、とても珍しいものよ。希少価値が高くてね、手の平くらいあれば、領地の半年分の収入になるの」


「だから……家畜のことは放っておくのですか?」


「あら。あれは世話をしている領民が、なにかをしでかした結果なのでしょう。その不始末に付き合う気などないわ。でも、そちらで解決してくれるのなら、止めはしません。調査の許可は出しますので、好きにやりなさい」


 そう言って小さく手を振ったのは、話は終わりということだろう。その仕草だけを見れば、『さっさと出てって』と、とれなくもない。


「……ありがとうございます。それでは、これで失礼致します」


 クロースが礼を述べると、フレシス令室男爵は顎で近くの騎士に指示を出した。
 大柄な図体を持つ騎士は、どことなく侮蔑を含めた目で俺たちを見回した。


「こちらへ。御領主様はお忙しいのだ」


 訂正――口調も侮蔑混じりで、聞いているだけで人を苛々とさせてくる。とはいえ、ここで揉め事を起こすほど、俺たちは愚かじゃない。
 俺たちは胸中にモヤモヤとした感情を抱きながら、謁見の間をあとにした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

本文中に出てきた令室男爵というのは、造語です。
未亡人の男爵に相当する言葉が、日本語に無いんですよね……。伯爵なら女伯とかできますが、女爵だと公爵なんかとややこしいし。女男だと、なんか意味わからないんですよね。

夫が鬼籍な以上、男爵夫人も少し変ですし。男爵未亡人もちょっと違う気がする……と三秒ほど悩んだ結果、「ま、異世界の話だし」ということで、造語にしました。
また阿呆なことやって……と思われた方々。今更ですので、どうが御了承のほどよろしくお願いします。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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