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第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』
一章-4
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俺たちが老ギランドの住む、名も無き岩山に到着したのは、体感だが、日付が変わった頃だった。
月明かりの下で、老ドラゴンの住む洞穴を見つけるのは難しい。
俺たちは精霊の声を頼りに洞穴を見つけると、三人固まって中に入った。瑠胡の竜語魔術で周囲を照らしながら進んでいると、乾いた岩肌に囲まれた、光輝く――数々の財宝が、瑠胡の魔術の灯りを反射した光だ――広間へと出た。
俺たちが床に広がる財宝の中へと足を踏み入れると、暗がりの中に巨大な影が、赤銅色の首をもたげた。
〝よく来たな〟
少し辿辿しい言葉遣いで、そのドラゴン――老ギランドは俺たちを見回した。
威嚇しているわけではないのだろうが、ドラゴンというだけで威圧感は半端ない。その迫力に気圧されそうな中、瑠胡が一歩前に出た。
俺たちの三人の中で、瑠胡は天竜族の姫という立場を残している。ドラゴンに対しては俺よりも格上の存在であるため、老ギランドへの第一声は瑠胡がもっとも相応しい。
「老ギランドよ。此度の呼び立て、まずは、その用向きを話して貰えぬか?」
〝天竜の姫君よ、そう急くな。お主らが近くを通ると知って、小トロールを使者として送ったのだ。戯れに、若いおなごと話したときもある――というのが、理由の三割ほどか〟
予想外に俗な理由で呼ばれたな。
一度はそう思ったが、三割という言葉でそれが本題ではないことがわかり、俺は思考を切り替えた。
俺たちが見守るなか、老ギランドは咳払いの代わりなのか、ゴロゴロと喉を鳴らした。
〝なんでも、地竜がお主らを必要としている――という噂を聞いた。それは、この近隣に住む獣たちに関することで、間違いがないか?〟
老ギランドの問いかけに、瑠胡は憮然とした表情で返した。
「……ふむ。それだけでは、返答のしようがないのでな。仔細を話してはくれぬか?」
〝よかろう。正確な期間はわからぬが、数ヶ月ほど前からか……この近隣にいる獣たちの肉が、臭くなっておるのだ。その原因を探るために地竜が動いておったようだが、最近になって天竜の助けを求めておるという噂を聞いた。天竜の姫君らは、地竜の求めに応じて、この地に参ったのか?〟
「ふむ……その獣たちというのは、家畜のことで相違ないか?」
〝家畜――いや、人が囲いの中で飼っている獣だけではない。野に住む獣たちの肉も、異様な臭いを発しておるのだ。無理をすれば喰えなくもないが、胸焼けしそうになるのでな、我も難渋しているところだ〟
老ギランドの発言には、俺たちも驚いた。
家畜だけじゃなく、野生の獣たちも同様の被害に遭っているのか。となると、これは家畜の餌とか、そういう問題じゃないのかもしれないな……。
瑠胡も同じことを思ったのか、返答に迷う素振りを見せた。
「残念ながら、我らはザイケン領に住む者からの依頼で、ここまで参った次第だ。獣の肉や乳が異臭を放ち始めた――というところは、似ておるが」
〝そうか……〟
「だが竜神・カドゥルーの託宣で、我ら天竜を求めよと言われたようでな。人の手を借りて、我らに助けを求めたのかもしれぬ」
老ギランドは、瑠胡が付け足した言葉に目を細めた。
〝なるほどな……となれば、地竜の協力を得られるかもしれぬな〟
そう言ったあと、老ギランドは首を背後へと向けた。
〝ガグギュド、ガゥ、ガッグォグ、ゴウッ、ゴドゥ〟
老ギランドの竜語に、小トロールたちがわらわらと動き出した。
俺は瑠胡から竜語魔術を学ぶ過程で、少しだが竜語を覚えている。なんでも竜語は単語と接続語の組み合わせで会話するという。
二〇以上もある接続語によって、単語の意味が変わるらしい。どうやら小トロールたちに、翡翠を持って来るよう命令をしたようだが、その詳細まではわからない。
俺は瑠胡に、内容について訊いてみることにした。
「瑠胡、老ギランドは翡翠をどうするって言ったんです?」
「持ってこい……と、言ったようですよ。どんな翡翠かは、わかりませんけれど」
そんな俺たちの会話を聞いて、セラが少し驚いたような――それでいて、どこか寂しげな顔をした。
「ランドも、竜語がわかるのですか?」
「少しなら、ですけど。俺は瑠胡から竜語魔術を学ぶときに、少しだけ覚えたんですよ」
「竜語魔術を……でもそれは確か、〈スキルドレイン〉で奪ったのではないですか?」
「ええ。攻撃魔術については……ですけど。それで、折角だからちゃんと学ばないかって言ってくれて。元々の家で暮らしてるころに、少しずつ教えて貰っていたんです」
俺は答えながら、セラが寂しげだった理由を察した。
多分だけど、俺と瑠胡がセラに内緒で、竜語の座学をしていたとでも訝しんだのかもしれない。
俺はセラに、苦笑してみせた。
「神殿で暮らし始めてからは、竜語魔術の座学もやってませんし。だから、セラを仲間はずれにして、竜語を教えて貰ってたわけじゃないですから。安心して下さい」
安心して貰おうとした説明だったが、俺の予想に反して、セラは少し拗ねたような顔をした。
「ランドは……たまに意地悪ですね」
……あれ? 言い方を間違えたかな?
俺が狼狽えていると、瑠胡とセラは互いに顔を見合わせて苦笑し合った。
「セラ、希望があれば竜語を教えますよ? 竜語魔術でもいいのですが、今は紀伊が居ますから。わたくしたちが竜語魔術を学んでいると知れば、必ず教えにくると思うんです。紀伊の持つ知識は確かなものですから、それ自体は悪いことではありあせんが……教え方が、かなり厳しいですから……」
今度は、俺とセラが互いに顔を見合わせた。
俺とセラが受けている天竜としての修練でも、紀伊の教えは非常に厳しい。それを考慮すると、今の環境で竜語魔術を学ぶのは危険かもしれない。
俺たちがそんな話をしていると、老ギランドが首を近づけてきた。
〝歓談中にすまぬ。天竜のランドは、竜語魔術が使えるのか?〟
「ええ。といっても、攻撃用の魔術だけですけど」
〝なるほど。それは、ある意味では喜ばしい。最近では、竜語魔術を使えぬ若い同胞が増えてきた。元は人とはいえ、天竜となった御主が竜語魔術を使い、そして学んでいるのは僥倖だ。ん――やっと来たか〟
老ギランドが背後を振り返ると、一体の小トロールが奥から出てきたところだった。
トコトコとした歩みで俺たちに近づいて来た小トロールは、拳に包み込める程度の球体を俺に差し出してきた。
重みのある硬玉は、緑色の鉱石だった。
〝それは翡翠だ。地竜と会ったあと、役に立つかも知れぬ〟
「ありがとうございます。貴重な品でしょうに……いいんですか?」
〝天竜のランドよ。それは、この前の鉄人形……人工の魔物……〟
「ええっと、ゴーレムのことですか?」
〝そう、ゴーレム。あれを地中に封じてくれた礼だ〟
そう言って口から蒸気の様な息を吐いたのは、もしかしたら笑ったのかもしれない。
礼とは言うが、それはこの前にやって貰ったはずなんだけど……な。
「こちらこそ。あなたを慕うドラゴンたちに、俺と瑠胡の仲を認めるよう、説得して頂いたことは、感謝しています」
〝ふむ。それは約束を果たしたに過ぎぬ。気にすることはない〟
ああ、なるほど。
ドラゴンを説得したのは、あくまでも約束とか契約の範疇って考えなのか。そういうことなら、この翡翠は有り難く貰っておこう。
俺が改めて老ギランドに礼を述べると、瑠胡が口を開いた。
「あのゴーレムを操る魔導の品は、妾の兄にて保管しておる。神界までは、人間らも手出しができぬ故、安心されるがよい」
〝おお、天竜の与二亜ならば、任せられよう。これであとは、獣たちの件が解決すれば、我も落ちついて過ごせるというものだ。ところで、天竜の姫らはどこへ向かっておるのだ?〟
「ザイケンという領地の領主街へ。山賊らを避けるため、森の中を抜けていくつもりでおる」
〝ほう――なれば、出来る範囲で森に住む魔物どもに、天竜の姫らを襲わぬよう、話をしておこう。とはいえ、獣たちまでは抑制できぬがな〟
「それは、ありがたい。慎んで、お願いをするとしよう」
魔物の襲撃だけでも抑えてくれたら、かなり有り難い。
予想外な援護を得ることができた俺たちは、老ギランドと別れると、急いでクロースたちが待つ宿へと戻った。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
他種族の言語とか、本作ではちょいちょい出てますが……雰囲気だけ感じて貰えればって感じで書いてます。
近年の研究では、鳥にも言語があるらしいです。鳴き方の順序で、意味が伝わらなくなるという話です。
今回接続語で意味が変わるとしたのは、唸り声や咆吼などが主な発声であるドラゴンの言語だと複雑な言語は無理かなと。
なら、単語と接続語の組み合わせで意味が変わる言語のほうが、説得力があるかなと。
そんな感じで作ったんですが、所要時間は三分程度なので、あまり気にしないで下さい。
あと余談ですが、セラの「意地悪ですね……」は、「皆の前で言わなくてもいいじゃない、もう(ハートマーク)」ということです。
……あらためて今の文を見直しましたが、中の人が書いたと思うと気持ち悪いですね。(個人の感想です)
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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