屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
162 / 276
第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』

一章-4

しおりを挟む

   4

 俺たちが老ギランドの住む、名も無き岩山に到着したのは、体感だが、日付が変わった頃だった。
 月明かりの下で、老ドラゴンの住む洞穴を見つけるのは難しい。
 俺たちは精霊の声を頼りに洞穴を見つけると、三人固まって中に入った。瑠胡の竜語魔術で周囲を照らしながら進んでいると、乾いた岩肌に囲まれた、光輝く――数々の財宝が、瑠胡の魔術の灯りを反射した光だ――広間へと出た。
 俺たちが床に広がる財宝の中へと足を踏み入れると、暗がりの中に巨大な影が、赤銅色の首をもたげた。


〝よく来たな〟


 少し辿辿しい言葉遣いで、そのドラゴン――老ギランドは俺たちを見回した。
 威嚇しているわけではないのだろうが、ドラゴンというだけで威圧感は半端ない。その迫力に気圧されそうな中、瑠胡が一歩前に出た。
 俺たちの三人の中で、瑠胡は天竜族の姫という立場を残している。ドラゴンに対しては俺よりも格上の存在であるため、老ギランドへの第一声は瑠胡がもっとも相応しい。


「老ギランドよ。此度の呼び立て、まずは、その用向きを話して貰えぬか?」


〝天竜の姫君よ、そう急くな。お主らが近くを通ると知って、小トロールを使者として送ったのだ。戯れに、若いおなごと話したときもある――というのが、理由の三割ほどか〟


 予想外に俗な理由で呼ばれたな。
 一度はそう思ったが、三割という言葉でそれが本題ではないことがわかり、俺は思考を切り替えた。
 俺たちが見守るなか、老ギランドは咳払いの代わりなのか、ゴロゴロと喉を鳴らした。


〝なんでも、地竜がお主らを必要としている――という噂を聞いた。それは、この近隣に住む獣たちに関することで、間違いがないか?〟


 老ギランドの問いかけに、瑠胡は憮然とした表情で返した。


「……ふむ。それだけでは、返答のしようがないのでな。仔細を話してはくれぬか?」


〝よかろう。正確な期間はわからぬが、数ヶ月ほど前からか……この近隣にいる獣たちの肉が、臭くなっておるのだ。その原因を探るために地竜が動いておったようだが、最近になって天竜の助けを求めておるという噂を聞いた。天竜の姫君らは、地竜の求めに応じて、この地に参ったのか?〟


「ふむ……その獣たちというのは、家畜のことで相違ないか?」


〝家畜――いや、人が囲いの中で飼っている獣だけではない。野に住む獣たちの肉も、異様な臭いを発しておるのだ。無理をすれば喰えなくもないが、胸焼けしそうになるのでな、我も難渋しているところだ〟


 老ギランドの発言には、俺たちも驚いた。
 家畜だけじゃなく、野生の獣たちも同様の被害に遭っているのか。となると、これは家畜の餌とか、そういう問題じゃないのかもしれないな……。
 瑠胡も同じことを思ったのか、返答に迷う素振りを見せた。


「残念ながら、我らはザイケン領に住む者からの依頼で、ここまで参った次第だ。獣の肉や乳が異臭を放ち始めた――というところは、似ておるが」


〝そうか……〟


「だが竜神・カドゥルーの託宣で、我ら天竜を求めよと言われたようでな。人の手を借りて、我らに助けを求めたのかもしれぬ」


 老ギランドは、瑠胡が付け足した言葉に目を細めた。


〝なるほどな……となれば、地竜の協力を得られるかもしれぬな〟


 そう言ったあと、老ギランドは首を背後へと向けた。


ガグギュド翡翠、ガゥ、ガッグォグ手に持つ、ゴウッ、ゴドゥ来い


 老ギランドの竜語に、小トロールたちがわらわらと動き出した。
 俺は瑠胡から竜語魔術を学ぶ過程で、少しだが竜語を覚えている。なんでも竜語は単語と接続語の組み合わせで会話するという。
 二〇以上もある接続語によって、単語の意味が変わるらしい。どうやら小トロールたちに、翡翠を持って来るよう命令をしたようだが、その詳細まではわからない。
 俺は瑠胡に、内容について訊いてみることにした。


「瑠胡、老ギランドは翡翠をどうするって言ったんです?」


「持ってこい……と、言ったようですよ。どんな翡翠かは、わかりませんけれど」


 そんな俺たちの会話を聞いて、セラが少し驚いたような――それでいて、どこか寂しげな顔をした。


「ランドも、竜語がわかるのですか?」


「少しなら、ですけど。俺は瑠胡から竜語魔術を学ぶときに、少しだけ覚えたんですよ」


「竜語魔術を……でもそれは確か、〈スキルドレイン〉で奪ったのではないですか?」


「ええ。攻撃魔術については……ですけど。それで、折角だからちゃんと学ばないかって言ってくれて。元々の家で暮らしてるころに、少しずつ教えて貰っていたんです」


 俺は答えながら、セラが寂しげだった理由を察した。
 多分だけど、俺と瑠胡がセラに内緒で、竜語の座学をしていたとでも訝しんだのかもしれない。
 俺はセラに、苦笑してみせた。


「神殿で暮らし始めてからは、竜語魔術の座学もやってませんし。だから、セラを仲間はずれにして、竜語を教えて貰ってたわけじゃないですから。安心して下さい」


 安心して貰おうとした説明だったが、俺の予想に反して、セラは少し拗ねたような顔をした。


「ランドは……たまに意地悪ですね」


 ……あれ? 言い方を間違えたかな?

 俺が狼狽えていると、瑠胡とセラは互いに顔を見合わせて苦笑し合った。


「セラ、希望があれば竜語を教えますよ? 竜語魔術でもいいのですが、今は紀伊が居ますから。わたくしたちが竜語魔術を学んでいると知れば、必ず教えにくると思うんです。紀伊の持つ知識は確かなものですから、それ自体は悪いことではありあせんが……教え方が、かなり厳しいですから……」


 今度は、俺とセラが互いに顔を見合わせた。
 俺とセラが受けている天竜としての修練でも、紀伊の教えは非常に厳しい。それを考慮すると、今の環境で竜語魔術を学ぶのは危険かもしれない。
 俺たちがそんな話をしていると、老ギランドが首を近づけてきた。


〝歓談中にすまぬ。天竜のランドは、竜語魔術が使えるのか?〟


「ええ。といっても、攻撃用の魔術だけですけど」


〝なるほど。それは、ある意味では喜ばしい。最近では、竜語魔術を使えぬ若い同胞が増えてきた。元は人とはいえ、天竜となった御主が竜語魔術を使い、そして学んでいるのは僥倖だ。ん――やっと来たか〟


 老ギランドが背後を振り返ると、一体の小トロールが奥から出てきたところだった。
 トコトコとした歩みで俺たちに近づいて来た小トロールは、拳に包み込める程度の球体を俺に差し出してきた。
 重みのある硬玉は、緑色の鉱石だった。


〝それは翡翠だ。地竜と会ったあと、役に立つかも知れぬ〟


「ありがとうございます。貴重な品でしょうに……いいんですか?」


〝天竜のランドよ。それは、この前の鉄人形……人工の魔物……〟


「ええっと、ゴーレムのことですか?」


〝そう、ゴーレム。あれを地中に封じてくれた礼だ〟


 そう言って口から蒸気の様な息を吐いたのは、もしかしたら笑ったのかもしれない。
 礼とは言うが、それはこの前にやって貰ったはずなんだけど……な。


「こちらこそ。あなたを慕うドラゴンたちに、俺と瑠胡の仲を認めるよう、説得して頂いたことは、感謝しています」


〝ふむ。それは約束を果たしたに過ぎぬ。気にすることはない〟


 ああ、なるほど。
 ドラゴンを説得したのは、あくまでも約束とか契約の範疇って考えなのか。そういうことなら、この翡翠は有り難く貰っておこう。
 俺が改めて老ギランドに礼を述べると、瑠胡が口を開いた。


「あのゴーレムを操る魔導の品は、妾の兄にて保管しておる。神界までは、人間らも手出しができぬ故、安心されるがよい」


〝おお、天竜の与二亜ならば、任せられよう。これであとは、獣たちの件が解決すれば、我も落ちついて過ごせるというものだ。ところで、天竜の姫らはどこへ向かっておるのだ?〟


「ザイケンという領地の領主街へ。山賊らを避けるため、森の中を抜けていくつもりでおる」


〝ほう――なれば、出来る範囲で森に住む魔物どもに、天竜の姫らを襲わぬよう、話をしておこう。とはいえ、獣たちまでは抑制できぬがな〟


「それは、ありがたい。慎んで、お願いをするとしよう」


 魔物の襲撃だけでも抑えてくれたら、かなり有り難い。
 予想外な援護を得ることができた俺たちは、老ギランドと別れると、急いでクロースたちが待つ宿へと戻った。

---------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

他種族の言語とか、本作ではちょいちょい出てますが……雰囲気だけ感じて貰えればって感じで書いてます。

近年の研究では、鳥にも言語があるらしいです。鳴き方の順序で、意味が伝わらなくなるという話です。

今回接続語で意味が変わるとしたのは、唸り声や咆吼などが主な発声であるドラゴンの言語だと複雑な言語は無理かなと。
なら、単語と接続語の組み合わせで意味が変わる言語のほうが、説得力があるかなと。

そんな感じで作ったんですが、所要時間は三分程度なので、あまり気にしないで下さい。

あと余談ですが、セラの「意地悪ですね……」は、「皆の前で言わなくてもいいじゃない、もう(ハートマーク)」ということです。

……あらためて今の文を見直しましたが、中の人が書いたと思うと気持ち悪いですね。(個人の感想です)

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

レジェンドテイマー ~異世界に召喚されて勇者じゃないから棄てられたけど、絶対に元の世界に帰ると誓う男の物語~

裏影P
ファンタジー
【2022/9/1 一章二章大幅改稿しました。三章作成中です】 宝くじで一等十億円に当選した運河京太郎は、突然異世界に召喚されてしまう。 異世界に召喚された京太郎だったが、京太郎は既に百人以上召喚されているテイマーというクラスだったため、不要と判断されてかえされることになる。 元の世界に帰してくれると思っていた京太郎だったが、その先は死の危険が蔓延る異世界の森だった。 そこで出会った瀕死の蜘蛛の魔物と遭遇し、運よくテイムすることに成功する。 大精霊のウンディーネなど、個性溢れすぎる尖った魔物たちをテイムしていく京太郎だが、自分が元の世界に帰るときにテイムした魔物たちのことや、突然降って湧いた様な強大な力や、伝説級のスキルの存在に葛藤していく。 持っている力に振り回されぬよう、京太郎自身も力に負けない精神力を鍛えようと決意していき、絶対に元の世界に帰ることを胸に、テイマーとして異世界を生き延びていく。 ※カクヨム・小説家になろうにて同時掲載中です。

処理中です...