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第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』
一章-3
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小鳥のさえずりの下、ゴトゴトという音を立てて、馬車がのんびりと進んでいた。
澄み渡った秋晴れの下、この時期にしては温もりのある風がそよぎ、上着がなくても心地良い天候だった。
森から外れた、田園を縫うように伸びた街道を、俺たちは馬車で進んでいた。
実のところ、タキさんから依頼があった翌日の早朝に、俺と瑠胡、それにセラはドラゴンの翼でザイケン領へと向かう予定だった。
途中で一泊は必要だが、飛んでいけば二日ほどで領内に入れるからだ。
だが、出発を翌日に控えた夕刻に、リリンが《白翼騎士団》からの伝言を携えてきた。
「今回、わたしは御一緒できません……使い魔での同行も禁じられてしまいました」
去り際にそう言ってたけど……なんでか無茶苦茶、悔しそうな声だった気がする。
封蝋もない書状にはレティシアの筆跡で、『早朝にクロースが迎えに行く。同行を志願しているので、よろしく頼む』と書かれていた。
あの動物好きなクロースのことだから、家畜たちのことを聞いて、居ても立ってもいられなくなったのかもしれない。
瑠胡は馬車での移動は時間がかかるから困ると、少々不満げだ。俺も同様のことを思ったが、動物――特に家畜のことに関して言えば、クロースは大きな助けになる。
「レティシアの許可も出ているのでしょう。ならば、問題はありません」
セラがクロースの同行に反対しなかったこともあり、俺たちは《白翼騎士団》の馬車に同乗することになったのだ。
出発の日、俺たちは予想外の人物を見ることになる。
「よぉ。俺も御一緒させてもらうことになった。よろしく頼むぜぇ」
以前、インムナーマ王国の姫君である、キティラーシア姫の誘拐事件に関わった、元主犯格の一人であるアインだ。
茶色の髪を短髪に切り揃えた大男で、秋の深まったこの時期でも厚手のチェニックの袖を捲り、両腕を露出させている。
厳つい顔の造りだが、砕けた表情からは人の良さが見てとれる。
「騎士団から依頼があってな。今回の件に、護衛として雇われたってわけだ。まあ、元傭兵としては、嬉しい依頼だな」
御者台に置かれた大剣を手で撫でながら、アインはそう笑っていた。
そんなわけで、俺たちは五人での旅路になっていた。旅の道中で、クロースから俺たちどの同行を志願した理由も聞くことができた。
「ザイケンは故郷なんだよね。だから、なんとかしたくって。それに、ランド君たちには借りもあるしさ。こういうときくらい、手助けしたいじゃない?」
理由としては至極まともなもので、俺たちも異論を唱えることはなかったわけだけど。
しかし、こういう言動から察するに、クロースは《白翼騎士団》の中では、一番の常識人なのかもしれない。
馬車の客車に樽一杯の飼い葉を積んできたのは、ちょっとどうかと思ったけど。
メイオール村を出てから五日目の夕方、俺たちはクレイモート領にあるタイラン山に近い村で、一泊することになった。
平屋の旅籠屋だが出入り口近くが酒場で、奥に宿泊のための部屋がある。小さめの村では、よく見る造りの旅籠屋だ。
夕食は具が野菜と川魚のスープ、それにパンと山羊のチーズという、思っていたよりは良質なものだった。料理を平らげたあと、俺たちはテーブルの上に地図を広げて、ザイケン領までの道を確認していた。
この村から真っ直ぐに街道を行けば、ザイケン領に入る。だが冬が近いこともあって、こうした商人などが往来する街道には、山賊たちが出没することが多い。
山賊を避けるなら街道から外れたほうがいいが、そうすると今度は狼や熊などと遭遇する可能性もある。
話の途中で、アインは地図上にある、街道から外れた森を指で叩いた。
「無難に行くなら、街道を外れたほうがいいけどな。狼や熊も危険だが、ランドたちがいればなんとかなる。それより、山賊や野盗どもが使う弓のほうが厄介だ。森の中から矢を射られたら、躱せるかどうかは五分五分もねぇしな」
「森か。エルフたちの援助を得たいけど……流石に都合良く会えるとは限らないしな」
「左様。今回は、エルフの援助は無しと考えるべきであろう。前回は利害の一致があったが、今回は妾らの都合でしかない故、彼奴らも姿を見せぬだろう。となれば、自力で抜けるより仕方なかろうな」
俺の言葉に瑠胡が同調すると、クロースが控え目に手を挙げた。
「あの……あたしなら、動物たちの声を聞くことができますから。狼なんかの襲撃も、かなり遠くからわかります。巧くいけば、獣を避けながら進めるかも……しれません」
「なら、決まりだな」
アインがにんまりとした笑みを浮かべた。
あとは各々で部屋に戻って――と思っていたとき、行商人らしき男たちが宿に入ってきた。
商人たちが手を挙げると、旅籠屋の店主であろう中年の男が近寄っていくのが見えた。
「おやおや、久しぶりだね。なにかいいチーズはあるかい?」
「チャンド(コンテに似た、長期保存に適した水分の少ないチーズ)なら、あるよ。ただ、ちょっと遠くから運んで来てるんで、悪いけど前のヤツよりも割高になってるんだ」
青い帽子の行商人が、荷物から乳白色の包みを取り出すのを見ながら、店主は怪訝そうに肩を揺らした。
「遠くから? なんでだい。だって四、五日もいけばザイケン産があるだろう?」
店主の言葉に、クロースが反応を示した。
クロースの話を聞くに、かなり広い範囲で酪農が盛んのようだから、当然のようにチーズの類いも交易の対象になっているはずだ。
しかし、行商人は憂鬱そうに首を振った。
「いや、知らないのかい? チーズに限らず、ザイケンの肉や乳は、今は売り物にならねぇんだよ。なんか、異様な臭いがするんだよな。現地では、仕方ないから食ってるようだけど……交易の品としては、全然駄目だよ」
そんな青い帽子の行商人と店主との会話が聞こえたのか、クロースは勢いよく立ち上がると、そのまま早足に行商人たちに近寄って行った。
簡素だがハイント領の紋章が施された鎧を身につけた女性の姿に、行商人たちは驚いたようだ。しきりに目を瞬かせる彼らに、クロースは勢いのある声で訊ねた。
「その話、詳しく訊かせて下さいっ!!」
「あ、ああ……」
青い帽子の行商人は、その勢いというか、迫力に気圧されながら語り出した。
「俺も詳しくはしらないんだけどね。数ヶ月くらい前から、乳に変な臭いが混じるようになっていったそうですよ。肉は、それから二ヶ月くらい……あとだったかなぁ。臭いが変わると、風味も変わっちまうでしょう? あそこの酪農家たちは、いつもと同じものしか食わせてないし、変な病気でもなさそうってんで、頭を悩ませているらしいよ。
心ない商人なんかは、土地が呪われたって言ってるけどな。俺らは、それは大袈裟だろうと思うんだけど、現に臭いはあるわけだし……」
青い帽子の行商人は語尾を濁したが、そのあとに続く言葉は、容易に想像がつく。
売り物と判断できなければ、商売にはならない。大事に育ててきた家畜たちが売り物にならなければ、酪農家たちは飢えるしかない。
ザイケン領の現状を知って、クロースの表情は見るからに沈んでしまった。故郷に住む両親も同じ境遇であるわけだから、不安と心配で心情は穏やかではないだろう。
トボトボと帰ってきたクロースを宥めつつ、借りている寝室へと連れて行った。俺とアインとで、交代で馬車の番をすることを決めたあと、俺は瑠胡やセラと酒場に残っていた。
ザイケンのこと――というより、行商人が口にした呪いという部分が、瑠胡は気になったらしい。
とはいえ、答えの出る問題では無い。俺たちがそろそろ、部屋に戻ろうか――馬車の警備はアインが最初に担当した――というとき、か細い声が聞こえてきた。
〝テンリューノカタガタ〟
俺たちが声の主を探すと、テーブルの下に白っぽい肌の小人がいた。
小人――小トロールは俺たち三人を見回すと、頭を床に付けるように平伏した。
〝ワレラガアルジ、ギランドサマガ、オヨビデス〟
ギランドサマ……老ギランドのことか?
俺が瑠胡やセラと顔を合わせているあいだに、小トロールは床板の一部を外し、地下に潜ってしまった。
「これは行くべき……なんですかね?」
「そうですね。呼ばれたからには、行ったほうがよろしいでしょうね」
「……念のため、クロースやアインたちに、我々が帰るまで待つように言っておきましょうか。長引くと、明日の朝までに帰って来られないでしょうし」
セラの提案は、俺も同意見だった。
俺たちは手分けしてクロースとアインに、用事が出来たから、帰ってくるまで宿で待っているように告げた。
それから宿を出た俺たちは村の片隅で、首筋の鱗からドラゴンの翼を出した。ここから老ギランドという、ドラゴンの住む岩山までは数時間ほどかかる。
今夜は徹夜になりそうだ――という覚悟を決めて、俺たちは夜空へと舞い上がった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回は、なんとか三千文字台に収まりました。
過去に出たキャラが頻繁に出ておりますが……大した意味はありません。今作は、「ゲストっぽいキャラを有効活用していこう」という方針でやっているだけでして。
まあ、これは「古物商に転生した~」という作品でも、似たようなことをやっていました。今回はそれを多めにやっていこうと思っている次第です。
決して、新キャラを作るのが面倒臭いとか、そういう理由では――ありません。
まったく無いかと問われたら、それは嘘になりますが。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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