161 / 276
第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』
一章-3
しおりを挟む3
小鳥のさえずりの下、ゴトゴトという音を立てて、馬車がのんびりと進んでいた。
澄み渡った秋晴れの下、この時期にしては温もりのある風がそよぎ、上着がなくても心地良い天候だった。
森から外れた、田園を縫うように伸びた街道を、俺たちは馬車で進んでいた。
実のところ、タキさんから依頼があった翌日の早朝に、俺と瑠胡、それにセラはドラゴンの翼でザイケン領へと向かう予定だった。
途中で一泊は必要だが、飛んでいけば二日ほどで領内に入れるからだ。
だが、出発を翌日に控えた夕刻に、リリンが《白翼騎士団》からの伝言を携えてきた。
「今回、わたしは御一緒できません……使い魔での同行も禁じられてしまいました」
去り際にそう言ってたけど……なんでか無茶苦茶、悔しそうな声だった気がする。
封蝋もない書状にはレティシアの筆跡で、『早朝にクロースが迎えに行く。同行を志願しているので、よろしく頼む』と書かれていた。
あの動物好きなクロースのことだから、家畜たちのことを聞いて、居ても立ってもいられなくなったのかもしれない。
瑠胡は馬車での移動は時間がかかるから困ると、少々不満げだ。俺も同様のことを思ったが、動物――特に家畜のことに関して言えば、クロースは大きな助けになる。
「レティシアの許可も出ているのでしょう。ならば、問題はありません」
セラがクロースの同行に反対しなかったこともあり、俺たちは《白翼騎士団》の馬車に同乗することになったのだ。
出発の日、俺たちは予想外の人物を見ることになる。
「よぉ。俺も御一緒させてもらうことになった。よろしく頼むぜぇ」
以前、インムナーマ王国の姫君である、キティラーシア姫の誘拐事件に関わった、元主犯格の一人であるアインだ。
茶色の髪を短髪に切り揃えた大男で、秋の深まったこの時期でも厚手のチェニックの袖を捲り、両腕を露出させている。
厳つい顔の造りだが、砕けた表情からは人の良さが見てとれる。
「騎士団から依頼があってな。今回の件に、護衛として雇われたってわけだ。まあ、元傭兵としては、嬉しい依頼だな」
御者台に置かれた大剣を手で撫でながら、アインはそう笑っていた。
そんなわけで、俺たちは五人での旅路になっていた。旅の道中で、クロースから俺たちどの同行を志願した理由も聞くことができた。
「ザイケンは故郷なんだよね。だから、なんとかしたくって。それに、ランド君たちには借りもあるしさ。こういうときくらい、手助けしたいじゃない?」
理由としては至極まともなもので、俺たちも異論を唱えることはなかったわけだけど。
しかし、こういう言動から察するに、クロースは《白翼騎士団》の中では、一番の常識人なのかもしれない。
馬車の客車に樽一杯の飼い葉を積んできたのは、ちょっとどうかと思ったけど。
メイオール村を出てから五日目の夕方、俺たちはクレイモート領にあるタイラン山に近い村で、一泊することになった。
平屋の旅籠屋だが出入り口近くが酒場で、奥に宿泊のための部屋がある。小さめの村では、よく見る造りの旅籠屋だ。
夕食は具が野菜と川魚のスープ、それにパンと山羊のチーズという、思っていたよりは良質なものだった。料理を平らげたあと、俺たちはテーブルの上に地図を広げて、ザイケン領までの道を確認していた。
この村から真っ直ぐに街道を行けば、ザイケン領に入る。だが冬が近いこともあって、こうした商人などが往来する街道には、山賊たちが出没することが多い。
山賊を避けるなら街道から外れたほうがいいが、そうすると今度は狼や熊などと遭遇する可能性もある。
話の途中で、アインは地図上にある、街道から外れた森を指で叩いた。
「無難に行くなら、街道を外れたほうがいいけどな。狼や熊も危険だが、ランドたちがいればなんとかなる。それより、山賊や野盗どもが使う弓のほうが厄介だ。森の中から矢を射られたら、躱せるかどうかは五分五分もねぇしな」
「森か。エルフたちの援助を得たいけど……流石に都合良く会えるとは限らないしな」
「左様。今回は、エルフの援助は無しと考えるべきであろう。前回は利害の一致があったが、今回は妾らの都合でしかない故、彼奴らも姿を見せぬだろう。となれば、自力で抜けるより仕方なかろうな」
俺の言葉に瑠胡が同調すると、クロースが控え目に手を挙げた。
「あの……あたしなら、動物たちの声を聞くことができますから。狼なんかの襲撃も、かなり遠くからわかります。巧くいけば、獣を避けながら進めるかも……しれません」
「なら、決まりだな」
アインがにんまりとした笑みを浮かべた。
あとは各々で部屋に戻って――と思っていたとき、行商人らしき男たちが宿に入ってきた。
商人たちが手を挙げると、旅籠屋の店主であろう中年の男が近寄っていくのが見えた。
「おやおや、久しぶりだね。なにかいいチーズはあるかい?」
「チャンド(コンテに似た、長期保存に適した水分の少ないチーズ)なら、あるよ。ただ、ちょっと遠くから運んで来てるんで、悪いけど前のヤツよりも割高になってるんだ」
青い帽子の行商人が、荷物から乳白色の包みを取り出すのを見ながら、店主は怪訝そうに肩を揺らした。
「遠くから? なんでだい。だって四、五日もいけばザイケン産があるだろう?」
店主の言葉に、クロースが反応を示した。
クロースの話を聞くに、かなり広い範囲で酪農が盛んのようだから、当然のようにチーズの類いも交易の対象になっているはずだ。
しかし、行商人は憂鬱そうに首を振った。
「いや、知らないのかい? チーズに限らず、ザイケンの肉や乳は、今は売り物にならねぇんだよ。なんか、異様な臭いがするんだよな。現地では、仕方ないから食ってるようだけど……交易の品としては、全然駄目だよ」
そんな青い帽子の行商人と店主との会話が聞こえたのか、クロースは勢いよく立ち上がると、そのまま早足に行商人たちに近寄って行った。
簡素だがハイント領の紋章が施された鎧を身につけた女性の姿に、行商人たちは驚いたようだ。しきりに目を瞬かせる彼らに、クロースは勢いのある声で訊ねた。
「その話、詳しく訊かせて下さいっ!!」
「あ、ああ……」
青い帽子の行商人は、その勢いというか、迫力に気圧されながら語り出した。
「俺も詳しくはしらないんだけどね。数ヶ月くらい前から、乳に変な臭いが混じるようになっていったそうですよ。肉は、それから二ヶ月くらい……あとだったかなぁ。臭いが変わると、風味も変わっちまうでしょう? あそこの酪農家たちは、いつもと同じものしか食わせてないし、変な病気でもなさそうってんで、頭を悩ませているらしいよ。
心ない商人なんかは、土地が呪われたって言ってるけどな。俺らは、それは大袈裟だろうと思うんだけど、現に臭いはあるわけだし……」
青い帽子の行商人は語尾を濁したが、そのあとに続く言葉は、容易に想像がつく。
売り物と判断できなければ、商売にはならない。大事に育ててきた家畜たちが売り物にならなければ、酪農家たちは飢えるしかない。
ザイケン領の現状を知って、クロースの表情は見るからに沈んでしまった。故郷に住む両親も同じ境遇であるわけだから、不安と心配で心情は穏やかではないだろう。
トボトボと帰ってきたクロースを宥めつつ、借りている寝室へと連れて行った。俺とアインとで、交代で馬車の番をすることを決めたあと、俺は瑠胡やセラと酒場に残っていた。
ザイケンのこと――というより、行商人が口にした呪いという部分が、瑠胡は気になったらしい。
とはいえ、答えの出る問題では無い。俺たちがそろそろ、部屋に戻ろうか――馬車の警備はアインが最初に担当した――というとき、か細い声が聞こえてきた。
〝テンリューノカタガタ〟
俺たちが声の主を探すと、テーブルの下に白っぽい肌の小人がいた。
小人――小トロールは俺たち三人を見回すと、頭を床に付けるように平伏した。
〝ワレラガアルジ、ギランドサマガ、オヨビデス〟
ギランドサマ……老ギランドのことか?
俺が瑠胡やセラと顔を合わせているあいだに、小トロールは床板の一部を外し、地下に潜ってしまった。
「これは行くべき……なんですかね?」
「そうですね。呼ばれたからには、行ったほうがよろしいでしょうね」
「……念のため、クロースやアインたちに、我々が帰るまで待つように言っておきましょうか。長引くと、明日の朝までに帰って来られないでしょうし」
セラの提案は、俺も同意見だった。
俺たちは手分けしてクロースとアインに、用事が出来たから、帰ってくるまで宿で待っているように告げた。
それから宿を出た俺たちは村の片隅で、首筋の鱗からドラゴンの翼を出した。ここから老ギランドという、ドラゴンの住む岩山までは数時間ほどかかる。
今夜は徹夜になりそうだ――という覚悟を決めて、俺たちは夜空へと舞い上がった。
-------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回は、なんとか三千文字台に収まりました。
過去に出たキャラが頻繁に出ておりますが……大した意味はありません。今作は、「ゲストっぽいキャラを有効活用していこう」という方針でやっているだけでして。
まあ、これは「古物商に転生した~」という作品でも、似たようなことをやっていました。今回はそれを多めにやっていこうと思っている次第です。
決して、新キャラを作るのが面倒臭いとか、そういう理由では――ありません。
まったく無いかと問われたら、それは嘘になりますが。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
10
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる