屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
158 / 275
第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』

プロローグ

しおりを挟む
第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』


 プロローグ


 フレシス・ルインか腰掛けているのは、高価な椅子だった。
 樫の木で組まれた椅子はニスで染められ、背もたれには緩衝材として毛皮が使われている。執務机もオーク材ではなく、樫で造られた高価なものだ。
 大きな窓のある部屋の作りは、質素で剛健な造りだ。しかし、室内に設置された調度類はどれも高価で、色つや、そして角や蝶番などの摩滅具合から見ても、少なくとも数ヶ月以内に造られたものばかりだ。
 そんな中で唯一場違いなほどに薄汚れているは、壁に掛かった絵画を収める額だ。風景画を収めた額は石造りで、ヒビや変色も多い。
 齢四十を超えた頃のフレシスは、社交界で流行り出した長い付け睫毛をした目を、目の前の青年に向けた。


「昼間から、お酒の臭いが漂って来てるわ。人の目もあるのだから、少しは慎みなさい」


「どうしてですか? 人々の生活っぷりを視察してきた……だけれすよ」


 年の頃は二〇代前半だろう。金髪の髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ青年の鼻頭は、赤く艶っぽかった。
 フレシスは露骨に顔を顰めると、執務机の上面を手で叩いた。


「そんな酔っ払いが、わたくしの――領主の息子だと、領民のあいだで噂になっているのですよ? 少しは慎みなさい」


「そうは言いますがねえ、母上。素面では、見えないこともあるんれすよ」


 少々呂律の回っていない青年――ラストニー・ルインは、ふらついた手を近くにあった本棚に付きながら、母親の姿を眺めた。
 誰が見ても派手と言わざるを得ない薄紅色のドレスには、薔薇のアップリケが施されていた。化粧は濃く、血のように濃い口紅にアイシャドウ、ブラウンの地毛は薄い緑に染められている。耳にはエメラルドのイヤリング、左右すべての指には、指輪が填められいる。
 首からは黒々とした飾り石のあるペンダント。
 地方領主というよりは、成金貴族と言われた方が、しっくりくる身なりだった。対する青年は、深い緑色の礼服だ。質は良いが、貴族としては比較的地味な部類である。
 フレシスはそんな息子から目を逸らすと、深い溜息を吐いた。


「酔っ払いに見えているのは、酒とフレシスだけ――」


「ああ、母上。わたくひが、どら息子などと言われているのは、周知しておりますよ。ですが、この前の施策は上手くいったれしょう?」


 ラストニーの言葉に、フレシスは渋い顔をした。
 ラストニーが考案したのは、街道の安全強化である。施行されてから三ヶ月で、その効果が現れ始めていた。
 商人たちのあいだで、山賊などが減ったことが噂になったのか、街を訪れる商人の数が増え始め、領地に収められる税も微増していた。
 ラストニーは母親の渋面を面白そうに眺めながら、本棚から身体を離した。


「最近になって街の酒場では、我が領地で摂れる肉や乳が臭くなったと、そんな話になってましてね。それは、わたくしの噂など足元にも及ばぬほど、深刻なものなんです。これについて、御存知ありませんか?」


「さあ……それは聞いたことがありませんね。大体、肉や乳が臭いなど、卸している商人か畜産家の失態というだけでしょう。我々が、どうこうする問題ではありません」


「しかし母上? 今のままでは、街に住む貴族からも苦情が挙がるかもしれませんよ。肉が好物な者も多いですし」


「わたくしたちや貴族用の肉は、他の領地から取り寄せれば良いことです。牛ごと仕入れて、街で精肉――それで問題はありません。なにより、それだけの資金はあるのですからね」


 フレシスはそう言いながら、ペンダントに触れた。


「それに臭いさえ我慢すれば、その肉だって食べられるのでしょう? それなら、問題はないわ。さあ、話は終わりよ。あなたは、自分の仕事に戻りなさい。言っていきますが、酒場に行くのは仕事ではありませんからね」


「……わかりましたよ」


 息子が立ち去ったあと、フレシスは立ち上がった。
 そして壁に掛かった風景画に手を触れると、小さく呟いた。


「そう……今のわたしには、無限の財力がある。それさえあれば、なにも問題がないわ」


 見開かれたフレシスの目が、赤い光を反射していた。

   *

 灯りもない闇の中、岩壁に囲まれた空洞の中に一人の女が佇んでいた。
 緑色の一枚の布でできた衣服に、身を包んでいる。黒髪をうなじの上で一本に束ね、様々な宝石をあしらったティッカと呼ばれる頭部の装飾品やピアスを身につけている。
 彼女は閉じていた目を開くと、静かに息を吐いた。


「天竜を求めよ……これが、我への託宣か。ならば、それに従うとしよう」


 女は静かに立ち上がると、真っ暗な中を迷いもせず、しっかりとした足取りで空洞から出て行った。

--------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!

わたなべ ゆたか です。

予定通り、ほぼ一週間ぶりのアップとなりました。主人公であるランドなど、メインどころは一切出ていませんが……こういうプロローグなときもありますということで。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回もよろしくお願いします!

追記
アップ後、すぐに一部修正致しました。申し訳ありませんでした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・

今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。 その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。 皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。 刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

処理中です...