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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
エピローグ
しおりを挟むエピローグ
俺たちがメイオール村に戻ってきた翌日、俺と瑠胡、それにセラの三人は、レティシアに呼ばれて《白翼騎士団》の駐屯地へと赴いていた。女従者が伝言を伝えに来ただけなので、なんの用件かは知らされていない。
駐屯地へと向かう道中、俺は老ギランドと会ったときのことを思い出していた。
軍馬を返すためにクレートに立ち寄った夜、俺と瑠胡、セラの三人で、老ギランドの住処を訪問した。
あのゴーレムを地中に埋めたこと、そしてゴーレムを操作する水晶球を瑠胡が確保したことを報告すると、老ギランドは素直に喜んでくれた。
〝約束通り、我を慕う若い同胞らに、そなたらのことを承認するよう言っておこう〟
これで終わりというわけではないが、俺と瑠胡に対する問題が、解決に向けて一歩前進することができた。
捕らえたジランドとタムランについては、詳しくは知らない。ジランドは前線で処遇が決まるらしいし、タムランは牢屋の中だ。
ただし、タムランは騙されていたという点に、情状酌量の余地があるわけだが……最後に俺たちを襲ったことについては、魔術師ギルドからの処罰があるらしい。
そんな回想に耽っていた俺は、レティシアの声で我に返った。
「ランドにセラ、それに瑠胡姫様。急な召集をしてしまい、申し訳ない」
「いえ。構いませんよ、レティシア」
腰に細身の剣を下げたセラが、慇懃に挨拶をした。この剣はゴーレム討伐の礼にと、エルフたちが譲ってくれたもの――ミスリルの細剣だ。
魔力を籠めた剣は、その軽さからは想像できないほど強固な刀身を持っている。
そういえば瑠胡は、あの水晶球を神界へ持っていくと言っていた。ここよりは、安全に保管できるのは間違いないだろう。
俺はセラから視線を戻すと、レティシアに小さく手を挙げた。
「それより、どうしたんだ?」
俺の軽い問いかけに、レティシアは悩ましい顔をした。
呼び出しておいて悩む素振りを見せるとは、レティシアにしては珍しい。どうしたのかと訝しんでいると、しばらくしてから顔を上げた。
「ああ、すまない。ユーキの一件で、まずは礼を言わせて欲しい。おかげで、ユーキを失わずにすんだ。その上で、一つ訊かせて欲しい。一体、エリザベートになにをした?」
レティシアの質問の意図が、まったくわからない。
瑠胡やセラ――三人で互いに顔を見合わせている俺たちに、レティシアは「来てくれ」と言って駐屯地の奥へと促した。
駐屯地の建物に入ろうとしたとき、エリザベートの大声が聞こえてきた。
「リリアーンナ! 今日の昼食後に、あたしと勝負しなさい!!」
駐屯地の建物の前で、エリザベートは相も変わらず、リリンにライバル心を剥き出しにしていた。
リリンはいつもの澄まし顔で、感情のない声で答えた。
「勝負は禁止されていますので……お断りします」
「そんなの、こそっとやれば、ばれないでしょ!? 魔術師ギルドでの決着、今日こそつけてやるんだからね!」
どうやらエリザベートは、レティシアがいることに気付いていないらしい。
まだ未遂ではあるが、命令違反を目の当たりにして、レティシアが苦言を呈そうとしたそのとき、今度は駐屯地の隅からユーキの悲鳴が聞こえてきた。
どうやら朝方に、またベリット・ハイント男爵からの物資が届いたようだ。積み上げられた木箱や樽は、傍目から見ても前回の倍近い量がある。
こりゃ仕分けも大変だ――と思っていると、エリザベートが勢いよくユーキのほうを振り向いてから、リリンに言い放った。
「勝負はお預けよ。ちょっと待ってなさい!」
そう言うなり、エリザベートはユーキがいるほうへと走り去ってしまった。
その姿を目で追いながら、レティシアは俺たちを再び促してきた。
「丁度良い。一緒に来てくれ」
俺たちを引き連れたレティシアは、ユーキとクロースがいる場所から、少し離れたところで立ち止まった。
その前では途方にくれているユーキに、柳眉を上げたエリザベートが詰め寄っていた。
「こんな荷物くらいで、悲鳴をあげるんじゃないわよ!」
「だ、だって……こんな量、今日中に終わらないですよぉ」
「そうだね……これはまた、ランド君の手を借りないと駄目かな?」
半ば諦め気分なユーキとクロースの顔を、エリザベートは木箱を叩きながら見回した。
「こんなもの、効率よくやっていけば、夕方には終わるわよ! わたしも手伝うから、さっさと終わらせるわよ」
「エリザさん、ありがとうございます」
ユーキが微笑みながら礼を述べると、エリザベートは遠目に見る俺たちでもわかるくらいに、頬を紅く染めた。
「べ――別に礼を言われることじゃないわよ。その代わりに、ユーキには魔術の修行を手伝って欲しいのよ。つまり、交換条件ね」
「え、でも……あたし、魔術については、なにも知らないですよ?」
「別に、ユーキに魔術の技術なんか期待してないわよ」
エリザベートはあっさりと答えながら、腕を組んだ。
「わたしが縄で吊した標的に魔術を放つから、その命中率なんかの統計を取って欲しいのよ。一人でやるのは面倒臭いから、手伝って欲しいの」
「ああ、そのくらいなら。でも、わたしで良いんですか?」
ポンとを打ちながらユーキが問いかけると、エリザベートは僅かに視線を逸らした。傍目にも顔を真っ赤に染めながら、小声で返答をした。
「あなた以外に、誰に頼めっていうのよ。約束――したからね」
「はい、喜んで!」
ユーキがにっこりと答えたところで、レティシアが俺たちを振り返った。
「あれだ。水と油――とはいかないまでも、馬の合わなかった二人が、あの調子だ。昨日までの遠征で、なにがあった?」
「と、言われてもなぁ……」
俺や瑠胡たちが知っているのは、ゴーレムに対して共闘したくらいだ。合流するまでのあいだに、なにがあったのか――それはユーキとエリザベート以外、誰も知らないことだった。
俺は返答の代わりに、苦笑した。
「いいじゃないか。いい相棒同士になるんじゃないか?」
「確かに、そうなってくれたら助かるが……」
まだ不安が拭えないのか、レティシアの表情は晴れなかった。
そんなとき、俺たちの存在に気付いたらしいエリザベートが、こっちにやってきた。
「良いところに来たわね、ランド。 夕方から、魔術の修行に付き合いなさいよ」
「魔術の修行って……俺の知ってる魔術は、竜語魔術だけだぞ?」
「別に、あんたの知識なんか要らないわよ。あたしが魔術を放つから、あんたは標的役をやって頂戴」
エリザベートの発言が即座に理解できず、俺たちは一様に無反応だった。
数秒して、俺はやっと内容が理解できた。
「……イヤだよ、そんなの」
「なんでよ。魔術を受けても平気なんでしょ? 減るもんじゃないんだから、標的役くらい引き受けてよ」
「減るとか、そういう問題じゃねーだろ。精神衛生的に、かなり悪影響じゃねぇか」
「その通り。ランドを乱暴に扱うのは止めよ」
「おまえは一々、振る舞いが自分本位すぎるぞ。もっと他者へ気を使え!」
俺の返答に続けて、瑠胡とセラがエリザベートに文句を言ってくれた。最後にはユーキも駆けつけてきてくれて、ようやくエリザベートは引き下がった。
まあ、こうやってユーキとエリザベートが上手くやっていけたら、それでいいさ――とりあえず、俺はそう思うことで怒りを鎮めたのだった。
この日の夕方。
エリザベートが魔術の修行をしていた森で、火災が起きた。
レティシアの要請で鎮火に向かった俺と瑠胡は、火災現場から逃げてくるエリザベートとユーキに遭遇した。
鎮火も終わったあと――ユーキとエリザベートは、ガチ切れしたレティシアの怒声を浴びることとなった。
煤と灰まみれになった俺は身体を休めながら、(二人を褒めるのは時期尚早だったか)と、少しだけ後悔していた。
完
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
エピローグで、本文が3千文字台を超えるかと思いました……。
良かった、老ドラゴンの下りを記憶の回想にしておいて――と、今回ばかりは自分を褒めたい気分です。
次回は第六部になりますが……多分、土曜日になると思います。最近の流れでは土日、水曜のアップという流れですが、次回の水曜日は休みになるかと。
プロットがですね……ちょっと作り直しをしています。章分けの部分ですので日月火あたりで纏められると思います。
その旨、御了承のほどよろしくお願いします。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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