屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第五部『臆病な騎士の小さな友情』

四章-4

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   4

 ジランドと睨み合っている途中で、土塊のゴーレムが俺へと迫って来た。
 ジランドの横を通り過ぎ、俺へと拳を突き出してきた。その一撃を身体を捻って避けながら、俺は身体を一回転させつつ、長剣で斬りつけた。
 増強された腕力に加え、身体を回転させた勢いも乗った一撃を受けて、土ゴーレムの胴が大きく抉れた。
 普通の生物なら、それで絶命しかねない損傷だったが、土ゴーレムは平然と殴りかかってきた。


「うぉっ!」


 思わず声をあげながら、俺は後ろへと飛び退いた。
 生物ではないから、内臓や痛覚がないんだろう。それにしても、まさか横腹の四割ほどを失ってもなお、戦闘力を要しているなんて思わなかった。
 そして元々が土だったせいか、周囲の土を取り込んで、身体が修復されていく。その様子を目の当たりにした俺は、小さく舌打ちをしながら間合いを広げた。
 二対一という状況で、なんとか打開策を考えたかったからだ。
 瑠胡たちの魔術は、タムランには効果がない。もう一体の土ゴーレムはタムランの側から動いていないから、護衛用なのかもしれない。
 どのみちタムランの〈魔力障壁〉の内部にいるため、この土ゴーレムにも魔術が効かない状態だ。
 一撃必殺でいくなら〈断裁の風〉なんだろうが……あれは威力が強すぎて、ジランドまで殺しかねない。俺は天竜族になってはいるが、王国内での立場が村人なのは変わらない。
 騎士の前で、公然と殺人をするわけにはいかない。
 俺たちが攻めあぐねていると、左の森の中から数本の矢が飛来した。矢は俺たちの頭上や横を通り過ぎ、タムランやジランドへと狙った。
 光の剣で矢を切り落としたジランドが、視線を森へと向けた。
 

「仲間がいやがったのか!」


 水晶と俺たちの様子を交互に見ていたタムランは、ゴーレムが身を挺して矢を防いでいた。四本の矢が突き刺さったゴーレムの後ろから、タムランも矢の飛来してきた方角へと目を向けていた。
 森の中から六名のエルフが出てきたのは、その直後だった。
 鞍も無しに、二人ずつ三頭の大鹿に騎乗していた彼らは、瑠胡やセラの近くまで移動した。


「遅くなりました。準備に手間取ってしまって――」


 弓矢を手にしたナインフが、大鹿から降りた。


「これから、援護を致します」


「……かたじけない。奥の魔術師には、魔術が効かぬ。弓矢で牽制してくれれば、あとは妾たちでなんとかしよう」


「わかりました」


 瑠胡に小さく頷いたナインフが、小さく手を挙げて仲間のエルフたちに指示を出していく。
 対するジランドは矢を弾くのに忙しく、その横にいる土ゴーレムは、身体の復元を終えたばかりだ。身体の修復中は動くことができないのか、ほぼ棒立ちだった。
 先制をかけるなら、今だ。俺は長剣を振りかぶると、ジランドへ〈筋力増強〉で強化した〈遠当て〉を放った。
 しかし、この先制は読まれていたのか、土ゴーレムが壁になって防いでしまった。胴体の約半分を失ったにも関わらず、土ゴーレムは仁王立ちを続けていた。
 土煙が舞う中、俺がジランドの姿を探していると、ナインフが駆け寄ってきた。


「危ないっ!」


 ナインフが俺の隣で、手をタムランのほうへと伸ばした。
 その直後、俺の数マーロン先で爆発が起きた。どうやら、タムランが俺に向けて〈火球〉の魔術を放っていたらしい。
 俺がホッと息を吐いていると、ナインフはタムランを警戒しつつ、話しかけてきた。


「援護します。しかし、あなたは先ほど、なにをしたのです? わたしの目には二つの《魔力の才》が、混ざり合ったように見えました」


「詳しいことは、ちょっと――〈筋力増強〉と〈遠当て〉を同時に使ってるだけだ」


「《魔力の才》を同時に? ありえない。それは不可能なはずです。《魔力の才》を複数所持していても、同時には使えません。その〈遠当て〉を使うためには、〈筋力増強〉を解く必要があるはず――」


 言いながら、ナインフはジランドへと矢を放った。
 俺はナインフの言葉を聞いている途中で、《ダブルスキル》のゴガルンが、〈遠当て〉を使う場合は〈筋力増強〉を解いていたことを思い出した。
 ナインフの言っていることは、恐らくは正しいんだろうけどな……今は、そんなことを考えている刻ではない。
 矢の途切れた隙をついて、ジランドが俺に迫ってきた。俺は長剣を構えて前に出たが、斬りかかることは躊躇した。
 あの光の剣で受けられたら、俺の長剣は容易く切断されてしまう。そうなると、もう《スキル》しか戦う術がなくなり、手加減をすることが難しくなる。
 長剣を構えることなく立ち止まると、ジランドが光の剣で斬りかかってきた。俺が長剣で受けるか迷った瞬間、横から細身の剣が飛び出してきた。


「なにをしているのです、ランド!」


「セラ!?」


 エルフから渡されたという細身の剣で、セラは光の剣を真っ向から受けていた。
 銀色の刀身から、青白く淡い光を放っている剣に、ジランドは驚愕の表情を見せた。


「なんだ、その剣は――っ!! くそっ! 俺の《スキル》で切断できない剣なんて、アリかよ!!」


 苛立ち混じりにジランドが吐き捨てると、それでセラは状況を理解したらしい。
 セラは俺を振り返らずに、ジランドと斬り結び始めた。


「ランド、タムランのほうへ行って下さい」


「いや、でも――」


「ここは、妾たちが抑えよう」


 ジランドがいるせいか、姫としての言葉遣いをする瑠胡が、首筋から生やしたドラゴンの前足で、遅れてやってきた土ゴーレムと組み合った。
 瑠胡とセラを前線に出させてしまったことを悔いたが、〈計算能力〉が二人の意見が正しいと告げていた。
 俺は二人に「ありがとうございます――無理はしないで下さい」と告げてから、ナインフに霧の魔術での援護と、フレッドへの伝言を頼んだ。
 俺が駆け出すと、今したがたまだリリンと魔術の応酬をしていたタムランが、こちらに気付いた。
 まだ一〇マーロン以上も離れているタムランは、ワンドという短い棒の先端を俺に向けた。
 魔術が来る――そう思ったとき、周囲を霧が覆い尽くした。
 恐らくは、ナインフによる霧の魔術だ。霧で周囲が覆い尽くされると、視界がほとんど利かなくなった。
 俺はすぐさま、キャットから貰った《スキル》である〈隠行〉を使った。これは姿を隠すためというより、足音を消すためのものだ。


「――どこだっ!」


 足音が消えたことで、俺の居場所を見失ったらしい。タムランの怒鳴り声が聞こえてきた。
 その直後に俺の斜め左方向から、聞き馴染みのある『俺』の声が聞こえてきた。


「ここだ!」


 その声に反応して、土ゴーレムが動く音がした。
 俺は走る速度を速めながら、〈隠行〉を解いた。代わりに、俺は左手に赤く小さな棘を生やした。
 霧の中から、そして声がした場所とはまったく違う方向から俺が飛び出すと、タムランは信じられないものを見るような顔をした。


「そんな――馬鹿な!」


 驚くのも無理はない。さっきの声は、フレッドの《スキル》、〈声真似〉だ。俺の声を真似させて、タムランの気を逸らしたわけだ。
 そんなことを知らないタムランは、驚きながらもワンドを俺に向けてきた。


「ええいっ! バグ、ロースナゴウッ!!」


 魔術準備された魔術が、ワンドを介して発動した。
 俺のすぐ目の前で、火花が散った――その次の瞬間、紅蓮の炎を伴った爆発が起きた。


「ランドっ!!」


 瑠胡の悲鳴が聞こえる中、俺は両手で顔を庇いながら、爆発の中を突っ切った。長剣はすでに捨てて、無手だ。
 俺は両手でタムランの腕を掴むと、そのまま地面に押し倒しながら、〈スキルドレイン〉を使った。
 タムランが会得している、様々な魔術の知識、それに日常生活に必須な技術が頭の中に流れ込んできた。
 その中にある《スキル》、〈魔力障壁〉を見つけた俺は、頭の中に手首の棘に力が流れるよう意識した。
 手首の棘から光が溢れると、タムランの中から《スキル》の表示が薄くなっていく。
 かなり薄くなった段階で、俺はタムランから離れた。


「リリンッ!!」


 俺のかけ声で、地中から魔力の鎖が飛び出し、タムランを拘束した。リリンによる、〈束縛〉の魔術だ。
 これはリリンが魔術に手を加えたのか、御丁寧にタムランの口を魔力の鎖で塞ぎもしていた。
 その直後、タムランが藻掻きだした。


「ふぁ、ふぁがひふぉ、ごーがふがぁぁ!」


 なにかを喚き出したが、意味はまったくわからない。
 ともあれ、これでタムランは魔術どころか、ゴーレムを操ることもできなくなったはずだ。
 残りは――と振り返ったとき、火花が散ったような音が響いてきた。音のした方角は、セラとジランドが戦っていたはずだ。
 そちらを向いたとき、ジランドがセラと瑠胡を相手に、両手に出した光の剣で大立ち回りを演じていた。
 神糸の着物の袖を操作し、またはドラゴンの前足を使う瑠胡が加わってもなお、ジランドは二人と互角以上に戦っていた。


「てめぇら、巫山戯るなよ! ぶっ殺してやるっ!!」


 先ほどの音は、セラの剣を弾いた音だ。
 素早く振られる光の剣が、二人の首筋を狙う軌道を描くのを見て、俺は焦った。
 ここから〈遠当て〉を放っても、すでに降り始められている光の剣は止められないだろう。体勢を崩しながらも、光の剣は二人を斬りつける。
 光の剣を〈スキルドレイン〉で消せればいいんだが、ここからでは距離がありすぎる。
 ナインフは俺が《スキル》を混ぜ合わせていたと言っていたが、そんなことが本当に可能なんだろうか?
 ここまで、ほぼ一瞬――走馬燈のように思考が駆け巡ったが、結論なんか出なかった。

 ――くそっ! 殺さないとか言っている余裕、まったくねぇぞ!!。

 俺は無我夢中で左腕を突き出し、〈遠当て〉を放った――つもりだった。
 腕に伝わって来た感触が、いつもと違っていた。反動とともに左腕が跳ね上がり、手の平に激痛が走った。
 なにか赤い物が飛んでいき、ジランドの脇腹に吸い込まれた。
 即座に虹色の光が溢れ始めると、ジランドの両手から光の剣が消失した。


「な――っ!?」


 瑠胡やセラの前で両手を掠めただけに終わったジランドに、瑠胡の着物の袖が巻き付いた。その直後、セラが剣の柄でジランドの頭部を殴りつけた。
 ジランドが倒れると、リリンの魔術である〈束縛〉が身体を拘束した。
 これで終わりか――と安堵したとき、俺は自分の左手から血が滴っていることに気付いた。
 だが、今は俺のことはどうでもいい。
 左手を押さえながら、俺は瑠胡とセラの元へと急いだ。


「二人とも、大丈夫ですか!?」


「大事ない――しかし、これは?」


 瑠胡はジランドの身体に突き刺さった、棘のようなものを引き抜いた。虹色の光は、その棘から出ていたようだ。
 ジランドの身体から棘が引き抜かれると、虹色の光は止んだ。この光が出て光の剣が消失した――ということは、これは〈スキルドレイン〉の棘か。
 どうやったかは覚えていないが、〈遠当て〉と混じり合ったことで、〈スキルドレイン〉の棘を撃ち出してしまったようだ。
 となると、それが左手の傷の原因ということになる。
 俺の傷に気付いたセラが、表情を曇らせた。


「ランドこそ、その傷は――」


「大丈夫だと……思います。さっき、棘を撃ち出したときに怪我をしたみたいで。なにをどうやったか、まったく覚えていないんですけどね。二人を助けようって必死で」


 俺が大したことないって顔で肩を竦めたが、セラの表情は曇ったままだ。
 そこまで心配しなくてもと思ったが、それは俺の思い違いだった。視線を下方に逸らしながら、鞘に収めた長剣の柄を握り締めた。


「わたしは結局、足を引っ張ってしまいましたね。ランドの役に立てず、お二人の邪魔だけをしている気がしてます」


「……なにを言ってるんです」


 俺は右手で頭を掻きながら、セラに苦笑してみせた。


「俺なんかを好きだって言ってくれた人を邪魔なんて、思ったことないですよ。それに今だってセラが来てくれなかったら、俺だってどうなってたか」


「しかし今の関係になっても……あなたは敬語のまま。何故かと、ずっと思っていました。やはり、わたしとは必要以上に親しくなりたくない……そういうことではないのですか?」


 セラの告げたことは、俺にとって予想外のことというか。ええっと、晴れ間の雨――寝耳に水や青天の霹靂と同意――の内容だった。そんなことにも気付かない自分自身の不甲斐なさに、俺は申し訳ない気持ちになっていた。


「いや、敬語なのは瑠胡に対しても同じだし、前だってそうだったじゃないですか。これは……その、こういう関係になったからと言って、いきなり言葉遣いを変えるのは、なんか違う気がして。俺は――ほら、瑠胡やセラのほかで、女性と付き合ったことないですから……単に、ほかにやり方がわからないんですよ。
 それに瑠胡に対する想いが一番強いはのは認めますけど、今ではセラだって、俺にとって大事な人には違いないんですから。そんな心配しないで下さい」


 セラは瑠胡と顔を合わせると、呆れながら苦笑いをした。


「本当に、あなたは真っ直ぐなぶきっちょですね」


「しかし、そこに助けられ、惹かれたのも事実です」


「……確かに。確かに、そうです」


 セラが同意とともに頷いてから、瑠胡は俺に近寄ってきた。端を少しだけ噛んだ唇に、血が滲むのが見えた。
 俺に微笑みながら、瑠胡は唇を寄せてきた。


「まずは傷を治しましょう」


 そう言って、瑠胡は唇を重ねてきた。
 瑠胡の血は、怪我を治す力がある。そのためのものだって、わかってるけど……人前でってうのは、やっぱり恥ずかしい。
 左手の痛みがやわらいでいくのを感じていると、瑠胡は身体を離した。


「傷の痛みは、もう大丈夫ですか?」


「ええ、痛みは。ああ、そうだ。あの逃亡兵が縄抜けしないように、縄抜けなんかの技術を消しておきますね」


 照れ隠しも含めて、俺はジランドのほうへと駆け寄った。
 少し不安もあったけど、赤い棘は出すことができた。ジランドに棘を突き刺したが――。


「あれ?」


 ジランドの中に、会得しているはずの技術が、まったく見つからなかった。《スキル》はもちろんだが、剣技や体術などの訓練兵時代に学んだものもなく、そして言語などの技術もかなり薄くなっていた。
 これはもしかして――あの撃ち出した棘の仕業か?
 あの虹色の光は、直接〈スキルドレイン〉で《スキル》を消したときと同じものだ。もしかしたらアレは、俺の意志で消去するものを取捨選択できないまま、すべての技術や《スキル》を消去してしまうのか。
 これは使い方を気をつけないと……とんでもないことになりそうだ。対象となった人の積み重ねを、すべて消してしまいかねない。
 俺が立ち上がったとき、リリンが近寄って来た。俺を見て少し驚いた顔でなにかを言いかけたリリンは、しかし小さく首を振ってから、改めて口を開いた。


「ランドさん。タムランや逃亡兵を拘束したら、すぐにユーキさんたちと合流を」


「そうだな。急ごう」


 俺たちは、縄でタムランたちを縛ってから、馬車に乗せた。最後に瑠胡がタムランの所持品を回収してから、俺たちはリリンの先導でユーキたちの元へ急いだ。

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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

長くなりました……詰め込みすぎたかとも思ったんですが、二つに分けるのもなぁということで、今回も六千文字オーバーとなりました。

本編を書きながら「あ、しまった」と思ったのは、タムランの行動。フレッドの声真似でゴーレムを送ったのは悪手だったなと。
問答無用で火球をぶちこむのが正解ですね。

その場合、フレッドは無事(?)死亡ですけどね。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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