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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
四章-3
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エルフが去ってすぐ、馬車の前方から怒鳴り声が聞こえてきた。
慌てるフレッドの声に遅れて、馬車が停止した。大きく前後に揺れた馬車の中で、倒れないよう踏ん張っているとき、どこか聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「我々は王都の兵士である! その馬を徴用したい」
「え? いや、あの……ええっと!」
困ったような声のフレッドが、幌を開けて俺たちを手招きした。
「あの……魔術師っぽい男の人と兵士って……まさかの人です?」
そう言えば、フレッドは見てないんだっけ。
とりあえず、俺はフレッドに小声で指示を出した。
「フレッド、ザルード卿に喋るなと言っておいてくれ」
それから俺は、瑠胡やセラに合図を送って、幌の後ろから馬車を降りた。その途中、ザルード卿が追いついてきた。
フレッドが下がっているよう手振りで伝えたが、ザルード卿は意に介すことなく、前に出てしまった。
「どこの兵士かは知らぬが――我らは、至急の用がある。そこを退かれよ」
なんだか、ややこしいことになった。相手が兵士ということで、ザルード卿は形式的な対応に出てしまった。
面倒なことに――と思っていたら、前の兵士から、少し辿辿しい返答がきた。
「我々も急ぎの用がありまして……一頭だけでいいので、貸して頂けないでしょうか」
「しかし、この馬も領主からの借り物故……貴殿らに貸すことはできぬのだ」
ザルード卿が断りを入れるのと、兵士から小さな舌打ちが聞こえた。どうやら、そうとうに苛立っているが、騎士が出てきてしまたので、強く出られないようだ。
俺は馬車の前に出ながら、兵士――ジランドに告げた。
「それに逃亡兵に馬を貸したって、馬は帰ってこないだろうしな」
「おまえ――は」
ジランドが呻くような声を出したとき、俺の背後から瑠胡とセラも前へと出てきた。
俺たちの姿を見て、ジランドは驚愕の表情を浮かべていた。その横で、状況が理解できないといった顔をしていたタムランだったが、馬車からリリンが出てくると、血の気が引いたような顔をした。
「おまえは……元首席だったリリアーンナ? 確か、どこかの騎士団に入ったと――」
タムランは青くなった顔を、ジランドに向けた。
「ど、どういうことなんですか? 彼らは山賊ではなく、正規の兵士や騎士なのではないですか? わたしを……騙したんですか!?」
「ああ、そうだよ! だがな――てめぇだって、もう同罪なんだっ!! あのゴーレムに殴られ、兵士は死んでるんだからな!!」
ジランドが怒鳴った内容に、タムランはたじろいだ。そして怯えるように首を振りながら、ジランドに怒鳴り返した。
「な――山賊は逃げたと言ったではないですか!?」
「奴らが死んだと言えば、おまえが落ち込むと思ったからだっ!! だが、おまえの操った
ゴーレムは、兵士を殺した。もう後戻りはできねぇ。こいつらを殺し、口封じをしねえと、おまえも牢獄行きなんだよ!! ゴーレムの研究を続けたければ、俺の言うことを聞け!!」
ジランドの言葉に、タムランの顔から表情が消えた。
会話が途切れたあと、ザルード卿が二人に声をかけた。俺はすぐにザルード卿を止めようとしたが、間に合わなかった。
「大人しく投降するがよい。さすれば、お主らの罪も少しは軽くなろう」
このひと言で、タムランの表情が強ばった。
今の状況であんなことを言えば、逆効果にしかならない――としか思えなかった。事実、タムランは顔に脂汗を流しながら、俺たちを睨んできた。
「やるしかない――わたしは、研究を続けたいんだ。そして、あのゴーレムを量産することで、宮廷魔術師への足がかりとするのだ!」
水晶になにやら呟いたタムランは、逆の左手に持つ杖を振りながら、新たになにかを呟いた。
「――コーダンツ!」
杖の先端を地面に向けた直後、地面から土塊でできた、ゴリラのような体躯の人形が現れた。俺の身長よりも高いその土塊の人形は、タムランの左右に一体ずつ現れていた。
しかし、こっちも黙ってそれを見ていたわけじゃない。
長剣を抜いた俺が瑠胡たちの前へ出ると、ザルード卿はジランドたちへと駆け出していた。
そして、瑠胡とリリンはほぼ同士に呪文を唱え始めていた。
先に魔術が完成したのは、リリンのほうだった。魔力の鎖が二人の足元から伸びようとしたが、地面から現れた魔力の塊は、形を成すことなく散ってしまった。
瑠胡の〈氷結〉も、二人の手前で冷気が霧散した。
遅れてセラが長剣から、《スキル》による熱線を放ったが、それもタムランには届かなかった。
うっすらと半円状の膜として見えたのは、タムランの《スキル》である〈魔力障壁〉の類いなんだろう。
「――そんなもの、わたしには効かない!」
代わりに、タムランから〈火球〉が飛んできた。
俺は〈筋力増強〉で強化した〈遠当て〉を放ち、こっちに来る途中で迎撃した。空中で〈火球〉が爆発すると、その余波が吹き荒れる中、俺はザルード卿のあとを追うように駆け出していた。
ジランドと鍔迫り合いの間合いに入ったザルード卿は、長剣を振ることなく、真一文字に構えた。
ジランドは手に生み出していた光の剣を振りかぶったが、その直後にザルード卿の長剣が一瞬だけ光を放った。
「――っく」
「そこだ!」
ザルード卿は長剣を勢いよく振り下ろしたが、それが身体に届くより前に、ジランドの光の剣が一閃した。振り下ろされたザルード卿の長剣は、真っ二つに切断され、斬り落とされた刀身が地面に落ちた。
「なんだと!?」
「てめぇ、せこい《スキル》なんか使いやがって!!」
ジランドが怒りを籠めて、光の剣をザルード卿へと振り下ろそうとしていた。
――間に合えっ!
俺は全力で――〈筋力増強〉をも駆使して――駆けると、横合いからザルード卿の胴体に蹴りを食らわせた。
悲鳴すらあげる間もなく、ザルード卿の身体は数マーロンは吹っ飛んだ。
その代わりに俺の右脚が、光の剣の前に晒されることとなる。俺は蹴った勢いを利用して、身体を反転させた。
光の刃は、神糸でできた俺のズボンを掠めて、地面に切っ先を突き立てていた。負傷こそしていないが、チクリとした灼熱感に顔を顰めた俺に、ジランドが憎々しげな顔をした。
「ランド――てめぇ」
「さあ、こっからは俺が相手だ」
あの光の剣が難物であることは、ゴガルンの一件のときに経験済みだ。
不用意に剣を会わせれば、俺の長剣もザルード卿と同様に真っ二つに切断されてしまうだろう。
間合いをとりつつ、俺はジランドの動きを注視した。
*
ゴーレムから逃げ続けていたユーキは、馬の口元が白く濁ってきたことに気付いた。
(拙い――)
このままでは疲労から、馬が潰れてしまう。徒歩に――いや、たとえ走ったとしても、人の身ではゴーレムから逃げ切れそうにない。
ゴーレムは時折、こちらの隙を狙って手を伸ばしてくる。それを躱し続けて来たが、それもそろそろ限界だ。
どうしようかと目を忙しく動かしていたユーキは、やや下り坂になっているらしい左側の森で目が止まった。
黒々と広がる木々の切れ目から、少し遠くにある小さな原っぱを見ることができた。正確な広さはわからないが、森を突っ切って行けば、そこに辿り着けそうだ。
そんなとき、目の端を茶色いものが横切った。
「あれ、リリンの使い魔じゃない!?」
エリザベートの声も、どことなく疲れ切っていた。乗馬に慣れていなければ、早駆けしている馬に乗り続けるだけでも辛いだろう。
使い魔らしい梟は、前後しながらユーキの真横に並んだ。
〝ユーキさん。わたしたちは今、そちらを追いかけています。なんとか、こちらへ来ることはできませんか?〟
「そ――」
ユーキは返答をしかけて、口を閉じた。
ランドたちが自分たちを追いかけているとすれば、それはゴーレムの遙か後方になるはずだ。合流するためには、ゴーレムを横切らねばならない。
この街道の道幅では、ゴーレムの腕からは逃れられそうにない。かといって森に入っても、木々を避けながらでは速度が落ちるし、ランドたちの元へゴーレムを連れて行ってしまう。それに合流するまで、この馬の体力が保つとは思えなかった。
ユーキが悩み始めると、馬の速度が落ちてしまった。
「ユーキ、速度が落ちてる!」
「あ、しま――っ!」
ゴーレムの手が伸びてくると思ったが、なにもしてこなかった。
意外に思っていたら、先ほどまでよりもぎこちない動きで、ゴーレムの右腕が伸びてきた。頭部を掠めるような軌道を描く腕を躱した直後、リリンの使い魔がユーキに声をかけてきた。
〝ユーキさん、こちらも少し手間取りそうです。タムランたちと遭遇したみたいで〟
「そうなの?」
ゴーレムの動きが鈍くなったのは、それが原因なのかもしれない――そう考えてから、リリンの使い魔である梟へと微笑んだ。
「このまま合流は、きっと無理です。馬も限界が近いですから……すいませんが、左側の森の上空で待っていて下さい。そこに原っぱがありますから、そこで落ち合いましょう」
〝わかりました。わたしもこれから、ランドさんたちの援護をします〟
余計な追求をしないまま、使い魔は高度を上げていった。
一片の躊躇も感じられないが、それはリリンが冷徹というわけではないことを、ユーキは知っていた。
(あたしを信じてくれたんだから。ちゃ――ちゃんと応えなきゃ)
なにかを吹っ切ったように頭を振ると、ユーキは背後にいるエリザベートを振り向いた。
「エリザベートさん。逃げるのは止めましょう」
「はぁ!? ちょっと、諦めるわけ? 立ち止まったら、奴らに捕まるか殺されるかよ。そんなの御免だわっ!!」
「馬も限界ですし、もう逃げ続けるのは無理です。ゴーレムの反応も鈍くなっていますから……戦いましょう」
まさか『戦う』という言葉が出ると思わなかったエリザベートは、信じられないものを見る顔をユーキに向けた。
しかし呆気にとられてたのも数秒のことで、すぐに元の勝ち気な目を取り戻した。
「戦うって言ったって、なにか作戦でもあるわけ!?」
「そんなの、ありません」
「はぁ!? あなたねぇっ――」
素っ頓狂な声で文句を言いかけたエリザベートの言葉を、ユーキは冷静な声で遮った。
「あたしには無理でした。でも、エリザベートさんなら思いつくんじゃないですか? 首席を取るために、人一倍苦労をしてきたエリザベートさんなら、色々なことを知ってる筈ですから。なにか、良い作戦を思いつきませんか?
左側の森の先に、原っぱが見えました。そこでなら、周囲を気にせず戦えそうですし」
ユーキの告げた方角を見たエリザベートは、森の先に、月明かりに照らされた原っぱのようなものを見た。しかし、ここからその原っぱはそれほど近くない。
少なく見積もっても、数百マーロンはありそうだ。
――作戦なんて、都合良く思いつく訳ないでしょ!
そう言いかけたエリザベートだったが、ユーキが向ける真摯な眼差しに、目を瞑りながら頭を悩ませた。
「ああ……もうっ! ユーキ、あなたの《スキル》って、ランドとの勝負で使った〈地盤沈下〉でいいのよね? その《スキル》は、どれだけ大きな穴を作れるわけ?」
エリザベートの問いに、ユーキの目が少し揺れた。
「ええっと、その、人が入る寸法なら、垂直に二マーロン(約二メートル五〇センチ)くらいですけど……」
「……ああ、そう。それじゃあ使い物にはならないわね」
「すいません。最大の一〇マーロン(約一二メートル五〇センチ)くらいまで深くすると、どうしても、すり鉢状になってしまって」
「あ――あなたねぇ、そっちを先に言いなさいよ!!」
エリザベートの怒鳴り声に、ユーキは身を竦ませた。
しかし、エリザベートの目にはすでに怒りの色はなく、思案げな顔でなにやら呟いていた。
やがて顔を上げると、エリザベートは原っぱを指で示した。
「さっき言ってた原っぱに行って頂戴。そこにゴーレムを誘い込んで、真下に〈地盤沈下〉を使うのよ。わかった?」
「はい……え? もう作戦を思いついたんですか?」
「そんなわけないでしょ」
エリザベートは頭を振ってから、言葉を続けた。
「作戦はこれから考える。だけど、その起点はユーキ、あなたの〈地盤沈下〉よ。そこから、どんな魔術が効果的か、わたしたちになにができるかを考えるわ。原っぱに到着する前には、作戦を決めるから。それまでは頼んだわよ」
「はい」
いつになく表情を引き締めたユーキは、疲れ切っているであろう軍馬の馬首を左に向けると、森の中に飛び込んでいった。
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本作を読んで下さり、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
本編中に「ゴーレムの量産を――」という下りがあります。
本作の時代における魔術技術が、ゴーレムが量産できる技術かどうかですが――。
ひと言で表現するなら、下記の通りです。
「地球人になぁ! ターンAの復元など、出来るわきゃねーだ(以下略」
ということです。ターンAガンダムに出てくるギンガナム御大将は、ディアナ様の次くらいに好きなキャラですね。御存知でない御方は、ちょっと調べると出てくると思いますので……。
場面が言ったり来たりも、次回と次々回はない予定……です。あくまで予定ですが。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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