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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
四章-2
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捜索隊の兵士があそこで倒れたのは、俺たちが到着する少し前のことだったらしい。その少し前に、大きな足音が聞こえてきたらしい。それはゴーレムが移動する足音で間違いないだろうから、俺たちとユーキたちとの時間差は、そんなに無いはずだ。
リリンの指示で、フレッドは馬車を奔らせている。二頭立てとはいえ、フレッドを含めて六人を乗せた馬車で、ユーキたちに追いつけるとは思えない。
俺は意識を周囲へと広げ、精霊たちの声を聞こうとした。風の精霊たちの気配を拾った俺は、彼らに語りかけた。
「風の精霊たちよ。ユーキたちの――ゴーレムに追われた馬まで、俺を導いてくれ」
目を閉じて返答を待ったが、しばらくして帰ってきたのは、俺の期待していたものではなかった。
〝ダメダメ……行っちゃダメ〟
〝危ないよ――そっちが危ないよ〟
彼らの返答は、警告そのものだった。
こっちが危ないというのは、ユーキを追いかけようとしている俺のことか、それとも馬車のことか――精霊の言葉は、判断が難しい。
言葉の意味を考えていると、俺同様に精霊の声を聞いていた瑠胡が、話しかけてきた。
「ランド……精霊の声を聞きましたか?」
「はい。なんか、警告みたいなことを言われました」
「わたくしもです。精霊たちは嘘を言いませんから……無視することは、しないほうがいいでしょう」
瑠胡はそう言うが、ユーキたちのほうも心配だ。
セラは俺たちの会話を聞いてから、リリンへと身体を向けた。多分だけど、俺たちが動けないのを察して、リリンになにかを頼むつもりみたいだ。
「リリン。ユーキたちと接触できないか? できれば街道を戻って、我々と合流できる進路を取るように伝言をしてほしい」
「……やってみますが、馬の速度も速いので、少し手こずりそうです」
リリンは返事をしてから、杖の上端におでこを付けた。
どうやら使い魔の使役に集中するみたいだ。その様子を見守っていると、再び精霊たちの声が聞こえてきた。
〝なにか来るよ〟
〝森の妖精! 人の言葉では、エルフと呼ばれる、それが来るよ!〟
風の精霊の声を聞いて、俺が幌の前側から顔を出そうとしたとき、上からトスンッという音がした。
なんだ――と思いながら前側の幌を開けた直後、幌の上から青い光が降りてきた。
「うぉ――っ!」
いきなりのことに驚いて声をあげた直後に、それが逆さまになった顔だと、やっと認識できた。
肌の白い女性――それもとびきりの美人だろう。開いた幌の中程まで垂れた、まっすぐな金髪。切れ長の瞳は青色で、耳は少し尖っている。
エルフの女性だ。
今さっき、風の精霊たちが言っていたのは、彼女のことだろうか。
俺が青い光と認識したのは、どうやら彼女の瞳らしい。事実、エルフの目は暗闇の中で、淡い光を溢れさせていた。
「――驚かせて、申し訳ありません」
「いや、大丈夫。ええっと、なにか用なんですか?」
我ながら間抜けな問いかけだと思ったが、エルフはまったく表情を変えぬまま、静かに口を開いた。
「あなたがたが、予定外の行動を取られているので、わたくしたちは戸惑っています。この行動の趣旨と目的を教えていただけないでしょうか?」
「予定外のことが起きたんで……今、あのゴーレムに仲間が追われています。それを助けようとしている最中です」
俺の返答に、エルフは小さく頷いた。
「……詳しい事情は把握できませんが、状況は理解しました。今、ナインフたちもこちらに向かっています」
「こっちは馬車ですが、追いつけるんですか?」
「我々にも騎乗できるものはおりますよ。数騎ですが、こちらに向かっております。追いつき次第、援護はできるはずです」
エルフの返答を聞いて、俺は頷いた。
「ありがとうございます。俺たちは先行したいんですが――風の精霊たちが、馬車から動くなって言われてて」
「精霊たちが? それなら、そうしたほうがいいでしょうね。それより、見ていない人がいるようですが。その寝ている人は、あなたがたの仲間ですか?」
エルフが青く光る目を、馬車の床に寝かしている兵士に向けた。
まっすぐに兵士を見たことから、ほぼ真っ暗な馬車の中で、人の区別が悔いているようだ。エルフは暗闇でも人の区別ができるって聞いたことがあるけど……これがそうなのか?
俺は渋面でエルフへと向き直った。
「途中で出くわした怪我人です。あのゴーレムを操っている奴らに、やられたみたいなんですよ。手当をしながら、情報を聞いています」
「そういうことですか。合流できれば、わたくしたちでも手当を致しましょう。それでは、また後ほど――」
エルフの姿が幌の上に消えると、大きく揺れるランタンに照らされたフレッドが、丸くした目で俺を振り返った。
「ビックリです……でも、良い匂いしました」
あ、そ……。
こいつに緊張感とかねぇのか。事故らないでくれよ――と忠告してから、俺は幌の中に戻った。
*
暗い森の中で、松明の灯りが揺らめきながら、街道方向へと移動していた。
松明の灯りの側には、小さな光点が浮かんでいる。いや、正確にはローブの男の手の中に、光る水晶球があった。
タムランとジランドの二人組みだ。
元々はゴーレムを移動させながら、自分たちも安全な場所へと移動をしている最中だった。その途中で、水晶球にゴーレムと遭遇したユーキたちの姿が映ったのだ。
それを切っ掛けに、ジランドが当初の予定を変更しようと言い出した。
「こいつらは、捕らえるべきだ」
「どうしてですか。もし逃げ出すのでしたら、放っておけば良いでしょう?」
そう言って首を振るタムランがゴーレムを動かそうとすると、水晶の中のユーキたちは一目散に逃げ出した。
その様子を見て、ジランドはタムランに怒鳴った。
「追え! 早くっ!!」
「え? わ、わかりました」
ジランドの剣幕にただならぬものを感じたのか、タムランはゴーレムにユーキたちのあとを追わせた。
「……説明をして下さいますか?」
「あいつらが逃げたって、決めつけるのは危険だぜ? もしかしたら、援軍を呼びに行った可能性がある」
「援軍……ですか?」
「ああ、そうだ。数で俺たちを包囲する作戦なのかもな。それには、援軍が必要――そういう可能性だってある。ここで捕まえて、作戦とアジトを吐かせる必要があるってわけだ。理解したか?」
「なるほど。それなら納得がいきます」
タムランは水晶球を見つめながら、ゴーレムを急がせた。しかし、ユーキたちの乗る馬へは、少しずつしか距離を詰められなかった。それほどまでに、馬を急かしているようだ。
「俺たちも街道へ行くぞ。すぐに追いつけないまでも、追いかけた方が時間の短縮になるからな。本隊や援軍の行動を早めに掴めれば、こっちが有利になる筈だ」
「わかりました。こういう戦術的なことには疎いもので……そのあたりの判断は、あなたにお願いしようと思いますが……どうでしょう?」
「ああ、任せな」
ジランドは答えながら、タムランを引き連れて街道へと進み始めた。
(……援軍が来て包囲でもされたら、拙いことになるからな。その前に、ランドを含めた捜索隊の奴らを叩き潰さないとな……)
内心の焦りを悟られまいとして、「任せな」と言ったものの、ジランドは最前線での戦いを得意とする気質だった。
戦術など、その場凌ぎの一手しか思いつかない。
(さて、どうするかな……)
ジランドはゴーレムが追いかけている、《白翼騎士団》の女騎士を捕らえるのが、第一だと考えた。
捜索隊の情報を聞き出し、そのあとは人質として利用しようというのだ。
前回の――ゴガルンたちとメイオール村で一暴れした一件を見る限り、ランドは人質を見捨てられるほど冷徹になりきれないはずだ――と、ジランドは確信していた。
ジランドとタムランに手出しできなければ、ゴーレムには太刀打ちできない。ジランドが今考えられる、これが最良の戦術だった。
「ゴーレムだけじゃ、手間取りそうだからな。俺たちも追いかけたいが――」
「そんな。馬に人が追いつけるはずありません」
タムランの言うことは、もっともだった。
なんとかして、早急に馬を手に入れなければ――と考え始めたとき、ジランドたちは街道のすぐ手前まで来ていた。
こんな夜中では、街道を通る商人などいない。
(それこそ、山賊が通りかかってくれたらいいんだけどよぉ……)
ジランドが溜息を吐いた矢先、街道の東側から蹄の音とともに、それにランタンらしい灯りが揺れているような光が見えてきた。
(こいつはいい――運が向いてきたな)
商人か山賊かは、どちらでもいい。
あの馬を拝借してやろうと、ジランドは疲労で鈍くなった思考を疑いもせず、口元をにやけさせていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
本編中についてなんでが、でも目茶苦茶余談な話となりますが……。
エルフの目が青く光っていたのは、インフラビジョン使用中の印です。インフラビジョンを御存知ない御方のために軽く説明しますと所謂、サーモグラフィですね。
温度を視覚で感知する能力ですが、光があったら、あまり使えない――というのが、一般的な設定な気がします。
ちなみに、ドワーフも同様の能力があるってパターンも多いですが……何故か、映画のロードオブザリングやホビットでは、無いものとして描かれてますね。
ここでは、ランドたちの温度(体温)を視て、兵士を知らない人だと認識しています。
これをちゃんと書くと、説明文が長くなるのでかなり端折りました。ですので、ここで補足をば。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしく願いします!
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