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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
三章-6
しおりを挟む6
エルフによる魔術の霧が晴れたときには、すでにランドだけでなく、《白翼騎士団》たちの姿もなかった。所々折れたり削れたりする木々や、抉れた地面が、戦いの爪痕として残っている。
ゴーレムの左腕に座っていたジランドは、周囲を見回してから舌打ちをした。
「くそっ! 逃げられたか。おい、タムラン。その水晶で、奴らの姿は見えるか?」
「……いいえ。もう見えなくなっています。これは、このゴーレムの視覚を映しているだけですから。彼らはもう、見える範囲の外まで移動したようです」
水晶に目を落としながらタムランが答えると、ジランドは再び舌打ちをした。
「くそったれ――おい。おまえの魔術で、奴らを探せるか?」
「そんなに簡単ではありません。相手の持ち物を手に入れるか、触媒的なものを相手に忍ばせておければ――可能ですが」
「そーかい」
内心で(使えねぇヤツだな)と不満を漏らしながら舌打ちをしたとき、ジランドはふと先ほどの戦いの記憶が蘇った。
「そういえば、奴らの中に知り合いがいたのか?」
「はい。魔術師ギルドに所属する者がいました。一人は――あまり知りませんが、エリザベートは知り合いですね。宮廷魔術師の家系ですから、悪党に手を貸すような者ではないのですが……」
タムランの説明を聞いて、ジランドは呻き声を上げそうになった。
(宮廷魔術師――か、やばいな。俺が脱走兵だと、知っているかもしれねえ。もしかして、奴らは脱走兵の捜索に来たのかも……)
熟考してみるが、それで答えが出る訳もない。推測を重ねているうちに、別のことがジランドの脳裏に浮かんできた。
もし本当にランドたちが脱走兵の捜索に来たのなら、再び会敵する可能性がある。今度はランドたちも、ゴーレムへの対策を考えてくるはず――そう考えたジランドは、まだ水晶に目を落としているタムランの肩を揺らした。
「おい、探しても無駄だろうし、奴らを探すのは中断しろ。それより、少し考えて欲しいんだが――おまえが奴らの仲間なら、俺たちをどうやって襲撃する?」
「質問に少し矛盾があるようですが……要するに、相手の作戦を推測しろということですね。それなら……」
タムランは顎に手を添えると、目を閉じながら喋り始めた。
「今回の戦いで、我々がゴーレムを動かしていることは、彼らに知られたと思って良いでしょう。となるとゴーレムを破壊するより、我々を捕らえたほうが良いと考えるでしょうね。でも正面から当たれば、ゴーレムと戦う可能性が高い。どうにかして、我々からゴーレムを引き離したい……となれば」
「囮を使うってことか」
ハッと顔を上げるジランドに、タムランは静かに頷いた。
「……その可能性が高いですね。ゴーレムを引きつける囮と、我々を襲撃する本隊。人数から考えても、この二つが限度でしょう」
「そうか……なら、それを逆手に取るとしよう。奴らは、この森に俺たちが潜んでいると考えている。なら夜のうちにゴーレムを街道の反対側の森に移動させて、奴らの本隊が森に入る前に襲わせるっていうのは? 奴らも戦いの疲れを癒やしたいだろうし、行動は明日になるだろうしな。今のうちから準備を始められる分、こっちが有利だ」
最後に指を鳴らしてみせたジランドだったが、タムランは難しい顔で首を振った。
「どうやって本隊を見分けるおつもりですか? どっちが本隊と囮の区別など、我々には区別できませんよ」
「そんなの簡単だ。ランドってヤツがいるほうが、本隊だろうぜ。恐らく、最大の戦力はヤツだ。そいつを囮にするなんざ、考えられねぇからな」
「ふむ――他に判別する材料はないってことですか? 理由としては弱い気がしますが……先ほどドラゴンになった彼を見れば、否定することもできません」
「ランドが本隊にいるのは、間違いはねえよ! さっきの作戦でいけば、間違いなく奴らを斃せるぜ。そうすりゃ、おまえも軍でゴーレムの研究ができるってもんだ」
「わかりまし――おや? 誰かがこっちに来ます。兵士のようですね……人数は四名」
「なんだと?」
ジランドが水晶を覗き込むと、森の中に兵士たちが入って来る様子が映っていた。ランドたちが出会った、脱走兵の捜索をしている兵士たちだ。
周囲を警戒しながら、ゆっくりと戦いのあったこの場所に近づいて来ている。どうやら、先ほどの戦いの音が聞こえたようだ。
ジランドは彼らが自分を捜索している兵士だと気付いて、焦りを覚えた。
(なんとかしねぇと――)
ジランドは思考を巡らすと、タムランの持つ水晶球に指先を向けた。
「きっとこいつらは兵士じゃねぇ。さっきの奴らの仲間だぜ?」
「なぜです? 巡回の兵士かもしれませんよ」
「巡回なら、四人もいねぇよ。大体は二人だし、騎馬に乗っているさ。野盗などの討伐なら、もっと人数がいるはずだ。奴らと合流させると、拙いことになる。今のうちに斃しておいたほうが、いいだろうな。俺たちは、ゴーレムから降りたほうがいい」
「な、なるほど……それは、その通りかもしれません」
ゴーレムから二人が降りると、タムランは水晶球に命令を送った。
ゆっくりと向きを変えたゴーレムは、兵士たちのほうへと移動を始めた。それを見ながら、タムランはゆっくりと歩き始めた。
「……どちらへ?」
「なあに、俺も野盗の討伐をしておこうと思ってな。逃げられると厄介だ」
「そうですか。お気を付けて」
タムランに頷いたジランドは、歩き始めながら冷たい笑みを浮かべた。
そして、ゴーレムと兵士たちが会敵したあと――ジランドはゆっくりと倒れた兵士たちへと歩み寄った。
ゴーレムはもう、タムランのほうへと戻らせている。相手を戦闘不能にした以上、もう金属の人形は必要が無い。
地面に横たわっている三人の兵士を見回しながら、タムランは右手に光の剣を生み出した。
「……悪いな。てめえらには、生きてて貰っちゃ困るんでなぁ。俺はなぁ、ゴーレムを軍に引き渡して、その功績で出世するんだよ。前線へ連れ戻そうったって、そうはいくか」
「き……正気か? 味方を殺す、気か……」
まだ意識があるのか、兵士の一人が先の発言を咎めた。
しかし、その言葉を聞いたジランドは、冷笑しただけだ。
「あのなあ……戦場で、何人殺したと思ってるんだ? 今更、てめぇらを殺したところで、誤差でしかねぇだろ」
苦しげな呼吸を繰り返す兵士に近寄ったジランドは、躊躇無くトドメを刺した。残りの二人も同様に仕留めたあと、土を被せて死体を隠した。
その途中で、兵士の人数が一人足りないことに気付いた。
(確か全員、ゴーレムの一撃を受けていたはずだ。こいつらと同程度の傷なら……放っておけば、明日には死ぬだろうさ)
タムランには、山賊どもは追い払ったと言っておけば、問題はないだろう――そう考えたジランドは、ゴーレムの足跡を追うように、タムランの元へと急いだ。
先ほどまでジランドがいた場所から、数マーロンほど離れた木の陰に、傷付いた兵士が倒れていた。ゴーレムの一撃を受けて、ここまで吹っ飛ばされたものの、なんとか意識は保っていた。
ジランドに気付かれないよう、兵士は苦痛に苛まれながら、起きあがろうと藻掻き始めていた。
*
結局のところ、俺たちはエルフの隠れ家で一夜を明かすこととなった。
先の戦いで〈竜化〉をした影響か、まだ疲れが残っていた。俺とセラは〈竜化〉の修練も積んでいたが、まだ慣れたとは言い難い。
今までの自分とは違う身体でいるというのは、それだけで精神の消耗が激しかった。
エルフたちはいったん、自分たちの隠れ里に戻って行った。明日の朝になったら、俺たちと同調して動く――ということらしい。
小屋の中は、大きな布で二つの区画に区切られた。片方は男性が寝る場所、もう片方は女性陣が寝るための場所だ。
ザルード卿とフレッドが就寝の準備をしている中、俺は借りた毛布とシーツを持って、小屋の出入り口へと向かっていた。
小屋から外に出ようとしたところで、瑠胡が声をかけてきた。
「ランド、どこへいくのです?」
遅れて出てきたセラを伴って近づいて来た瑠胡に、俺は小さく肩を竦めてみせた。
「昼間の一件もありますからね。お互いに近くだと気まずくて落ち着かないので、俺は馬車で寝ようかと」
そう答えた途端、瑠胡とセラの目が同時に瞬いた。
二人とも少し頬を染めながら、見るからに意気揚々といった雰囲気で、俺を見上げてきた。
「そういうことであれば、仕方がありません。わたくしもお付き合いします」
「そうですね。元々は、わたしたちが発端なわけですから」
そんな言葉とは裏腹に、二人の表情は明るい。そんな雰囲気を察したのか、布を開けてユーキとリリンが顔を出してきた。
「あの、どうしたんですか?」
「ランドが馬車で寝ると言うておるのでな。妾らも、それに付き合うことにした」
「え? 馬車で――?」
その言葉の途中から、ユーキの顔が真っ赤になっていく。その表情から、なにを想像したのかは明白――過ぎる。
俺が慌てて訂正をしようとしたとき、苛立たしげな顔のエリザベートが出てきた。
「ちょっと、煩いわよ! 集中できないじゃないっ!!」
「すいません。でも、先ほどから本を読んで、なにをしているんですか?」
リリンが謝罪のあとに問うと、エリザベートは不機嫌なままで答えた。
「明日の準備に決まってるじゃない。その……魔術準備をしてるのよ」
ローブの袖から覗いた腕には、紋様が描かれていた。
その紋様をマジマジと眺めながら、リリンは目を僅かに細めた。
「〈灯火〉に〈火球〉、〈石壁〉に……〈泥土〉に〈束縛〉?」
怪訝な顔をしたリリンに、エリザベートはたじろぎながらも険しい表情を崩さなかった。
「なんで、魔術準備をした内容を、全部把握してるわけ?」
「聞こえた範囲で、唱えた呪文は理解してましたから。ただ、〈泥土〉は紋様からの推測です。ただ疑問なのは、ゴーレムの囮をするのに〈泥土〉や〈束縛〉は必要ないのでは?」
リリンに問われ、エリザベートは狼狽えたように見えた。忙しく視線を彷徨わせてから、深呼吸をするように大きく肩を上下させた。
「それは――急に、なにが必要になるかわからないからよ。色々な状況に対応できるよう、準備するのは当然じゃない? 〈束縛〉だって、木や岩なんかに使うことで、相手を足止めできるかもしれないでしょ」
「なるほど……でも、〈泥土〉は使い物にならないと思いますけど」
「なんでよ! なにかに使えるかもしれないじゃない!!」
エリザベートが言い返したとき、「静かにしないか!」というザルード卿の怒鳴り声が聞こえてきた。
少し怯えたユーキを除いて、俺たちはそれぞれに、様々な想いを浮かべた目を、声のした布の奥へと向けた。
エリザベートは、意味ありげな目をユーキに向けた。
「ねえ。あなたの父上が、あなたをどこの騎士団に入れようとしているか知ってる?」
「ええっと……多分、ザイケン領だと……思います。親しくして頂いている騎士様がいるみたいで」
ユーキの返答に、リリンが顔を上げた。
「確か、クロースさんの故郷だったはずです」
「ふぅん……ザイケン、ね。あそこの長男は、ろくでなしって噂よね。何人もの婚約者に逃げられたとか――女癖が、非常に悪いって噂よ。そこに女騎士を送り込む? 一体、なにを考えているのかしらね」
エリザベートは、そんな内容を大声で告げた。ザルード卿が自分には強く出られないと知っていて、わざと大声を出したのだ。
この内容から察すると――なんか、イヤな想像しか浮かばない。
ザルード卿がなにも言い返さないでいると、「いい気味だわ」と呟いてから、エリザベートは踵を返した。
「ユーキにリリアーンナも、ランドたちが馬車で寝るからって、騒ぐようなこと?」
「あの、その、馬車の中で変なこととか――するかもって」
「変なこと?」
エリザベートは怪訝そうな顔で、ユーキを振り返った。
「馬車の中では、大道芸とか酒盛りなんかできるわけないし。雑魚寝くらいしかできないんだから、大騒ぎする必要なんかないでしょ」
エリザベートの意見を聞いて、ユーキだけでなく、俺たちも目が点になっていた。
そんな雰囲気を察してか、エリザベートは俺たちを見回した。
「なによ」
「いえ。皆さん、少し驚いているだけだと思います。大したことではありませんので、あなたはそのまま、ピュアな心を持ち続けて下さい」
「なによ、リリアーンナ。馬鹿にしてるわけ?」
「いいえ。逆に、少し尊敬しています。同世代でここまでピュアな人を、初めて見た気がしますから」
「やっぱり、馬鹿にしてるでしょ」
「何度も言いますが、尊敬に値すると思っています。この言葉に、嘘はありません」
無表情で断言するリリンだったが、エリザベートは半信半疑のようだった。
まあ、リリンの場合……少しはエリザベートを見習ったほうがいいと思うけど。なにせ最初のころ、瑠胡に調教指南書みたいなものを手渡してたし。
持っている知識が少しえげつないから、自制した方がいいと思う。
「あ、あの……明日のこともありますし、早めに寝ませんか?」
ユーキの言うことは、もっともだ。
俺たちはそれぞれ、就寝する場所へと戻り、または移動をした。
エリザベートが毛布に潜り込んだのは、一番最後になった。
とのとき、小さな背負い袋や松明を抱えるようにしていたのだが――先に寝ていたリリンはもとより、ユーキもそのことに気付かなかった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
長くなりました……最後に鉄板ネタで、お遊びを入れるからこうなるんです(滝汗
ちょい反省をしています。とはいえ、またやると思いますが。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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上記はあくまで予定です。
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