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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
三章-3
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翌朝、俺たちは一泊した村を出た。
商人たちやエルフ、それに老ギランドからの情報を総合すると、やはりタイラン山の西側に、ゴーレムらしきものが潜んでいると思われた。それに二人の男たちも、その近くにいる公算が高い。
まずは商人たちが言っていた、足跡のある場所へと向かっている。また周囲の精霊たちに、ゴーレムの居る場所を訊いてもいいんだけど――今回の主な目的は、《白翼騎士団》に所属したままで、ユーキに武勲をあげさせることだ。
次の目的としては――これは、あくまでも個人的なものだが――、老ギランドに俺の実力を認めさせることだろう。
だから、俺ばかり出しゃばるわけにはいかない。ユーキの判断を尊重しながら、ことを進めるの必要があった。
村を出てから二時間ほど経ったとき、前を進むユーキとザルード卿の軍馬が停まった。
遅れて馬車が停止すると、俺は幌から顔を出した。
「フレッド、どうしたんだ?」
「さあ……前のお二人に訊いて下さい」
フレッドの声が聞こえたのか、ユーキが少し怯えた顔で振り返ってきた。
「ラ、ランドさん……あれを」
ユーキが指し示す方角には、街道を横断するような四角い窪みが、列を成すように並んでいた。
窪みの大きさは、横に二マーロン(約二メートル五〇センチ)、縦に一マーロン(約一メートル二五センチほどだ。それが約三から四マーロンほどの間隔を空けて並んでいた。
それが、二列ある。互い違いになるような四角く二列に並んだ窪みは、巨人の足跡に見える。
俺は御者台に出ると、ユーキに訊いた。
「これが、商人たちの言っていた足跡か?」
「た、たぶん……そうだと思います」
俺が足跡を追うように森の中へと目を移したとき、微かに腐臭が漂ってきた。周囲を見回すと、木々に隠れるように大型の動物の影が見えた。
目を細めると、どうやら熊の死骸らしい。すでに野犬や狼に粗方、喰われたあとのようだ。今はカラスなどの鳥が、残った肉や内臓を啄んでいる。
俺が熊の死骸に気付いたとき、リリンも幌から顔を出してきた。
俺は足跡を示しながら、リリンに訊ねた。
「リリン。あの足跡を見て、どっちに行けばいいか、わからないか?」
「そうですね……森の中に入っているみたいです。あの窪み、森と逆側が深くなっています。歩くときは、踵から地面に付けますから……自重が一番かかって一番深く抉れるのは踵側だと思います」
「……なるほどな。あの足跡は、間違いなく森の中へ入っているんだな。ユーキ、どうする? 足跡を追って中に入るか、それとも予定通りにまずはタイラン山へ行くか」
ユーキは俺の問いに、目を伏せて悩み出した。
しばらくして顔を上げたユーキは、森の奥へと首を向けた。
「馬や馬車を置いて、森の中に入りましょう。ええっと……足跡を追ったほうが、確実にゴーレムに近づけると思います……から」
「なるほど。でも馬車はともかく、軍馬は乗っていったほうがいいと思うけどな。逃げるときに、自分で走るよりは有利だぞ?」
俺の指摘に、ユーキは「あっ」と目を見広げた。
「あ、なるほど……でも、それだと全員では無理ですね。人選を選ばないと……」
ユーキは視線を彷徨わせてから、ザルード卿へと向き直った。
「お父様……馬車の警護を、お願いしてもよろしいですか?」
「なぜ、わたしが?」
「馬は、ランドさんに。リリンはランドさんの馬に乗って下さい。あたしは……その、エリザベートさんを乗せて行きます」
ユーキの決定に、俺は驚いた。
俺とリリンは、まあいいとして……よくもエリザベートと同じ馬に跨がる気になったものだ。
「フレッドとザルード卿で馬車の警護か?」
「そうなります。瑠胡姫様とセラさんには――」
「妾たちは、好きにやらせて貰うぞ?」
俺たちが話をしているあいだに馬車を降りたのだろう、セラを伴った瑠胡が、ユーキに近づきながら同意を求めた。
「妾とセラはランドとともに行くが、構わぬな?」
「あ、あの、でもですね……馬に三人乗るのは無理ですよぉ。本当は二人でも辛いって、クロースさんも言ってましたし……」
「妾とセラは馬には乗らぬ」
「ええっ!? でも……それだと、あたしたちに追いつけないんじゃ……」
ユーキは不安そうな声で指摘をしたが、瑠胡は小さく首を振った。
「そんな心配など無用。ランドもそうだが、馬程度なら併走できるでな」
確かにドラゴンの翼なら、馬と併走できるだろう。瑠胡はともかく、セラもドラゴンの翼が出せることを知らないユーキが戸惑うのは、当然のことだろう。
瑠胡の発言に、ユーキは理解できない顔をしてたが、それでも躊躇いながら瑠胡とセラの同行を許諾した。
「それでは、行きましょう」
「待て、ユーキ。森の中へ入るまでは、だく足で頼む」
「え? ええっと、それは別にいいですけどぉ……」
「すまぬな。セラ、行こうか」
ユーキに礼を告げてから、瑠胡はセラと並んで森の中へと歩き始めた。
俺はリリンを後ろに乗せてから、少し早足で、馬を二人に並ばせた。瑠胡が森に入るまでゆっくり行きたがったのは、ザルード卿の目を気にしてのことだろう。
ドラゴンの翼を生やした姿を見られたら、瑠胡の正体を知らないザルード卿が、敵意を抱くかもしれないからだ。
瑠胡やセラとほぼ横並びになりながら、俺とユーキの軍馬は森の中へと入っていった。
*
森の中で鎮座しているゴーレムの横で、ジランドとタムランは出発の準備をしていた。
拠点としている粗末な小屋はそのままに、二人は直角に肘を曲げたゴーレムの左腕に腰掛けながら、落下防止の縄を胴体に縛っていた。
「……本当に、大丈夫なんだろうな?」
「もちろんです。歩くだけなら、もう完璧ですよ。戦いにおいては……相手が人間程度だと小さすぎて、あまり正確な打撃は与えられませんが。一昨日の熊だって、一撃を与えるまでに、かなり苦労をしました」
水晶に映る映像を見ながら、タムランはジランドに答えた。
「水晶球を介しての視界が、巧く相手との距離感を定めることができないのか……今回は直接の視界で確かめたいのです」
「それは理解できるけどよぉ……腕に捕まっている必要はねぇだろ。肩や頭の上とかで、いいんじゃねぇか?」
腰に結んだ縄を手で撫でながら、ジランドは不安げに問いかけた。
腕に座るという姿勢は、前になんの障害物もない状態である。ゴーレムが少し体勢を崩すだけで、滑り落ちそうなほどに不安定だ。
しかし、ジランドは気楽そうにゴーレムの左腕を叩いた。
「頭や肩は、捕まる場所がないですから。腕はまだ、座ることができるだけマシです。なあに。縄があるから、地面に落ちることはありません」
そんなタムランの言葉に、ジランドは諦めたような顔で、早くゴーレムを動かせとばかりに手を振った。
タムランは水晶球を凝視しながら、ゆっくりとゴーレムを立たせた。その金属音とズシンッという振動で、周囲の木々から小鳥たちが飛び去っていった。
「おや?」
移動する直前、タムランが怪訝な顔をした。
無言のまま水晶球を凝視するタムランに、ジランドが焦れたように舌打ちをした。
「なんだってんだよ。なにか見えたのか?」
「なにか……こっちに来ますね」
「魔物でも来たのか?」
ジランドが水晶球を覗き込むと、やや早足で駆ける二騎の軍馬の姿が映っていた。タムランがなにかを呟くと、軍馬の姿が拡大されていく。
二頭の軍馬はそれぞれ、男と女が手綱を操っていた。お互いに少女を後ろに乗せ、木々を縫うようにジランドたちのほうへと向かっていた。
(もしかして……俺を探しに来た捜索隊か?)
警戒を露わにした直後、ジランドは軍馬に跨がる男女の顔を見て、表情を険しくした。
(こいつら――《白翼騎士団》の女騎士と、ランドってヤツじゃねぇか!!)
ユーキとランドの顔を見た途端、ジランドの胸中に忘れかけていた恨みと怒りの炎が、再び燃え広がっていった。
水晶球の映像に指先を向けると、タムランに怒鳴るように言った。
「おい、こいつらを斃せっ!!」
「な、なにを言っているんですか。見るからに軍馬っぽいですから、どこかの騎士か兵士だと思いますよ」
「いいや――違う。こいつらは、騎士に化けた悪党なんだよ。もしこっちに来たら、俺たちを騙して、このゴーレムを奪おうとするかもしれねぇぞ」
「な――悪党なんですか? 後ろに居るのは子どもみたいですけど……」
ランドやユーキの身体で、後ろに捕まっている人物の顔は見えない。ただ手を見る限り、大人ではなさそうだ。
冷静に映像を眺めるタムランに、ジランドはなおも詰め寄り続けた。
「騙されるんじゃねぇ! こいつらに、俺の仲間たちは散々な目にあったんだ。軍の援助を受けたいなら、こいつらは斃すべきだぜ!?」
「な――なるほど。そういうことなら……殺さない程度に、なんとか捕らえるようにしてみましょう」
タムランは水晶球に意識を向けると、ゴーレムが向きを変えた。そしてゆっくりと、森の中にいるランドたちがいる方角へと歩き始めた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
なんとか三千文字台で収まってます、最近。ちょっとヤバイのもありましたが。この調子でいきたいものです……。
本文については、まだなにも言える状況ではありませんので……(汗
いやあ、恨みって怖いですね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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