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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
三章-2
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タイラン山への進路から外れたものの、俺たちは一泊の宿を求めて森の端に位置する村に到着した。
夕暮れに染まる村では、仕事を終えて帰宅する途中の村人たちが、俺たちを物珍しそうに眺めていた。馬車はともかく、騎士らしい鎧を身に纏った騎馬は、あまり目にしないんだろう。
厩に馬車と軍馬を預けたけど、あんな子どもで大丈夫かという心配が少し。またフレッドに見張りを頼むことになりそうだが、従者なんだから……頑張れ。
馬車から降りると、今度は瑠胡とセラに注目が集まった。異国然とした服装は、こうした村々では目を惹いてしまう。
村に一件しかない旅籠屋の酒場では、すでに隊商らしい商人たちが食事を摂っていた。
俺たちは宿の部屋を押さえた――二部屋しか取れなかったが――あと、この酒場で食事をすることにした。
注文した食事が来るのを待っていると、ユーキが俺へと不安そうな顔を向けてきた。
「あの……ランドさん。あそこの商人さんたちに、足跡の話を聞いてきたいんですけど……その、食事が終わってからのほうがいいでしょうか?」
「ああ、そんな話だったっけ」
俺はユーキの質問で、道中でのことを思い出した。脱走兵の捜索隊から、隊商が魔物の足跡を見たという話を聞いたんだった。
俺が商人たちの様子を一瞥したときは、まだ酒は飲み始めといった雰囲気だった。よほど空腹だったのか、パンやスープを食べながら、ボソボソと話をしている。
「……話をするなら、今がいいんじゃないかな。これから酒が入って酔っ払うと、話どころじゃなくなるぞ?」
「あ……そ、そうか。そうですね」
「なんなら、俺が聞いてこようか? 三、四コパル(一コパル=銅貨一枚)程度は、使わせて貰うけど」
「あ……はい。お願いしちゃっても――」
「駄目よ」
ユーキが顔を綻ばせた途端、エリザベートからの横やりが飛んできた。
テーブルに頬杖をついたエリザベートは、不機嫌さを隠そうともせずに、俺とユーキに対して左の人差指を向けた。
「ユーキが一人でやらないと、駄目。交渉ごとは、責任者が動くべきよ。そのほうが、円滑に進むわ」
指摘はもっともだが……俺は頷けなかった。
その役目をユーキに任せるのは、荷が勝ちすぎると思う。対人恐怖症ではないものの、初対面との交渉ごとには向かない性格なのは、誰の目から見ても明らかだ。
この展開に、ザルードは正論だと思っているのか口を挟む素振りはなかった。リリンはエリザベートを一瞥してから、言葉を探している様子だった。瑠胡はそんなリリンに気付いてからは、静観を決め込んでいた。
フレッドは話に関わるのを早々に止めて、給仕をしている酒場の娘を眺めている。
俺とセラがエリザベートに苦言を呈しかけたとき、ユーキは視線を彷徨わせながらも、ぎこちなく頷いた。
「そ……そそ、そうですね。わたしが、やらないと……」
「ユーキ、あまり無理をするな。組織の頭とて人に任せるべきところは、素直に頼ってもいいのだからな」
「いえ、セラ副団――いえ、セラさん。ここは……あ、あたしが話を聞いてきます」
そう言って立ち上がったユーキの顔は、燭台の灯りの下でもわかるくらい、はっきりと青ざめていた。そんな状況でも商人たちの元へと行こうとする姿勢に、成長を感じたりはしてるけど……やっぱり見てられない。
俺は立ち上がると、ユーキを呼び止めた。
「待てよ、ユーキ。俺も一緒に行く。護衛はいたほうがいいだろ?」
「あ、でも……その申し訳ない気がして。でも正直に言えば、とても助かりますけど……いいんですか?」
「なにかあってからじゃ遅いしさ。それに商人とかの交渉ごとには、慣れてるしな。手助けくらいは、できると思うぜ」
そう答えながらエリザベートの様子を伺うと、まだ機嫌は良くなっていないものの、文句は言ってこなかった。
その代わり、瑠胡は少し不機嫌そうに俺を見上げてきた。
「少々、ユーキに甘くはないか?」
不機嫌というか、少し拗ねてるような声だ。
俺は苦笑してから、瑠胡の肩に手を添えた。
「心配だから、少し手助けするだけですよ。あとで、埋め合わせはしますから」
「……そう言ってくれるなら、仕方が無いのう」
機嫌を持ち直した瑠胡から手を放した俺は、今度はセラが拗ねるような顔をしていることに気がついた。
……もしかして、これ。リリンが書いていた本に、書いてあったんじゃなかろうか。
そんな疑念が頭を過ぎったが、二人に訊くなんてできない。
セラにも埋め合わせを約束してから、俺はユーキを連れて皆から離れた。
商人たちは、家族も含めて一〇人以上もいる。この酒場に一つしか無い長テーブルを占拠している一団に近づく前に、俺は給仕の娘に数枚の銅貨を手渡した。
給仕の娘が酒場のカウンターに戻って行ってから、俺とユーキは商人たちに近づいた。
「あ、あの……少し、お話を聞いても……いいでしょうか?」
「ん? なんだね、あんたら」
近くにいた男の返事で、商人たちは一斉に俺とユーキを振り返った。
怪訝、もしくは警戒をするような顔の商人たちに、ユーキが怯んだ。その直後、背後から給仕の娘の声がした。
「おまたせしましたぁ。ご注文の品は、ここでよろしいですか?」
「ああ、頼みます」
俺が応じると、給仕の娘は両手に抱えたエール酒のジョッキを、長テーブルの上に置いた。
商人たちの視線がエール酒のジョッキに注がれる中、俺はなるべく好意的な笑みを浮かべた。
「これは、挨拶代わりなんで。遠慮せずに飲んで下さいよ。話って言っても、ちょっと道中で見かけたことを、教えて貰いたいだけなんですよ」
「は、はい。なんか……大きな足跡とか、見てないですか?」
俺のあとを引き継いだユーキの質問に、商人たちは近くにいた者同士で、顔を見合わせた。
「ああ……それなら、ここから西の街道で見たよ。なんかこう……そう、森の中から出て、また森の中へ戻って行くような足跡だったんだがな? その近くに、獣の死骸が転がっててさ。もう怖くなって、馬車を急がせたよ」
「ここから、西……街道ですね。あの……街道って、この村を西に行けばいいですか?」
「それ以外に、どうやって街道の西に行くんだね? 村を西側に出ると、すぐに街道に出るからさ。そのまま真っ直ぐに行けばいい」
白い毛の混じった口髭の男が、俺が注文したエールに手を伸ばしながら、逆の手の指先を西に向けた。その方角は、目的地としていたタイラン山の麓と、大体の方角が合致していた。
礼を述べてから商人たちから離れると、ユーキは盛大な溜息をついた。あれだけのことで、かなり緊張していたようだ。
安堵の顔を浮かべるユーキだったが、瑠胡たちが待っているテーブルが近づくにつれ、表情が曇っていった。
酒場での一件を思い出していた俺は、足音で我に返った。
俺が居るのは旅籠屋ではなく、厩に停めている馬車の中だ。ここは、そこまで大きくない村ではあるが、無心者がいないとも限らない。
フレッドが見張りをしているが、そこに俺も合流している。強盗相手にフレッドだけでは心許ないのもあるが、最大の理由はザルード卿と同室だったからだ。
あのピリピリとした空気の中で一夜を明かすのは、俺にとって苦痛でしかない。そんなわけで馬車の警備に就いていたいたら、先の足音が聞こえてきたというわけだ。
足音は、三つ。そこに下駄の音が二つ混じっていたことから、俺は近寄って来る人物に目星をつけていた。
足音がすぐ近くまで迫ってきたころを見計らって、俺は幌から顔を出した。
「あ――ランドさん」
夜の帳が降りて、周囲は真っ暗だ。そんな中、ボンヤリとした姿のユーキが、僅かに顔を上げたのがわかった。
「少し相談がありまして……今、いいですか?」
「そりゃまあ……それよりユーキ、後ろにいるのは瑠胡とセラ?」
「あ、はい。お二人にも相談をお願いしてまして……」
俺も手を貸して三人が馬車に乗り込むと、ランプの灯りで照らされた中、ユーキが口を開いた。
「あたし……エリザベートさんに、嫌われているんでしょうか? 色々と、怒られちゃいますし」
ユーキの相談は、俺の予想に近かった。性格からしても、ユーキとエリザベートは正反対だ。あの火のような気性を秘めるエリザベートから見れば、ユーキのいつも怯えているような言動は、我慢ならないのだろう。
俺は少しだけ言葉を探してから、ユーキに告げた。
「ユーキのことを嫌ってるわけじゃないと思うけどな。ただ、あの気性だろ? 人の顔色を覗うような言動が、我慢できないのかもな」
「それだけとは思えぬがな。エリザベートとやらは、気ぐらいが高いのだろう。己にも厳しいが故に、他者にもそれを求めておるように見える」
俺の言葉に続けて、瑠胡が意見を述べた。
なかなかに正論なだけに、俺やセラは異を唱えなかった。主席をとったという話だし、その才能が性格の厳しさに関係している――かもしれない。
「ユーキ。あまり気にするな。おまえは、おまえの良さがある。それをレティシアは、よく知っている。今回の件なら、わたしたちも補助は惜しまない。気を抜けとはいわぬが、細かいことで気に病むな」
セラが慰めたが、ユーキは暗い面持ちのまま頷いただけだった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!!
わたなべ ゆたか です。
村人から話を聞くときに酒や食事を奢るのは、TRPGでは鉄板ですね。コンシュマーでは、あまり見たことがありませんが……。
エルダースクロール系だと、金貨を渡したりするときもありますが。オブリビオンですと、物乞いに金貨を渡すとか……ですね。海外の推理物でも、浮浪者を使って情報を集めるとかよく見ます。
賄賂というと印象悪いですが、贈り物を渡すと口も軽くなる……というやつですね。
それは、なにか秘密を握った人だけではなく、一般の人も一緒ということで。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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