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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
三章-1
しおりを挟む三章 彼と彼女のやり方
1
俺たちがクレイモート領を出たのは、昼過ぎになってしまった。
迷惑をかけた――リンカーラ卿は謝罪とともに、俺たちに軍馬を二騎も貸し出してくれた。それに、革袋一つ分の軍資金を贈与された。
二頭の軍馬は、ユーキとザルード卿が駆っている。
軍馬はどうでもいいと思ったが、正直に言って軍資金はありがたい。瑠胡とセラが増えて、準備していた資金の心配もあったのか、ユーキとリリンは少しホッとした顔をしていた。
タイラン山へと向かっているわけだが、馬車では早くて明日の昼、野宿を避けるなら明後日の昼の到着になりそうだった。
ゴトゴトと馬車に揺られているわけだが、正直に言って暇だった。
なにせ密閉空間に、なんの娯楽もなく座っているだけだ。新しい話題が生まれるわけもなく、次第に会話も減ってきている。
馬車の中にいる皆がボンヤリとしかかっている今、瑠胡だけが楽しげだった。
「ほれ、ランド。ちゃんと妾の肩を抱いていておくれ」
会えなかった四日間は、相当に寂しかったようだ。その隙間を埋めるかのように、瑠胡は俺にひっついてくる。リリンやエリザベートの前だからか、姫口調ではあったけど、そのほかの言動は神殿の寝室にいるときと、さほど変わらない。
言われるままに肩を抱きながら身を寄せていると、瑠胡は囁くように言ってきた。
「ランド、一つ頼んでもよいかの。妾の首筋に接吻をしておくれ」
「え――あの、え?」
「よいから。早うしておくれ」
そう言いながら、瑠胡は目を閉じた。
いやあの、ここにはセラ以外にも、リリンやエリザベートもいるんですけど。周囲の視線とか気にしないのか――と思ったが、天竜族である瑠胡には、人間としての倫理観に賭けている部分がある。
道徳観や正義感については、竜神・安仁羅の娘であるから、それなり以上には備わっている。だけど羞恥心などは、ちょっと欠けている部分がある。
俺が恥ずかしさで悩んでいると、瑠胡はさらに顔を寄せてきた。
これは……ああ、もう! やるしかないか。
俺は躊躇いながら、瑠胡の首筋に唇で触れた。瑠胡の息を吸うような、囁き声が聞こえてくると、慌てて顔を離した。
今現在、フレッドが御者台にいてくれて良かった。そうでなければ、拳の一発くらいは飛んできたかもしれない。
セラやエリザベートの視線を感じていると、瑠胡が細く目を開けた。
「これは――なかなかに良いのう」
「そ、そうですか……」
頬が熱くなってきたころ、セラの溜息が聞こえてきた。
「瑠胡姫様……そのようなこと、どこで覚えられたのですか?」
「それなら、ほれ」
瑠胡は振り袖の袖から、羊皮紙を閉じて作られた、一冊の本を取り出した。
セラに「ほれほれ」と言わんばかりに見せた表紙には、『奥手で不器用な男性も、あなたの魅力で即座に虜! 蠱惑の接近術指南書』という、手書きのタイトルが記されていた。
著者の部分には、リリアーンナ・ラーニンス――リリンの名前が記されていた。
……ちょっと、リリン?
もしかしたら、瑠胡は寂しかったわけじゃなく、本の内容通りのことをやっていただけ……とかだったりするんだろうか? もしそうなら、俺のほうが寂しくなるんだけど。
半目になった俺が振り返ると、無表情のリリンは右手でガッツポーズを作っていた。
なにをやってるんだ――と、リリンに呆れている俺の横では、瑠胡がセラに本を見せながら、にこやかな笑みを浮かべた。
「セラ、御主も一緒に一読せぬか?」
瑠胡の勧めに、セラは目を瞬かせた。本のタイトルに呆れているんだろう――と思っていたら、セラは真面目くさった顔で頷いたのだった。
「そうですね。是非」
……マジか。
早速、ページを開いて「ここがいい」とか「これは凄い」とか話を始める二人に、俺はすっかり羊の中の山羊――『蚊帳の外』と同じ意味の格言――だ。
馬車の後部へ移動した俺が幌の隙間から外を見ると、すぐ後ろにいたザルード卿と目が合った。
「――なんと不謹慎な。こんな奴らが戦力とはな」
そんな呟きを吐いたあと、ザルード卿は軍馬の馬首を巡らせた。
その不満はもっともだが――聞こえてきたリンカーラ卿とのやりとりが気になって、俺は素直に謝る気になれなかった。
そんなことを考えていたら、ザルード卿の呟きが聞こえたらしいエリザベートが、俺を横目で睨んできた。
「こればかりは、ザルード卿の言うとおりね」
……なんか、ごめん。
心の中でエリザベートに謝ったとき、不意に馬車が停まった。
馬の嘶きのあと、馬車の両側から馬の蹄の音が前に出て行くのが聞こえてきた。これはきっと、ユーキとザルード卿の軍馬だろう。
俺は馬車の前まで行くと、幌から顔を出してフレッドの背中を突いた。
「なにがあった?」
「……別に。ランドさんは、中でイチャイチャしていればいいじゃないですか」
あ、中の会話は聞こえていたのか。
それにしても、そこまで不機嫌にならんでも――と言いかけたが、俺は周囲を見回しながら、もう一度、同じ質問をした。
「前から、数人の兵士が来ます。まずはザルード卿が話をすると言って、ユーキさんと前に出ました。件の脱走兵の捜索隊だろうって、ザルード卿は言ってましたけど」
「兵士……ねぇ。追いはぎが化けてる可能性だってあるんだ。警戒を強めるべきだと思うけどな。念のため、リリンや瑠胡たちにも伝えておく」
いざというときのために、臨戦態勢は取っておいて損はない。俺は置いてあった長剣を手にすると、前方から兵士らしき一団が来ることを瑠胡たちに告げた。
俺が御者台に出ると、いち早く杖を手にしたエリザベートが幌から顔を出した。
「戦いになりそうなの?」
「わからない――戦力の数を知らせたくないから、まだ顔を出すな」
俺は手を幌側に振って中に入るよう促したが、エリザベートは自信ありげな笑みを浮かべた。
「あら。いたいけな少女がいるって思わせたほうが、油断するんじゃないかしら」
「逆に、女子どもがいると、我欲を出して襲ってくる可能性が増えるんだよ。とにかく、幌の中に入ってろ」
二度目の指示で、エリザベートは幌の中に顔を引っ込めた。しかし、幌のすぐ側で外の気配を探っているようだ。
馬車のすぐ前で停まったユーキたちに、兵士の装備に身を包んだ四人組が近寄っていくのが見えた。
兵士の隊長らしい髭面の男が、ザルード卿に話しかけた。
「我らは、脱走兵の捜索隊である。どちらに所属の者かは知らぬが、捜索のために馬車の中を検めさせてもらう」
「任務ご苦労である。わたしはザイン領に所属する騎士、ザルード・コウである。こちらは、ハイント領に所属する騎士、ユーキ・コウだ。馬車の中を検めるのは良いが、我らも任務の最中である。手短に頼む」
「所属する領地の異なる騎士殿が、同じ任務を……? どのような任務であられるのでしょうか?」
「あ、あの……魔物の討伐……です」
俺たちの隊長格であるユーキの返答に、兵士たちは怪訝な顔をした。
「魔物? この周辺に、騎士殿たちが出向くような魔物が出るという話は聞いたことがありませんが。どのような魔物ですかな?」
「ええっと……ゴーレムのような、ものだと聞いてます……けど。詳しくは、調べている最中……です」
歯切れの悪いユーキの返答に、兵士たちは隣り合ったものたちと目を合わせながら、肩を竦めるような仕草をした。
それから幌の中を覗いて、俺たちの姿を確かめると、捜索隊の隊長は鼻を鳴らした。
「女子どもばかりとは、魔物というのも大したことなさそうですなぁ!」
「そ、それはぁ……まだ調査中で、わからないですから……」
捜索隊の隊長はユーキの訴えを無視して、ザルード卿に敬礼を送った。
「大変な任務だと思いますが、ご健闘をお祈りしております。ああ、そういえば……先ほど会った隊商が、大きな足跡を見たといっておりましたなぁ。まあ、関係無いかもしれませんが、参考になれば幸いです」
「うむ。感謝する」
ザルード卿が敬礼を返すと、捜索隊は立ち去っていった。
ユーキは兵士たちから顔を逸らして、安堵に似た溜息を吐いていた。慣れない兵士たち……というか、男性たちから離れることが出来て、緊張が解けたようだ。
そんなユーキに対し、幌から顔を出したエリザベートが睨みつけた。
「ちょっと、あなたねぇ。あんな扱いされて、黙ってるんじゃないわよっ! 言われっぱなしでいるなんて、自分だけじゃなく……《白翼騎士団》の評価も下げることになるのよ!」
「ええっ!? だ、だって……そんなことして、揉めても良いことないですし」
「そんな及び腰でどうするのよ! まったく、信じられないわっ!!」
怒鳴るだけ怒鳴った挙げ句、怒りが我慢できなかったのか、幌の中にエリザベートが戻った直後に、
バキィィィィッ!!
という床板を蹴る音が、御者台まで響いてきた。
こんなことで不協和音を増やさないで欲しいが……この気性はすぐには治らないだろうなぁ。
とはいえ、半泣きになったユーキは落ち込みながらも、今後の方針として話に出た隊商も探そうと決めたようだ。足跡の詳細を聞いておきたい、ということらしい。
ゆっくりと進み始める馬車の上で、俺は件の隊商が、この先の村に滞在していることを祈った。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
午後から用事が立て込んでいますので、少し早めにアップ致しました。
三章-1くらいだと、まだまだイチャコラを書く余裕がありますね。それが約半分を占めるっていうのも、ちょいアレかもしれませんが(汗
余談ですが、これがアップできたということは、内蔵のほうは大丈夫でした。やや放屁は増えてますし、「あれ、今のヤバイか?」という放屁もありましたが、まだ茶色いか○はめ波は出てませんので、きっと大丈夫な筈です。
無事だったのは喜ばしいんですが、ネタ的にはつまらないですね。
以上、御報告までに。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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