144 / 276
第五部『臆病な騎士の小さな友情』
三章-1
しおりを挟む三章 彼と彼女のやり方
1
俺たちがクレイモート領を出たのは、昼過ぎになってしまった。
迷惑をかけた――リンカーラ卿は謝罪とともに、俺たちに軍馬を二騎も貸し出してくれた。それに、革袋一つ分の軍資金を贈与された。
二頭の軍馬は、ユーキとザルード卿が駆っている。
軍馬はどうでもいいと思ったが、正直に言って軍資金はありがたい。瑠胡とセラが増えて、準備していた資金の心配もあったのか、ユーキとリリンは少しホッとした顔をしていた。
タイラン山へと向かっているわけだが、馬車では早くて明日の昼、野宿を避けるなら明後日の昼の到着になりそうだった。
ゴトゴトと馬車に揺られているわけだが、正直に言って暇だった。
なにせ密閉空間に、なんの娯楽もなく座っているだけだ。新しい話題が生まれるわけもなく、次第に会話も減ってきている。
馬車の中にいる皆がボンヤリとしかかっている今、瑠胡だけが楽しげだった。
「ほれ、ランド。ちゃんと妾の肩を抱いていておくれ」
会えなかった四日間は、相当に寂しかったようだ。その隙間を埋めるかのように、瑠胡は俺にひっついてくる。リリンやエリザベートの前だからか、姫口調ではあったけど、そのほかの言動は神殿の寝室にいるときと、さほど変わらない。
言われるままに肩を抱きながら身を寄せていると、瑠胡は囁くように言ってきた。
「ランド、一つ頼んでもよいかの。妾の首筋に接吻をしておくれ」
「え――あの、え?」
「よいから。早うしておくれ」
そう言いながら、瑠胡は目を閉じた。
いやあの、ここにはセラ以外にも、リリンやエリザベートもいるんですけど。周囲の視線とか気にしないのか――と思ったが、天竜族である瑠胡には、人間としての倫理観に賭けている部分がある。
道徳観や正義感については、竜神・安仁羅の娘であるから、それなり以上には備わっている。だけど羞恥心などは、ちょっと欠けている部分がある。
俺が恥ずかしさで悩んでいると、瑠胡はさらに顔を寄せてきた。
これは……ああ、もう! やるしかないか。
俺は躊躇いながら、瑠胡の首筋に唇で触れた。瑠胡の息を吸うような、囁き声が聞こえてくると、慌てて顔を離した。
今現在、フレッドが御者台にいてくれて良かった。そうでなければ、拳の一発くらいは飛んできたかもしれない。
セラやエリザベートの視線を感じていると、瑠胡が細く目を開けた。
「これは――なかなかに良いのう」
「そ、そうですか……」
頬が熱くなってきたころ、セラの溜息が聞こえてきた。
「瑠胡姫様……そのようなこと、どこで覚えられたのですか?」
「それなら、ほれ」
瑠胡は振り袖の袖から、羊皮紙を閉じて作られた、一冊の本を取り出した。
セラに「ほれほれ」と言わんばかりに見せた表紙には、『奥手で不器用な男性も、あなたの魅力で即座に虜! 蠱惑の接近術指南書』という、手書きのタイトルが記されていた。
著者の部分には、リリアーンナ・ラーニンス――リリンの名前が記されていた。
……ちょっと、リリン?
もしかしたら、瑠胡は寂しかったわけじゃなく、本の内容通りのことをやっていただけ……とかだったりするんだろうか? もしそうなら、俺のほうが寂しくなるんだけど。
半目になった俺が振り返ると、無表情のリリンは右手でガッツポーズを作っていた。
なにをやってるんだ――と、リリンに呆れている俺の横では、瑠胡がセラに本を見せながら、にこやかな笑みを浮かべた。
「セラ、御主も一緒に一読せぬか?」
瑠胡の勧めに、セラは目を瞬かせた。本のタイトルに呆れているんだろう――と思っていたら、セラは真面目くさった顔で頷いたのだった。
「そうですね。是非」
……マジか。
早速、ページを開いて「ここがいい」とか「これは凄い」とか話を始める二人に、俺はすっかり羊の中の山羊――『蚊帳の外』と同じ意味の格言――だ。
馬車の後部へ移動した俺が幌の隙間から外を見ると、すぐ後ろにいたザルード卿と目が合った。
「――なんと不謹慎な。こんな奴らが戦力とはな」
そんな呟きを吐いたあと、ザルード卿は軍馬の馬首を巡らせた。
その不満はもっともだが――聞こえてきたリンカーラ卿とのやりとりが気になって、俺は素直に謝る気になれなかった。
そんなことを考えていたら、ザルード卿の呟きが聞こえたらしいエリザベートが、俺を横目で睨んできた。
「こればかりは、ザルード卿の言うとおりね」
……なんか、ごめん。
心の中でエリザベートに謝ったとき、不意に馬車が停まった。
馬の嘶きのあと、馬車の両側から馬の蹄の音が前に出て行くのが聞こえてきた。これはきっと、ユーキとザルード卿の軍馬だろう。
俺は馬車の前まで行くと、幌から顔を出してフレッドの背中を突いた。
「なにがあった?」
「……別に。ランドさんは、中でイチャイチャしていればいいじゃないですか」
あ、中の会話は聞こえていたのか。
それにしても、そこまで不機嫌にならんでも――と言いかけたが、俺は周囲を見回しながら、もう一度、同じ質問をした。
「前から、数人の兵士が来ます。まずはザルード卿が話をすると言って、ユーキさんと前に出ました。件の脱走兵の捜索隊だろうって、ザルード卿は言ってましたけど」
「兵士……ねぇ。追いはぎが化けてる可能性だってあるんだ。警戒を強めるべきだと思うけどな。念のため、リリンや瑠胡たちにも伝えておく」
いざというときのために、臨戦態勢は取っておいて損はない。俺は置いてあった長剣を手にすると、前方から兵士らしき一団が来ることを瑠胡たちに告げた。
俺が御者台に出ると、いち早く杖を手にしたエリザベートが幌から顔を出した。
「戦いになりそうなの?」
「わからない――戦力の数を知らせたくないから、まだ顔を出すな」
俺は手を幌側に振って中に入るよう促したが、エリザベートは自信ありげな笑みを浮かべた。
「あら。いたいけな少女がいるって思わせたほうが、油断するんじゃないかしら」
「逆に、女子どもがいると、我欲を出して襲ってくる可能性が増えるんだよ。とにかく、幌の中に入ってろ」
二度目の指示で、エリザベートは幌の中に顔を引っ込めた。しかし、幌のすぐ側で外の気配を探っているようだ。
馬車のすぐ前で停まったユーキたちに、兵士の装備に身を包んだ四人組が近寄っていくのが見えた。
兵士の隊長らしい髭面の男が、ザルード卿に話しかけた。
「我らは、脱走兵の捜索隊である。どちらに所属の者かは知らぬが、捜索のために馬車の中を検めさせてもらう」
「任務ご苦労である。わたしはザイン領に所属する騎士、ザルード・コウである。こちらは、ハイント領に所属する騎士、ユーキ・コウだ。馬車の中を検めるのは良いが、我らも任務の最中である。手短に頼む」
「所属する領地の異なる騎士殿が、同じ任務を……? どのような任務であられるのでしょうか?」
「あ、あの……魔物の討伐……です」
俺たちの隊長格であるユーキの返答に、兵士たちは怪訝な顔をした。
「魔物? この周辺に、騎士殿たちが出向くような魔物が出るという話は聞いたことがありませんが。どのような魔物ですかな?」
「ええっと……ゴーレムのような、ものだと聞いてます……けど。詳しくは、調べている最中……です」
歯切れの悪いユーキの返答に、兵士たちは隣り合ったものたちと目を合わせながら、肩を竦めるような仕草をした。
それから幌の中を覗いて、俺たちの姿を確かめると、捜索隊の隊長は鼻を鳴らした。
「女子どもばかりとは、魔物というのも大したことなさそうですなぁ!」
「そ、それはぁ……まだ調査中で、わからないですから……」
捜索隊の隊長はユーキの訴えを無視して、ザルード卿に敬礼を送った。
「大変な任務だと思いますが、ご健闘をお祈りしております。ああ、そういえば……先ほど会った隊商が、大きな足跡を見たといっておりましたなぁ。まあ、関係無いかもしれませんが、参考になれば幸いです」
「うむ。感謝する」
ザルード卿が敬礼を返すと、捜索隊は立ち去っていった。
ユーキは兵士たちから顔を逸らして、安堵に似た溜息を吐いていた。慣れない兵士たち……というか、男性たちから離れることが出来て、緊張が解けたようだ。
そんなユーキに対し、幌から顔を出したエリザベートが睨みつけた。
「ちょっと、あなたねぇ。あんな扱いされて、黙ってるんじゃないわよっ! 言われっぱなしでいるなんて、自分だけじゃなく……《白翼騎士団》の評価も下げることになるのよ!」
「ええっ!? だ、だって……そんなことして、揉めても良いことないですし」
「そんな及び腰でどうするのよ! まったく、信じられないわっ!!」
怒鳴るだけ怒鳴った挙げ句、怒りが我慢できなかったのか、幌の中にエリザベートが戻った直後に、
バキィィィィッ!!
という床板を蹴る音が、御者台まで響いてきた。
こんなことで不協和音を増やさないで欲しいが……この気性はすぐには治らないだろうなぁ。
とはいえ、半泣きになったユーキは落ち込みながらも、今後の方針として話に出た隊商も探そうと決めたようだ。足跡の詳細を聞いておきたい、ということらしい。
ゆっくりと進み始める馬車の上で、俺は件の隊商が、この先の村に滞在していることを祈った。
---------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
午後から用事が立て込んでいますので、少し早めにアップ致しました。
三章-1くらいだと、まだまだイチャコラを書く余裕がありますね。それが約半分を占めるっていうのも、ちょいアレかもしれませんが(汗
余談ですが、これがアップできたということは、内蔵のほうは大丈夫でした。やや放屁は増えてますし、「あれ、今のヤバイか?」という放屁もありましたが、まだ茶色いか○はめ波は出てませんので、きっと大丈夫な筈です。
無事だったのは喜ばしいんですが、ネタ的にはつまらないですね。
以上、御報告までに。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
10
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・
今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。
その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。
皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。
刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる