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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
幕間
しおりを挟む幕間 ~ 動機の異なる協力者
タイラン山の麓に、枝葉を組み合わせて作られた、粗末な寝床があった。雨風を防ぐ屋根と壁はあるが、出入り口にドアの類いはなく、床は地面に枯れ草を敷き詰めただけだ。
二組の毛布と使い古されたランプだけが、この寝床にある調度類だった。その壁の角には、なにやら書物の入ったリュックサックが置かれていた。
その寝床のすぐ近くから、男の大声が響いた。
「やったぁぁぁぁぁっ! ついに成功したぞっ!!」
泥に汚れた茶色のローブに身を包んだ、痩身の男である。顎や口の周りは無精髭で覆われ、周囲に隈のできた青い瞳は、どこか常軌を逸脱した色に染まっていた。
地べたに座り込む男の前には、両手でなんとか包み込める程度の水晶球が、土の上に直接置かれていた。
淡く光る水晶球を凝視する男の背後に、茶髪を背中の真ん中まで伸ばした、年若い男が近寄った。
若い男は王国の兵士なのか、王国の紋章が削れかけた鎧を身につけ、腰には長剣を下げていた。目も茶色で、痩身というよりは、やや窶れた風貌をしていた。
茶色いローブの男は、後ろを振り返ると血走った目で笑みを浮かべた。
「ジランドさん、とうとう成功ですよ! やはり、わたしの推論、そして研究は間違っていなかったのです!!」
「タムランよぉ……あんたの言葉を疑うわけじゃないがな。だけどよぉ、その言葉、これで何度目だよ」
ジランドが渋面になると、タムランは掴んだ水晶球を差し出した。
水晶球には、森の木々が広がっている光景が映し出されていた。水晶に映る景色を凝視してから、ジランドは再びタムランへと目を戻した。
「……これが、なんだって?」
「これは、アレが見ている光景です。この水晶球は、アレと繋がっているんです。やっと成功しましたよ。これで、アレは自由に動かせます」
「……マジか?」
ジランドは驚いた顔で、山側を見上げた。
山の斜面には、赤銅色の巨人が横たわっていた。全身鎧を纏った巨人にも見えるが、地肌にあたる部分はまったく見えていない。
胴体に比べて両脚は太く、両腕は膝のあたりまでの長さがある。
カッパーゴーレムと呼ばれる、魔術で造られた動く人形である。
「――文献によっては、魔法生命体とも言われておりますが。これは、術者の思考を読み取って動く人形ですね。この水晶球で制御可能です。これまでは、偶然や不慮による稼働しかできませんでした。しかしこれで、わたしの思うがままに動かせます。ご覧下さい。右腕を動かしてみせますから」
タムランは言葉の途中から、水晶球へと目を向けていた。
ジランドが山の斜面を振り向くと、ゴーレムが右腕を大きく左右に振っていた。
「右腕が動いてる――じゃあ、本当なんだな?」
「ええ。これで、あのゴーレムの制御は完璧です。さらに言えば、このゴーレムは、わたしと相性が良さそうです。ご覧下さい」
タムランは杖を手にすると、小声で魔術の詠唱を始めた。
最後の一音を発声し終えた直後、杖の遠端から〈火球〉の魔術が放たれた。一般的な馬車の車輪ほどの大きさもある火の玉は、紅蓮の尾をなびかせながら、ゴーレムへと向かって行く。
火球の直撃を受けたゴーレムは、しかし無傷だった。
全身を覆う青白い光――障壁が、火球の爆発からゴーレムを護ったのだ。轟音が止むと、タムランはジランドへ向き直った。
「どうやら、あのゴーレムには魔術防御の能力があるようです。それに生命体としての性質もあるのでしょう。ほぼ空洞のない身体は、自己修復もするようです」
「魔術防御に自己修復……魔術防御っていえば――」
なにかを思い出したように、ハッと顔をあげたジランドは、自身の身体を半球状の光で覆ったタムランを見た。
「ええ。わたしの《スキル》である〈魔力障壁〉に似ているんです。もっとも、効果範囲などは違いますが……あなたの〈光の剣〉を打ち消した、わたしの障壁に――ね」
初めてタムランと出会ったジランドは最初、〈光の剣〉で脅そうとしたのだ。しかし、手の中に生じた光の剣は、タムランの〈魔力障壁〉によって、いとも容易く打ち消された。
そのときのことを思いだして複雑な顔をするジランドに、障壁を消したタムランは笑みを浮かべた。
「あとは戦いの実績さえあれば、王国軍で研究が続けられるんですね?」
タムランに聞かれ、ジランドは曖昧に頷いた。
実際のところ、その保証はどこにもない。だが――。
(ま、実績とこのゴーレムがあれば……戦場から逃亡したことだって、帳消しにできるはずだ)
そんな企みが、ジランドにはあった。
タムランには、自分が逃亡兵ということを伝えてない。それどころか、研究が続けられるというのも、口から出任せだった。
逃亡中に、ゴーレムを発掘しているタムランに遭遇したのは、ただの偶然だ。ゴーレムとタムランを利用して、前線に送られる前の役職――監査係に戻るのが、ジランドの目的だった。
(せっかくゴガルンなんかに媚びを売って、監査役になれたのによぉ)
メイオール村に駐屯した女ばかりの騎士団へ行ったのが、ジランドの運命を変えた。
(とにかく、俺は監査係に返り咲いてやる)
虚空を睨みながら拳を固く握るジランドは、タムランの背中を叩いた。
「それじゃあ早速、実績を作りに行くとしようか。どこか手頃な隊商とかいれば、楽なんだがな。そこの護衛や商人をぶっ倒せば、金や食料も手には入って両得ってやつだ」
「そ――それでは、強盗じゃありませんか!」
目を剥くタムランは、ジランドに指先を突きつけた。
「いいですか? このゴーレムは学術的にも重要な品なんです。盗賊団を討伐するとかなら理解できますが、誰彼関係無しに襲っていいものではありません!」
「あ、ああ……わかった、わかったって。冗談だ、冗談!」
ジランドは詰め寄って来たタムランを押し返すと、苛立ちを誤魔化すように地面を蹴った。
(まったく……面倒くせぇ。だが、こいつがいないとゴーレムは動かせねぇしな。仕方が無い、ここはヤツに合わせるか)
ジランドは溜息を吐くと、山道のある方角へと歩き始めた。
「この近くに山賊や追いはぎが出ていないか、情報を集めてくる。おまえは、ここでゴーレムをちゃんと動かせるよう練習でもしてな」
「はい。お願いします」
少し機嫌の治ったタムランに見送られ、ジランドは森の中へと入っていった。
ランドたちが与二亜からの一報を受け取る、三日前のことだった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
引き回収を兼ねた、幕間です。
ここで書きたいことは沢山あるのですが、現段階では書けることがありません。
今回はあっさりと終わります(汗
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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