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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
二章-6
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宿に泊まった翌日、俺は日が昇る前に起きると、すぐに身支度を始めた。
この近くに居るという、老ドラゴンを訪ねるためだ。歩いて行くと片道だけで丸一日かかってしまうが、ドラゴンの翼で飛んでいけば、二、三時間で到着できる――はずだ。
神糸の服と長剣だけを身につけて部屋から出たとき、廊下にリリンが佇んでいることに気付いた。
「リリン――おはよう。こんな早朝に、どうしたんだ?」
「おはようございます。ランドさんの出発を、見送ろうと思いまして」
少し眠そうな目で微笑むリリンは、宿の階段へと向かう俺の横に並んできた。
「でも、こんなに早く出るんですか?」
「ああ……今日中に帰って来たいからさ」
「そんなに遠い場所なんですか?」
「そうらしいよ」
リリンと話をしながら酒場となっている一階に降りたとき、近くの席で椅子が動く音がした。
「ランド!」
名を呼ばれて振り返ると、瑠胡が駆け寄ってくるところだった。階段の最後の一段を降りたところで、瑠胡は俺の胸板に手を添えてきた。
予想外の再会に驚きながら、俺は微笑む瑠胡に目を瞬いた。
「……瑠胡、どうしてここに?」
「ランドに会いたくて、来てしまいました」
あっさりと答えながら、瑠胡は身体を寄せてきた。俺はそんな瑠胡の肩を抱きしめつつも、再び目を瞬かせた。
「会いたくてって……村は? あと、俺はこれから、情報源のところに行くつもりなんですけど」
「それでしたら、わたくしたちで行ってまいりました」
「そうなんですか? っていうか、わたくしたちって――」
俺が瑠胡がいた六人掛けのテーブルに首を向けると、セラとフレッドが座っていた。
あの二人が一緒にいることに二度目の驚きを覚えつつ、俺は瑠胡とリリンを伴って、二人のいるテーブルへ近づいた。
「セラも来たんですか」
「……わたしは、迷惑でしたか?」
表情を曇らせるセラに、俺は小さく首を振った。
「いや、来てくれたのは、素直に嬉しいですよ。俺のために、瑠胡と情報を集めてくれたんでしょう? 嬉しくないはずはないですよ。ただ……レティシアの依頼を蹴って来るなんて、思わなかったので」
俺が驚いた理由を述べると、セラは少し照れくさそうに髪を弄りながら、ようやく顔に微笑みを浮かべた。
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セラの返答を聞いて、俺はレティシアと紀伊が顔を付き合わせている様子を思い浮かべた。よりにもよって、苦労人の二人が協力することになるとは。
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セラの右横に俺が座ると、その横に瑠胡が座った。リリンがフレッドと一つ席を空けて座ると、俺は老ギランドから知り得た情報を聞――こうとした。
しかし、だ。フレッドの「ぐぎぎぎぎ」という歯軋りを伴った視線に気付いて、思わず身を退いた。
「な――なんだよ、フレッド」
「な、なんで結局、そういう展開になってるんですか。任務の途中だというのに、どうしてこう、イチャイチャと……独り者に対する厭がらせですか」
「そういうつもりはないんだけど――っていうか、馬車の見張りはどうしたんだよ?」
「ユーキさんが変わってくれてます。休憩と食事を摂るように――って」
「ユーキが? みんな早起きだな」
「今寝ているのは、エリザベートとザルード卿だけです」
フレッドの代わりに、リリンがそう答えた。どうやら騎士団の生活も朝が早いらしい――と思っていたら、テーブルの横から苛立ち混じりの声が聞こえてきた。
「失礼ね。ちゃんと起きてるわよ」
ローブに杖まで携えたエリザベートが、腕を組んでいた。
俺やリリンが少し驚いていると、エリザベートはリリンとフレッドのあいだの席に腰を降ろした。
「まったく――二人して部屋を出ておいて、気付かれないと思っていたのかしら?」
「その割には、部屋から出てきませんでしたね。なにをしていたんですか?」
リリンの問いに、エリザベートはローブの左腕の袖を少しだけ捲り上げた。
日焼けしていない白い肌に、入れ墨のような複雑な模様が刻まれていた。金箔が混ざったような複雑な模様を見て、リリンが僅かに目を細めた。
「魔術準備?」
「そうよ。必要最低限の魔術は、これで簡単なキーワードだけで発動できるでしょ」
魔術準備――というのは、俺も聞いたことがある。魔術の詠唱を付与魔術として身体や物に刻んでおくという技術だ。ものによっては数分を要する魔術も、これで十秒程度で発動することができる……らしい。
袖を戻したエリザベートは、どこか自慢げな顔をした。
「リリアーンナはしてないようだけど、呑気なものね。いつ、どこで魔術が必要になるかわからないんだから。準備はしておくべきじゃない? 魔術師のローブは動きやすいだけじゃなく、身体に施した魔術準備を見られないためでも――」
「いえ。わたしは、必要最低限の呪文は記憶していますから」
リリンの返答に、エリザベートは少し怯んだ。
ああ、そうか。魔術準備には詠唱の短縮のほかに、完全に覚えていない魔術を使用できるという利点もあるんだ。
魔術書なんかを見ながら詠唱をするのは、実戦においては非効率すぎるしな。
リリンの指摘に、エリザベートは歯軋りをするような顔をした。対抗心からの反撃が始まる前に、俺は小さく手を挙げて二人の会話を遮った。
「まあ、魔術談義はそこまでにしないか? 今は、魔物の情報を確認したいしさ。ええっと――瑠胡にセラ、話してもらっていいですか?」
「ふむ。では、妾から話すとしよう」
フレッドたちがいるせいか、姫言葉となった瑠胡が羊皮紙を広げた。
羊皮紙にはクレイモート領近郊の地図が描かれていた。要所要所に記された文字は、俺の知らない言語だ。
クレートの街らしい印から北東の方角にある山の図に、瑠胡は人差し指を添えた。
「魔物は、このタイラン山の麓におるという話でな。老――いや、情報提供者が言うのは、魔物の近くには二人の人間がおるらしい」
「その人たちは、囚われているってことですか?」
「それは――わからぬ」
俺の問いに短く答えた瑠胡は、指先をタイラン山の南西側へと移動させた。
そこにある森の中心近くで指を止めると、瑠胡は少し迷いながら口を開いた。
「この付近に、集落があるようでな。この地図をくれたエルフたちは、魔物が集落を襲うことを危惧しておった」
「エルフ――瑠胡姫様は、エルフに会われたのですか?」
驚きの声をあげるリリンに、瑠胡は小さく頷いた。
人間とエルフ――妖精族とのあいだでは、深い交流は行われていない。例外的なのはドワーフ族で、工芸品などの取り引きを行っている地域があるらしい。
そのエルフたちから食料などを分けて貰ったり、協力を確約してきたと話す瑠胡に、俺は驚きも覚めやらぬままに問いかけた。
「エルフってことは、魔術も得意だと聞いてますけど……そのエルフたちでも打つ手がない魔物なんですか?」
「そのようだのう。情報提供者とエルフたちの話を総合すると、全身を鎧で覆ったような姿をしておるようでな。身の丈一〇マーロン(約一二メートル五〇センチ)を超えるそうだ」
「でかいな……巨人とかですか?」
「そうではない――と聞いておる。古の巨人ならともかく、今の巨人族は金属の鎧を身に纏うことはないようでな。情報提供者やエルフたちも、首を捻っておった」
俺からの問いに瑠胡が答えた直後、エリザベートが目を見広げた。
「もしかしたら、ゴーレムかもしれない。魔術で造り出された生命体――もしくは、主人の命令で動く、人工の召使いよ。戦闘用もあるって、書物で見たことがあるもの」
「もしゴーレムなら、近くにいるという二人組は魔術師かもしれません。ゴーレムと対峙するよりは、魔術師をなんとかするほうが効率的だと思います」
リリンの意見に、フレッドを除く全員が頷いた。
*
「いいや、ゴーレムを叩くべきだ」
魔物の情報を聞いたザルード卿は、俺たちの意見を一蹴した。
「我々の目的は、《白翼騎士団》に所属したままで、ユーキが武勲を立てられるかどうかだ。魔術師などよりも、そのゴーレムとやらと戦うほうが、証明としては確かなものとなろう」
「待って! 魔術師がゴーレムより、劣っているって言いたいわけ!?」
ザルード卿の意見に、エリザベートが即座に反応した。
怒りに目を釣り上げたエリザベートは、テーブルに身を乗り出す勢いで詰め寄ったが、ザルード卿は固い表情を崩さなかった。
「そういう意味ではない。しかしゴーレムと比べれば、騎士が相対するに相応しくない」
「その言い方では、同じことだわ! ゴーレムを操れるだけの魔術師というのは、実力も相当よ! ゴーレムなんかより、手強いに決まってるでしょ!?」
エリザベートはなおも食い下がった。俺たちも目標を魔術師にするべきだと説得したが、ザルード卿は頑として首を縦に振らなかった。
「相手の手強さが問題ではない。ほかの騎士や貴族の方々への印象が重要なのだ。魔術師よりゴーレムのほうが、評価が高い。それが代えがたい事実である以上、わたしは意見を変えるつもりはない」
冗談だろ――と思ったが、ここでの指揮権はザルード卿にある。
俺たちは渋々、その意見を受け入れざるを得なかった。
領主であるリンカーラからの使いが来たのは、その直後のことだった。
---------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
本文中に出てきた魔術準備ですが……D&DなどのテーブルトークRPGでは、有名なヤツですね。
冒険に出る前、またはダンジョンに潜る前に魔術を選択するというシステムですが、予測と戦略が重要になります。
中の人の作品では、『古物商に転生した~』で、似たようなことをやっています。
以上、宣伝でした。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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