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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
二章-5
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5
ランドたちが領主街であるクレートに入る数時間前。
クレートに向かって飛翔していた瑠胡が、急に空中で静止した。それに遅れて、やや不慣れな挙動でセラもそれに倣う。
「どうなされましたか?」
「声が聞こえました。少し降りてみましょう」
「え? 瑠胡姫様――?」
ゆっくりと森の中へ降りていく瑠胡に、セラは戸惑いながら付き添った。
ここからクレートの街までは、まだ一時間ほど飛ばなくてはならない。寄り道をしていたら、昼を過ぎてしまうだろう。
そんな不安げなセラに、瑠胡は首を傾げた。
「セラにはまだ、聞こえませんか? わたくしたちを呼ぶ声が」
「いえ……わたくしには、聞こえませんが」
セラの返答に、瑠胡は数度頷いた。そして「まだ修行中ですから、仕方ありませんね」と呟く。
瑠胡が降り立ったのは、森の中でもっとも木々が追い茂った場所だった。折り重なる枝葉が天蓋のように日光を遮っているせいか、昼間だというのに周囲は薄暗くなっていた。
ドラゴンの翼を畳んだ瑠胡は、背筋を伸ばすと木の上へと首を向けた。
「妾は天竜族の瑠胡。さきほど妾に呼びかけたのは、其方らで間違いないか?」
そう呼びかけたが、声が返ってくる様子はなかった。
セラが不安を覚えている横で、瑠胡の視線が木の根元へと下がった。その視線を目で追ったセラは、数人の男女が目の前にある大木の横にいることに気付いた。
妙に線の細い男女だ。髪の色は金髪や銀髪、それに赤毛など様々だが、共通しているのは、全員が大理石を思わせるような肌の白さをしていることだろう。
妙に容姿の整った男女の中から、銀髪の男が前に進み出た。腰まである髪を縛りもせずに伸ばし、緑の目をしていた。
灰色のマントで身体を包み、ズボンや革のブーツらしい履き物は、どれも濃緑色をしていた。
「瑠胡ハロンスス、ヒセモミスト」
「……セメニコ、ホタニカタヒトフノサ」
瑠胡がエルフ語で断りを入れると、青年は驚きながらも僅かに腰を折った。
「では、そのように致しましょう。我らは、この森に住む妖精族――人の言葉ではエルフと呼ばれる者にございます。わたくしは、この場における代表を任されました、ナインフと申します」
「ふむ。先も言ったが、妾は瑠胡。そして、彼女はセラ。して、妾らを呼び止めたのには理由があるのだろう? 話してみよ」
瑠胡の言葉にナインフは再び腰を折ってから、淡々とした口調で話を始めた。
「実は、この付近に巨大な魔物と思しき存在がいるのです。今のところ、我らの領域に被害が及ぶ様子はありませぬが、あの周囲は我らが、狩りや木の実を採取する場所に近いのです。どうか天竜のお力で魔物を討伐、もしくは追い払っては頂けないでしょうか」
「なるほどのう。その魔物は老ギランドが言っておったものと、同一かもしれぬな。御主の言う魔物はタイラン山におる、鎧を身に纏った姿のものか?」
「――はい。その通りでございます」
「左様か。なれば、安心せよ。妾たちの目的は、もとよりその魔物である」
瑠胡の返答に、ナインフたちエルフの顔に、安堵の色が浮かんだ。
エルフたちが瑠胡とセラに腰を折ったあと、ナインフが一歩だけ前に進み出た。
「それでは、これより我らが道案内を致しましょう。周辺の森は、我らが庭も同然。魔物の居場所まで、迷い無く案内致します」
「それは有り難い――が、すぐには行けぬ。その魔物を討伐するにあたって、合流したい者たちがおる。魔物の討伐は、そのあとでしかできぬ」
「そうですか。それでしたら、その前に我らの領域にお立ち寄り下さい。あまり多くはありませんが、食料とタイラン山周辺の地図をお渡ししましょう」
ナインフの申し出に、瑠胡は僅かに躊躇った。エルフの領域に立ち寄っていては、ランドとの合流が遅くなってしまう。
そんな想いが頭に浮かんだものの、瑠胡は微笑みを浮かべながら頷いた。
「かたじけない。では、ご厚意に甘えるとしよう」
「瑠胡姫様、よろしいのでしょうか……?」
不安げな表情を浮かべたセラに、瑠胡は囁くように応じた。
「今は少しでも情報が欲しいですから。それに、エルフ――あの妖精族は邪な感情が薄い種ですし、わたくしたちに危害を加えることはないでしょう」
瑠胡はセラを促しながら、エルフたちに近寄って行った。
エルフたちのすぐ側まで来たとき、ナインフの視線がセラの帯で止まった。
「失礼ですが。セラ様は剣術を嗜んでおられるのでしょうか?」
「ええ。少々――なぜ、そのような質問を?」
「いえ。腰帯に短剣が見えましたので」
「ああ――」
つい帯剣をしてしまうのは、騎士団のころからの習慣だ。ただ、護身を兼ねたものであるから、あまり質には拘っていない。
ナインフはセラの全身を見回すと、自分の胸に手を添えた。
「よろしければ、我々が所有している剣をお譲りしましょう。その短剣よりは、役に立つと思います」
「ありがとうございます。ですが、いいのですか? そこまでする義理はないでしょうに」
「いえ。あの魔物を討伐して頂けるのなら、剣の一振り程度は惜しみませぬ」
「貰っておきましょう、セラ。きっと役に立ちます」
「瑠胡姫様――わかりました。有り難く頂戴致します」
セラが礼を言うと、ナインフは僅かに会釈を返してから、自分たちの領域へと歩き始めた。
*
日が暮れて夕食も終えたあと、ザルードはすぐに泊まっている部屋へと戻った。そこで手紙を書き終えたると、すぐに封蝋を施して懐に忍ばせた。
寝静まる時間ではないが、ランドやユーキたちは自室でくつろいでいる。他者への行動に、そこまで注意を払ってはいない――と、ザルードは踏んでいた。
宿を出たザルードは真っ暗な大通りを、リンカーラのいる砦へ向けて歩き出した。閉じられた雨戸から漏れる、微かな光を頼りに大通りを進んでいると、ザルードの前に一頭立ての馬車が停まった。
ランプが下がった御者台にいる中年の男が、ザルードへと声をかけた。
「ザルード様でいらっしゃいますか? リンカーラ様の使いで御座います」
「……その通り、わたしがザルードだ。すまないが、リンカーラ様のところまで頼む」
「はい。では、馬車にお乗り下さい」
ザルードが客車に乗り込むと、馬車は勢いよく走りだした。
程なく、馬車は砦の中へと入って行った。ザルードが馬車から降りると、従者が出迎えた。
ザルードは従者の案内で、砦の一室へと通された。
その窓のない部屋には、テーブルと数脚の椅子があり、そのうちの一つにリンカーラが座っていた。テーブルの上には、ワインの瓶とワイングラスが二つ置かれている。
リンカーラは自分のワイングラスにワインを注いでから、ザルードに座るよう促した。
「ザルード卿、よくぞ参った。好きなところに、お座り下され」
「いえ、リンカーラ様。わざわざ隠語を使ってまで呼んで頂き、感謝しております」
昼間の謁見の際、『月を見ながらの~』というのは『夜に会おう』という意味。『次の機会に、盃を酌み交わす~』は、密会を意味する貴族間の隠語だ。
貴族の間では、主に浮気相手を誘う場合や、政略的な密談を行う場合に使われる。そういった性質上であるため、貴族でも未婚の男女には馴染みが薄い。
砦での宿泊を断ったあと、即座に隠語を使って用件を伝えてきたリンカーラの機転に、ザルードは感嘆していた。
ザルードはリンカーラの向かい合わせに座ると、機嫌を伺うような顔で問いかけた。
「ですが、そこまでして――わたくしになんの御用なのでしょうか?」
「ふむ――少し小耳に挟んだ噂が気になってな。そなたの娘――ユーキをザイケンの騎士団に入れたいという話は、わたしも聞いている。そのためには、あのランドという男が邪魔になるかもしれぬ」
「ランド――彼奴が邪魔に? どうしてですか」
怪訝そうな顔をするザルードに、リンカーラは無表情に答え始めた。
「最近のことだが……《白翼騎士団》が《地獄の門》という盗賊団を討伐したらしい。そこで最大の功績を残したのは、あのランドという噂がある。今回の魔物の討伐、失敗させてユーキを《白翼騎士団》から退団させるつもりなのだろう? その目論み、ランドによって潰れるかもしれぬ」
「……まさか」
「まあ、あくまでも噂だ。噂だけが大きくなったという可能性もある。ユーキもザイケンの騎士団に入れば、鍛え直されるだろう。そうすれば、すばらしい武勲をあげることだろう。それを望まれるのであれば、不確定要素は排除すべきだ」
「しかし、それは――」
顔を青くしたザルードに、リンカーラは口元を綻ばした。そして小さく手を挙げると、ザルードの言葉を遮った。
無言でザルードにワインを勧めてから、ザルードは意味ありげな目を向けた。
「なに、模擬戦の事故というのは、よくある話だ。深手を負ったとしても、死ぬような怪我で無ければ、問題はないだろう」
「そ、それは……まあ、そうです」
ザルードは内心、冷や汗をかいていた。
リンカーラは一線を退いたとはいえ、元々は騎士だ。今でも鍛えることを止めていないのか、平服の上からでも筋骨逞しい四肢がみてとれる。
その剣技と、彼の《スキル》である〈瞬発力〉の合わせ技は、正騎士となってから負け知らずという噂だ。
(リンカーラ卿の任せておけば、大丈夫だろう)
しかし、心のどこかでは『死なぬような怪我で済むとは思えない』という言葉が浮かんでいた。
指先が震え始めたことに気付いて、ザルードは深呼吸を繰り返して緊張を抑え込んだ。
そして懐から封蝋を施した手紙を取り出すと、リンカーラへ差し出した。
「わたしは、これで失礼を致しますが、一つだけお願いが御座います。この手紙をザイケン領のルイン卿へ、送って頂けないでしょうか?」
「ルイン卿――それは構わぬが。しかし、ルイン卿か。あそこの息子は、確かどうしようもない、どら息子と聞いたが。そこへ娘を送るつもりですかな?」
「……はい。どら息子でも、領主の息子。ユーキの性格を考えれば、相性は悪くないと考えました。騎士として武勲をあげ、ルイン卿の目に止まれば……ルイン卿の息子に娶られるかもしれません。たとえ相手が浮気をしようと、女遊びに明け暮れようと……ユーキなら文句は言いますまい」
最初は気まずそうにしていたザルードは、意を決したように顔をあげた。
「我が家のため、ユーキにはルイン卿の息子の元へ嫁いでくれれば――そう願っているのです」
-----------------------------------------------------------------------------------
本作を呼んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
異種族……エルフ登場な回です。
指輪物語(ロードドブザリングs)の影響か、どうしても異種族と人間との関わりが薄くなってしまします。
ファンタジーなんだから、もっと濃くしてもいいんですけどね。やはり、若い頃に(小説を)読んで(映画を)観た作品の影響は大きいですね。
交流があった大昔とは違い、今は互いに認識はしているけど干渉は最低限。価値観が違うので、密な付き合いはしていない――的な印象です。
何故か、映画のホビットや力の指輪では、かなり密な付き合い方をしていましたが。
……記憶違いがあったら、すいません(汗
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
追記……またもや操作ミス? みたいで、アップ失敗してました……。上げ直しました。申し訳ありませんでした。
ランドたちが領主街であるクレートに入る数時間前。
クレートに向かって飛翔していた瑠胡が、急に空中で静止した。それに遅れて、やや不慣れな挙動でセラもそれに倣う。
「どうなされましたか?」
「声が聞こえました。少し降りてみましょう」
「え? 瑠胡姫様――?」
ゆっくりと森の中へ降りていく瑠胡に、セラは戸惑いながら付き添った。
ここからクレートの街までは、まだ一時間ほど飛ばなくてはならない。寄り道をしていたら、昼を過ぎてしまうだろう。
そんな不安げなセラに、瑠胡は首を傾げた。
「セラにはまだ、聞こえませんか? わたくしたちを呼ぶ声が」
「いえ……わたくしには、聞こえませんが」
セラの返答に、瑠胡は数度頷いた。そして「まだ修行中ですから、仕方ありませんね」と呟く。
瑠胡が降り立ったのは、森の中でもっとも木々が追い茂った場所だった。折り重なる枝葉が天蓋のように日光を遮っているせいか、昼間だというのに周囲は薄暗くなっていた。
ドラゴンの翼を畳んだ瑠胡は、背筋を伸ばすと木の上へと首を向けた。
「妾は天竜族の瑠胡。さきほど妾に呼びかけたのは、其方らで間違いないか?」
そう呼びかけたが、声が返ってくる様子はなかった。
セラが不安を覚えている横で、瑠胡の視線が木の根元へと下がった。その視線を目で追ったセラは、数人の男女が目の前にある大木の横にいることに気付いた。
妙に線の細い男女だ。髪の色は金髪や銀髪、それに赤毛など様々だが、共通しているのは、全員が大理石を思わせるような肌の白さをしていることだろう。
妙に容姿の整った男女の中から、銀髪の男が前に進み出た。腰まである髪を縛りもせずに伸ばし、緑の目をしていた。
灰色のマントで身体を包み、ズボンや革のブーツらしい履き物は、どれも濃緑色をしていた。
「瑠胡ハロンスス、ヒセモミスト」
「……セメニコ、ホタニカタヒトフノサ」
瑠胡がエルフ語で断りを入れると、青年は驚きながらも僅かに腰を折った。
「では、そのように致しましょう。我らは、この森に住む妖精族――人の言葉ではエルフと呼ばれる者にございます。わたくしは、この場における代表を任されました、ナインフと申します」
「ふむ。先も言ったが、妾は瑠胡。そして、彼女はセラ。して、妾らを呼び止めたのには理由があるのだろう? 話してみよ」
瑠胡の言葉にナインフは再び腰を折ってから、淡々とした口調で話を始めた。
「実は、この付近に巨大な魔物と思しき存在がいるのです。今のところ、我らの領域に被害が及ぶ様子はありませぬが、あの周囲は我らが、狩りや木の実を採取する場所に近いのです。どうか天竜のお力で魔物を討伐、もしくは追い払っては頂けないでしょうか」
「なるほどのう。その魔物は老ギランドが言っておったものと、同一かもしれぬな。御主の言う魔物はタイラン山におる、鎧を身に纏った姿のものか?」
「――はい。その通りでございます」
「左様か。なれば、安心せよ。妾たちの目的は、もとよりその魔物である」
瑠胡の返答に、ナインフたちエルフの顔に、安堵の色が浮かんだ。
エルフたちが瑠胡とセラに腰を折ったあと、ナインフが一歩だけ前に進み出た。
「それでは、これより我らが道案内を致しましょう。周辺の森は、我らが庭も同然。魔物の居場所まで、迷い無く案内致します」
「それは有り難い――が、すぐには行けぬ。その魔物を討伐するにあたって、合流したい者たちがおる。魔物の討伐は、そのあとでしかできぬ」
「そうですか。それでしたら、その前に我らの領域にお立ち寄り下さい。あまり多くはありませんが、食料とタイラン山周辺の地図をお渡ししましょう」
ナインフの申し出に、瑠胡は僅かに躊躇った。エルフの領域に立ち寄っていては、ランドとの合流が遅くなってしまう。
そんな想いが頭に浮かんだものの、瑠胡は微笑みを浮かべながら頷いた。
「かたじけない。では、ご厚意に甘えるとしよう」
「瑠胡姫様、よろしいのでしょうか……?」
不安げな表情を浮かべたセラに、瑠胡は囁くように応じた。
「今は少しでも情報が欲しいですから。それに、エルフ――あの妖精族は邪な感情が薄い種ですし、わたくしたちに危害を加えることはないでしょう」
瑠胡はセラを促しながら、エルフたちに近寄って行った。
エルフたちのすぐ側まで来たとき、ナインフの視線がセラの帯で止まった。
「失礼ですが。セラ様は剣術を嗜んでおられるのでしょうか?」
「ええ。少々――なぜ、そのような質問を?」
「いえ。腰帯に短剣が見えましたので」
「ああ――」
つい帯剣をしてしまうのは、騎士団のころからの習慣だ。ただ、護身を兼ねたものであるから、あまり質には拘っていない。
ナインフはセラの全身を見回すと、自分の胸に手を添えた。
「よろしければ、我々が所有している剣をお譲りしましょう。その短剣よりは、役に立つと思います」
「ありがとうございます。ですが、いいのですか? そこまでする義理はないでしょうに」
「いえ。あの魔物を討伐して頂けるのなら、剣の一振り程度は惜しみませぬ」
「貰っておきましょう、セラ。きっと役に立ちます」
「瑠胡姫様――わかりました。有り難く頂戴致します」
セラが礼を言うと、ナインフは僅かに会釈を返してから、自分たちの領域へと歩き始めた。
*
日が暮れて夕食も終えたあと、ザルードはすぐに泊まっている部屋へと戻った。そこで手紙を書き終えたると、すぐに封蝋を施して懐に忍ばせた。
寝静まる時間ではないが、ランドやユーキたちは自室でくつろいでいる。他者への行動に、そこまで注意を払ってはいない――と、ザルードは踏んでいた。
宿を出たザルードは真っ暗な大通りを、リンカーラのいる砦へ向けて歩き出した。閉じられた雨戸から漏れる、微かな光を頼りに大通りを進んでいると、ザルードの前に一頭立ての馬車が停まった。
ランプが下がった御者台にいる中年の男が、ザルードへと声をかけた。
「ザルード様でいらっしゃいますか? リンカーラ様の使いで御座います」
「……その通り、わたしがザルードだ。すまないが、リンカーラ様のところまで頼む」
「はい。では、馬車にお乗り下さい」
ザルードが客車に乗り込むと、馬車は勢いよく走りだした。
程なく、馬車は砦の中へと入って行った。ザルードが馬車から降りると、従者が出迎えた。
ザルードは従者の案内で、砦の一室へと通された。
その窓のない部屋には、テーブルと数脚の椅子があり、そのうちの一つにリンカーラが座っていた。テーブルの上には、ワインの瓶とワイングラスが二つ置かれている。
リンカーラは自分のワイングラスにワインを注いでから、ザルードに座るよう促した。
「ザルード卿、よくぞ参った。好きなところに、お座り下され」
「いえ、リンカーラ様。わざわざ隠語を使ってまで呼んで頂き、感謝しております」
昼間の謁見の際、『月を見ながらの~』というのは『夜に会おう』という意味。『次の機会に、盃を酌み交わす~』は、密会を意味する貴族間の隠語だ。
貴族の間では、主に浮気相手を誘う場合や、政略的な密談を行う場合に使われる。そういった性質上であるため、貴族でも未婚の男女には馴染みが薄い。
砦での宿泊を断ったあと、即座に隠語を使って用件を伝えてきたリンカーラの機転に、ザルードは感嘆していた。
ザルードはリンカーラの向かい合わせに座ると、機嫌を伺うような顔で問いかけた。
「ですが、そこまでして――わたくしになんの御用なのでしょうか?」
「ふむ――少し小耳に挟んだ噂が気になってな。そなたの娘――ユーキをザイケンの騎士団に入れたいという話は、わたしも聞いている。そのためには、あのランドという男が邪魔になるかもしれぬ」
「ランド――彼奴が邪魔に? どうしてですか」
怪訝そうな顔をするザルードに、リンカーラは無表情に答え始めた。
「最近のことだが……《白翼騎士団》が《地獄の門》という盗賊団を討伐したらしい。そこで最大の功績を残したのは、あのランドという噂がある。今回の魔物の討伐、失敗させてユーキを《白翼騎士団》から退団させるつもりなのだろう? その目論み、ランドによって潰れるかもしれぬ」
「……まさか」
「まあ、あくまでも噂だ。噂だけが大きくなったという可能性もある。ユーキもザイケンの騎士団に入れば、鍛え直されるだろう。そうすれば、すばらしい武勲をあげることだろう。それを望まれるのであれば、不確定要素は排除すべきだ」
「しかし、それは――」
顔を青くしたザルードに、リンカーラは口元を綻ばした。そして小さく手を挙げると、ザルードの言葉を遮った。
無言でザルードにワインを勧めてから、ザルードは意味ありげな目を向けた。
「なに、模擬戦の事故というのは、よくある話だ。深手を負ったとしても、死ぬような怪我で無ければ、問題はないだろう」
「そ、それは……まあ、そうです」
ザルードは内心、冷や汗をかいていた。
リンカーラは一線を退いたとはいえ、元々は騎士だ。今でも鍛えることを止めていないのか、平服の上からでも筋骨逞しい四肢がみてとれる。
その剣技と、彼の《スキル》である〈瞬発力〉の合わせ技は、正騎士となってから負け知らずという噂だ。
(リンカーラ卿の任せておけば、大丈夫だろう)
しかし、心のどこかでは『死なぬような怪我で済むとは思えない』という言葉が浮かんでいた。
指先が震え始めたことに気付いて、ザルードは深呼吸を繰り返して緊張を抑え込んだ。
そして懐から封蝋を施した手紙を取り出すと、リンカーラへ差し出した。
「わたしは、これで失礼を致しますが、一つだけお願いが御座います。この手紙をザイケン領のルイン卿へ、送って頂けないでしょうか?」
「ルイン卿――それは構わぬが。しかし、ルイン卿か。あそこの息子は、確かどうしようもない、どら息子と聞いたが。そこへ娘を送るつもりですかな?」
「……はい。どら息子でも、領主の息子。ユーキの性格を考えれば、相性は悪くないと考えました。騎士として武勲をあげ、ルイン卿の目に止まれば……ルイン卿の息子に娶られるかもしれません。たとえ相手が浮気をしようと、女遊びに明け暮れようと……ユーキなら文句は言いますまい」
最初は気まずそうにしていたザルードは、意を決したように顔をあげた。
「我が家のため、ユーキにはルイン卿の息子の元へ嫁いでくれれば――そう願っているのです」
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本作を呼んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
異種族……エルフ登場な回です。
指輪物語(ロードドブザリングs)の影響か、どうしても異種族と人間との関わりが薄くなってしまします。
ファンタジーなんだから、もっと濃くしてもいいんですけどね。やはり、若い頃に(小説を)読んで(映画を)観た作品の影響は大きいですね。
交流があった大昔とは違い、今は互いに認識はしているけど干渉は最低限。価値観が違うので、密な付き合いはしていない――的な印象です。
何故か、映画のホビットや力の指輪では、かなり密な付き合い方をしていましたが。
……記憶違いがあったら、すいません(汗
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彼らはこの世界の神。
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ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」
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