屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第五部『臆病な騎士の小さな友情』

二章-2

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   2

 俺たちを乗せた馬車がメイオール村を出てから、三日が経過した。
 四頭立ての馬車の御者台にいるのは、金髪碧眼の青年。《白翼騎士団》の従者である、フレッドだ。
 快適とは言い難いが、柔らかい厚手の毛布が敷かれた馬車の客車には、リリンとユーキ、それにエリザベート、ザルード卿がいる。
 食料などの荷物も載せているため、俺は手狭になった客車から御者台に移っていた。


「……なんで、この遠征の従者が僕なんでしょうね」


 出発してから、この愚痴は十数回目にもなる。俺は溜息を吐きながら、フレッドをジト目で見た。


「おまえねぇ……文句ばっか言ってないで、もっと真剣にやってくれよ」


「そうは言いますけど……男女比が一対一なんですよ? こんなに男臭のする環境なんて、耐えられないですよ」


 この反論(?)には、俺も呆れすぎて、すぐに次の言葉が出さなかった。
 溜息を吐きながら頭を掻いた俺は、少々諦め気味になっていた。


「……瑠胡やセラが来られなかったしな。仕方ねぇだろ」


「ああ、いえ。あの御二方は、来なくていいです。来たら来たで、ランドさんとのイチャイチャを見せつけられるだけですし」


 そんな言いがかりを真顔で告げるフレッドに、俺は顔を強ばらせた。


「そんなこと――人前では、してねぇだろ」


「してましたよ。前にあった、巨大なワームを追い返した事件のときとか」


 巨大なワーム――って、マーガレットのときか? あのときはまだ、瑠胡やセラとそんなに親しくしてなかった気がするけど……。

 もしかして、俺が気がつかなかっただけか?

 俺は少しだけフレッドから視線を逸らした。


「……気のせい、じゃないか?」


「気のせい――気のせいですって? あんな露骨な姿を晒しておいて、気のせいとかいいます? ああ、もうやだやだ。恋人っていうか、許嫁が二人もいる人は、余裕があっていいですよね」


 半目で睨んでくるフレッドに、俺はたじろいだ。
 言い返したかったが、瑠胡やセラとそういう関係になったのは事実だし。俺には言い返せるだけの材料が、まったくなかった。
 そんな話をしていると、客車の幌が開いて、ザルード卿が顔を出してきた。


「お喋りなどしてる場合ではないだろう。そんなことより、魔物の情報源とは、いつ会える?」


「情報源は、領主街のクレートの先にいます。ただ、情報源という御方は人嫌いみたいなんです。俺だけで会いに行きますから、帰るまで街で待機して下さい」


 情報源が人嫌い――というのは、ザルード卿やエリザベートを街に残す口実だ。まさか老ドラゴンが情報源だなんて、この人たちには教えられない。
 そんな誤魔化しを含めた俺の説明に、ザルード卿は一応、納得したようだ。返事をしないまでも、大人しく幌の中に戻っていった。
 聞き耳を立てていると、ザルード卿の話し声が聞こえてきた。


「ユーキよ。案内役の話を聞くに、やはり《白翼騎士団》では武勲はあげられそうにはない。他の騎士団に入るべきだと思うがな」


「ど、どうして……そんなことをいうんですか。あたしは、ここで頑張りたい……です」


「しかしだ。騎士というのは、武勲を立ててこそ、存在価値が高まるのだ。わたしが推挙する騎士団は、これまでも数々の武勲をあげている。おまえの才能を活かせるのは、その騎士団しかない」


 大人しいユーキに対し、かなり強引に説得をしているみたいだ。
 しかし、ユーキだって《白翼騎士団》で武勲はあげている。直接は見ていないが、ユーキは熊に似た魔物――ドゥーム・ベアというらしい――を斃したと、セラから聞いている。
 《白翼騎士団》はザルード卿が言うように、武勲を立てられぬ集団ではない。


「――あの騎士団で武勲を立てられれば、ゆくゆくは王都で暮らすことも夢ではない。我がコウ家が、王都で騎士としての名を連ねることになるだろう」


 ユーキの気持ちも考えないで――俺が幌の中に入って、文句を言ってやろうかと思った矢先に、リリンが口を開いた。


「……失礼ですが、ザルード卿。まるで、あなた自信が武勲を立てるような口ぶりに聞こえます」


「なんだと!?」


「《白翼騎士団》や他の騎士団を問わず……ユーキさんが手にする武勲は、ユーキさんのものです。あなたの武勲ではありません」


 冷静で感情の籠もっていないリリンの言葉に、ザルード卿は顔を強ばらせていた。
 リリンの述べた意見の内容など理解しているが、しかし指摘されたことは、まったく意識してなかった――そんな顔だ。
 数秒の沈黙のあと、怒りで顔を真っ赤にかせたザルード卿が、リリンへと手を伸ばした。


「お父様、やめて!」


「やめろっ!!」


 俺の怒声よりも、ユーキの声のほうが僅かに早かった。
 背中から服を掴むユーキに気付いて、ザルード卿は我に返ったかのように無手のまま右腕を引っ込めた。


「……今回は許す。次に無礼な発言をすれば、容赦はしない」


「そうじゃねぇだろ、おい」


 俺は幌の中に入ると、拳を固く握り締めながら、ザルード卿とリリンの間に割って入った。
 リリンの指摘は、恐らく正しい。 
 ザルード卿がなにを考えて――もしくは、企んでいるかは知らないが、それに娘を巻き込むだけでなく、指摘をしてきた相手を脅すなど、まっとうな人間のすることじゃない。


「リリンが言ったことは、図星だったんだろ? それがバレそうになって、暴力を振るいそうになったんだ。誤るのが先じゃないのか?」


「なんだと――」


 ザルード卿は揺れる馬車の中で、長剣の柄を握り締めた。



「貴様、これ以上の無礼は許さぬと――」


「許さぬなら、なんだって? これ以上、好き勝手をするようなら、あんたから砕くぞ」


 しかし、俺も黙って見ていたわけじゃない。長剣の柄を握った右手を、左手で素早く掴んでいた。
 ザルード卿は長剣を抜こうとするが、〈筋力増強〉をした俺の左手は、そう易々と振り解けなかった。
 ザルード卿の顔に驚愕の色が浮かんだとき、俺は静かに告げた。


「俺の《スキル》は、〈ドレインスキル〉だ。あんたの持つ、すべての技能や《スキル》を、この場で捨ててやってもいいんだぜ?」


「な――んだと? それでは、ゴガルンの《スキル》を奪ったという、あの噂は本当だというのか」


「さてね。あんたの身体で試せしてみればいいだろ」


 挑発じみた声の返答に、ザルード卿は気圧されそうに血の気が引いた。
 しかし、すぐに小さく首を振ると、騎士の自尊心がそうさせるのか、無言で俺を睨んできた。
 ザルード卿と睨み合いの格好となった俺は、周囲の物音すら気にならなくなっていた。


「あの……お父様もランドさんも……や、止めて下さい」


 仲裁に入ろうとするユーキの声も、どこか遠くに聞こえていた。
 それほどまでに、俺はザルード卿との根性比べに集中していたわけだ。それはまさに、実戦さながらの様相だったに違いない。
 どちらかが動いた途端に、一触即発の状況になる――そんな雰囲気が漂い始めたとき、激しく手を叩く音が響いた。


「二人とも、いい加減にしなさい!」


 エリザベートの怒鳴り声で、俺は我に返った。ガタガタと揺れる馬車の音が、耳に蘇ってきた。
 俺が振り返ると、エリザベートは心底呆れた顔をしていた。


「まったく! なんで男ってのは、腕力で解決しようとするのかしら。ザルード卿も人の親であるなら、もう少し理性的な言動をして欲しいわね」


「な――貴様なんぞに、言われる筋合いはない!」


 怒鳴り声をあげるザルード卿に、エリザベートは初めて目を釣り上げた。


「あら。あなたがどこの騎士かは知りませんけれど。けれど、王都に住んでいないのは確かよね。だって、上手くいけば王都に住める――というようなことを仰有っていましたものね。そんな片田舎の騎士に、貴様なんて言われる謂われはないわね」


 エリザベートは揺れる馬車で立ち上がると、左手を胸に当てた。


「王都の魔術師ギルドに所属する――それはつまり、王家に仕える魔術師の家系かもしれないと、考えたこともないのでしょうね。わたくしの父が、まさしくそれですわ――つまり、王都に住む貴族ということ。それは、リリアーンナも同じ」


「な――」


「あなたのような片田舎の騎士なんて、わたくしの一族が総出でかかれば、あっというまに潰せますのよ? とはいえ、そんな権力の使い方なんて、唾棄すべき行為そのものですもの。実際には、やりませんけど」


 エリザベートは今度こそ完全に気圧されたザルード卿に、手にしていた杖の先端を向けた。


「わたしの言ったこと、理解したのなら、それなりの態度で示しなさい」


「た――いえ、申し訳ございません」


 片膝をついて謝罪するザルード卿に、見下すような目を向けたエリザベートは、次に俺へと向き直ると、腕を組んでみせた。


「あなたもよ、ランド・コール。リリアーンナを庇おうとした姿勢は、賞賛に値しますけれど? ただ、そのあとの言動が粗暴すぎるわ。権力に屈せず、正しいことを貫こうとするのは立派だけれど、一歩間違えば己の身を滅ぼすだけよ。反省しなさい」


「……はあ。なんか、ごめ――いや、すいません」


「そうそう。素直なことは、よいことだわ。わたしも家の力を誇示するような真似をして、大人げなかったわ」


 澄まし顔のエリザベートは俺たちに一礼をしてから、毛布の上に腰を降ろした。


 なんかその……色々な意味で、負けた気がする。


 年下のエリザベートに説教をされるのは良いとして、その自信に満ちた言動に、俺も気圧されてしまった。
 言われたことも、まあ……ごもっともな内容だ。
 俺はユーキやリリンに軽く謝ってから、御者台へと戻った。
 瑠胡と同じ天竜族となり、竜神・安仁羅の眷属となったわけだけど、こんな感じで、本当に御使いなんか務まるんだろうか?
 なんか、不安しか感じない。
 俺は御者台に座ると、空を見上げながら溜息を吐いた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

不和マシマシ、油辛めな今回。肉増しはなくとも、憎ましい感じはあるかもですね。

ああ、本編に対して書くこと(書けること)が少ない……。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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