137 / 276
第五部『臆病な騎士の小さな友情』
二章-2
しおりを挟む2
俺たちを乗せた馬車がメイオール村を出てから、三日が経過した。
四頭立ての馬車の御者台にいるのは、金髪碧眼の青年。《白翼騎士団》の従者である、フレッドだ。
快適とは言い難いが、柔らかい厚手の毛布が敷かれた馬車の客車には、リリンとユーキ、それにエリザベート、ザルード卿がいる。
食料などの荷物も載せているため、俺は手狭になった客車から御者台に移っていた。
「……なんで、この遠征の従者が僕なんでしょうね」
出発してから、この愚痴は十数回目にもなる。俺は溜息を吐きながら、フレッドをジト目で見た。
「おまえねぇ……文句ばっか言ってないで、もっと真剣にやってくれよ」
「そうは言いますけど……男女比が一対一なんですよ? こんなに男臭のする環境なんて、耐えられないですよ」
この反論(?)には、俺も呆れすぎて、すぐに次の言葉が出さなかった。
溜息を吐きながら頭を掻いた俺は、少々諦め気味になっていた。
「……瑠胡やセラが来られなかったしな。仕方ねぇだろ」
「ああ、いえ。あの御二方は、来なくていいです。来たら来たで、ランドさんとのイチャイチャを見せつけられるだけですし」
そんな言いがかりを真顔で告げるフレッドに、俺は顔を強ばらせた。
「そんなこと――人前では、してねぇだろ」
「してましたよ。前にあった、巨大なワームを追い返した事件のときとか」
巨大なワーム――って、マーガレットのときか? あのときはまだ、瑠胡やセラとそんなに親しくしてなかった気がするけど……。
もしかして、俺が気がつかなかっただけか?
俺は少しだけフレッドから視線を逸らした。
「……気のせい、じゃないか?」
「気のせい――気のせいですって? あんな露骨な姿を晒しておいて、気のせいとかいいます? ああ、もうやだやだ。恋人っていうか、許嫁が二人もいる人は、余裕があっていいですよね」
半目で睨んでくるフレッドに、俺はたじろいだ。
言い返したかったが、瑠胡やセラとそういう関係になったのは事実だし。俺には言い返せるだけの材料が、まったくなかった。
そんな話をしていると、客車の幌が開いて、ザルード卿が顔を出してきた。
「お喋りなどしてる場合ではないだろう。そんなことより、魔物の情報源とは、いつ会える?」
「情報源は、領主街のクレートの先にいます。ただ、情報源という御方は人嫌いみたいなんです。俺だけで会いに行きますから、帰るまで街で待機して下さい」
情報源が人嫌い――というのは、ザルード卿やエリザベートを街に残す口実だ。まさか老ドラゴンが情報源だなんて、この人たちには教えられない。
そんな誤魔化しを含めた俺の説明に、ザルード卿は一応、納得したようだ。返事をしないまでも、大人しく幌の中に戻っていった。
聞き耳を立てていると、ザルード卿の話し声が聞こえてきた。
「ユーキよ。案内役の話を聞くに、やはり《白翼騎士団》では武勲はあげられそうにはない。他の騎士団に入るべきだと思うがな」
「ど、どうして……そんなことをいうんですか。あたしは、ここで頑張りたい……です」
「しかしだ。騎士というのは、武勲を立ててこそ、存在価値が高まるのだ。わたしが推挙する騎士団は、これまでも数々の武勲をあげている。おまえの才能を活かせるのは、その騎士団しかない」
大人しいユーキに対し、かなり強引に説得をしているみたいだ。
しかし、ユーキだって《白翼騎士団》で武勲はあげている。直接は見ていないが、ユーキは熊に似た魔物――ドゥーム・ベアというらしい――を斃したと、セラから聞いている。
《白翼騎士団》はザルード卿が言うように、武勲を立てられぬ集団ではない。
「――あの騎士団で武勲を立てられれば、ゆくゆくは王都で暮らすことも夢ではない。我がコウ家が、王都で騎士としての名を連ねることになるだろう」
ユーキの気持ちも考えないで――俺が幌の中に入って、文句を言ってやろうかと思った矢先に、リリンが口を開いた。
「……失礼ですが、ザルード卿。まるで、あなた自信が武勲を立てるような口ぶりに聞こえます」
「なんだと!?」
「《白翼騎士団》や他の騎士団を問わず……ユーキさんが手にする武勲は、ユーキさんのものです。あなたの武勲ではありません」
冷静で感情の籠もっていないリリンの言葉に、ザルード卿は顔を強ばらせていた。
リリンの述べた意見の内容など理解しているが、しかし指摘されたことは、まったく意識してなかった――そんな顔だ。
数秒の沈黙のあと、怒りで顔を真っ赤にかせたザルード卿が、リリンへと手を伸ばした。
「お父様、やめて!」
「やめろっ!!」
俺の怒声よりも、ユーキの声のほうが僅かに早かった。
背中から服を掴むユーキに気付いて、ザルード卿は我に返ったかのように無手のまま右腕を引っ込めた。
「……今回は許す。次に無礼な発言をすれば、容赦はしない」
「そうじゃねぇだろ、おい」
俺は幌の中に入ると、拳を固く握り締めながら、ザルード卿とリリンの間に割って入った。
リリンの指摘は、恐らく正しい。
ザルード卿がなにを考えて――もしくは、企んでいるかは知らないが、それに娘を巻き込むだけでなく、指摘をしてきた相手を脅すなど、まっとうな人間のすることじゃない。
「リリンが言ったことは、図星だったんだろ? それがバレそうになって、暴力を振るいそうになったんだ。誤るのが先じゃないのか?」
「なんだと――」
ザルード卿は揺れる馬車の中で、長剣の柄を握り締めた。
「貴様、これ以上の無礼は許さぬと――」
「許さぬなら、なんだって? これ以上、好き勝手をするようなら、あんたから砕くぞ」
しかし、俺も黙って見ていたわけじゃない。長剣の柄を握った右手を、左手で素早く掴んでいた。
ザルード卿は長剣を抜こうとするが、〈筋力増強〉をした俺の左手は、そう易々と振り解けなかった。
ザルード卿の顔に驚愕の色が浮かんだとき、俺は静かに告げた。
「俺の《スキル》は、〈ドレインスキル〉だ。あんたの持つ、すべての技能や《スキル》を、この場で捨ててやってもいいんだぜ?」
「な――んだと? それでは、ゴガルンの《スキル》を奪ったという、あの噂は本当だというのか」
「さてね。あんたの身体で試せしてみればいいだろ」
挑発じみた声の返答に、ザルード卿は気圧されそうに血の気が引いた。
しかし、すぐに小さく首を振ると、騎士の自尊心がそうさせるのか、無言で俺を睨んできた。
ザルード卿と睨み合いの格好となった俺は、周囲の物音すら気にならなくなっていた。
「あの……お父様もランドさんも……や、止めて下さい」
仲裁に入ろうとするユーキの声も、どこか遠くに聞こえていた。
それほどまでに、俺はザルード卿との根性比べに集中していたわけだ。それはまさに、実戦さながらの様相だったに違いない。
どちらかが動いた途端に、一触即発の状況になる――そんな雰囲気が漂い始めたとき、激しく手を叩く音が響いた。
「二人とも、いい加減にしなさい!」
エリザベートの怒鳴り声で、俺は我に返った。ガタガタと揺れる馬車の音が、耳に蘇ってきた。
俺が振り返ると、エリザベートは心底呆れた顔をしていた。
「まったく! なんで男ってのは、腕力で解決しようとするのかしら。ザルード卿も人の親であるなら、もう少し理性的な言動をして欲しいわね」
「な――貴様なんぞに、言われる筋合いはない!」
怒鳴り声をあげるザルード卿に、エリザベートは初めて目を釣り上げた。
「あら。あなたがどこの騎士かは知りませんけれど。けれど、王都に住んでいないのは確かよね。だって、上手くいけば王都に住める――というようなことを仰有っていましたものね。そんな片田舎の騎士に、貴様なんて言われる謂われはないわね」
エリザベートは揺れる馬車で立ち上がると、左手を胸に当てた。
「王都の魔術師ギルドに所属する――それはつまり、王家に仕える魔術師の家系かもしれないと、考えたこともないのでしょうね。わたくしの父が、まさしくそれですわ――つまり、王都に住む貴族ということ。それは、リリアーンナも同じ」
「な――」
「あなたのような片田舎の騎士なんて、わたくしの一族が総出でかかれば、あっというまに潰せますのよ? とはいえ、そんな権力の使い方なんて、唾棄すべき行為そのものですもの。実際には、やりませんけど」
エリザベートは今度こそ完全に気圧されたザルード卿に、手にしていた杖の先端を向けた。
「わたしの言ったこと、理解したのなら、それなりの態度で示しなさい」
「た――いえ、申し訳ございません」
片膝をついて謝罪するザルード卿に、見下すような目を向けたエリザベートは、次に俺へと向き直ると、腕を組んでみせた。
「あなたもよ、ランド・コール。リリアーンナを庇おうとした姿勢は、賞賛に値しますけれど? ただ、そのあとの言動が粗暴すぎるわ。権力に屈せず、正しいことを貫こうとするのは立派だけれど、一歩間違えば己の身を滅ぼすだけよ。反省しなさい」
「……はあ。なんか、ごめ――いや、すいません」
「そうそう。素直なことは、よいことだわ。わたしも家の力を誇示するような真似をして、大人げなかったわ」
澄まし顔のエリザベートは俺たちに一礼をしてから、毛布の上に腰を降ろした。
なんかその……色々な意味で、負けた気がする。
年下のエリザベートに説教をされるのは良いとして、その自信に満ちた言動に、俺も気圧されてしまった。
言われたことも、まあ……ごもっともな内容だ。
俺はユーキやリリンに軽く謝ってから、御者台へと戻った。
瑠胡と同じ天竜族となり、竜神・安仁羅の眷属となったわけだけど、こんな感じで、本当に御使いなんか務まるんだろうか?
なんか、不安しか感じない。
俺は御者台に座ると、空を見上げながら溜息を吐いた。
-----------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
不和マシマシ、油辛めな今回。肉増しはなくとも、憎ましい感じはあるかもですね。
ああ、本編に対して書くこと(書けること)が少ない……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
10
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

ハイエルフの幼女は異世界をまったりと過ごしていく ~それを助ける過保護な転移者~
まぁ
ファンタジー
事故で亡くなった日本人、黒野大河はクロノとして異世界転移するはめに。
よし、神様からチートの力をもらって、無双だ!!!
ではなく、神様の世界で厳しい修行の末に力を手に入れやっとのことで異世界転移。
目的もない異世界生活だがすぐにハイエルフの幼女とであう。
なぜか、その子が気になり世話をすることに。
神様と修行した力でこっそり無双、もらった力で快適生活を。
邪神あり勇者あり冒険者あり迷宮もありの世界を幼女とポチ(犬?)で駆け抜けます。
PS
2/12 1章を書き上げました。あとは手直しをして終わりです。
とりあえず、この1章でメインストーリーはほぼ8割終わる予定です。
伸ばそうと思えば、5割程度終了といったとこでしょうか。
2章からはまったりと?、自由に異世界を生活していきます。
以前書いたことのある話で戦闘が面白かったと感想をもらいましたので、
1章最後は戦闘を長めに書いてみました。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる