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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
二章-1
しおりを挟む二章 剥がれる誇り
1
カードの勝負は、俺の三戦三勝だった。瑠胡とセラからは不満の声もあがったが、勝負は勝負――という返答をしておいた。
それからは瑠胡、セラの順番に、二人が寝るまで寝物語の時間を過ごした。そんな毎晩の触れ合いの時間を終えてからが、俺の就寝時間だ。
想像していた生活とは異なり、色々と忙しい日々を送っているから、二人とゆっくり語らえる貴重な時間でもある。
俺と瑠胡、それにセラが《白翼騎士団》の駐屯地へ赴いたのは、その翌朝だ。
食事や修練やら、朝の諸々を終えてからすぐに神殿を出たのだが、レティシアはその二、三時間を待ちきれなかったようだ。
メイオール村に入ったところで、俺たちは神殿に向かう途中のレティシアと遭遇した。
軍馬に騎乗こそしていなかったが、やけに早足で歩いていたレティシアは、俺たちを前にして、あからさまな渋面となった。
「……昨晩に連絡をくれたにしては、遅いではないか」
「団長――いえ、レティシア。こちらもできるだけ、急いで出てきてはいるのです。急いている気持ちは理解できますが、御理解をお願いします」
セラが答えると、レティシアも気が緩んだのか、その表情に疲れが見えた。
「……すまない」
「御主も忙しそうだのう。察するに、ユーキの父親が原因か?」
「……ええ、瑠胡姫様。お恥ずかしながら、その通りです。魔物が見つかったらしいと話をした途端、今すぐにも出向く勢いで、せっついてくる」
瑠胡に答えてから、レティシアは珍しく人前で溜息を吐いた。どうやら、かなり精神的に参ってきているらしい。
ザルード卿から遠ざけるためにも神殿で話をしたいところだが、それだと今度は駐屯地に戻ったレティシアが、一人で説明をせねばならないだろう。面倒事は一度に終わらせたほうが、レティシアにとっての助けになるかもしれない。
あまり気乗りはしないけど、俺は皆を駐屯地へと促した。
駐屯地に到着した俺たちは食堂に入ると、ユーキとザルード卿を交えて話を始めた。
「魔物が居るのは、クレイモート領ということです。クレイモート領のどこに、どんな魔物がいるのかは、現地に居る情報源から話を聞く必要があります」
俺の説明を聞いて、ザルード卿は表情を険しくした。
「魔物の正体もわからぬとは……その話は、当てになるのか?」
「情報の出所は、確かだと――思います。仔細は現地で確認するしかないので、まずは俺たちで情報を聞いてきます。ユーキが向かうのは、それからのほうがいいと――」
「駄目だ!」
ザルード卿の怒鳴り声に、話をしていた俺たちだけでなく、周囲で働いていた従者たちも一斉に振り返った。
周囲の視線に気付いたのか、ザルード卿は気まずそうに咳払いをした。
「もし現地に魔物が出没しているなら、そんな悠長なことをしている暇などない。その……被害が出る前に、討伐しなくては」
「それはそうですが……魔物の正体を見極めてたほうが、安全だと思いますけどね」
「騎士というのは、危険を顧みずに戦うことも重要だ。王のため、そして民のために命を賭すことこそ、騎士の誉れである」
最後のほうは、どこか芝居がかった口調だったように思う。
騎士の誉れとか興味はないし、ユーキの安全だって考えるべきだとは思う。だが、これ以上の判断は、部外者である俺ではなくレティシアやユーキ本人に任せるしかない。
俺の視線を受けて、黙考していたレティシアがユーキに視線を向けた。
「保存食の備蓄は、どのくらいある?」
「ええっと……先日、補給されたばかりです。確か、全員が二十日移動できるだけの備蓄があります」
ユーキが返答をした直後、リリンの手を引っ張ったエリザベートが、俺たちのところへやってきた。
「レティシア様? お願いが御座います」
「なんだ?」
「魔物の討伐で遠征をするおつもりなら、わたしとリリンも同行させて下さい」
「なに?」
レティシアに遅れて俺がリリンを見たとき、明らかに戸惑いの表情を浮かべていた。
どうやら、強引に連れてこられたらしい。それを理解したのか、憮然とした顔になったレティシアはテーブルを指先で叩き始めた。
「競争は禁止したはずだが?」
「いいえ。これは競争のためではありません。魔物の討伐、それも正体がわからないとなれば、魔術師の助力は必要だと考えます。そして、相手が群れでいることも考えれば、魔術師の数は多い方が良いはずです」
エリザベートの意見は、ちょっと聞いただけならもっともらしく聞こえる。だけど、彼女がこれまでしてきた言動を踏まえると、魔物の討伐中にリリンに勝負を挑むのは目に見えてる。
レティシアはエリザベートに険しい顔を向けながら、首を振った。
「派遣する魔術師は一人だ。手が足りぬというなら、瑠胡姫様やセラにも協力を依頼するつもりだ」
「レティシア様? これは騎士団の問題ではありませんか。部外者の協力は、最低限にするべきだと考えます」
「魔術師を二人も派遣して、村の警護はどうするつもりだ? ここに魔物がやってこないとも限らない。こちらこそ、我らの本来の役目だ」
「村の護りでしたら、それこそ元副団長や、そちらの方々の協力を仰げば宜しいと考えます。自分たちが住んでいる村を護るのは、当然のことですもの」
自信に満ちあふれたエリザベートの発言に、レティシアの顔がさらに険しくなった。
エリザベートの目論みを理解しながら、レティシアは反論のための一手が思いつかないようだ。
それはエリザベートの意見に隙が無いというより、ザルードに対する心労で頭が回っていないだけだろう。
レティシアは諦めたような顔で、エリザベートに頷いた。
「……まあ、いいだろう」
と、仕方が無いという雰囲気を出したのは、団長たる自尊心がそうさせたのだろうか。
レティシアは俺からセラ、そして瑠胡へと順番に視線を移してから、少し申し訳なさそうに目礼をしてきた。
「ランド、済まないが仕事を依頼したい。ユーキとリリン、エリザベートとともに、クレイモート領へ行って欲しい。セラと瑠胡姫様にも、協力を要請いたします。我らと村の警護をお願いいたします」
「……待て。妾とセラは、ランドに供に行くぞ。その――情報提供者とは、妾のほうが話がし易いからのう」
「……いえ。やはり、姫様とセラには村に残って頂きたい。小規模の山賊程度であれば、我々でも対処できますが、大型の魔物や大規模な山賊などが相手となると、手に余りますので」
レティシアからの依頼に瑠胡は少し不機嫌になったが、小声でセラから宥められ、大人しく口を閉ざした。
レティシアは確認するように、もう一度「お願いできますか」と問いかけた。
「……承知した」
瑠胡が承諾した以上、俺も断る理由がない。
ザルードも俺たちに同行することが決まり、出発は明日の朝ということになった。エリザベートだけでなく、ザルードも一緒となると、問題が起きない筈がない。
俺とリリン、それにユーキだけで、どこまでやれるか――俺は今から、憂鬱な気分になりかけていた。
*
神殿に戻った俺は夕食後、日課となりつつある修練を行っていた。
目を閉じて意識を凝らしていくと、自分から放出された魔力がゆっくりと広がっていくのがわかる。
ここまで自分の魔力の広がりを認識できるようになったのは、ここ数日のことだ。それまでは、ただ目を瞑っていただけに等しい状態だった。
魔力が神殿の外まで広がると、か細い振動のようなものが身体に伝わって来た。
〝ナニカイル?〟
全身を伝って、そんなか細い声が耳に届くと、俺は驚きで目を開けてしまった。
「聞こえたようですね」
呼吸を整えていると、紀伊が声をかけてきた。
「その感覚を忘れ無きよう。旅の途中でも修行はできますから、忘れずに続けて下さい。明日は早いですし、キリも良いですから。今日の修練は、ここまでとしましょう」
「……そうします」
声の主がどんな精霊だったのか――とか、色々と訊きたいことはあったけど。今は初めて聞いた声の感覚に、俺は動揺してしまっていた。
まだ心臓がバクバクと波打っているから、紀伊に質問をする余裕はない。
俺が二階に降りると、瑠胡が待ち構えていた。
「ランド――こちらへ来て下さいますか?」
「どうしたんです?」
俺は自室へ入る瑠胡のあとを追った。
燭台で照らされた室内は、前に住んでいた小屋にあった瑠胡の部屋と、似たような内装になっていた。
ドアの正面にベッドがあるが、そこには寝間着――襦袢という着物だ――姿のセラが腰掛けていた。
これは――状況がわからない。二人を交互に見ていると、瑠胡の手が俺の背中に添えられた。
「ランド、こちらへ」
「あの、瑠胡にセラ? 俺はなにをどうすれば――」
「瑠胡姫様からの提案なんです。明日からランドが旅立つと、しばらくは会えないからって」
セラがベッドの壁側に座り直すと、瑠胡が俺をベッドへと促した。
「だから、今晩くらいは二人で甘えましょうって話をしていたんです。もちろん、付き合って頂けますよね、ランド?」
「え、ええっと……だから、なにをすれば」
「今晩は、わたくしたちと添い寝して頂きます」
「……はい?」
瑠胡に促されたまま、俺はベッドの真ん中に腰を降ろした。
そしてセラが俺の左側、瑠胡が右側に横になる――って、本気で添い寝?
「では、寝ましょうか。いつものを、お願いしますね」
「え? あっと、その――はい」
正直、まだ状況を理解しかねているけど……っていうか、隣にセラがいるんだけど。
「あの、この状況で?」
「はい。もちろん」
微笑みながら片手を伸ばしてくる瑠胡に、俺は顔を赤らめながら唇を重ねた。
唇を離すと、今度はセラが俺の背中に手を添えた。
「ランド、今度は――こちらへ」
「えっと……」
まだ顔を赤くしたまま、求められるままにセラと口づけを交わす。
「あの、セラ。この状況……恥ずかしくは?」
「いえ?」
「ああ、そう……」
俺が戸惑っていると、瑠胡が燭台の火を消した。
「それでは、寝ましょうか」
布団をかけた俺たちは、三人並んだままで就寝した――わけだけど。
瑠胡とセラに挟まれた俺は、二人の身体の柔らかさと温もりを感じてしまい、就寝どころじゃないのが現状だ。
明日は早いから、寝なきゃいけないのに、色々と昂ぶってしまって、それどころじゃない――特に下腹部のあたりが。
……もしかしたらこれ、昨日の勝負の仕返だったりしないか?
暗闇の中の天井を見上げながら、俺は恐らくは睡眠不足で苦しむことになるだろう、明日の朝が不安になっていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
……ちょっと下ネタ入りました。時々なことなので、御容赦下さいませ。
勝負事で手加減をしないのは、中の人の周辺では常識になってます。
その昔、某カードゲームが流行った際、「手加減一発レア一枚」とう格言がありまして。
リアルアンティすんなって話なんですが、つまりはそういうことです。
……アーマーゲドンの哀しみは、トラウマです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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