屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第五部『臆病な騎士の小さな友情』

一章-7

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   7

 瑠胡の元に与二亜からの報せが届いたのは、この日の夜だった。
 夕餉と風呂を済ませ、ランドとセラの修行が終わるのを自室で待っていた瑠胡の元に、一枚の鱗が舞い降りた。
 それが神界からの報せだと気付いた瑠胡が手に取ると、鱗から与二亜の声が発せられた。


〝瑠胡――そちらの付近にいる魔物の件だが、クレイモート領に暮らす老ギランドに話を聞くと良い。この老ドラゴンの近くに、魔物がいるという話だ〟


「クレイモート領……?」


 聞き慣れない地名に、瑠胡は首を僅かに傾げた。与二亜も老ギランドの言葉をそのまま、瑠胡に伝えているだけだろう。
 神界にいた天竜族は、人間が定めた地名には疎い。瑠胡もメイオール村で暮らし始めて数ヶ月になるが、まだ周辺の地名などには詳しくない。
 クレイモート領というのが、どの辺りになるのか、メイオール村からの距離などは、まったくわからない。
 これは――仕方ない。
 瑠胡は部屋から出ると、ランドやセラが修行をしている三階へと向かった。


(なるべく急いだ方がいい――と、ランドも言っていましたし)


 修行の邪魔をしてはいけないと、大人しく部屋で待っていたが――やはり退屈だし、ランドの側にいたいという気持ちは、どうしても抑えがたい。
 修行の場に瑠胡が入ることは、紀伊が拒絶している。修行への集中が乱れるというのが、その理由だ。不用意に立ち入れば、口論は免れない。
 だから、修行の場へは行かないようにしていたのだが――今の瑠胡には、与二亜からの連絡が来たという口実がある。


(仕方ない、仕方ない。あくまでも、至急の用件なんですから)


 瑠胡は足取りも軽く階段を上がって、三階にある修行場へと入った。そこは一辺が十マーロン程もある広い部屋になっており、壁際に並ぶ灯籠で部屋が明るく灯されていた。
 ランドとセラは、その中央に座って目を閉じていた。これは精神――魔力を周囲に広げて、周囲の精霊たちの声を聞くというものだ。
 これは天竜族が、竜神・安仁羅の御使いとなるための修行であり、姫である瑠胡は経験をしていない。
 瑠胡が修行場に入って来たことに、紀伊が気付いた。足音を立てないような足取りで瑠胡に近寄ると、会釈をした。


「瑠胡姫様。如何なされましたか?」


「兄上から報せが届いたのでな。ランドに報せに参った。妾は未だに、この周辺の地名には疎いのでな。ランドにも報せを聞いて貰わねばならん」


「左様でしたか。それでは、鱗を預かりましょう。ランド様には、わたくしから報せておきます」


「いや――あの騎士団は妾も世話になっておる。内容をしかと把握しておきたいのでな。直接、ランドと話をしたい」


 そんな反論に目を細めた紀伊に、瑠胡は僅かに目を逸らした。


「ど――どうかしたかのう」


「ええ。どうかしましたとも、姫様。そんなもっともらしいことを仰有いますが、ランド様の側に居たいだけですね?」


 紀伊の指摘に、瑠胡は少し上目遣いになりながら、不機嫌そうに唇を尖らせた。


「よいではないか……いつもはきちんと我慢しておるだろうに。こういうときくらい、一緒に居させてくれてもよかろう」


「修行のとき以外は、かなり御一緒ではありませんか。修行の時間くらいは、自重自戒をお願い申し上げます」


 慇懃に頭を下げる紀伊に、瑠胡は鱗を握り締めたまま、その場に座り込んだ。


「それでは、終わるまでここで待つ。それならば、良かろう」


「あのですね、姫様――」


 ……。


「……なにをしてるんですか」


 俺が声をかけると、瑠胡と紀伊は驚いたように一斉に振り返った。
 俺はさっきまで、セラと修行をしていたんだけど……なあ。こうも近くで、仲良く喧嘩をされていると、気が散って仕方が無い。
 俺は苦笑しながら、瑠胡に近寄った。


「瑠胡、なにかありましたか?」


「ランド、兄上から連絡が来たが、わからぬ部分がある。クレイモート領の所在が、妾にはわからぬのでな。ランドやセラに確認をしたいと思うておる」


「与二亜様から、連絡が来たんですか?」


「左様。クレイモート領がどこにあるか、妾に教えておくれ」


 紀伊がいる手前、口調こそは姫たらんとしたものだが、そっと肩を寄せてくる瑠胡の表情は、二人っきりでいるときと変わらない。
 俺は少し顔が熱くなるのを感じながら、記憶の中を弄った。


「……確か、メイオール村から南東の方角にある領地です。内陸側ですから、山が多いという印象です。ただ、ここよりも王都に近いですから、領主が住む街は大きかったと思います。馬車で移動すると……五日くらいの距離ですね」


 例外はあるが、王都に近づくにつれて領主の街は大きく、そして豊かになっていく。クレイモート領もその例に違わず、領主の住む……ええっと、なんとかって街は、ここハイント領よりも数倍は大きい。
 とはいえ、俺もクレイモート領には行ったことはないから、完全に伝聞による情報だ。
 瑠胡は俺の返答を聞いて、満足げに頷いた。


「左様か。それでは早速、騎士団にも教えてやらねばな」


「姫様。そうは仰有いますが、もう夜も遅う御座います。連絡は明日でも宜しいかと」


 ポンと手を打った瑠胡に、紀伊がすかさず苦言を呈した。
 このあたり、紀伊が口喧しいというよりは、二人にとってじゃれ合っている感覚なのかもしれない。
 現に、瑠胡も唇を少し尖らせはしているが、表情は柔らかい。


「相変わらず、紀伊は固いのう。騎士団のリリンに、鱗を送れば良かろう。彼奴には、鱗を送るための触媒を渡しておるからのう」


 扇子で口元を隠した瑠胡の返答に、紀伊の顔が引きつった。


「姫様!? まさか人間に、鱗をお渡しになったのですか!?」


「左様。レティシアに渡すと、情報を持つ者が限られるのでな。リリンに渡しておいた。あれは、妾と親しくしてくれるからのう。騎士団の中では一番、信頼できる」


「それは――瑠胡姫、それは本人にも言ってあげて下さい。きっと喜びます」


 会話の内容が聞こえて気になったのか、セラも俺たちのところまで来ていたみたいだ。
 瑠胡がリリンのことを気に入っている様子に、セラは微笑んでいた。セラも《白翼騎士団》の副団長を務めていたから、リリンのことも俺や瑠胡より知っている。
 そんなセラに促されたことで、瑠胡もその気になっているみたいだ。


「ふむ。考慮しよう」


 鷹揚に頷いてから、瑠胡は俺やセラを手招きした。


「それより、リリンへ報せる内容を決めたい。ユーキのこともあるし、急いだほうが良かろう? 二人に協力して欲しいのでな、本日の修行はこれまでとさせて欲しい」


「姫様ぁ……」


 瑠胡の我が儘――なんだろうな、これは――に、結局は折れるところも、紀伊らしいところではある。
 結局、今日の修行はここまでとなり、俺とセラは瑠胡の部屋へと行くことになった。
 階段を降りている途中、瑠胡は俺の左腕に手を添えてきた。


「リリンへの連絡を終えたあと、また一勝負しましょうね」


「……カードですか? もちろん、いいですよ」


 俺は応じながら、少しだけ俺の後ろにいるセラのことが気になった。
 カードは今のところ、俺が全戦全勝だ。今の生活になっても、瑠胡は三日に一回くらいの頻度で、勝負を挑んでくる。
 カード遊びが気に入ったんだろうけど、今の生活ではちょっとだけ問題がある。
 俺と瑠胡がカードをしているあいだ、セラは一人っきりになってしまう。俺がそんなことを考えていると、瑠胡は両手を合わせながら微笑んだ。


「ふふ――今日は負けませんから。セラもどうです?」


「いえ、わたしは――」


 セラも立場をわきまえているのか、こうした誘いを断ることが多い。だけど、そんなセラのことを瑠胡も気にしていたらしい。
 セラの言葉を遮った瑠胡は、なにかを思いついたような顔をしていた。


「勝ったほうが今晩、ランドを好きにできるとう条件なら、どうでしょう――」


「やりましょう」


 ……突然の手の平返し。
 さっきまでの控え目な態度はどこへやら。やる気をみなぎらせたセラの表情が引き締まるのを見て、俺は控え目に訊いてみた。


「あの、セラ……俺になにをさせるつもりです?」


「今はまだ、言えません」


 澄まし顔で黙秘するセラに対し、俺は問い詰めることができなかった。ぎこちなく首を動かすと、次は瑠胡に質問をすることにした。


「瑠胡は、俺になにをして欲しいんです?」


「そうですね……セラが秘密にしていますから、わたくしも言えません」


「姫様ったら」


 瑠胡の返答に、セラはクスリと微笑んだ。
 そんな二人の微笑みを目にした俺は、形容しがたい寒気に身体を貫かれた気がした。今の関係性を考えれば、勝負に負けても問題はないはずだ。子作りは禁止されてるから、変なことにはならないと思うし。
 だけど俺の危機感知を司る本能が、警告を発していた。この勝負に負けてはいけない――そんなことを言われているような気がする。
 強敵を前にしたような緊張感に身体を包みながら、俺は二人に少しだけ遅れながら、階段を降りていた。

   *

 瑠胡からの報せを受けたリリンは、読んでいた魔道書を閉じた。
 ユーキの武勲を証明するため、魔物か無法者の討伐を――と考えていたレティシアが、ランドや瑠胡に相談を持ちかけていたことは知っていた。
 思っていたよりも早い連絡に、リリンも驚きを隠せなかった。


(だけど正直、有り難いです。ランドさんに、瑠胡姫様――ありがとうございます)


 心の中で礼を述べながら、リリンはレティシアの自室へと向かっていた。途中で、ザルードが泊まっている客室の前を通ったとき、苛立ちの混じった声が聞こえてきた。


「――ったく、いつまでここに居れば良いのか。ユーキを早くザイケン領の騎士団に入れねば、わたしの出世……」


 そこから先は、小声になってしまい、聞き取れなくなっていた。


 リリンは目を細めながら、今の言葉を記憶した。ただの独り言でしかない以上、早まった行動は状況を悪化させるかもしれない。


(まだ、団長にも言わないほうがいいかもしれません)


 リリンはそう決めると、少し歩く速度を早めた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

本文ですが……なんとか本文中は3千文字台です。3999文字の表示を見たときの、やらかしたか――もとい、やりきった感。

今回も通常営業でお届けしております。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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