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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
一章-6
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あのあと俺は、ユーキと二度の模擬戦を行った。結果は一勝一分け――先に一分け、二度目で勝ちだ――となった。
反則負けとなった模擬戦の内容を、ユーキは一回目の再戦時に反映してきた。初回とはまったく異なる太刀筋とフェイントの連続に、俺は慣れるのに苦労した。
そしてお互い、ほぼ同時に一撃を加え合ったわけだ。
二度目は逆に、俺もユーキの動きを踏まえて、紙一重の勝利をもぎ取った。
ユーキの実力は、確実にレティシア以上――もしかしたら、ゴガルンすらも超えているかもしれない。
ユーキとの模擬戦を終えたあと、ザルード卿に勝負を申し込んでみたが、顔色を悪くしながら断ってきた。
「わたしがやっても意味は無かろう」
などと言っていたが、このときのザルード卿の表情から察するに――この人、娘であるユーキの動きに、目が追いついていなかったな。
娘の方が実力や才能が上だと知って、さぞショックだったろう。
そのあと、いつの間にか来ていたレティシアが「ご覧のように、ゴガルンを打ち負かした剣士に匹敵する実力を示しているのです」と言って、ザルード卿を説得していたが――その結果は、まだ聞いていない。
夕暮れ時になって駐屯地から出るころになっても、なんの報せもない。もしかしなくとも、あまり上手くいかなかったのかもしれない。
俺がセラを連れて駐屯地から出たとき、塀のすぐそばにリリンがエリザベートがいるのを見つけた。
いつも通りに無表情なリリンに、エリザベートは怒りを露わに詰め寄っていた。
「どうして勝負ができないわけ? どっちの魔術が優れているか――たったそれだけのことよ!。互いに攻撃し合うわけじゃないし、問題はないでしょ!?」
「ですから、レティシア団長から禁止されている以上、その内容に関係無く、勝負を行うわけにはいきません
「だから――っ!!」
リリンに断られてもなお、エリザベートは食い下がる。
ライバル心を持つのは、悪いことじゃない。だけど、ここまで勝負に拘って、集団の規律を乱すのは感心しない。
俺はセラと目配せをすると、リリンたちのところへと近づいた。
「二人とも、なにを揉めてるんだ?」
「あ――ランドさんに、セラ……さん」
振り返ったリリンは、セラを見て僅かに表情を曇らせた。
リリンの背後ではセラを見たエリザベートは、見るからに「拙い」といった顔をしていた。だけど、すぐに開き直ったのか、腰に手を当てながら人差し指をリリンへと向けた。
「聞いて下さいよ! リリアーンナってば、魔術で競い合うのも断ってくるんですよ! 競い合うことで、互いの力量を高めていく――そういうのだって、必要なんじゃありませんか? 現に剣技では、訓練で模擬戦までやっていますよね?」
「それは……そうだが」
エリザベートの発言に対し、セラは否定しきれなかったようだ。
今まで《白翼騎士団》に所属する魔術師は、リリン一人だけだった。だから剣技と同じような、魔術の競い合いは不可能だった。魔術の技量を上げるために、リリンは他の誰にも頼れない環境だったわけだ。
しかし、今はエリザベートがいる。二人で競え合えば、相乗効果で魔術の技量が上がる可能性だってある。
だけど、それも積み重ねられた実績ありきの話だ。
闇雲に競い合っても、効果は薄いだろう――と、エリザベートを説得したかったが、効果は薄い気がする。
俺は少し考えてから、駐屯地の前に広がっている原っぱへと目を移した。
「……例えばなんだけどさ。そこの原っぱで、その魔術の優劣を競ってみるっていうのはどうかな? 使っても良い魔術は一つだけ、攻撃魔術は禁止。優劣は魔術の出来映えと、実用的かどうかの二つ。
で、この勝負が終わったら、最低でも一ヶ月は勝負をしないってことで」
俺の提案を、エリザベートは目を輝かせながら聞いていた。
それだけ魔術勝負を望んでいたらしいが、対するリリンは気乗りしないような表情をしていた。
検分するような目を俺に向けたあと、少し問うように言ってきた。
「……この目的は、精神的過負荷の軽減――ですか?」
「それもあるけど、半分くらいは余興かな。なにごとも、遊びは必要だしさ。ま、これでレティシアの機嫌を損ねるようなら、俺が怒られるからさ」
「なるほど、理解はしました」
リリンは杖を両手で持つと、同じような杖を携えたエリザベートに視線を移した。
「ランドさんの条件でなら、勝負を受けます」
「ええ、構わないわ。そっちのほうが、わたしに有利だもの」
妙に自信満々なエリザベートは、手にした杖の上端をリリンへと向けた。
「では、リリアーンナ。先攻を譲るわ」
魔術の見せ合いっこなんだから、先攻も糞もないんだけどな。
とにかくリリンは、頷くことで了承した。杖の上端に額を当ててから、小声で呪文の詠唱を始めた。
「――ガウス!」
最後のひと言だけを大声で唱えると、リリンの前で大気が渦を巻き始めた。
次第に赤みを帯び始めた渦が、炎の筋を描き始めた。数秒ほどかけて大きくなっていった炎の渦が、唐突に消えた。
あとに残ったのは、全長二マーロン(約二メートル五〇センチ)ほどもある、燃え盛るトカゲだった。
召還魔術の中でも高等の部類になる、精霊の召喚だ。リリンは使い魔を好んで多用することから、こうした召還魔術を得意としているみたいだ。
瑠胡と魔術の勉強をしていたこともあって、俺にもこの程度の知識はある。召喚したのはサラマンダーと呼ばれる、炎の精霊だろう。
エリザベートは召喚されたサラマンダーに驚愕の目を向けたものの、すぐに我に返ったように不敵な笑みを浮かべた。
「ま、まあまあね。でも、わたしの魔術のほうが上よ」
エリザベートはそう宣言をすると、呪文の詠唱を始めた。
杖で地面を叩いた次の瞬間、エリザベートの前方にある地面が、ぬかるみ始めた。半径十数マーロンの範囲が、俺たちの前で泥土と化した。
「どうかしら?」
エリザベートは胸を張っていたが、俺は返答に困っていた。地面を泥にする魔術がどれだけ高等なのかは、まったく理解できなかったからだ。
俺が困ったように振り返った先にいたリリンは、泥土と化した地面を眺めていた目を上げた。
「これは……見た目よりも高等な魔術ですよ。土と水――二属性の精霊を操り、第五元素であるエーテルも利用している魔術だと思いますから」
「その通りよ! わたしが習得した〈泥土〉は、超高等魔術の一つなんだから!」
エリザベートは高らかに告げたけど……見た目が地味すぎて、すごさがまったく伝わってこない。
しかも、なんかに利用できそうでもないし……なぁ。
セラを見れば俺と同じような考えなのか、言葉に困っているような顔をしていた。
これは一部界隈で聞くことのある、研究成果としては凄いけど、実用性は皆無な技術の一つなんじゃなかろうか。
「リリン、一つ訊いてもいいかな? 魔術師ギルドっていうのは、こういう魔術の研究って盛んなのか?」
「そうですね。盛んだったと思います。ただ成果が上げられなかったり、有効性が低いものに対しては、研究費が削減されていくようです。最近では……ええっと」
「……ゴーレムの研究が槍玉に挙げられていたわね」
リリンの言葉を継いで、エリザベートが答えてくれた。
「言っておきますけど、この魔術については、まだ研究中なの。研究費だって、ギルドから出ているんですからね。素体も発見できずに研究ができなかった、ゴーレム魔術なんかと一緒にしないで。わたしとしては、そんなことより勝敗のほうが聞きたいわね」
エリザベートに急かされ、俺はセラと顔を見合わせた。
「よくわからん部分もあるけど……引き分けでいいかな?」
「いいと思います。技術ではエリザベート、実用性ではリリン。それで問題ないかと」
セラの返答に、俺は頷いた。
「それじゃ今回は、そういう結果ってことで。あとは実績や功績をあげることで勝負してくれ」
「なによそれ! 大体、こんな辺鄙な片田舎で、功績も糞もないでしょ!?」
怒りに眉を上げるエリザベートに、俺は小さく首を振った。
「そうでもないさ。今、ユーキの親父さんに娘の実力を見せるため、魔物や山賊とかを探している最中だからさ。そこでなら、功績だって挙げられると思うんだけどな」
「……ふぅん、そういうことなのね。わかったわ。それで、その魔物や山賊の討伐は、いつ出かけるわけ?」
「いや、急かすなよ。まだ、探してる最中だ。見つかったら、すぐにレティシアに報せることになってる」
瑠胡から与二亜や沙羅に連絡が行っているから、見つかればすぐに情報が来るはずだ。
詳細は話せないまでも、俺がそのことを伝えると、エリザベートは「わかったわ」と応えた。
「その報せが来るまで毎日、あなたのところへ確認しに行くから。いいわよね?」
……マジか。
なんか、面倒臭いことになってきた。これは俺からも、与二亜へ連絡をしたほうが良いかもしれないなぁ。
迂闊なことを言ってしまったかもしれない――そんな後悔の念に苛まれながら、俺はセラと帰宅の途につくことにした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
本文中にもありました、二つの属性を掛け合わせにエーテルを使うというのは、西洋の黒魔術で言われているものです。参考にしているのは『黒魔術』という書籍なのですね(著者につきましては、『魔剣士と光の魔女』の最後の回に記してあります)。
作中の〈泥土〉は、高等な魔術ではありますが……サラマンダーに比べると、実用的ではなさすぎです。攻撃から魔術の起点、さらには寒い時期の暖を取るにも最適なサラマンダーに比べると、数段落ちるのは間違いありませんね。
この時期、欲しいですよね……サラマンダー。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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