屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第五部『臆病な騎士の小さな友情』

一章-5

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   5

 レティシアが相談をしに来た翌日、俺とセラは《白翼騎士団》の駐屯地を訪れた。
 二人して駐屯地の中へ入ると、訓練場を兼ねた中庭にはユーキとザルード卿、それにエリザベートが待っていた。
 彼女らの後ろには、クロースが控えていた。俺とセラ――どちらかの手伝いをするんだろうか?
 並んで敷地内に入ってきた俺たちに、おずおずと前に出たユーキが敬礼を送って来た。


「ランドさんにセラ副団長、今日は……あ、ありがとうございます」


「ユーキ。わたしはもう、副団長ではない」


 ユーキに訂正を入れてから、セラは口元に微かな笑みを浮かべた。


「……とはいえ、そう言って、まだ慕ってくれるのは嬉しい」            


「セラ副団長……あ、いえ」


 ユーキは涙目になりかけたものの、すぐに姿勢を正した。


「ランドさんは、あたしと模擬戦をお願い致します。セラ副団長は、エリザベートさんの訓練をお願いします」


「ああ、わかった」


「了解だ。エリザベート、わたしが今日の訓練を担当するセラだ。家名は――今では意味を成さぬのでな。省略させて貰おう」


「セラ殿、わたくしがエリザベート・ハーキンで御座います。魔術師ギルド第二七一期生、主席です。ところで、一つ質問をしてもよろしいですか?」



「構わん。なんだ?」


 すっかり教官的な口調に戻っているセラに促され、エリザベートは一礼をした。


「それでは――セラ殿は今日の教官ということですが、そのような奇妙な身なりで、務まるのでしょうか?」


 今のセラは赤い着物の上から、白い着物を重ね着している。瑠胡と同じく、着物の中でも小袖よりも袖の長い打ち掛けというものらしい。
 天竜族の装束だから、馴染みのないエリザベートには奇妙に見えるのも理解できる。
 セラは一度だけ自分の身なりを確かめてから、エリザベートへと向き直った。


「問題はない。質問が以上なら、これより訓練を行う。場所は――西側の壁際がいいだろう。行くとしようか」


 セラは俺に微笑むような目を送ってから、エリザベートを連れて西側へと歩いて行った。
 残った俺は、ユーキから訓練用の木剣を受け取った。お互いに鎧と籠手、兜を身につけている。
 これは、訓練兵では一般的な装備だ。
 今回は鎧と籠手、兜が自前というところだけが異なる。木剣には布が厚めに巻かれているが、まともに当たればかなり痛い。


「ユーキ。手加減はしなくていいからな。親父さんに、ユーキの実力を見せなきゃ意味が無い――ってことらしいし」


「は、はいっ! でも……剣が当たったら痛いですよ?」


 あからさまに不安そうなユーキに、俺は苦笑した。


「まあ、そうなんだけどな……でも死ぬ訳じゃないし。思いっきりやってくれ。といっても、俺だって簡単に負けるつもりはないが……腕一本が無くなるくらいは覚悟してる」


「そんなこと、しないですよぉ……」


 しまった。冗談のつもりだったのに、萎縮さてしまったか?
 俺とユーキが互いに三歩分だけ離れると、クロースが近寄ってきた。どこか神妙な顔をしながらユーキ、俺の順番に見回すと、小さく手を挙げた。


「それでは、模擬戦を始めます。ええっと――双方、用意はいいですか?」


「待ってくれ」


 クロースの言葉を遮ったザルード卿は、俺へと近寄って来た。無表情に俺の全身を見回すと、怪訝そうな顔になった。


「ランド・コール殿というのは、貴殿か?」


「そうです」


「《ダブルスキル》のゴガルンを捕らえたと聞いているが、それは事実か?」


「……そうですが、それがなにか?」


 質問の意図が掴めずに、俺は反応に困っていた。単なる確認なのか、それ以外の理由があるのか――それによって、対応は大きく変わる。
 俺が返答を待っていると、ザルード卿は見下すような目で鼻を鳴らした。


「このような田舎傭兵に負けるなど……ゴガルンも油断をしたのだろうな」


 ああ、そういう対応だったのか――疑問は解消されたが、万事めでたくという状態では、決してない。
 俺はムカムカとした苛立ちを堪えながら、ザルード卿に告げた。


「油断するのも、実力のうちですよ。実戦で油断したから死んだ、なんて言っても、ただの言い訳でしょう。それで、まだ不満があるようなら、あとで模擬戦をやりましょう。そこで、わたしの実力を計って貰って構いません」


 俺が表情を引き締めると、ザルード卿は初めて目に動揺の色を浮かべた。
 どんな形だったにせよ、ゴガルンに勝ったという事実が、ザルード卿に警戒心を呼び起こしたように見える。
 俺が無言で返答を待っていると、ザルード卿は距離を離した。


「そこまでやる必要は……ない。御主の実力は、この模擬戦を見れば理解できる」


 ザルード卿はそう言い残して、クロースの後ろまで退いた。

 ……逃げやがったな。

 そう想いはしたが、俺はあえて顔には出さなかった。
 改めてユーキと向かい合うと、クロースが小さく手を挙げた。


「いいですか。《スキル》の使用は禁止。目とか急所への攻撃もなし。それを破ったら負けとなります。それでは模擬戦――始めっ!」


 クロースが号令を発したと同時に、ユーキが駆け出した。
 それは普段のユーキからは想像もつかないほど、素早い動きだった。俺との間合いを一マーロン(約一メートル二五センチ)以下まで詰め、同時にコンパクトな構えで木剣を振ってきた。
 俺は呼吸も忘れて、その素早い一撃を木剣で受けた。
 ユーキの一撃は、確かに素早い。素早いが――俺が想定していたよりは、という範疇でしかない。これより素早い一撃はゴガルンもそうだが、訓練兵時代にも出くわしたことがある。
 精神力が切れなければ護り切れないことはないが、攻撃に転じるのも一苦労だ。
 三撃、四撃と木剣を受け続ける中で、俺もユーキの動きに慣れてきた。五撃目を受けたあと、六撃目で俺はユーキの木剣を跳ね上げた。
 この隙に、俺はユーキの胴へと木剣を振り下ろそうとした。しかし、その直前に俺の右足が地面の窪みに入り込み、体勢を崩しかけてしまった。
 転倒こそはしなかったが俺は一撃を諦め、防御のために木剣を退かざるを得なかった。
 さっきまで、こんな窪みはなかった。
 ということは――。


「ああ、ごめんなさいぃっ!!」


 木剣と逆手に握り直したユーキが、涙目で俺に謝罪をした。
 どうやら危機に反応して、無意識に《スキル》を使ってしまったようだ。足も捻ってないし、仕切り直しは可能だ。


「大丈夫だよ。そんなに気にしなくてもいいさ」


 俺は大きく息を吐いたとき、クロースが声をかけてきた。


「少し休憩してから、仕切り直し――で、いいのかな? ランド君、どう思う?」


「ああ……俺は、それでいい。ユーキは?」


「あ、あたしも……それでいいです。す、すいません、ランドさん」


「いや、だから気にするなって……」


 怯えたように何度も謝ってくるユーキに、俺は内心で舌を巻いていた。
 ユーキの剣技は、レティシアの言葉通りに目を見張るものがあった。それとユーキの《スキル》である〈地盤沈下〉とを組み合わせれば、一対一であればほぼ無敵かもしれない。
 俺がユーキから離れたとき、西側から赤いローブ姿の少女が近づいて来るのが見えた。

   *

「いいか。整列の際に直立の姿勢になるのは、意味がある」


 真っ直ぐに立つエリザベートの身体を見回しながら、セラは基礎からの訓練を続けていた。とはいえ、騎士のなんたるか――という内容ではなく、訓練兵の基礎訓練と同じものだ。本来なら赤いローブも着替えさせるところだが、レティシアが許している以上、セラは口出しをするのを止めている。
 エリザベートは魔術師ギルドから来たばかりで、兵士としての持つべき、最低限の意識すらない。
 まずはそこから教えているのだが、途中からエリザベートの意識が別のところに向かい始めた。
 思っているよりも集中力がないのか――と眉を顰めたセラが詰問しようとしたとき、エリザベートがセラへと首を向けた。


「教官殿? 少しだけ――外しても宜しいでしょうか」


「……どうした? 用を足したいのか」


 遠回しに便所へ行きたいのかと問いかけたが、エリザベートは首を振って否定をした。


「わたしは――ああいうの我慢ができないんです」


「ああいうの?」


 エリザベートの視線の先を見れば、ユーキがランドに平謝りをしているところだった。
 ユーキがランドを打ちのめした――訳ではなく、禁止されていた《スキル》を使ってしまったようだ。
 ランドに怪我はないし、セラはエリザベートが憤慨する理由がわからなかった。


「すぐ戻りますので――失礼」


 セラが視線をランドに向けた隙に、エリザベートは歩き出していた。
 赤いローブの裾を翻しながら早足に中庭を進むと、落ち込んでいるユーキの前で立ち止まった。
 怒りに満ちた足音が聞こえたのか、怯えた表情で振り返ったユーキに、エリザベートは人差し指を向けた。


「あなたねぇ、必要以上に卑屈になってるんじゃないわよ!」


「え? え?」


 いきなり怒鳴られて戸惑っているユーキに、エリザベートは眉を吊り上げた。


「いやしくも騎士であるなら、もっと堂々としていなさい! 模擬戦とはいえ真剣勝負をしてたんでしょ!? ふとした弾みで《スキル》が出てるなんて、それだけ緊迫した接戦だったってことでしょ!
 あたし、あなたみたいにオドオドとした人って、大嫌いなの。二度と、そういう姿を見せないで頂戴」


「ええぇぇ……」


 後輩で年下――そんな相手からの叱責に、ユーキは半泣きになっていた。
 そんなユーキとエリザベートの様子を見て、セラは溜息を吐いた。


(リリンのとの勝負を禁止されて、鬱憤でも溜まっているのか?)


 団員の補充とはいえ、性格に問題がありすぎる。
 レティシアの苦労を思うと、セラは気が重くなるのを感じていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

新兵訓練の場面で、ふとハートマン軍曹ネタが思い浮かんだんですが、流石に自制心が働きました。
セラに「貴様は生きる価値のない○○虫だ!」
って言わせるのは、流石にキャラが違いすぎてですね。

余談ですが、ユーキの剣技の実力は、レティシアよりちょい上です。

作中ではランド>ユーキ>レティシア・セラ>キャット>クロース となってます。

リリンとエリザベートは枠外……です。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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