屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第五部『臆病な騎士の小さな友情』

一章-4

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   4

 食堂も畳の上になるから、俺は胡座、瑠胡やセラもそれぞれ楽な姿勢で座っていた。
 夕食――白米に焼き魚、味噌汁という茶色いスープに、山菜の天ぷら――を食べたあと、俺と瑠胡、それにセラは《白翼騎士団》の来客の話をしていた。
 リリンと同期だという少女に、ユーキの父親。特にユーキの父親が口にしたらしい、『ユーキを連れて帰る』という内容に、セラは眉を顰めた。


「ユーキの家は騎士の家系ではありますが、それほど裕福ではありませんでした。兄弟たちは、ユーキの父であるザルード卿の従者として、騎士の修業をしています。この頃は戦もありませんし、まだ存命のはずですから……ユーキを連れて帰る理由がわかりません」


「ユーキの家の問題……である可能性は?」


「それはないでしょう」


 俺の問いに、セラは少し困った顔をした。


「レティシアがユーキを誘った際、ザルード卿は喜んでおられました。それはユーキが騎士として認められたこと以外にも、養う子が減るという理由もあったように思われます」


「ええっと……それってつまり?」


「恐らくは、別の騎士団へ入団させるつもりかもしれませんね。幼い頃から、ユーキは剣技の修練をしていたようです。そのユーキが名を挙げれば、コウ家の名声も上がりますから」


 セラの返答に、俺ではなく瑠胡が最初に反応をした。


「自分ではなく、娘の名声などに期待をするなど、そのザルード卿には、なんの意味もないでしょうに」


「それは……その通りだと思います」


 セラは瑠胡に同意をしてから、力なく溜息を吐いた。
 ユーキが名声を得たとして、それがザルード卿の功績には成り得ない。勿論、親として鼻が高い程度の自尊心は満足できるだろうが、逆に言えば、それ以上は見込めない。
 戦場では、それほどまでに当人の功績が重んじられるのだ。
 この王国が、他国と大きな戦をしていれば――という仮定の話ではあるが。
 今のインムナーマ王国では国境沿いで小競り合いがある程度なので、騎士が功績をあげるような戦がないのが現状だ。
 山賊団や魔物の討伐――それが、このインムナーマ王国における騎士の功績だ。
 幼い頃から訓練を受けたユーキな――あれ?
 俺は思考を中断させると、セラに訊いた。


「少し不思議なんだけどさ。ユーキは騎士の修練を受けていたのに、なんであんなに臆病な性格なんだろう?」


「さあ……それは、わたしにも」


 セラが首を傾げたとき、俺たちがいた食堂に紀伊が入って来た。
 控え目なノックはあったが、場所が食堂ということもあってか、俺たちの反応は待っていない。


「瑠胡ひ――いえ、皆様。お客様がお見えですが、如何致しましょう?」


「こんな時間に? 紀伊や、誰が来たのか教えよ」


「レティシアと名乗る、女騎士です」


 紀伊の返答に、俺たちは顔を見合わせた。
 こんな時間に訪ねて来るなんて、レティシアにしては珍しい。なにか緊急の用件か――もしかしたら、精神的に限界が来たのかもしれない。
 俺が頷くと、瑠胡は頷き返してから、紀伊に小さく手を挙げた。


「構わぬ。通しておくれ」


「畏まりました」


 御辞儀をした紀伊がドアを閉めてから、しばらくすると早足の足音が聞こえてきた。
 先ほどよりも強めのノックのあと、聞き馴染みのあるレティシアが声が聞こえてきた。


「レティシアだ。入っても?」


「どうぞ」


 俺が応じると、ドアを開けてレティシアが入って来た。
 普段と同じく、軽装な騎士の装いのレティシアは、俺たちの顔を見てどこかホッとしたような顔をした。


「夜分にすまない。少し……相談をしたいことがある」


「それは、ユーキの父のことですか?」


 セラの言葉に頷きかけて、ふと怪訝そうな顔をしたレティシアだったが、すぐに俺を一瞥してから、納得をした顔をした。


「そうか、すでにランドから聞いていたか。それだけではなく――リリンのこともある」


 ユーキだけでなく、リリンのこともか。
 畳に上がって腰を落ち着けたレティシアに、どこか申し訳なさそうなセラが、最初に声をかけた。


「ユーキを連れて帰る……ということを言ったようですね」


「ザルード卿のことか。ああ、その通りだ。他の騎士団に入れると――考えておられるようだ。だが、ユーキの性格を鑑みれば、男ばかりの騎士団に入れたところで、萎縮してしまい、なにもできぬだろう」


「そこが不思議なんだよ。さっきセラから聞いたけど、ユーキは小さいころから、剣の修行をしていたんだろ? なんで、あんな臆病なんだ?」


 良い機会だと俺がユーキの性格について訊くと、レティシアは眉を寄せた。
 それは質問への不満ではなく、違う誰かへ向けられた表情のようだ。少しばかり表情を緩めてから、レティシアは静かに口を開いた。


「これは、ユーキ当人から聞いた話なんだが――」


 長くなるので――話の節々に、ザルード卿への不満が混じったので――掻い摘まんで要点だけを掘り起こすと、だ。

 三歳くらいから、ユーキは少しずつ剣技の修行を開始したらしい。始めは親に言われてのことだったが、兄たちよりも才能があったのか、ユーキの剣技はめきめきと上達したらしい。
 六歳くらいから、兄たちとの模擬戦も行うようになったが、戦績は全勝。負けを経験してなかったこともあり、この頃は楽しみながら修行をしていたようだ。
 そんなある日――ザルード卿の知人が訪ねてきたらしい。コウ家と同じく騎士の家系の者らしい、中年の男はザルードとの話で、こんなことを言っていたらしい。


「ふむ――女子が男に対して調子に乗るようでは、いけませんな。よろしければ、わたくしが直々に指導をして差し上げましょう」


 このときのユーキは、客人が発した言葉の意味が理解できなかったらしい。剣技の訓練と聞いて喜んだユーキは、客人と相対したようだ。
 基本通りに訓練用の木剣を構えたユーキに対し、客人は穏やかな表情で、無造作な構えを取った。


「それでは、始め」


 兄の合図で、ユーキは客人との間合いを詰めた。その直後――客人は殺気を丸出しにした顔で、木剣を振り上げた。


「きぃぃぃえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 その様子は寝物語に出てくる、人喰い鬼の如き迫力だったらしい。才能があったとはいえ、ユーキはまだ六歳だ。
 その客人の雰囲気と気迫に、ユーキはかなりの恐怖を覚えたということだ。
 それからのユーキは剣を持つことだけでなく、見知らぬ人物――特に男性――への恐怖心を持つようになった、ということだ。

 レティシアの話を聞いていた俺と瑠胡、セラの三人は、心の底からユーキに同情をしていた。
 負けを知らぬ者への戒めとして強敵を宛がうのは、訓練としては妥当だろう。だけど――あの客人が行ったのは、それを遙かに超えている。
 そんなものは訓練ではなく、ただのしごき、もしくは厭がらせだ。

 前途ある若者に、トラウマを植え付けてどうするんだ。

 そんな想いが、俺の頭を過ぎった。
 セラは顔を上げると、レティシアに問いかけた。


「それで……レティシアは我々に、なんの相談を?」


「ああ……ユーキに対しては、武勲を立てたという立証を示したい。その方法を考えて欲しい。そしてリリンの件だが……補充で来た魔術師は、なにかにつけてリリンと競い合おうとしてな。あまりにも度が過ぎるので、駐屯地での競い合いは禁止にした――それはいいんだが、彼女に騎士の基礎訓練を行える人材が不足している。
 キャットかリリンにその役目を任せたいのだが、どうすれば大人しく従ってくれるかを相談したい」


 また、レティシアにしては酷く曖昧な相談内容だ。
 普段ならもっと――具体的な内容を示してくると思うが、それを考える余裕すらないのかもしれない。


「レティシア……申し訳ありません。そんな大変なときに――わたしが抜けてしまって」


「いや、それは気にしないでくれ。セラを責めるつもりは、まったくないのだから。それより、なにか良い案はないか?」


「訓練については、わたくしもお手伝い致しましょう」


 セラの申し出に、レティシアは心底、安堵した顔をした。


「……正直、助かる。セラなら安心して任せられるしな。それで……武勲だが、どうしようか」


 レティシアに問われ、俺は頭を悩ませた。
 この村で武勲と言っても……なあ。武勲を立てるだけの相手なんか、そんなに出てこない。


「少し、周囲を調べて見るか……」


「それであれば、沙羅や兄上にも協力を求めよう。村の周辺ではないかも知れぬが、武勲を立てられそうな魔物は見つかるやもしれぬしのう」


 瑠胡はそう言うと早速、鱗を飛ばした。この鱗を飛ばす手法は、手紙のような役目を果たす。沙羅や与二亜に、助力を求める伝聞を送ったようだ。
 そうなると、俺だけなんにもできてないことになる――なぁ。
 あまり気は進まないが、俺は一つの案を口にした。


「取り急ぎってことなら、明日にでも俺がユーキと模擬戦をしてみるか? 《ダブルスキル》のゴガルンに勝った――って相手と良い勝負をしてみれば、ユーキの親父さんも納得できるだろうし」


「……悪くないかもな。おまえなら、ユーキも慣れてきているだろうし、それほど怯えないだろう。それに――手加減などしなくとも、良い勝負にはなるだろうしな」


 妙に自信満々なレティシアの表情は、最初にここに来たときより、少しだけ穏やかになっていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ユーキの過去説明回……を兼ねた回ですね。
トラウマは……ヤバイ。これも立派なパワハラなわけですが、中世期ファンタジーでは通用しない概念ですね。

まだ貴族間での暗殺などという、究極のパワハラが跋扈ばっこする時代背景ですからね。勿論、男尊女卑なんかも(キリスト教下の中世期よりはマシですが)あったりします。

また余談ですが、紀伊の作る料理は和食がメインですね。
納豆と刺身がないだけ、ランドたちにも食べやすい……と思われます。
納豆も刺身も美味しいですけどねぇ……これを旨いと言っちゃうと、世界観が(汗

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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