130 / 276
第五部『臆病な騎士の小さな友情』
一章-2
しおりを挟む2
村はずれにある《白翼騎士団》の駐屯地では、レティシアの兄である、ベリット・ハイント男爵からの物資が山積みになっていた。
俺の仕事は至って単純だ。木箱に樽に、麻袋――その一つ一つの中身を確かめ、記録をとっているユーキに伝えていく。
それだけなんだが……これが非常に面倒臭い。荷を一つ一つを開梱していくのも、それなりに大変だ。なにせ木箱や樽は釘で固定された蓋を開け、麻袋は中身が零れないように気を使わなければならない。
女従者が木箱や樽の開梱をするのは、かなり苦労するようだ。唯一の男従者であるフレッドがやればいいんだが、ここにヤツの姿はいない。
どうやら員数確認の仕事を割り振られる前に、馬で客人の迎えに行ったようだ。
……あの野郎、逃げやがったな。
心の中でフレッドへの悪態を吐きながら、俺は木箱の蓋に打ち付けられた釘を抜いていた。この釘も、あとでまた打ち直しをするから、ぞんざいには扱えない。
一本一本を丁寧に地面へ置いていると、ユーキが声をかけてきた。
「ら、ランドさん。あの、その、ご面倒をおかけして、申し訳ありません……」
「いや、そんな怯えなくてもいいんじゃないか?」
いい加減、慣れてくれてもいいんだけどなぁ。この臆病な性格は、簡単に治りそうにはない。それがユーキらしさと言うのは簡単だが、このままでは騎士としてだけでなく、色々と不都合が多くなるだろう。
なんとかしてやりたい気もするが……きっと、それは俺の役目じゃない。
今の俺にできるのは、少しでも緊張を解いてやることだけだ。俺は釘抜きを手にしたまま、戯けたように肩を竦めた。
「仕事については、面倒だけど大変じゃないさ。森の中で野宿をしてたときのほうが、大変だったしなぁ」
「森の中で野宿……なんで、そんなことをしたんですか?」
「訓練兵時代に、剣の修行をしてたんだよ。野犬や狼なんかと戦ったり、体力をつけるために山を登ったりして。流石に、熊とかは逃げたけどな」
熊に剣一本で立ち向かうのは、あまりにも無謀すぎる。毛皮は泥や土などが付着して、下手な革鎧よりも剛健だ。それに筋肉の強靱さは人間よりも遙かに強く、体格差も数倍はある。不用意に白兵戦など仕掛けたなら、あっというまに下敷きになり、その牙で喉笛や頭部の肉を食い破られることだろう。
不意をついた一撃で怯ませるか、驚かせて熊が逃げるのを祈るしかない。それでも飢えが酷ければ、襲うのを諦めないだろう。
常に周囲を警戒し、熊の姿を見たら素直に逃げるのが最良手だ。
ということを話していると、ユーキは怯えたように肩を振るわせた。
「熊から逃げてたら、あたしは迷子になっちゃいそうですよぉ……」
「迷子になったと思ったら、開けた場所にある木の根元を調べるんだ。苔が多く自生している場所と、薄い場所があるんだけどな。苔の一番多い方が北側って可能性が高いんだよ」
あくまでも経験則だから、確実じゃないかもしれないが……でも、そんな俺の豆知識を聞いて、ユーキの顔にようやく怯え以外の感情が浮かんだ。
「へぇ……初めて知りました」
「一人で森に入ることはないだろうけどさ、知ってて損はないと思うよ」
「損どころか、いざというときに役立ちそうな知恵ですよぉ。最近、戦術の勉強もしてるんです。その――いい参謀になれないかなって思って……」
照れたように微笑むユーキに、俺は内心で驚きながら、微笑みかえした。
俺は以前、自分の臆病さを恥じていたユーキに、『冷静に考える癖を付けたら、いい参謀になれる』と告げたことがある。
ユーキなりに、その道を模索していることを知って、俺は少しだけ嬉しくなった。
「うん、良いと思うよ。それより、さっさと員数確認を終わらせようか」
「はい! それでは……ええっと、この箱はなにが入ってるんですか?」
俺はユーキを待たせると、木箱の蓋を開けた。
木箱の中には、大量の布が収められていた。《白翼騎士団》の紋章が刺繍されたそれを手に取ると、手や頭を通すための開口部が見て取れた。
「もしかして、サーコート?」
「そうみたいですね。男爵様が、新しく手配して下さったみたいです」
ユーキが木箱に手を入れて、サーコートの枚数を数えていく。衣類なら木箱に収めなくてもいいだろうに……あのベリット男爵は、意外と大雑把な性格かもしれない。
ユーキが羊皮紙にサーコートの枚数を書いていると、駐屯地の外からレティシアの怒声が聞こえてきた。
「なにを言っておられるのか、理解しておられますか!?」
言葉遣いこそは丁寧だが、そこに含まれた怒りは相当なものだ。そのただならぬ剣幕に、俺とユーキは顔を見合わせた。
「……ちょっと様子を見てくる。ユーキは、ここで待っていてくれ」
俺はユーキから離れると、駐屯地の外へ出た。
駐屯地の塀の横に、四頭立ての馬車が停まっていた。その前には、騎士風の男と少女がいて、レティシアとリリンと向かい合っていた。
レティシアは怒りの色を浮かべた目を、騎士風の男へと向けていた。
「ユーキと連れて帰るとは、どういうことなのです」
「そのままの意味である。こんな片田舎にいては、武勲など立てられぬだろう。それなら他の領地の騎士団へ所属させたほうが、娘の――ユーキのためになる」
髭を生やした中年の騎士は、どうやらユーキの父親らしい。厳めしい顔が、負けじとレティシアを睨み付けていた。
「これは親子の問題であるから、貴殿には関係のないことだ」
「関係――大ありです。ユーキは今や、我が《白翼騎士団》において、かけがえのない存在です。団長として、易々と応じるわけには参りません」
怒りを抑えているからか、レティシアの声はかなり固かった。
傍目から見ても、二人は互いの主張を譲る気がないのがわかる。数秒ほど無言の睨み合いが続いたあと、ユーキの父親が鼻を鳴らした。
「かけがえのない――あなたはそう仰有るが、ユーキがなにか役に立っていると?」
「それ以外の意味にとれますか、ザルード卿。ユーキの功績は、王直属の騎士にも引けを取りません」
レティシアの言葉に、嘘はない。俺も直接見たわけじゃないが、キティラーシア姫誘拐事件のとき、ユーキは熊に似た魔物を斃したということだ。
もちろん、それは剣技ではなく、彼女の《スキル》によるものだ。しかし、その使い方やタイミングは、姫や老王が引き連れた騎士たちにも一目置かれたらしい。
その一件をしらないのか、ザルードは不審げな顔をしていた。
「ほお。では、それを証明して頂こうか」
「もちろんです。長くなるでしょうから、中で話を致しましょう。それで――そちらのお嬢さんは?」
レティシアが目を向けると、赤いローブに身を包んだ少女が、流れるような所作で膝を折った。
「お初にお目にかかります。この度、レティシア様が率いる《白翼騎士団》への配属となりました、エリザベート・ハーキンと申します。まだ年若いと思われるでしょうが、わたくしは第二七一期生の主席で御座います。きっと、レティシア様のお役に立ってみせますわ」
口調からして、貴族子女らしい。エリザベートは姿勢を正すと、リリンへと勝ち気な目を向けた。
「お久しぶりね、リリアーンナ・ラーニンス。ここでもまた、貴女と競い合うことができて、光栄だわ」
まるで勝負を吹っ掛けるような雰囲気のエリザベートに、リリンは小さく首を傾げた。
「……どこかで、あなたと競ったことがありましたか?」
嘘や誤魔化しではなく、心底そう思ってる表情のリリンに、エリザベートは一瞬、表情を失った。
しかしすぐに柳眉を逆立てながら、リリンへと詰め寄った。
「わたしとあなたは! 第二七一期生の主席を! 競いあっていたでしょ!?」
「覚えてません。主席には興味がなかったですし……あなたも、ここで会うまで知りませんでしたから」
リリンの返答に、エリザベートの顔に深い落胆の表情が浮かんだ。
まあなんだ――リリンもかなり、容赦のないことを言ったものだ。エリザベートの言動を見るに、リリンに対して一方的なライバル心を抱いていたのは明白だ。
それを人前で、リリンから『眼中になかった』と告げられたわけだ。エリザベートの自尊心は、ズタズタだろう。
口をパクパクとさせていたエリザベートは、急に姿勢を正すと、腕を組みながら右手を口元に寄せた。
「ふん――まあ、いいですわ。わたしがここに来たからには、騎士団付き魔術師として、あなたよりも活躍して差し上げますわ」
「……そうですか。頑張って下さい」
本気で興味がなさそうに、リリンは返答をしていた。
駐屯地の門のすぐ外で見ているだけだったが、俺のところにまでレティシアの苦悩が伝わって来るような気がした。
ユーキを連れ出そうとする父親に、リリンをライバル視する補充人員。
部外者とはいえ、同情の念を禁じ得ない状況だ。
……相変わらず、苦労してるなぁ。
なにか俺にできそうなことがあれば、手を貸してやるか――そんなことを思い始めている俺の前で、レティシアたちは駐屯地に向けて歩き始めていた。
---------------------------------------------------------------------------------
新年、あけましておめでとうございます! 本年もどうか、よろしくお願い申し上げます。
そして本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
熊とか、超危険ですね。稀に新聞で、追い払った老人とかの話が出ますが、あれは人間慣れしていない熊だと思います。
人に慣れた熊は、鈴の音やスプレーが効果無いという話も聞きます。
あと森の中で方角を知る方法に、切り株の年輪という話をよく聞きますが。あれ、木の生えている地面が斜めだったり、他の要因で向きが変わることがあるそうです。なにぶん、自然のものですので、過剰な信頼はしないほうがいいんでしょうね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
10
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・
今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。
その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。
皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。
刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる