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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
四章-7
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グレイバーンとの一騎打ちから十日。
瑠胡のまじないで、俺の怪我は三日でほぼ完治した。天竜族へ成るための昇華の儀式を行ったのは、その翌日だ。
儀式といっても、俺が考えていたよりも簡素なものだった。
神祇所で御神酒――というらしいが、盃という平たい器に満たされた液体を飲んだだけだ。
一気に飲み干した直後――記憶にはないんだが――、俺はすぐに倒れたらしい。うっすらと残っている範疇では、御神酒って酒なんだって思ったのが、最後の記憶だったように思う。
俺は、一口飲んだだけで倒れる程の下戸である。
それが今回ばかりは、俺にとって有利に働いた。意識がないことで、言われていた激しい痛みというのは、ほぼ経験せずに済んだ。
といっても、数時間は激痛に耐える羽目になったが、そこは瑠胡とセラの看病というか、手厚い看護の甲斐があって、どうにか耐えきることができた。
一人で食事を摂ることができるまで痛みが薄れてきた四日目――セラが天竜族としての昇華すると言い出した。
「無理して、昇華することは――ないと、思うけど……」
喋ると、頭の芯や肺のあたりが、かなり痛んだ。それを我慢しながら、説得をする俺や瑠胡に、セラは覚悟を決めた表情を見せた。
「……今のままでは、わたしは二人と同じ刻を過ごせませんから」
そう言って、与二亜や紀伊に自分の意志を伝えに行ってしまった。
セラが昇華の儀式を行ったのは、俺が介添えがあれば歩けるようになった、五日目のことだった。
神祇所で儀式を行うと聞いて、俺と瑠胡が急行――といっても、子どもよりも遅い歩みだが――したとき、セラの悲鳴が聞こえてきた。
儀式による激痛が、彼女を襲ったのだと、すぐにわかった。
その日から二日ばかりは俺と瑠胡とで、苦しむセラの看護をすることになった。二人でセラを抱きしめ、服の袖を噛ませて、それこそ徹夜で苦痛に耐える手助けをした。
それから、三日。
激痛もかなり治まってきて、俺たちがいなくても仮眠くらいはできるようになったらしい。これは俺のときより、二日ばかり早い回復具合だ。
内側からの痛みは、男より女性のほうが強いって聞いたことがあるから、きっとそういうことなんだろう。
俺は瑠胡は今、セラが寝泊まりしている神祇所へと向かっていた。やわらぎつつあるとはいえ、酷い痛みに苛まれているセラを見舞うためだ。
瑠胡は俺の胴に両手を回しながら、身体を密着させる格好で支えてくれている。つがい――立場的には、まだ夫婦ではなくて、婚約をした恋人同士という状況だが――として認められたことで、ここ数日の密着度が増していた。
それはそれで嬉しいんだけど……まだ少し照れくさい。こういうのも、早く慣れなきゃなぁ。
その道中にある広場で、俺たちは紀伊と出会った。
「瑠胡姫様、ランド様、おはようございます」
「ふむ。おはよう、紀伊」
「おはようございます」
瑠胡、俺の順に挨拶を返すと、紀伊はわずかに目を細めた。
「それにしても姫様。必要以上に密着しすぎではありませんか? 天竜族の姫として、慎みを忘れぬようお願いいたします」
「そうはいうが、折角の機会であろう。これ幸いと抱きつきたくもなろうもん」
少し不満げな顔で瑠胡が反論を述べると、紀伊の柳眉が逆立った。
先ほどまでの慎ましやかな態度はどこへやら――両肩を大きく前後させながら、俺を支える瑠胡へと近寄った。
「これ幸いと……なかろうもん? なんですか、その言葉遣いは!? 竜神・安仁羅様の姫君として、相応しい言動とは思えませぬ。欲望のままに動くなど、あってはならぬことです!!」
「紀伊、御主……相変わらず、口煩いのう」
「瑠胡姫様が、隙あらば俗な言動をなされるからです! いいですか、竜神・安仁羅様が神へと昇華なされた理由、それを――」
くどくどと――紀伊は瑠胡への説教を始めるたが、二人のあいだに嫌悪や怒りの気配は漂っていない。
これもじゃれ合いの一環みたいなものか――と、安堵した俺は苦笑した。
「俺たちはセラの見舞いに行く途中ですので。今日のところは、そのくらいで勘弁して下さい」
「お待ち下さい。お二人を訪ねて客人が来ております」
「俺たちに?」
なんの用件だろうと思っていると、紀伊の背後に忽然と異形が現れた。
青い肌で牛のような角を持つ頭部に髪の毛はない。血のように赤い瞳に、口には鋭い牙が覗いていた。
娯楽を司る鬼神――アクラハイル。
レティシアの《白翼騎士団》から請け負った仕事の一件で、俺はこの鬼神の神域に這い込んだことがある。
どうして彼がここにいるのかと思っていると、いつになく神妙な顔をしたアクラハイルが、俺に近寄って来た。
「まったく……俺様の神官になっていれば、こんな苦労をせずに済んだのによ」
「いや、それはそれで……余計な苦労が増えそうで」
「そんなこと言うなよ。カード勝負をした仲だろうが」
「それで、今日はなんの用です?」
俺が本題を促すと、アクラハイルは大袈裟な素振りで息を吐いた。
「ハイムの旦那から、おまえが天竜族の神界に行くって聞いてな。ちゃんと下界に戻ってこられるよう、竜神。安仁羅様へ願いに来たのよ。もっとも、神々が先に動いていたから、意味がなくなっちまったけどよ」
「ハイム老王が?」
「ああ。二人がいなくなると、孫姫が寂しがるってさ。まあ、戻れるようになったようだからな。ハイムの旦那や俺の心配は奇遇だったわけだが」
アクラハイルは嘆息すると、改めて俺と瑠胡を見た。
「瑠胡姫様にも伝えておきます。ドラゴン族で、二人の関係に不満を持っているのは少なくないという噂があります。下界に戻ったあとで、強襲されることは――まあ、ないでしょうが、なにかにつけて恫喝じみた声があがるのは、覚悟なされたほうが良いでしょう」
「……そうか。ご忠告、痛み入る」
瑠胡が目礼をすると、アクラハイルは恭しく腰を折った。それから紀伊に頷くと、今度は俺に戯けるような目を向けた。
「ランド、もう一つ教えておいてやる。おまえの住まいは今、天竜族の手で改装中だ。色々な手続きとかもやっているようだが、戻ったときに驚くなよ?」
「改装って……なんで? っていうか、そんなことよく知ってますね」
「そりゃ瑠胡姫様と、そのつがいが住む場所だからだろ。俺もちょいと手伝うことになってだな、ハイムの旦那から直接許可を貰ったりしたんだ」
面倒臭かったぞ――と、アクラハイルは苦笑した。
「それでは、わたくしはこれにて失礼を致します。ランド――またな」
現れたときと同様に、アクラアイルは忽然と消えた。
瑠胡は俺の服をクイクイと引っ張ると、上目遣い気味に顔を覗き込んできた。
「もしかしたら、また面倒をかけてしまうかもしれません」
「それは……そのときになってから考えませんか? 今はまだ、先のことなんか想像もできないですし」
それから俺たちは、セラを見舞った。
日数のわりに、セラの容体は落ちついているように見える。それでも身体の痛みはあるらしく、食事の量もまだ少ないらしい。
俺と瑠胡は酷い激痛から解放された反動で、やや甘え気味になったセラの背中を擦ったりしながら、半日ほどを過ごした。
俺とセラが快調になったあと、天竜族としての訓練をしなくてはならないらしい。
聞いている範囲では、ドラゴン化に鱗を使った連絡方法、それに空の飛び方――これらの訓練をやるにあたって、〈ドレインスキル〉は禁止されている。
俺も《スキル》に頼りすぎるのは、余りすきじゃない。このあたり、ゴガルンやグレイバーンが、いい反面教師になってくれている。
メイオール村に戻れるのは、いつになるやら。少しでも早く戻って、ゆっくりしたい気分だ。
与二亜から下界に戻るにあたって、一つの条件を仰せつかったのは、この日の夜だった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
アクラアイルが久しぶりで、外見を忘れかけていたのは内緒です。
激痛について女性が強いと書きましたが、これは出産に関することが元になってます。出産の激痛は、男性には耐えられないほど――だそうですね。
中の人が聞いた中では、大人しくて、かなり可愛らしい感じの妊婦さんが出産の際、あまりの苦痛に
「てめーらうるせえっ!」
と、悲鳴の合間に怒鳴っていたそうで。いやこれ、笑い話じゃなくて、周囲を気にする余裕が、完全に吹き飛ぶほどの激痛という話でしてね。
ほんと、世のお母さんは尊敬します。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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