126 / 276
第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
四章-7
しおりを挟む7
グレイバーンとの一騎打ちから十日。
瑠胡のまじないで、俺の怪我は三日でほぼ完治した。天竜族へ成るための昇華の儀式を行ったのは、その翌日だ。
儀式といっても、俺が考えていたよりも簡素なものだった。
神祇所で御神酒――というらしいが、盃という平たい器に満たされた液体を飲んだだけだ。
一気に飲み干した直後――記憶にはないんだが――、俺はすぐに倒れたらしい。うっすらと残っている範疇では、御神酒って酒なんだって思ったのが、最後の記憶だったように思う。
俺は、一口飲んだだけで倒れる程の下戸である。
それが今回ばかりは、俺にとって有利に働いた。意識がないことで、言われていた激しい痛みというのは、ほぼ経験せずに済んだ。
といっても、数時間は激痛に耐える羽目になったが、そこは瑠胡とセラの看病というか、手厚い看護の甲斐があって、どうにか耐えきることができた。
一人で食事を摂ることができるまで痛みが薄れてきた四日目――セラが天竜族としての昇華すると言い出した。
「無理して、昇華することは――ないと、思うけど……」
喋ると、頭の芯や肺のあたりが、かなり痛んだ。それを我慢しながら、説得をする俺や瑠胡に、セラは覚悟を決めた表情を見せた。
「……今のままでは、わたしは二人と同じ刻を過ごせませんから」
そう言って、与二亜や紀伊に自分の意志を伝えに行ってしまった。
セラが昇華の儀式を行ったのは、俺が介添えがあれば歩けるようになった、五日目のことだった。
神祇所で儀式を行うと聞いて、俺と瑠胡が急行――といっても、子どもよりも遅い歩みだが――したとき、セラの悲鳴が聞こえてきた。
儀式による激痛が、彼女を襲ったのだと、すぐにわかった。
その日から二日ばかりは俺と瑠胡とで、苦しむセラの看護をすることになった。二人でセラを抱きしめ、服の袖を噛ませて、それこそ徹夜で苦痛に耐える手助けをした。
それから、三日。
激痛もかなり治まってきて、俺たちがいなくても仮眠くらいはできるようになったらしい。これは俺のときより、二日ばかり早い回復具合だ。
内側からの痛みは、男より女性のほうが強いって聞いたことがあるから、きっとそういうことなんだろう。
俺は瑠胡は今、セラが寝泊まりしている神祇所へと向かっていた。やわらぎつつあるとはいえ、酷い痛みに苛まれているセラを見舞うためだ。
瑠胡は俺の胴に両手を回しながら、身体を密着させる格好で支えてくれている。つがい――立場的には、まだ夫婦ではなくて、婚約をした恋人同士という状況だが――として認められたことで、ここ数日の密着度が増していた。
それはそれで嬉しいんだけど……まだ少し照れくさい。こういうのも、早く慣れなきゃなぁ。
その道中にある広場で、俺たちは紀伊と出会った。
「瑠胡姫様、ランド様、おはようございます」
「ふむ。おはよう、紀伊」
「おはようございます」
瑠胡、俺の順に挨拶を返すと、紀伊はわずかに目を細めた。
「それにしても姫様。必要以上に密着しすぎではありませんか? 天竜族の姫として、慎みを忘れぬようお願いいたします」
「そうはいうが、折角の機会であろう。これ幸いと抱きつきたくもなろうもん」
少し不満げな顔で瑠胡が反論を述べると、紀伊の柳眉が逆立った。
先ほどまでの慎ましやかな態度はどこへやら――両肩を大きく前後させながら、俺を支える瑠胡へと近寄った。
「これ幸いと……なかろうもん? なんですか、その言葉遣いは!? 竜神・安仁羅様の姫君として、相応しい言動とは思えませぬ。欲望のままに動くなど、あってはならぬことです!!」
「紀伊、御主……相変わらず、口煩いのう」
「瑠胡姫様が、隙あらば俗な言動をなされるからです! いいですか、竜神・安仁羅様が神へと昇華なされた理由、それを――」
くどくどと――紀伊は瑠胡への説教を始めるたが、二人のあいだに嫌悪や怒りの気配は漂っていない。
これもじゃれ合いの一環みたいなものか――と、安堵した俺は苦笑した。
「俺たちはセラの見舞いに行く途中ですので。今日のところは、そのくらいで勘弁して下さい」
「お待ち下さい。お二人を訪ねて客人が来ております」
「俺たちに?」
なんの用件だろうと思っていると、紀伊の背後に忽然と異形が現れた。
青い肌で牛のような角を持つ頭部に髪の毛はない。血のように赤い瞳に、口には鋭い牙が覗いていた。
娯楽を司る鬼神――アクラハイル。
レティシアの《白翼騎士団》から請け負った仕事の一件で、俺はこの鬼神の神域に這い込んだことがある。
どうして彼がここにいるのかと思っていると、いつになく神妙な顔をしたアクラハイルが、俺に近寄って来た。
「まったく……俺様の神官になっていれば、こんな苦労をせずに済んだのによ」
「いや、それはそれで……余計な苦労が増えそうで」
「そんなこと言うなよ。カード勝負をした仲だろうが」
「それで、今日はなんの用です?」
俺が本題を促すと、アクラハイルは大袈裟な素振りで息を吐いた。
「ハイムの旦那から、おまえが天竜族の神界に行くって聞いてな。ちゃんと下界に戻ってこられるよう、竜神。安仁羅様へ願いに来たのよ。もっとも、神々が先に動いていたから、意味がなくなっちまったけどよ」
「ハイム老王が?」
「ああ。二人がいなくなると、孫姫が寂しがるってさ。まあ、戻れるようになったようだからな。ハイムの旦那や俺の心配は奇遇だったわけだが」
アクラハイルは嘆息すると、改めて俺と瑠胡を見た。
「瑠胡姫様にも伝えておきます。ドラゴン族で、二人の関係に不満を持っているのは少なくないという噂があります。下界に戻ったあとで、強襲されることは――まあ、ないでしょうが、なにかにつけて恫喝じみた声があがるのは、覚悟なされたほうが良いでしょう」
「……そうか。ご忠告、痛み入る」
瑠胡が目礼をすると、アクラハイルは恭しく腰を折った。それから紀伊に頷くと、今度は俺に戯けるような目を向けた。
「ランド、もう一つ教えておいてやる。おまえの住まいは今、天竜族の手で改装中だ。色々な手続きとかもやっているようだが、戻ったときに驚くなよ?」
「改装って……なんで? っていうか、そんなことよく知ってますね」
「そりゃ瑠胡姫様と、そのつがいが住む場所だからだろ。俺もちょいと手伝うことになってだな、ハイムの旦那から直接許可を貰ったりしたんだ」
面倒臭かったぞ――と、アクラハイルは苦笑した。
「それでは、わたくしはこれにて失礼を致します。ランド――またな」
現れたときと同様に、アクラアイルは忽然と消えた。
瑠胡は俺の服をクイクイと引っ張ると、上目遣い気味に顔を覗き込んできた。
「もしかしたら、また面倒をかけてしまうかもしれません」
「それは……そのときになってから考えませんか? 今はまだ、先のことなんか想像もできないですし」
それから俺たちは、セラを見舞った。
日数のわりに、セラの容体は落ちついているように見える。それでも身体の痛みはあるらしく、食事の量もまだ少ないらしい。
俺と瑠胡は酷い激痛から解放された反動で、やや甘え気味になったセラの背中を擦ったりしながら、半日ほどを過ごした。
俺とセラが快調になったあと、天竜族としての訓練をしなくてはならないらしい。
聞いている範囲では、ドラゴン化に鱗を使った連絡方法、それに空の飛び方――これらの訓練をやるにあたって、〈ドレインスキル〉は禁止されている。
俺も《スキル》に頼りすぎるのは、余りすきじゃない。このあたり、ゴガルンやグレイバーンが、いい反面教師になってくれている。
メイオール村に戻れるのは、いつになるやら。少しでも早く戻って、ゆっくりしたい気分だ。
与二亜から下界に戻るにあたって、一つの条件を仰せつかったのは、この日の夜だった。
------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
アクラアイルが久しぶりで、外見を忘れかけていたのは内緒です。
激痛について女性が強いと書きましたが、これは出産に関することが元になってます。出産の激痛は、男性には耐えられないほど――だそうですね。
中の人が聞いた中では、大人しくて、かなり可愛らしい感じの妊婦さんが出産の際、あまりの苦痛に
「てめーらうるせえっ!」
と、悲鳴の合間に怒鳴っていたそうで。いやこれ、笑い話じゃなくて、周囲を気にする余裕が、完全に吹き飛ぶほどの激痛という話でしてね。
ほんと、世のお母さんは尊敬します。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
10
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・
今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。
その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。
皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。
刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる