屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

四章-6

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   6

 石柱に凭れながら座り込んでいる俺の元へ、瑠胡とセラが駆け寄ってきた。青ざめた表情の二人は、左右に別れてしゃがみ込むと、不安そうに俺の顔を覗き込んできた。
 きっと、今の俺は見るからに満身創痍な姿なんだろう。血が滲んでいる俺の右頬に手を添えながら、瑠胡は泣きそうな顔をした。


「ランド、こんなに酷い怪我を負って……わたくしが、いらぬ争いに巻き込んでしまった所為で、こんな目に……」


「瑠胡のせいじゃないですよ。それに、セラのせいでもない」


 罪悪感に苛まれた顔のセラに無理矢理微笑んでから、俺は瑠胡に目を戻した。


「俺が、やりたいからやっただけです。ちゃんと生きて、あいつに勝ちましたよ」


「まったく、あなたという人は……」


 泣き笑いのような顔をした瑠胡は、いきなり立ち上がると、まだ怯えているグレイバーンへと振り返った。


「貴様――よくもランドに、ここまでの手傷を。この仕打ち――妾は決して許さぬ」


 怒りの籠もった声で告げると、瑠胡は早口に竜語魔術を唱えた。
 グレイバーンを睨む瑠胡の頭上に、光球が生み出された。今のグレイバーンは、強力な魔術を受ければ致命傷になるうる。
 俺は着物の袖を摘まむと、軽く引っ張りながら首を左右に振った。


「駄目、ですよ……瑠胡」


「ですが……ここまで大怪我にさせておいて、なんの罪もなしなど我慢できません」


 光球を浮かべたままで振り返った瑠胡に、俺は再び首を振った。


「罪なら、十二分に受けてますよ。なにせ、炎息と《スキル》を失ってますからね」


「炎息に《スキル》を? それらすべてを捨て去ったのですか?」


「いやその……ちょっとした手違いで、炎息以外は奪う形になってしまって」


 俺が苦笑いを浮かべながら答えた声が、グレイバーンにも聞こえたらしい。竜語魔術の光球を気にしながらも、非難の目を向けてきた。


〝《スキル》とは、《魔力の才》のことだな! なんてことをしてくれたのだっ! 我から《魔力の才》を奪うなど、卑劣ではな――〟


「黙れ下郎」


 グレイバーンの発言を、怒りを秘めた瑠胡の声が遮った。


「御主とて、ランドを殺そうとしておったではないか。それが《魔力の才》如きで、文句を言う資格なぞない」


〝だが、瑠胡姫。それとこれとは――〟


「グレイバーン。どんな理由があるにせよ、殺意のないランドに、殺意で戦った御主が負けたのは事実だ。文句を言う資格など、ありはしないだろう」


 今度は与二亜の苦言で発言を遮られたグレイバーンは、まだ不満げな雰囲気を残したままで、首を下げた。
 グレイバーンが大人しくなると与二亜は、瑠胡へ窘めるような目を向けた。


「瑠胡、これ以上はグレイバーンを責めるのは止めるんだ。いいね?」


「……畏まりました」


 瑠胡が頭を下げると、与二亜は一仕事を終えたように、大きく息を吐いた。
 神界に来た俺たちを出迎えたときと、同じ笑みを浮かべていた。そしてグレイバーンの治療を紀伊に任せると、俺たちのほうへと、ゆったりと近寄って来た。
 俺たちに会釈をすると、安心させるような声で言った。


「これで、瑠胡を横恋慕をしようとする障害はなくなったわけだ」


〝……本当にどうでしょうか〟


 文鳥――リリンの使い魔だ――の言葉に、与二亜は目を丸くした。
 昨日まではいなかった使い魔の文鳥が、いきなり現れたのだから、まあ驚くのも無理はない。
 次第に驚きも収まったのか、与二亜はリリンの使い魔へと微笑んだ。


「可愛い使い魔さん。さっきの言葉の意味を、教えてくれるかい?」


〝はい。あ、ご紹介が遅れました。わたくしはリリアーンナ・ラーニンスと申します。今後とも宜しくお願い申し上げます〟


「御丁寧な挨拶、ありがとう。わたしは、与二亜だ。そこにいる瑠胡の兄になる」


〝与二亜様ですね。では、先ほどのご質問の返答ですが、理由は一つです。あのグレイバーンというドラゴンが瑠胡姫様を諦めたとなれば、ほかのドラゴンが押し寄せることになるでしょう〟


 リリンの返答に、与二亜は余裕の表情で頷いた。


「なるほど。でも、それらはランド殿が追い返せると思うが。なにせ、グレイバーンに勝ったんだ。ほかのドラゴンなら、余裕だろう」


〝一対一なら、そうかもしれません。ですが、恐らくは徒党を組んで来るでしょう。そうなれば、ランドさんとはいえ苦戦を強いられることになるでしょう〟


「待ってくれないか? ドラゴン族が徒党を組むなんて、滅多にないことだ。そんなことが、本当にあると思ってるのかい?」


〝瑠胡姫様が天竜族の後継でいる以上は、有り得ないことではございません。なにせ、瑠胡姫様を手に入れれば、天竜族の後継になれるのです。そのためなら、手段を選ばぬドラゴンもいるでしょう。徒党を組んだ中で、誰が瑠胡姫様を手に入れるかという問題は、ランドさんを亡き者にしたあと、彼らで奪い合えばいいだけですから。
 ランドさんを失い――いえ、失わないまでも大怪我を負うことになれば、瑠胡姫様は悲しまれることになります。そうなることを、与二亜様は望まれますでしょうか?〟


 珍しく多弁なリリンに、与二亜の表情から笑みが消えた。
 瑠胡から俺、最後にセラへと視線を移し、なにかに気付いたように目を広げたあと、最後の一手にすがるように、リリンへと目を向けた。


「リリアーンナ殿。君なら瑠胡のために、どうすればいいと考える?」


〝瑠胡姫様を後継から除外し、下界に戻します。天竜族の後継でなければ、命を賭してまでランドさんに勝負をしかけることは、かなり減ると思われます〟


「しかし……下界での暮らしは、瑠胡にとって不便で苦労を強いるのではないかな。ここで暮らした方が、快適なはずなんだ」


〝それもどうでしょうか? ランドさんと暮らしている瑠胡姫様は、どこか楽しそうでした。それに不便をかけたくないと思われるのであれば、天竜族の方々で援助をすれば良いのです〟


 与二亜はリリンの返答に、目を閉じた。


「参ったな……確かに、その通りだ」


 与二亜そう言ってから、笑みを消した顔で瑠胡を見た。


「瑠胡。わたしはこれから、父上に後継者へと戻ることを願い出てくる。瑠胡のために――と思って後継を譲ろうとしたが、どうやら先走りしすぎたようだ」


「兄上……妾も同行いたしましょう」


「いや。これは、わたしの責務だ。一人で行くよ。父上に激怒されている姿というのは、あまり見られたくないからね」


 そう言って苦笑してから、与二亜は俺へと小さく頭を下げた。


「ランド殿、わたしの身勝手で、迷惑をかけてすまない。君たちを下界に戻す段取りは、こちらに任せて欲しい。その傷は、ここで癒やしていけばよい」


「……ありがとうございます。そうさせて頂きます。あの……俺は人間のまま下界に戻れると思って、いいんですか?」


「ああ、その通りだ。わたしが後継になれば、君を無理に昇華させる必要はないからね」


 与二亜の返答に、俺は心底ホッとした。
 瑠胡やセラのために覚悟は決めていたけど、心から天竜族への昇華を望んでいたわけじゃない。
 人間のまま下界に――メイオール村に戻れるなら、それにこしたことはない。
 俺が安堵していると、周囲に強大な気配が漂ってきた。


〝残念ながら、そういうわけにはいかないのです〟


 どこか聞き覚えのある声に、俺は顔を上げて辺りを見回した。
 俺たちから見て、城側にある広場の縁に三人の神祇官を伴った竜神・安仁羅が佇んでいた。
 三人の神祇官の頭上には、光が巨大な影を形作っていた。
 ワームの様な龍族に、猫を思わせる女性、最後の一つは穏やかな表情を湛えた青年の姿をしていた。
 安仁羅は俺たちに、小さく手を挙げた。


「できる範囲で構わぬ、控えよ。この三柱は龍神・恒河様、アムラダ様、そしてマハヴィロチャナ様である」


 辺りに響き渡る安仁羅の声に、この場にいた全員が一斉に跪いた。俺も瑠胡に支えられながら、頭を下げた。
 女性の影――アムラダ様は、無表情で語り始めた。


〝我ら神々の協議による審判を伝えましょう。ランド・コール。あなたをこのまま、下界に戻すわけには参りません〟


〝此度の戦いで、おまえは人としての一線を越えてしまったのだ。その能力、放っておく訳にはいかぬ。よって、人としての生を終える必要がある〟


 アムラダ様の言葉を継いだ龍神・恒河様が告げたのは、まさに俺への審判だ。
 だけど、俺にだって言い分はある。生きるか死ぬかの戦いで、手段なんか選んでいられない。
 それに、人としての一線――それがグレイバーンの《スキル》を奪ったことを言っているなら、あれは事故みたいなもので、俺の意志じゃない。
 俺が反論を述べようとしたとき、マハヴィロチャナ様が先に口を開いた。


〝ランド・コールよ。落ちつくが良い。おまえを殺すつもりは、我らにもない。だが、おまえを人のまま下界に戻すのは、我らにとっても懸念が残るのだ。そこで人としてではなく、天竜族に昇華し、御使いとしての立場で下界に戻るのだ〟


「お待ち下さい。妾が供にいるのです。ランドが世を乱すなど、考えられませぬ。昇華などせずとも――」


〝言いたいことは理解できる〟


 マハヴィロチャナ様は穏やかな口調で、瑠胡の言葉を遮った。


〝ランド・コールが世を乱そうともしなくとも、周囲が彼を警戒し、怖れるだろう。それが広がれば、戦乱を招くことになる。それを防ぐため、昇華は必然なのだ。神の眷属となり、どの勢力にも属さぬ存在へと昇華する理由――すまないが、理解をしておくれ〟


 瑠胡は辛そうな目で、俺を見た。
 俺も三柱の言葉を理解してないわけじゃない。力を持ちすぎた者の責任――そして抑制が必要なんだろう。
 俺はかなり苦労をして頭を上げると、三柱へ問いかけた。


「昇華を受けて……お、いえ、わたしはわたし自身を保てるのでしょうか」


〝その心配はしなくても構いません。あなたは、あなたの自我を保っています。ですが神々の眷属となることで、ある種の制約を受けることにはなりますが……今のあなたであれば、さして気にすることはありません。
 それは、瑠胡姫を見れば理解できるでしょう?〟


 アムラダ様にそう言われ、俺は思わず吹き出しそうになった。

 ……確かに瑠胡の言動は、神の眷属らしくないことも多かった。

 少しだけ気が楽になった俺は瑠胡、それにセラへと順に頷いた。
 生きて下界に戻れるだけ、マシな審判だ。妹にも会いに行けるわけだし。


「……わかりました。お受けしましょう」

 俺の返答に、竜神・安仁羅を含めた四柱は、穏やかな表情を浮かべた。
 アムラダ様は鷹揚に頷きながら、先ほどよりも少し砕けた表情となった。


〝昇華はかなりの激痛を伴いますから、まずは傷を癒やすと良いでしょう〟


「激痛……ですか?」


〝ええ。生きたまま身体を引き裂かれ、これでもかというくらいに内臓を摺り下ろされる感覚が丸一日続きます。それから七日ほどかけて、徐々に痛みは治まっていきますから、安心して下さいね。ああ、そんな不安にならなくても大丈夫です。ランドは強い子ですから、きっと耐えきれると確信しております〟


 ……いやあのですね。そんな話、聞いてないんですが。

 これから体験する地獄を想像している途中で、俺は目眩を覚えた。これは決して、出血だけが原因じゃない。
 俺は自分の運命を、ほんのちょっぴり呪いたい気分になっていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

またもや3000文字オーバー……(汗

いやあ、神様って容赦ないですよね――な回。情けはあるけど、(自分たちが思う)不都合を正すためには、容赦をしないイメージです。

第四部四章本編は次回まで。次々回はエピローグとなります。

プロット、間に合うかなぁ……。いえ、仕事が……年末年始は大忙しなんですよね。年始も二日にちょっと仕事が入ってしまいまして。どうなることやら、です。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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