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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
四章-4
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グレイバーンとの一騎打ちのため、俺は安仁羅の城を出た。
俺とともに城を出たのは、瑠胡とセラ、それに紀伊だ。安仁羅は城で報告を持っているし、与二亜は俺たちよりも先に城を出ている。
広場までの道へと出たとき、俺の後ろを歩いていたセラが話しかけてきた。
「すまない――いや、すいませんでした、ランド。わたしが余計なことを言ってしまったから、一騎打ちをする流れになってしまった」
「気にしなくていいさ。あいつの言動には、苛々としてたんだ」
「そのとおりです。わたくしだって、セラと同じようなことを思っていましたから」
俺のあとに続いて、瑠胡にも銀竜への苦言を同意され、セラはどこか泣き笑いのような顔をした。
「二人とも……ありがとうございます」
「そこで仲良くしているのは構いませんが……グレイバーンは間違いなく強敵です。勝てる見込みはあるのでしょうか?」
そんなことを紀伊に問われたけど、勝てる手段があれば教えて欲しいくらいだ。
俺が肩を竦めることで答えると、紀伊は呆れと怒りとが入り交じった顔をしたが、文句は口にしなかった。
広場に着いたとき、与二亜は数人の男たちを従えていた。彼らも天竜族なのか、首筋から出ている翼で広場の四隅へと散ると、十数マーロン上空で滞空した。
与二亜は俺たちに気付くと、ゆっくりとした足取りで近づいて来た。
「まったく……無茶なことを言ったものだ」
「……すいません。あの場は、ああするしかなかった気がして」
「まあ、事情は理解しているよ。それでは、闘技場の説明をしておこう。あの従者たちは、戦いが始まると広場に結界を構築する。攻撃魔術や 炎息、君ら自身も結界から出ることはできなくなる」
「……わかりました」
「君の装備は、そこに用意してある。装備をしたら、広場へ」
「はい」
俺は瑠胡やセラに頷いてから、鎧や長剣を身につけた。こんなことなら、盾も持ってくれば良かったな。こればかりは言っても仕方ないが、火種を忘れて旅に出る――後悔先に立たずを意味する格言――というやつだ。
装備を身につけた俺は、広場へと歩き出した。広場にはもう、グレイバーンが入っていた。
俺が広場に脚を踏み入れると、音叉が共鳴するような音が、しばらく響いた。どうやらこれで、結界が構築されたらしい。
俺が広場の中央へと歩いている途中で、グレイバーンの嘲笑が聞こえてきた。
〝はっはっはっ! よくも逃げなかったものだ。愚かさもここまでくると、賞賛に値するぞ! 墓標には世界一の愚か者と刻んでやるから、感謝しろ〟
「それは、あんた自身が入るやつかい?」
いい加減、反応するのも莫迦らしい。
なんの捻りもない返しだが、グレイバーンには効果覿面だった。恐らく、こういうやりとりは、経験がないのかもしれない。
咆吼をあげるグレイバーンの炎息が、死闘の合図となった。
即座に左方向へと駆けて、俺は直線上に伸びる炎息を躱した。駆けながら、素早く竜語魔術を唱えつつ、右手をグレイバーンへと突き出した。
その直後、グレイバーンの足元で爆発が起きた。〈爆炎〉による爆風と熱波が、俺のところまで吹き荒れた。
肌が焼けるような感触に顔を顰めつつ、しかし脚は止めない。注意深く〈爆炎〉の中心を覗っていると、つい数秒前まで俺がいた場所が、炎息によって焼き払われた。
〝はっは――利かぬな〟
敷き詰められた石材がグズグズに砕けているのに、グレイバーンは無傷だった。
砕けた石材が元に戻り始めたのは、グレイバーンが嘲笑している最中だった。砕けた石材にめり込んでいた右脚が、修復していく床に埋もれていく。
〝ああ、忘れていたな。広場の修復能力か〟
右脚を引き抜いたグレイバーンは、俺へと首を向けた。
〝さあ――続きといこうか。言っておくが、我に魔術は効かぬ。あのような炎では、我の体温を心地良く上げるだけだ〟
「……みたいだな」
まだ駆けながら、俺は次の手を考えていた。
魔術は効かない――確か、鱗もなにかあったな。俺は連続で《スキル》を使いながら、グレイバーンへと向かった。
翼を広げた姿勢で俺を待ち構えるグレイバーンは、大きく息を吸い込んだ。それに伴って、胸部が大きく膨れあがった。
――来る。
俺の予想通り、グレイバーンの口が大きく開かれ、炎息を吐き出した。
「ちぃ――っそ!!」
右にある石柱へと進路を切り替えて避けたのだが、グレイバーンは俺を追従するように、炎息で薙ぎ払ってきた。
こんな芸当もできるのか! 俺は驚きつつも、大きく跳んだ。
一息に石柱の頂上へ――〈筋力増強〉で強化された身体が勢いよく飛び上がったが、なおも炎息は追従してきた。
空中で避けるなんて、普通はできない。炎息は斜めに、身体を包み込んだ――。
「あっぶねぇ……」
石柱のてっぺんに片手でぶら下がりながら、俺は炎に包まれた幻影に冷や汗をかいていた。
先ほど、〈筋力増強〉と同時に、〈隠行〉と〈幻影〉を同時に使っておいたのが、功を奏した形だ。
本来の目的とは違う使い方になっちまったが――死ぬよりはマシか。
グレイバーンは石柱にぶら下がる俺に、侮蔑の目を向けてきた。
〝なかなか姑息な手段を使うではないか。流石、卑怯で矮小な人間族なだけはある〟
「そうかい? なにせ、まともにやったら不利過ぎるんでね」
手を放して石柱から降りると、俺は再び〈幻影〉で自分の分身を作りだした。今回は一つだけではなく、五――六体。俺の思考能力では、これが限界だ。
作りだした〈幻影〉たちと、俺はグレイバーンへと駆け出した。すべての俺は、ジグザグに駆けている。
〝小賢しいな、人間っ!!〟
グレイバーンは身体を反転させ、尻尾で周囲を薙いだ。
その一撃、二撃――で、幻影の大半はかき消えてしまった。だけど俺は、ヤツが背を向けた瞬間に、〈隠行〉で姿を消した。
大きく跳んで尻尾を避けた俺は、そのままの勢いでグレイバーンの背中を目指した。尻尾で地面を薙いでいる今、グレイバーンは俺に背を向けている格好だ。
空中のままでは踏ん張れないが、その分は〈筋力増強〉で補えば良い。
俺は透明になったままで長剣を両手で持つと、身体を捻るように振りかぶった。距離が一マーロン(約一メートル二五センチ)まで接近した瞬間、俺はヤツの背中に長剣を叩き付けた。
だが――両手に伝わってきたのは、強烈な衝撃だった。岩に叩き付けたという表現すら、生ぬるい。強いて挙げれば崖から落ちてきた大岩を、剣で受けたような感触だ。
長剣に伝わる衝撃が、俺の握力を超えた。
甲高い金属音をたてた直後、俺の手を離れた長剣が地面に落ちた。咄嗟に――ほとんど生存本能に近い感覚で、俺はグレイバーンの背中を蹴って、大きく離れた。
手の痺れ――いや指や手首、そして肘までの痛みを堪えつつ、俺は着地した。鱗一枚の傷すらなく振り返ったグレイバーンは、余裕のある声で言ってきた。
〝なるほど――相当な威力だったようだな。だが、我の鱗は〈衝撃反射〉によって護られておる。どんな剣撃とて、その衝撃をそのまま相手に返すのだよ。
我の《魔力の才》、〈魔力障壁〉と〈衝撃反射〉によって、我は無敵なのだ。貴様の覚悟や勇気など、まったくの無意味だと理解できたか?〟
ドラゴンの頭部にも関わらず、グレイバーンの口に笑みが浮かんだのがわかった。
魔術も効かず、剣撃ははね返される。なるほど、これだけの《スキル》があれば、あの自信に満ちた態度も理解できる。
俺に攻める手段はなく、このまま戦い続ければ、待つのは敗北――つまりは死が待っている。
だけど、不思議と恐れはなかった。
「ご高説、痛み入るね。その言動、俺の知ってるヤツに似てるぜ?」
皮肉を込めて言いながら、俺はゴガルンのことを思い出していた。
生まれつき宿していた二つの〈スキル〉で、幅を利かせていた男だ。監査役という権力を手に入れたあとは、かなり好き勝手にやっていた――という噂も聞く。
なるほど、《スキル》を誇るヤツは、みんな似たような言動になるんだな。
グレイバーンの姿がゴガルンと重なった瞬間、萎みつつあった俺の闘志が再燃した。いや、むしろさっきまでよりも燃え上がった。
「さて、続きを始めようか」
俺は無手のまま、グレイバーンを睨み付けた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございました!
わたなべ ゆたか です。
書いている最中、ゴガルンの名前がすぐに出なかったのは、ちょっとだけ内緒にしたい――そんな気分です。
グレイバーンのスキル名も出ましたし、次は戦いの本番も書きやすくなるかな……と。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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