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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
四章-1
しおりを挟む四章 神々と竜
1
俺や瑠胡、セラの三人が天竜族の神界に来た翌日の朝。
屋敷に戻ってから、昨晩はずっと、考え事をしていた。これからのこと、セラのこと――そして、天竜族と昇華――といっていたが――すること。
それらのことが一晩中、頭の中をグルグルと回り続けた。だけど、結論はまとまらなかった。
夜半に睡魔がやってきて、俺はそのまま眠ってしまった。
二階の部屋で寝ていると、屋敷の玄関から聞こえてきた大きな音で起こされた。ノッカーというものは、無かったはず。
となると、なんだ?
起き上がった俺が窓から外を見れば、紀伊さんが木槌でドアの横を叩いていた。
どうやらここでは、あの木槌がノッカーの代わりらしい。意外と、豪快な文化――というか、風習なんだな、ここ。
俺は部屋から出ると、すでに騎士の装備を身につけたセラが待っていた。
「……おはよう。よく眠れた――いや。おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはよう……っていうか、そういう言葉遣いは、よしてくれ。なんかこう……首筋や背中がくすぐったい気がする」
俺が顔を顰めると、セラは苦笑した。
「慣れろ。わたしも慣れる。それより、そろそろ朝食の時間です」
「朝食……か。そんな気分でもないけどな」
答えながら俺が頭を掻くと、セラの表情が曇った。
「結論は出ず……か?」
「纏まらず――というより、まだ完全に覚悟ができてない感じかな。それより、これから朝食にいくのか?」
「そうです。先に身支度を済ませて下さい」
俺はセラに頷くと部屋に戻って、平服を整えた。
それから屋敷の食堂へ向かうと、そこにはすでに瑠胡と紀伊がいた。四人掛けのテーブル……椅子はなく、座敷に直接座るような、脚の低いテーブルだった。
テーブルの上には焼き魚と透明のスープっぽい汁物、そして白い粒の粥、黄色い半円状のものが置かれた小鉢が並んでいた。
「えっと、おはようございます」
「おはよう、ランド。それにセラ」
瑠胡の目に、不安の色が浮かんでいた。
俺は小さく手を挙げると、脚の低いテーブルに近寄った。どこに座れば――と想っていると、瑠胡が自分の左隣のクッション――座布団というらしい――に座るように促した。
俺が瑠胡の隣に座ると、セラは俺の真正面に腰を落ち着けた。
二本の棒のような食器――箸というらしい――を手にしたとき、テーブルの横にいた紀伊が軽く会釈をした。
「皆様、おはようございます。竜神・安仁羅様との謁見は、昼食後となります。それまで、この屋敷でおくつろぎ下さい」
「紀伊。通達、ご苦労であった。戻ってよいぞ」
「はい。それでは皆様、お城にてお待ちしております。瑠胡姫様におかれましては、時間への遅れが無きよう、お願い申し上げます」
紀伊が去って行ったあと、瑠胡は少し不機嫌そうに唇を尖らせた。
「まったく……紀伊ったら、相変わらず小言ばかりなんですから」
普段――人前でいるときとは口調の違う瑠胡の口調に、セラは少し驚いたようだ。
しかし、俺がいつも通りの顔で苦笑しているのを見て、納得した顔をした。そして穏やかな笑みを浮かべながら、紀伊の後ろ姿を目で追った。
「紀伊殿とは、仲が良いのですか?」
「ええ。幼なじみ――年が近いですから。それより、冷める前に朝食を頂きましょうか」
瑠胡は食事を勧めたけど……なんだ。この箸っていうのは、使い方がまだ理解できていないんだよな……。
案の定、箸の扱いに手こずっていると、瑠胡が俺の背後に廻った。
「こうするんですよ」
身体を密着させるようにして、瑠胡の手が俺の持つ箸に添えられた。指の形を整えながら、自らの指で箸を動かしてみてくれた。
「こんな感じで動かせば、楽ですよ」
「ああ……なるほど」
納得したみたいに頷いたけれど……俺はまだ、箸の使いかたを理解できてない。次に一人で食べろと言われたら、巧く扱えない自信がある。
俺が白米を箸で摘まみ上げると、瑠胡は俺から離れた。そして、今度はセラのほうへと回っていった。
「次はセラ?」
「いえ、わたくしは……」
「ですが、食べるのに手間取っては、味もわからないでしょう? 最早、そんな遠慮は不要です」
瑠胡は俺にやったように、セラの手をとって箸の使い方を教え始めた。
俺とセラがぎこちない所作で朝食を食べ始めてから、瑠胡は自分の席に戻った。そして上品な仕草で食事を始め、目を俺とセラに向けた。
「ここでの生活は、戸惑うことが多いでしょう?」
「そりゃ、まあ……」
「お風呂と、箸とですね。戸惑うのは」
セラはそう言って、苦笑した。
ここでの風呂は、湯船に浸かって身体を温めるためのもの――らしい。身体を洗うのは湯船の外というのが、インムナーマ王国とは大きく違うところだ。
箸もそうだけど文化の違いが、かなり大きい。
そう考えた途端に、メイオール村での生活が頭を過ぎった。俺やセラがそうだったように、瑠胡だって、文化の違いに戸惑ったはずだ。
「瑠胡、今更なんですけど、メイオール村での生活は、色々と不便だったんじゃないですか? 風呂とか食事とか……色々と」
「そうですね。でも、ランドが手助けしてくれたでしょう? 不慣れなところは多かったですが、不便はありませんでしたよ」
瑠胡は微笑みながら、柔らかく目を細めた。
「そんなことより、ランドの側にいることのほうが大切でしたから。わたくしにとっては、些末なことでしかなかったんです」
俺は瑠胡の返答を聞きながら、自分自身が恥ずかしくなっていた。
メイオール村で、俺と暮らし続けると言ってくれた瑠胡。それに引き替え、俺は自分のことばかり考えて、瑠胡を不安にさせてしまった。
それにセラだって、家族のことより俺を選んでくれている。その二人に比べて、俺の言動には身勝手さが滲み出ていた。
「……まいったな」
朝食を食べる手を止めて、俺は天井を見上げた。
瑠胡やセラが俺の動向を見守っている――それに気付いて、俺は空いている左手を小さく挙げながら、苦笑した。
「……いや、なんでもないから」
そんなことを二人に言いながら、半円状の黄色い物体を口に入れた俺は、目を白黒とさせた。
なんだろう――吐き出すほどじゃないけど、かなり違和感のある味がする。
かなりゆっくりと咀嚼をする俺がおかしかったのか、瑠胡は笑みを零した。
「それは、沢庵ですね。白米と一緒に食べれば、違和感は薄くなりますよ」
俺は頷くと、言われるままに白米を口に入れた。
瑠胡が言ったとおり、違和感はかなり薄くなった。それに、パンなどに比べて味の薄い白米に、塩っ気――みたいなものが加わって、良い感じに食べやすくなった気がする。
……まあ、なんとかやっていけるかな。
朝食だけで、そう考えるのは早計かもしれない。だけど、昨日よりも気持ちが軽くなっているのは確かだ。
ふと目線を上げると、瑠胡やセラが俺の様子を伺うような顔をしていた。
俺は口の中のものを呑み込むと、二人に微笑んだ。
「ああ……その、なんか心配をさせたみたいで、すいません。もう大丈夫なんで、そんな顔をしないで下さいよ」
俺が肩を竦めてみせると、瑠胡は少しホッとしたような顔をした。セラの顔からも緊張が解け、口元に笑みが浮かんだ。
「ランド、もう決めたようだな」
「まあ……覚悟って言われると、少し違うけど」
俺はセラに答えてから、少し座る位置をずらした。胡座で食事することに慣れていないのか、気が軽くなると尻の痛みが気になり始めた。
多少は楽になる姿勢に落ちついた俺は、ふと昨日の振動のことを思い出した。
「そういえば、昨日の振動はなんだったんです?」
「あれは……ドラゴンが訪ねて来たようです。少々というか……かなりの荒くれで、人里を襲うことはしませんが、ほかのドラゴン族からは忌み嫌われているんです。己の強さに増長しているのだと、兄上は仰有っておりました。わたくしは会ったことがありませんから、その程度しか知りませんけれど」
瑠胡の返答に、俺は眉を上げた。
そうか、竜神――つまりドラゴンの神様なら、ドラゴンの往来があっても不思議じゃないんだな。
見れば、セラも食事の手を止めていた。ドラゴンの来訪があると知って、どんな反応をすればいいのか、わからないという顔をしていた。
……まあ、気持ちはわかる。
そんな俺たちを交互に見てから、瑠胡は微かに首を振った。
「わたくしたちには、関係のない話ですから。忘れていいでしょう」
言われてみれば、その通りだ。
俺たちはドラゴンのことを忘れて、まずは朝食を食べることにした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
沢庵……初めて食べたときは、「なにこの変な味」でした。
今でも変な味って感覚は残っていますが、慣れもあって平気で食べてます。
朝から魚というのは、旅館では定番な気がします。個人的にはそれに納豆と半熟卵があれば最高です。
御飯+納豆+卵のコンボは、家だと洗い物が面倒でやってませんし。
外食ではやりまくりです。お店の人には感謝感謝。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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