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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
三章-7
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長剣や胴鎧を身につけたあと、俺と天竜族の武人たちとの仕合が始まった。
仕合が行われているのは、王城から見た広場だ。
仕合の形式は一対一の形式で、相手に致命傷を負わせる《スキル》――ここでは《魔力の才》と呼ばれているが――や魔術の使用は不可。
それ以外の規則はなく、得物も真剣を使用している。
天竜族の武人が持つ《スキル》は、どれも洗練されたものだった。身体能力強化も筋力だけではなく、同時に反射神経や動体視力も強化されていた。
そういった武人たちと対戦を続け、今は九人目だ。ここまで来るまでに、俺は軽い手傷を受け、肩や左の前腕から血が流れている。
もう疲労が溜まってきていて、右手に痺れが出始めている。
俺と対峙しているのは引き締まった四肢を持つ、青い鎧の武人だ。俺と同じ長剣が得物のようで、長方形の盾も携えている。
二度の斬り合いを終えたとき、青い武人の身体から青白い炎が引き出した。後ろに跳び退いた直後、先ほど俺がいた場所に、青白い火柱が昇った。
「よくぞ躱したっ!!」
「――っそ!」
致命傷を与える《スキル》は使用不可じゃねーのか!? それとも天竜族は、この程度では致命傷にならないということか?
火柱が消えたと同時に、俺は〈幻影〉を使った。
間合いを詰めた俺が振り下ろした長剣へ、青い武人は盾を持ち上げて受け止めようとした。
だが、振り下ろした長剣は〈幻影〉による幻だ。盾を持ち上げた隙間を狙って、俺は蹴り上げた爪先から〈遠当て〉を放った。
下腹部に〈遠当て〉を受けて仰け反った隙に、長剣を放した俺は右の拳を青い武人の顎に喰らわせた。
「そこまでっ!!」
沙羅の声が、広場に響いた。
肩で息をしながら、俺は青い武人から離れた。チラッと広場の端を見れば、瑠胡とセラが心配そうな顔で俺を見ていた。
俺は小さく左手を挙げることで二人に応えると、次の対戦者を持った。とにもかくにも、あと一人。
あと一人で、こんな一騎打ちを終わらせることができる。
肩で息をしている俺の前に、最後の一人である沙羅が出てきた。
「わたくしが、最後だ」
緩やかに湾曲した――刀という片刃の剣の鞘に左手を添えた沙羅は、僅かに姿勢を低くした。
俺がゆっくりと長剣を構えると、背後から瑠胡とセラの声が聞こえてきた。
「ランド、沙羅――しばし待て! 今のままでは、仕合として成り立たぬ。ランドを休ませよ!」
「そうです! 続きは明日でも構わぬはずでしょう!?」
瑠胡とセラの訴えに、沙羅は静かに首を振った。
「残念ですが、そのような時間はございません。すでに遅い……もっと早く、このような仕合をするべきだったのです」
まったく表情を変えない沙羅の返答に、瑠胡の顔がサッと赤くなった。
怒り心頭――そんな瑠胡を、俺は長剣を持った右手で制した。
「瑠胡、止めても無駄ですよ。今やらなきゃ、沙羅たちは納得しない――ですよね?」
最後のひと言は、沙羅に向けての言葉だ。
沙羅は真顔で頷くと、右手を刀の柄に触れるギリギリのところで止めた。刀を抜かないまま、俺とやり合うのか――?
沙羅は先の姿勢のまま、動こうとしない。
長剣を構えながら慎重に近寄って行くと、沙羅の右腕が動いた。目にも止まらぬ速度で白光が煌めいた瞬間、俺は長剣から激しい衝撃を感じた。
二歩分も退いた俺は、沙羅の右手が元の位置に戻っているのを見て、無意識に息を呑んだ。
あの瞬間――刀を抜いて俺に斬撃を与え、再び鞘に収めたのか。
俺の長剣を見れば、僅かに刃が欠けていた。それほどの硬度、そして威力のあった一撃だった。
「よく受けましたね」
「……正直、偶然です」
俺の返答に、沙羅は僅かに目を細めた。
「であれば、次はどうですか――?」
その言葉が言い終わらないあいだに、沙羅の姿は俺の目の前から消えていった。
これは――キャットと同じ〈隠行〉の《スキル》か! 足音や息遣いなどの気配が、まったく感じなくなった。
これで今、さっきの斬撃を放たれたら、ひとたまりも無い。考えろ――すべての《スキル》を使って、この状況を切り抜けろ。
俺は駆け出しながら、幾つもの《スキル》を同時に使って行った。
広場に大きな円を描くように走りながら、当てずっぽうに〈遠当て〉を放ちつつ、同時に〈幻影〉を使って俺の虚像を幾つも作りだした。
その途中で、二つ同時に《スキル》を使った俺は、立ち止まった。
やや顔を伏せ、大きく肩で息を吸う――直後、その背後に忽然と沙羅が現れた。目にも止まらぬ速さで、白刃を閃かせた。
俺の首筋へ伸びた刃は、しかし一瞬の揺らめきとともにすり抜けてしまった。
「な――っ!?」
目の前で俺の姿――〈幻影〉だ――が消えたことに驚きの顔を見せた沙羅へと、俺は背後から〈遠当て〉を放った。
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手加減をしていたからか、沙羅は地面に倒れながらも、俺へと首を向けた。
「莫迦な――なにをした?」
「あんたと似たようなものさ。幻影を造りながら衝撃波を放つ続けたあと、〈幻影〉と〈隠行〉を同時に使ったんだよ。あとは、立ち止まった幻影に斬りかかる瞬間を待て、一撃を食らわせただけだ」
「〈隠行〉だと――そんなもの、また誰かから奪ったのか……?」
「奪ってねえ。ちょいと事件を解決するのに、少しだけ貰っただけだ」
キャットの同意を得て〈スキルドレイン〉したものだから、奪ったというのは、かなりの言いがかりだ。
沙羅が倒れたことで、この仕合は俺の勝ちなわけだが、色々と訊きたいことがある。
それは、瑠胡も同じだったんだろう。
俺の横まで来ると、沙羅にキツイ目を向けた。
「なぜ――このようなことをした。妾からランドを奪うような真似――納得する理由があるのであろうな?」
「はい――瑠胡姫様」
起き上がった沙羅はそのまま床に座ると、俺と瑠胡に深々と頭を下げた。
「瑠胡姫様が、この神界から出て行かぬようにしたかったのが一つ。ランド殿とともに下界で住むなど――瑠胡姫様には相応しく御座いませぬ」
「兄上と似たようなことを申すな――」
「そして、もう一つ。他のドラゴン族に、お二人の仲のことが知られたようです。人間がつがいであれば、奪える――と考えるものもいるでしょう。神界であれば、瑠胡姫様の御身は安全でございますが……下界となれば、ドラゴンに襲われるやもしれませぬ」
他のドラゴンが襲ってくる――その理由は、ただ一つ。
「襲ってくるって……瑠胡と強引につがいになるために?」
俺の問いに、沙羅は小さく頷いた。
「はい。そのため、ランド殿には瑠胡姫様を諦めていただくのが、最良かと」
「阿呆。ドラゴンなど、妾とランドで撃退してくれる」
「……〈神に次ぐ〉グレイバーンも名乗りを上げおりまする。如何に瑠胡姫様とランド殿とて、撃退は困難を極めるでしょう」
沙羅の言った内容に、珍しく瑠胡の顔に緊張が走った。
グレイバーンというのが、どんなドラゴンかはわからないが、相当に強力な個体なんだろう。
「もう、このようなことは致しません。我ら武人も、お二人を護るため、尽力致します」
沙羅の申し出に、瑠胡は小さく頷いたが――その表情は、少し沈んでいるように見えた。
そんなとき、神界が僅かに揺れた。
「なん――神界とは、こんなにも揺れるのですか?」
不安げにあたりを見回すセラに問われ、瑠胡は首を小さく振った。
「普段は、これほど揺れることはない。恐らくではあるが、乱暴者が来訪したのかもしれぬな」
瑠胡の声に、今度は沙羅が緊張した面持ちとなっていた。
*
瑠胡やランドたちが去ったあと、与二亜は神界の縁まで赴いていた。
瑠胡を乗せていた沙羅が降り立った場所とは異なる、小さな広場だ。砂利で覆われたこの場所には、小さな池もある。
与二亜はなにをするでもなく、ただ空――上方にある神界の境界、その一点を見つめていた。
与二亜がこの場所に着いてから、十数分が経過したころ、ずっと見上げていた先にある、神界の境界に歪みが生じた。
その歪みから、白銀の影が姿を現した。
全高一〇マーロン(約一二メートル五〇センチ)を超える、シルバードラゴンだ。
降下してくる勢いのまま、そのシルバードラゴンは与二亜の前に降り立った。羽ばたく翼が砂塵を巻き上げるが、勢いを殺しきれなかったのか、激しい振動とともに砂利が飛び散った。
僅かに虹色の明滅を放ちながら着地をしたシルバードラゴンに、与二亜は袴の砂埃を叩きながら苦笑してみせた。
「まったく――もっと静かに降りて欲しいところだが」
〝ふん――すまぬな、与二亜殿。我の身体は、この程度の衝撃など物ともせぬ故、あまり気にしてはおらぬのだ〟
「グレイバーン……確かに君には魔術も利かなければ、その鱗は外圧を跳ね返す。そんな二重の《魔力の才》を持つ君はいいんだろうけど。だけどね、さっきの言葉は君自身のことではなく、周囲に気を使えという意味で言ったんだ。それより、いきなりの訪問だけど、なにか父上に用があるのかい?」
その問いに、グレイバーンは四つん這いの姿勢となって、頭部を与二亜に近づけた。
一見、平服しているような姿勢のようだが、その表情には浮かんでいるのは、不遜な態度が露わになっていた。
〝瑠胡のことだ。あの愚かな姫は、人間なんぞをつがいにするそうだな。我は、それに異を唱えにきたのだ。あの姫は、ドラゴンの中でも無敵を誇る、この我のつがいになるべきだろう?〟
「そうかい? 彼は――まあ、瑠胡にはお似合いだと思うけれどね。お互いに、お互いを思い遣っているようだしね。それに、彼は瑠胡との戦いで勝利したんだ。瑠胡のつがいになる権利は、十二分にあるさ」
与二亜がやんわりと告げると、グレイバーンは牙を剥いた。
〝巫山戯るな! あの姫は、他者に甘い。どうせ、手心を加えていたのだろう。なに、そう暴れることはないさ。そのつがいとなる人間を目の前で喰らってやれば、瑠胡の気も変わるだろう。今から竜王の前で、つがいとの勝負を挑ませて貰う〟
「悪いが今日はもう、父上は誰にも会わない。来客中でね。明後日以降の面会なら、取り次いでおくけどね」
〝与二亜殿――貴様に追い返される謂われは無い。勝手に竜神の元へ行か――〟
立ち上がろうとしたグレイバーンだったが、目に見えぬ圧力に押されたかのように、地面に押しつぶされた。
右手をグレイバーンへと向ける与二亜の顔は、先ほどまで浮かべていた穏やかさが消えていた。
「いい加減にしないか。僕の《魔力の才》を忘れたのかい? どんなにいきがっても、僕の前では意味が無いと――もう一度、その身体に教え込んだほうが良さそうだね」
〝待て! わかった――今日は大人しく退いてやる! だから、力を解け!〟
「……まあ、いいだろう」
与二亜が手を下げると、グレイバーンの拘束が解けた。
ゆっくりとした動きで起き上がって翼を広げたあと、与二亜へと視線を向けてから、飛び上がった。
巻き上がった砂塵の向こう側で、神界の境界を越えたグレイバーンを見送った与二亜に、紀伊が近寄った。
「大丈夫ですか?」
「ああ。最後に睨んでいったよ。まったく――あの性格は、一生治らないだろうね」
紀伊に苦笑してみせてから、与二亜は砂まみれになった自身の身体に顔を顰めた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
姿を消せる同士の戦いって、かなり長期戦になりますね。タイタンフォールというゲームがありまして。そのゲームの特殊技能の一つに、ステルス(透明化)があるのですが。
発売初期のころ、対戦のプレイヤー全員がステルス持ちだったときがありまして。モブキャラ以外、ほとんど接敵しないという……ステルスには時間制限があるにせよ、みんな隠れる隠れる。
まあ、中の人も隠れまくったんですけどね。
ちなみにランドが〈遠当て〉を撃ちまくったのは、陽動とラッキーヒット狙いです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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