屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

三章-6

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   6

 与二亜の屋敷の造りは、瑠胡の屋敷とほぼ同じだった。
 いきなり訪問したにも関わらず、出迎えた使用人は俺たちを与二亜の元へと案内してくれた。
 畳に直接座っている与二亜は、俺たちに座るよう促してから、使用人にお茶を出すように指示をだした。


「さて、瑠胡にランド殿。それに――セラ殿でしたか。わたくしに、なにか訊ねたいことでもありそうな顔ですね」


「その通りです、兄上。妾がおらぬあいだに、なにがあったというのです。父上の後継者たる立場を放棄するなど……妾には考えられませぬ」


「なんだ、そんなことか」


 与二亜は穏やかに微笑むと、瑠胡と俺を順に見た。


「後継者であることを放棄したのは――さっき言ったとおりの理由だよ。だって、面倒臭いじゃないか」


「それが、俺――いや、わたくしと瑠胡には、信じられないのです。今日、お会いしたばかりですが……あなたは、そういった理由で後継者を辞退する御方でないと思います。どうか、本当の理由を教えては頂けませんか?」


 俺の問いに、与二亜はどこか面白そうな笑みを浮かべた。
 自らの右膝を使って頬杖をつくと、まるで挑むような目を向けてきた。


「逆に、一つ訊いてもいいかな。わたしが辞退をするような者ではないと――どうして、そう思ったんだい?」


「それは……与二亜様は今まで、後継者として修練を積まれてきたのでしょう? そこまでやってきて、面倒臭いなどという理由で権利を放棄する御方が、妹とはいえ瑠胡やわたくしを出迎えにやって来ないだろう――と思ったからです。本当の面倒くさがりは、端から修練なんかしないですし、案内も配下の者にやらせてお終いです。後々のことを考えて話がしたかったというなら、使用人に屋敷まで案内させればいい。話は、そこでできますから。
 与二亜様とは初見ではありますが、責任感のある御方だと、そう感じました」


 俺が違和感を抱いたところは、こんな感じだ。懸念というか、不安材料は色々とあるけど……〈計算能力〉によって情報が整理された結果の返答だから、完全に間違ってはいないと思う。
 俺の言葉を黙って聞いていた与二亜の目が、少し和らいだ。


「ふむ……面白い意見だけど、根拠としては少し弱くないかい?」


 う……痛いところを。

 大半が推測だからなぁ……そう認識されても仕方が無い。
 俺が言葉を詰まらせていると、瑠胡が僅かに身を乗り出した。


「兄上……妾もランドと同意見です。あれだけの修練を続けてこられた兄上が、後継となるほを放棄など……信じられませぬ」


 瑠胡にまで言われると、流石の与二亜も表情が変わった。
 表情から笑みが消え、視線をやや下へと向けた。静かに息を吐きながら、肩を大きく上下させたときには、どこか諦めにも似た顔になっていた。


「二人して、回りくどいことをしなくてもいじゃないか。わたしの行為に納得がいかないから、後継を放棄するな――とどのつまり、それが言いたいんだろう?」


「兄上。察しが良くて助かります」


 瑠胡が肯定したあと、与二亜の顔に笑みが戻っていた。
 髪を手でなでつけながら、俺と瑠胡とを交互に見て――最後に、視線をセラへと向け、最後に紀伊と目配せするような仕草をしてから、ようやく口を開いた。


「まあね……これでも父上の跡を継ぐ修練を続けていたからね。人の感情などを読み解く程度は、容易いさ」


「なら――」


「瑠胡、少し待ってくれ。まずは君たちの言い分に対する返答からしよう。といっても、言うことは変わらないけどね。わたしは父上の後継を放棄した。それを違えるつもりはないよ。面倒という理由だけではないのは、君たちの推測通りだけどね」


 両手を挙げながら結論を述べた与二亜は、俺と瑠胡の強ばった顔を見てから、再び口を開いた。


「もう一つの理由は、瑠胡のほうが父上の後継者として適任だと感じたからだ。ドラゴン族のために、自ら新たな血を受け入れようとする行動力、責任感――慈愛というやつかもしれない。そんな瑠胡だからこそ、次の竜神に相応しい」


「兄上……それは、買いかぶりすぎです。今の妾は――なによりもランドのことを考えている始末。父上の跡継ぎなど、不相応に過ぎます」


「うん。だから、ランド殿とともに父上のあとを継げば良い。それであれば、瑠胡も一層、竜神としての役割を果たせるだろう?」


 それで俺と一緒に帰郷した今、瑠胡に後継のことを告げたのか。
 だけどそれは、俺の感情や立場を無視した意見だ。今度はこっちから、与二亜に挑むような目を向けた。


「俺は、ただの人間です。それこそ、竜神様の後継には不向きです」


「瑠胡と一緒でもかい? 瑠胡なら、君のいい片腕にもなるだろう。学び成長する時間には、困ることはないだろう。それに、君は自分のことを無視されたと思っているようだけど、後ろにいるセラ殿のことを考えたかい?」


 ……セラ? どうしてここでセラのことが出てくるんだ。関係なんて、まったくないのに。

 怪訝に思いながら振り返ると、セラは気まずそうな、それでいて気恥ずかしそうな顔をしていた。
 どういうことか訊こうとしたけど、俺と一緒に振り返っていた瑠胡が先に、セラへと声をかけた。


「セラ……遠慮などせずともよい。兄上が言ったことの意味……妾たちに申してみよ」


「瑠胡姫様……それにランドも。二人を裏切るようなことを口にするかもしれませんが、宜しいでしょうか」


「構わぬ。申してみよ」


 瑠胡に遅れて俺が頷くと、セラは語り始めた。


「わたしは……下界に戻れば、いずれはランドと別れなくてはならないのです。貧乏貴族の子ではありますが、それでも貴族には変わりありません。自分の意志や気持ちとは関係無く、親が決めた相手と結ばれることになるでしょう」


 セラが告げた内容に、俺は目を見広げた。
 貴族社会のことなんて、関わりがないから知らなかっ――いや、今まで気にしたことすらなかった。
 驚く俺の顔をチラッと見てから、セラは頬を染めた。


「レティシアの騎士団に参加し、メイオール村に来るまでのわたしは、それならせめて……地位や名誉、富を持つ相手と結ばれればいいと、そう思っておりました。ですが、今は少しでも思いを寄せる相手の側にいたいと、そう考えております」


「つまり……この神界で過ごすことが、御主にとっては都合がよいということか」


「仰有る通りです」


 なんの迷いもなく、セラは瑠胡の言葉に同意した。
 俺はというと、あまりのショックで、かける言葉すら見つからなかった。
 どうして心境の変化が起きたのかのかは、わからない。だけど、俺なんかを慕ってくれた彼女の想いと願いを、無下にはできない。

 与二亜……セラのことを出汁にするなんて、狡くないか?

 瑠胡も同じことを思ったらしく、与二亜に非難の目を向けた。
 そんな俺たちの視線を受けてもなお、与二亜の表情から微笑みは消えなかった。静かな睨み合いが続くかと思った矢先に、紀伊がすくっと立ち上がって、与二亜と俺たちとのあいだへと移動した。


「与二亜様、いつまで巫山戯ておられるのですか。瑠胡姫様とつがいの御方は、真剣なんですよ? 瑠胡姫様に後継を譲る、本当の理由をお話すべきです」


「紀伊……それは」


「わたくしを説得しようとしても、無駄です。瑠胡姫様。与二亜様は、瑠胡姫様のことを案じて、後継を譲ることにしたのです」


「紀伊や。そなた、兄上から後継についての理由を知っておったのか」


 咎めるような瑠胡に、紀伊は恭しく頭を下げた。


「申し訳ございません。口止めをされていたものですから。ですが、流石に見ていられなくなりました。わたくしから、お話をさせて頂きます」


 紀伊は与二亜を一瞥してから、話を始めた。


「瑠胡姫様は、下界で暮らすのに向いておられないと、与二亜様はお考えです。瑠胡姫様は生まれついての姫。下界での暮らしは、不慣れなだけでなく、お辛いものになるだろう――そう心配なされておいでです。瑠胡姫様は、ここ神界で住まわれるのが似合っておられる。その想いは、ここでお仕えする我らも同じです」


 そう言ってから、紀伊は俺を見た。


「ランド殿――瑠胡姫様のことを想うのであれば、与二亜様の申し出のことも真剣に考えて下さいませんか? たとえ、故郷の人々と離ればなれになったとしても、それは遠方の国で暮らしたとしても同じこと。天竜の一族になるのも――麟玉様の例も御座います。ランド殿が考えておられるほど、不幸なことでは御座いません」


 あ、紀伊は向こう側の立場だったのか。
 俺を説得してくる紀伊のあとを継いで、与二亜は俺たちに告げた。


「父上――安仁羅も、二人にはゆっくりと考える時間を与えたいと、そう仰有っておられた。わたしを説得するよりも先に、紀伊やセラ殿の言ったことも踏まえて、よく考えて欲しい。この神界の刻の流れは、下界とさほど変わりない。二、三日とは言わず、ゆっくりと考え、話し合ってくれ。わたしは、そろそろ出向かなければならない。話はまた、後日でいかな?」


 説得をしに来たのに、逆に説得されてしまった。
 そう締め括られて、食い下がることもやりにくい。特に、セラの想いも知った以上は、俺と瑠胡だけで決めることもできない。
 仕切り直しをしようと、俺たちは与二亜の屋敷をあとにした。
 瑠胡の屋敷に戻る途中、セラが俺たちに話しかけてきた。

「……すいません。わたしの言ったことで、二人を迷わせてしまいました」


「構わぬ。元々、妾から話せと申したこと故な。それに、すでに他人事ではない」


「瑠胡の言った通りなんだよな。これからは、三人で考えなきゃな」


 俺と瑠胡が揃って微笑むと、セラは泣き笑いのような顔をした。
 しかし――どうしたものかな。与二亜や紀伊に説得され、俺は納得こそしていないが、冷静さを取り戻す切っ掛けになった。
 瑠胡の屋敷に戻ったあと、俺たちは沢山話し合い、そして考えることになるだろう。
 そんな話をしていると、道の真ん中で鎧を着た十人の戦士たち――ここでは武者というらしい――が、行く手を遮っているのに出くわした。
 その中の一人、沙羅さんは、瑠胡に会釈をすると俺に真剣な目を向けてきた。


「ランド・コール……我らと仕合って頂く。拒否をしたら、瑠胡姫様のつがいとなる資格がないものと判断させて頂く」


「沙羅、なんのつもりぞ!?」


 瑠胡の怒声を真正面から受けた沙羅は、慇懃に頭を下げた。


「瑠胡姫様、我らの勝手をお許し下さい。ですが、これは我らが納得するために、必要なことなのです。ここで戦わなければ、我らは武士して、疑念と後悔の念が消えることがないでしょう」


 鬼気迫るほどに真剣な沙羅の言動に、瑠胡もこれ以上の追求を諦めた。
 まったく……次から次へと。
 今の俺は武具を身につけていない――のだが、数人の武士が俺の鎧や長剣を、地面に並べ始めた。
 なるほど、準備は万端というわけだ。
 沙羅さんたちの気迫と闘志が、ビリビリと肌に伝わってくる。そんな状況で、引き下がることは、きっと出来ないだろう。
 俺は頷きながら、自分の武具が並ぶ場所へと歩き出した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

本文の文字数については、お察し下さい。いつもの、やらかしで御座います。

セラさんの境遇は、貴族では良くある話ですね。
だから、せめて好みの相手と恋したい――という理由かどうかは、半信半疑なんですが、当時は俗に言う不倫や浮気が盛んだったとか。

盛んとは言え、相手の家族や夫にばれたら、かなりの大ごとになったようですが。

もう一つ。

説得に行って、逆に説得されるというのは、良くある話です。今回は紀伊が伏兵でしたが、弁の立つ相手というのは、こういうときに強いですね。
あと、のらりくらり系。
現実社会において、のらりくらり系は、あまり有利ではない(写真が画像などで証拠やデータが取りやすいため)……ですが、ファンタジーだと強い印象。

どちらの場合も、問答無用でぶっ飛ばしてくる相手には、通用しませんが。例を挙げれば、首置いてけ妖怪とか。島津最強。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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